【BL】齢1200の龍王と精を吸わないオタ淫魔

三崎こはく

文字の大きさ
上 下
121 / 318
十字架、銀弾、濡羽のはおり

100年に一度の-2

しおりを挟む
「ゼータ様、すぐに王妃の間にお戻りください」

 慌てた様子のザトが聖ジルバード教会の図書室へと飛び込んできたのは、レイバックに繁殖期の存在を打ち明けられた2日後の出来事であった。いつ始まるかもわからぬ繁殖期に備え、極力王宮を離れることがないように。事前にザトからそう指示を受けていたゼータは、王妃の間に持ち込むための書物をせっせと腕の中に積んでいるところであった。

「まさか、もう繫殖期が始まるんですか?」
「左様です。王は数分前執務室にて意識を失い、巨人族長の手により王の間に運び込まれたところでございます。意識が戻ればすぐに繁殖期が始まります。至急、王妃の間にお戻りください」
「わかりました」

 ゼータは手の中の書物を手近な本棚の片隅にのせ、ザトの背に続き図書室を飛び出した。時間を掛けて選び抜いた書物であるが、貸出手続きなくして図書室から持ち出すことは許されない。人の出入りなど滅多にない場所だから、本を積み上げたままでも文句を言われることはあるまい。貸出予定であった書物に多少の心残りを残しながらも、ゼータは隣を走るザトに問いを向ける。

「予定より早いですよね?あと2日は先かなと思っていました」
「ええ…私もそう考えておりました。王はゼータ様を番にすると決断されて以降、心労をなくしたためか食が進んでいるようでありました。繁殖期を迎えるにあたり、必要なだけの養分は蓄えたということなのでしょう」
「皆を集めての最終打ち合わせは明日の予定でしたよね。備えに不備はありませんか?」
「最低限の備えは済んでおります。しかし対王戦力として必要不可欠な吸血族長が、魔獣討伐用務から戻っておりません。彼が戻ってからの最終打ち合わせを予定していたのですが…」
「吸血族長不在では、暴れるレイを抑え込むことは難しい?」
「難しいでしょう。情けない話でございますが、私共はゼータ様に全てを任せる他手立てがありません。辛い任務とは存じますが、どうか堪えてくださいませ」
「そうですか…」

 ザトとゼータは王宮の玄関口を通り抜け、それから駆け足を早足へと変えた。ゼータの脇を、箒を手にした侍女がすり抜けて行く。会釈をする侍女の顔は朗らかで、今ドラキス王国が百年に一度の有事を迎えているとは知りもしない。100年に一度訪れるレイバックの繁殖期。その存在は十二種族長と侍女頭カミラにこそ伝えられたが、王宮内に在籍する大半の侍女官吏の耳には入れられないままなのだ。

 ドラキス王国の頂に立つレイバックは、国家の標であるとともに守り神だ。強靭な武力を有するドラゴンの庇護により、ドラキス王国は日々安寧を保っている。つまりレイバックによる庇護が途絶えるこの先の3日間は、ドラキス王国の守りは酷く脆弱なものとなるのだ。ドラゴンの庇護が途絶えているという事実を、安寧を信じる民に知られるわけにはいかない。一握りの不安は、降り積もれば国家の礎をも崩しうる。だからこそ今回の繁殖期で最優先とされるべきは、獣と化したレイバックを決して王の間から出さぬこと。人の心を失った王の姿が事情を知らぬ侍女官吏の目に触れれば、最早繁殖期の存在を隠し通すことは難しくなる。王宮関係者の抱く不安は、いずれポトスの街の民へと伝染する。それだけは絶対に避けなければならない。

 吸血族長メリオン。現在魔獣討伐用務に赴いている彼は、ドラキス王国においてレイバックに次ぐ戦闘力を有する者だ。ゼータはメリオンを社交辞令以外の会話を交わした経験はないが、国家有数の戦士であるとともに紳士と名高い人物である。そしてメリオンは、今回の繁殖期を乗り越えるにあたり必要不可欠な協力者だ。例えば獣と化したレイバックが暴走しゼータの身に危険が及んだときに、何らかの特異な事情によりレイバックが王の間からの逃亡を図ったときに、暴れ狂うドラゴンを抑え込める人物はメリオンの他にいない。「レイをぶっ飛ばして逃げ出すことを約束しましょう」そう声高に告げたゼータであるが、日頃の殴り合いは所詮気ままなじゃれ合いなのだ。戦闘経験の薄いゼータでは、本気で暴れるレイバックを抑え込むことなどできやしない。
 つまりメリオン不在である今、不測の事態に対応するための手立てがない。当初の予定通り、番であるゼータが頑張る他にないということだ。自ら申し出た番役とはいえ、迫りくる繁殖期を目前に一抹の不安を覚えるゼータである。

