【BL】齢1200の龍王と精を吸わないオタ淫魔

三崎こはく

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埋もれるほどの花びらを君に

百合…?

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 レイバックとアムレット、ゼータとメアリが再開を果たしたのは、昼食時を目前にした頃のことだ。厨房が忙しくなる前に早めの昼食を、そう考えたレイバックがアムレットを従え客室へと戻ったときに、同じく客室へと戻ってきた妃2名と鉢合わせたのだ。

「あれ、レイ。今までどこにいたんですか?迎えに来てと言ったのに」
「一度は呼びに行ったんだ。しかし楽しそうな様子だったから、こちらはこちらで好きに過ごさせてもらった」
「そう、それなら良いんですけれど」

 メアリとの蜜月を過ごし、ゼータは艶々と満足そうだ。ゼータの背後では、メアリもにこにことご機嫌である。

「アムレット様、午前中はどちらに?」
「当初の予定通り、レイバック様と2人で白の街に向かいました」
「あら、ということはお買い物をお楽しみに?何かお買いになりました?」
「…いえ。土産を買う当てもありませんし、雰囲気を楽しんで終いです」
「そうですか。勿体ない」

 午前中、鐘楼を下りたレイバックとアムレットは、昼までの時間を潰すために当初の予定通り2人で白の街に向かった。赤と白の街並みを東西に貫く大通りには、すでに大勢の商人が天幕を立てていた。そこで白の街で暮らす王宮の縁者のために、食材や菓子、衣服、宝飾品、薬や玩具など、様々な物資を販売するのだ。
 レイバックとアムレットが白の街の大通りに入ったとき、辺りは大勢の人でごった返していた。時刻は昼時まで1時間というところ、食材を求める街の者が天幕を訪れる頃なのだ。逸れぬように肩を寄せ合った2人は近くにある菓子を売るテントに寄ってみたものの、四方から飛んでくる声で満足に会話もできやしない。結局満足に商品を手に取ることすらできないまま、10分と持たずに人混みを抜け出す羽目となった。人気のない裏路地で一息を付き、アムレットは言う。「レイバック様、散歩をしましょう。どこか静かなところを」額に汗粒を浮かべ、レイバックは答える。「奇遇だな。俺もそう思っていた」
 そしては人混みで乱れた衣服を整え、人気のない裏路地を通り白の街を抜け出したのだった。

「折角早めに戻ったのだし、昼食を済ませてしまおう。カミラに声を掛けてくるから、客室で待っていてくれ」

 そう言って、レイバックは皆に背を向け歩き出す。本日午後の予定は王宮内の視察だ。昼食は初日の夕食と同じ応接間で、調理に時間の掛からない手軽な物をと頼んである。今はまだ厨房の混み合う時間ではないから、比較的短時間で食事を終えることができるはずだ。軽快とその場を立ち去ろうとするレイバックを、呼び止めた者はゼータだ。

「レイ。昼食は食堂でとります」
「は?なぜ」
「メアリが、賑やかな場所で食事を取りたいんですって。ロシャ王国の王宮では気楽に食堂を使えないからって」

 ゼータの後ろでは、胸の間で両手を組んだメアリがレイバックの様子を伺っていた。突然の我儘が通るだろうか、と不安げな表情である。メアリは外交使節団として来国した折に、王宮の食堂を利用している。昼時の混み具合は承知の上であろうし、料理の注文方法や下げ膳の方法も記憶しているはずだ。姫という立場である以上、自国の王宮で食堂を使えないという事情も理解はできる。メアリが食堂を利用することに不都合はないが、しかし彼女と同じ理由でレイバックは食堂を使用することができない。

「メアリ姫の希望なら構わんが…。しかし俺は食堂を使えないぞ。皆に気を遣わせる」
「なら引き続き別行動にしましょう。食べ終わったら応接間に向かいます。食後のコーヒーくらいはご一緒しますよ」

 ではまた、と手を振り、ゼータとメアリは廊下を駆けて行く。咄嗟に引き留める言葉を思いつかずに、レイバックは2人の後ろ姿を見送る他にない。
 ゼータとメアリに後ろ姿が階段室へと消えたときに、レイバックは傍に立つアムレットの表情を伺い見る。アムレットは碧眼を細め、廊下の向こうをじっと見つめている。今はもう見えぬ背中を、名残惜しむように。

「アムレット殿。俺のことは気にせず食堂に行ってくれ。調理員に名を告げれば予定通りの料理を出して貰えるし、何なら事情を説明して好きな物を食べても良い」
「いえ。私は、食事は静かに取りたい派です」

 思いの外強い口調で、アムレットは言ってのけた。先刻白の街で人波に揉みくちゃにされた経験が、余程効いているとも見える。ならば静寂を好む男2人は、当初の予定通り応接間で優雅な食事を。どちらともなく頷き合い、肩を並べて歩き出す。