 ゼータとザトが王妃の間に入室すると、部屋の中には3人の人物が控えていた。専属侍女であるカミラ、カミラが補助に任命したと思われる侍女が1人、そして腰に剣を下げた竜族長ツキノワ。十二種族長の任と王宮軍の任を兼任するツキノワが、メリオン戻るまでの戦力担当だ。他の十二種族長は、王宮内に混乱を巻き起こさぬために通常通りの公務にあたる予定となっている。
 扉が閉まると同時に、慌てた様子のカミラがゼータの元へと駆け寄って来る。

「ゼータ様、お待ちしておりました。ささ、のんびりしているお時間はありませんよ。衣服を脱いで、女性の姿におなりくださいませ」
「女性の姿?男のままじゃ駄目ですか?」

 ゼータはこくりと首を傾げる。すぐ傍からザトの声が飛んでくる。

「行為の激しさを鑑みれば、女性の姿の方が負担は少ない。挿入に至るための満足な愛撫はないと、先日申し上げたでしょう」
「ああ…確かに」

 尤もな助言である。ゼータが素早く女性の姿へと変身したところで、カミラの指先がシャツのぼたんに掛かる。「自分で脱ぎますから!」との悲鳴も虚しく、ゼータはあれよあれよという間に真裸だ。カミラともう1人の侍女こそ平然とした様子であるが、ザトとツキノワは不自然と視線を泳がせている。衣服を剥ぎ取られ蹲るゼータの肩に、カミラが膝丈のバスローブを着せ掛ける。ふわふわとしたタオル地が素肌に触れる。

「カミラ、下着は?」
「いりません。どうせ脱がされます」
「いや、そうですけど…」

 いずれ脱がされるとは理解していても、四六時中見に着けている下着がないというのは不安なものだ。もじもじと身動ぎをするゼータに向けて、ツキノワが手招きをする。腰に長剣をぶら下げたツキノワは、部屋奥に位置する扉の前に仁王立ちしている。

「ゼータ様。お急ぎくださいませ。王の間より物音が聞こえます。王が完全に覚醒するまでに、幾許の猶予もありません」

 ツキノワに促されるがままに、ゼータは扉へと歩み寄った。その扉の向こうには、王と王妃が気ままな歓談を楽しむための歓談の間が設けられている。そして歓談の間には、王妃の間から続く扉の他のもう一枚の扉が設けられており、扉を開けた先はレイバックの寝室である王の間だ。この3日間に限りその部屋は、獣の縄張り。ゼータは恐る恐る、扉の取っ手に手を掛ける。背後から緊張を孕むザトの声が飛んでくる。

「行為が開始した後は、発話や身動きは最低限に留めてください。抵抗したと見なされれば、手酷い攻撃を受ける可能性があります。王が眠りに落ちるまで持ちこたえていただくことが理想ですが、限界と感じれば音の鳴る魔法で我々に知らせてください。歓談の間にツキノワが控えておりますから、すぐに助けに入ります」
「助けに入るって…行為の最中は、番以外の者は近づけないんじゃないんですか?」
「ですから持ちこたえていただくことが理想なのです。救出は最終手段。吸血族長不在の今、我々の戦力では王を鎮めることはできません。しかし例え王と交戦することになっても、ゼータ様の身の安全が最優先です」

 ザトの声色は真剣そのものだ。「繁殖期と名を変えても所詮はまぐわい」どこか呑気に捉えていたゼータは、ここに来てようやく事の重大さを実感する。

「王が眠りに就いた後は、枕元に置いた鈴を壁に向かって投げてください。鈴の音を聞けば、カミラと侍女がゼータ様を迎えに上がります」
「自分の脚で戻って来ちゃ駄目なんですか?」
「可能であれば、そうしていただいて構いません。ですが獣の繁殖活動をあまり楽観視しない方が良い。これから先のまぐわいはまぐわいに非ず。愛情に満ち溢れた日頃の行為とは、似て非なる行いですよ」

 その時どん、という大きな音が王妃の間に響き渡った。音の元は、歓談の間を挟んで隣接する王の間だ。レイバックの覚醒の時は近い。「お急ぎください」ザトに促されゼータは扉を引き開ける。静まり返る歓談の間の向こうには、獣の縄張りへと続く扉が佇んでいる。歓談の間へと足を踏み入れた直後に、ゼータはふと疑問を感じ背後を振り返った。繁殖期中のレイバックは、体力の続く限りの交尾活動と、体力を回復するための睡眠を繰り返すのだと言った。体力の続く限りとは具体的にどれほどの時間なのか、頭を過る疑問をゼータは口にする。そしてザトの答えに驚愕することとなる。

「レイが眠りに落ちるまで、どれくらいの時間が掛かるんですか?」
「私の経験上、4時間ほどでございます」
「4時間!?」

 ゼータの叫びは、扉の締まる鈍い音に掻き消された。

***

 数日ぶりに立ち入る王の間は、依然とは異なる有様だった。窓には重苦しい鉄格子が嵌め込まれ、ベッドと必要最低限の家具以外は部屋の外に運び出されている。まだ日の射す時間であるはずなのに、カーテンが閉められているため部屋の中は薄暗い。扉の前に立つゼータは、ベッドの上に蹲る男に目を留めた。肌掛け布団に包まれたレイバックが、ベッドの上にうずくまり苦しげに呻いている。

「レイ…大丈夫ですか?」

 ゼータはベッドへと歩み寄り、呻く男に声を掛けた。レイバックは両腕で頭部を抱え込んだまま、答えない。裸足の脚に砂粒を踏み、ゼータは片足を上げる。指先で足裏を撫でてみれば、確かにそこには細かな砂粒がこびりついていた。なぜ手入れが行き届いているはずの王の間に、砂粒が落ちている。不思議に思い周囲を見回してみれば、ベッドの枕元に位置する壁の一部が無残と砕け散っていた。拳大の破壊痕に、ぱらぱらと崩れ落ちる漆喰の壁。王の間に立ち入る前に聞いた大きな音は、レイバックが部屋の壁を叩き壊した音だったのだ。普段のレイバックは、例えどのような苛立ちを抱えていても物に当たることなどしない。見知った男の変貌に、ゼータはぶるりと身震いをする。
 ゼータが音を立てぬようにレイバックから1歩距離を取った、その時だ。突如として伸びてきた手のひらに衣服のすそを強く引かれ、ゼータはベッドへと倒れ込む。純白のシーツに沈む身体。はだけるバスローブ。仰向けに倒れたゼータの腹に、馬乗りになる熱の塊。

「レイ」

 ゼータの呼び掛けは、レイバックの耳に届くことはない。いや、耳には届いているのだ。しかしレイバックが必死の呼び掛けに答えることは終ぞなく、熱を持った手のひらがバスローブの中に滑り込んでくる。柔らかな肌に掻き傷を残しながら、2本の指先はやがて身体の中心に触れる。慣らすことも愛することもしないままの、その場所に。

「い、痛い!レイ、待って」

 身体の中心を暴かれる痛みに、ゼータは叫び手足をばたつかせて抵抗する。「行為が開始した後は、発話や身動きは最低限に留めてください」ザトの忠告など、頭から抜け落ちていた。

 ばん。薄暗闇に響く殴打音。瞼の裏に星が瞬く。思い掛けない顔面への殴打。幸いにも意識が飛ぶことはなく、ゼータは打たれた頬を茫然と撫でた。口内の粘膜からは血が滲みだし、唾液と共に喉の奥に流れ落ちていく。非は自らにある、そう理解していても生理的な涙が零れ落ちるのは止められない。ゼータが目尻の涙を拭う間にも、2本の指は体内を蠢き回る。
 指が引き抜かれたときに、ゼータは縋るようにレイバックの顔を見上げた。ゼータの腰に跨り恍惚と笑うその顔は、普段のレイバックの表情からは想像もつかぬ。交尾の時を目前にし、熱を持て余した獣の顔だ。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

前世が俺の友人で、いまだに俺のことが好きだって本当ですか

Bee
BL
半年前に別れた元恋人だった男の結婚式で、ユウジはそこではじめて二股をかけられていたことを知る。8年も一緒にいた相手に裏切られていたことを知り、ショックを受けたユウジは式場を飛び出してしまう。 無我夢中で車を走らせて、気がつくとユウジは見知らぬ場所にいることに気がつく。そこはまるで天国のようで、そばには7年前に死んだ友人の黒木が。黒木はユウジのことが好きだったと言い出して―― 最初は主人公が別れた男の結婚式に参加しているところから始まります。 死んだ友人との再会と、その友人の生まれ変わりと思われる青年との出会いへと話が続きます。 生まれ変わり(?)21歳大学生×きれいめな48歳おっさんの話です。 ※軽い性的表現あり 短編から長編に変更しています