「…アムレット殿。文句があれば遠慮なく言ってくれ。ゼータはその…好きなものには少々見境のない性格でな…」

 真の目的が魔族嫌い克服とは言え、この旅がアムレットとメアリの貴重な婚前旅行であることに変わりはない。2人きりで過ごしたい気持ちは当然あるだろう。しかし片割れのメアリはゼータに独占されっぱなしで、アムレットの相方はもっぱらレイバックだ。不満を抱えていなければ良いが、と不安げなレイバックであるが、対するアムレットは口元にささやかな笑みを浮かべている。

「メアリ様が楽しければ、それで良いのです。ロシャ王国の王宮は今派閥争いの真っ最中。どちらの派閥にも属せないメアリ様にとって、辛い状況であることは確かです。派閥を作り上げた張本人がこう言うのもおこがましいでしょうが、せめて旅先では心豊かに過ごしていただきたい」
「そうか?しかし婚約者たる者が、食事も一緒にとれぬとなっては…」
「構いませんよ。私は百合の花が好きなのです」
「百合?なぜ今花の話を?」
「失礼。この国では通じぬ言葉でしたか。お忘れください」
「おい、気になるだろうが」

 わざとらしく視線を逸らすアムレット。レイバックは必死に詰め寄るが、最後の最後まで花の名の意味は教えてもらえなかった。

***

 午後1時、応接間には予定通り4人の男女が集合していた。静かな場所で優雅な昼食を済ませ満足げなレイバックとアムレット。人のごった返す食堂で好みの甘味までも堪能し、これまた満足げなゼータとメアリ。レイバックとアムレットは午前中と同様の出で立ちであるが、ゼータとメアリは昼休みの間に着替えを済ませていた。ゼータは男性の姿となり、見慣れた官吏服を身にまとっている。隣に立つメアリは、長い髪を団子状にまとめ、ゼータと同じく官吏風の装いだ。柔らかな絹のシャツとくるぶし丈のズボンを身に着けたメアリは、「ゼータ様の衣服をお借りしました」と恥ずかしげに笑うのだ。
 4人は応接間を出て、王宮の2階へと向かう。階段を下りる最中に、レイバックは簡単に王宮の内部構造について説明する。

「王宮は6階建てで、1階から3階が政務区域だ。4階は客室階、5階は十二種族長の生活区域、6階は王と王妃の生活区域だ」
「王宮の中に、王族の生活区域も混在するのですね」

 尋ねたのは、レイバックの横に並ぶアムレットだ。

「そうだが、ロシャ王国では違うのか」
「違います。ロシャ王国で王宮と言えば、王族の私宅を指します。官吏が国政を行う建物はまた別にあって、こちらは国議院と呼ばれています」
「王は王宮で執務を行うのか?」
「いいえ。毎日王宮から国議院に通います。建物同士が隣接しているので、さほどの距離はありません。歴代の王の中には王宮―私宅にも執務室を構えていた者もおりますが、アポロ王は公私をしっかりと分ける御方です。余程の急時でない限り、私宅に仕事を持ち帰ることはありません」
「ほぉ、同じ王でも違うものだな。俺は早朝だろうが夜中だろうが、気が向いたときに仕事を捌く質だ」

 話すうちに、4人の足は目的階へと辿り着く。午後の始業時刻を過ぎている今、政務区域である王宮の2階は雑然としている。紅絨毯の引かれた廊下には大勢の侍女官吏が行き来し、中には民や業者人と思しき人の姿もある。そして彼らの全てが、レイバックの姿を認めると廊下の端に除け恭しく頭を下げるのだ。レイバックの横に立つアムレット、後ろに着くゼータとメアリも、当然同様の礼を受けることとなる。

「王様効果、恐るべし」

 居たたまれないとばかりに肩を竦めたゼータが、小声で呟く。

「ゼータ様は王宮で暮らしていらっしゃるのでしょう。慣れた光景ではありませんか?」
「いえ、私はちょっと諸々の事情があって…。メアリこそ、家臣に頭を下げられるのは日常茶飯事でしょう」
「それが、仕事で官吏と顔を合わせる機会はあまりないんです。外に出る時は王族専用の階段を使いますし、側仕えの侍女には礼節を省略するよう言ってありますから、道行く人々に頭を下げられるという経験はほとんどなくて…」

 戦々恐々と廊下を歩く妃2人の苦悩を、前を歩く男2人は知る由もない。



***
レイバック「クリス、百合の意味を知っているか」
クリス「百合ですか、花の?」
レイバック「おそらく。何か隠された意味はあるか?」
クリス「…」
レイバック「状況から察するに、仲が良いというような意味合いだとは思うんだが」
クリス「そうですね。そんな感じです」
レイバック「正確には?」
クリス「…女性同士の仲が睦まじいということですね。恋仲にあったり、互いに想いあっているような状況を指します。リモラでは一部の男性の間で、そのような描写を含む書物が人気なんです」
レイバック「あいつ…」
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