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

僕はお別れしたつもりでした

まと
BL
遠距離恋愛中だった恋人との関係が自然消滅した。どこか心にぽっかりと穴が空いたまま毎日を過ごしていた藍(あい)。大晦日の夜、寂しがり屋の親友と二人で年越しを楽しむことになり、ハメを外して酔いつぶれてしまう。目が覚めたら「ここどこ」状態!! 親友と仲良すぎな主人公と、別れたはずの恋人とのお話。 ⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。 大晦日あたりに出そうと思ったお話です。

【完結】オーロラ魔法士と第3王子

N2O
BL
全16話 ※2022.2.18 完結しました。ありがとうございました。 ※2023.11.18 文章を整えました。 辺境伯爵家次男のリーシュ・ギデオン(16)が、突然第3王子のラファド・ミファエル(18)の専属魔法士に任命された。 「なんで、僕?」 一人狼第3王子×黒髪美人魔法士 設定はふんわりです。 小説を書くのは初めてなので、何卒ご容赦ください。 嫌な人が出てこない、ふわふわハッピーエンドを書きたくて始めました。 感想聞かせていただけると大変嬉しいです。 表紙絵 ⇨ キラクニ 様 X(@kirakunibl)

今夜のご飯も一緒に食べよう~ある日突然やってきたヒゲの熊男はまさかのスパダリでした~

松本尚生
BL
瞬は失恋して職と住み処を失い、小さなワンルームから弁当屋のバイトに通っている。 ある日瞬が帰ると、「誠~~~!」と背後からヒゲの熊男が襲いかかる。「誠って誰!?」上がりこんだ熊は大量の食材を持っていた。瞬は困り果てながら調理する。瞬が「『誠さん』って恋人?」と尋ねると、彼はふふっと笑って瞬を抱きしめ――。 恋なんてコリゴリの瞬と、正体不明のスパダリ熊男=伸幸のお部屋グルメの顛末。 伸幸の持ちこむ謎の食材と、それらをテキパキとさばいていく瞬のかけ合いもお楽しみください。

死に戻り騎士は、今こそ駆け落ち王子を護ります!

時雨
BL
「駆け落ちの供をしてほしい」 すべては真面目な王子エリアスの、この一言から始まった。 王子に”国を捨てても一緒になりたい人がいる”と打ち明けられた、護衛騎士ランベルト。 発表されたばかりの公爵家令嬢との婚約はなんだったのか!?混乱する騎士の気持ちなど関係ない。 国境へ向かう二人を追う影……騎士ランベルトは追手の剣に倒れた。 後悔と共に途切れた騎士の意識は、死亡した時から三年も前の騎士団の寮で目覚める。 ――二人に追手を放った犯人は、一体誰だったのか? 容疑者が浮かんでは消える。そもそも犯人が三年先まで何もしてこない保証はない。 怪しいのは、王位を争う第一王子?裏切られた公爵令嬢?…正体不明の駆け落ち相手? 今度こそ王子エリアスを護るため、過去の記憶よりも積極的に王子に関わるランベルト。 急に距離を縮める騎士を、はじめは警戒するエリアス。ランベルトの昔と変わらぬ態度に、徐々にその警戒も解けていって…? 過去にない行動で変わっていく事象。動き出す影。 ランベルトは今度こそエリアスを護りきれるのか!? 負けず嫌いで頑固で堅実、第二王子(年下) × 面倒見の良い、気の長い一途騎士(年上)のお話です。 ------------------------------------------------------------------- 主人公は頑な、王子も頑固なので、ゆるい気持ちで見守っていただけると幸いです。

【完】三度目の死に戻りで、アーネスト・ストレリッツは生き残りを図る

112
BL
ダジュール王国の第一王子アーネストは既に二度、処刑されては、その三日前に戻るというのを繰り返している。三度目の今回こそ、処刑を免れたいと、見張りの兵士に声をかけると、その兵士も同じように三度目の人生を歩んでいた。 ★本編で出てこない世界観  男同士でも結婚でき、子供を産めます。その為、血統が重視されています。

処理中です...