【BL】齢1200の龍王と精を吸わないオタ淫魔

三崎こはく

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埋もれるほどの花びらを君に

成果上々

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 正門前での挨拶を終えた4人は、雑談を楽しみながら王宮へと向かった。雑談とは言っても話をするのはもっぱらがゼータとメアリで、レイバックは時たま相槌を挟むだけ。未だ驚嘆から覚めぬアムレットは終始蚊帳の外だ。メアリは外交使節団として王宮を訪問した折に、獣へと変身する兵士の姿をその目で見ている。ゼータとルナの両方と面識があるということもあり、驚きから覚めるのも早かった。

「メアリ様、真実をお伝えできずに申し訳ありませんでした。図書室で会ったときに、私がルナだと言えれば良かったんですけれど」
「気にしておりませんよ。姿を変えていたということは、何か事情がおありだったのでしょう」
「事情というか…大国の王妃候補が埃塗れで書物を読み漁るというのもいかがなものかと思ったんです。現に、身の回りの世話をしてくれる侍女には未だに苦言を呈されますよ。黴た書物をせっせと私室に運び込むくらいなら、宝石の一つでも買って来いと」
「わかります。私も頻繁に王宮の書庫に通っていますけれど、良い顔をしない官吏も多いんですよ。特に国政に関する資料を読んでいると、あからさまに嫌な顔をされることもあります」
「それはなぜ?」
「私がアムレット様に入れ知恵することを恐れているんです。ロシャ王国では今、王宮内の対立が激化していますから。私の書庫通いを良く思わない官吏は、大概が父の国政に意を唱える者です」

 前を歩くアムレットに気を遣ったためか、メアリは声を潜めて言った。言葉を濁してはいるが、メアリの言う「父の国政に意を唱える者」は、正確に言えば「アムレット派に属する魔族非友好派の官吏」のことだろう。メアリがアポロの娘であるということを考えれば、婚約者という立場を利用しメアリがアムレットにいらぬ入れ知恵をする、という憂慮は正しいようにも感じられる。しかし趣味である書庫通いを咎められるとなってはメアリが哀れだ。頭に埃をのせたゼータが、カミラに文句散々浴びせられるのとは訳が違う。目の前の女性の境遇を考え言葉に詰まるゼータであるが、当のメアリはふふ、と声を立てて笑うのだ。

「まさかルナ様とこんな込み入った話ができるようになるなんて。私、今回の旅の目的はルナ様と仲良くなることだったんです。でもその必要はないみたい。また私に魔法について教えていただけますか?」
「ええ、喜んで」

 結局アムレットは驚嘆から覚めぬまま、一行は王宮の入口へと辿り着いた。公務終了を間近に控えた今、王宮の玄関口に人の姿は少ない。レイバックと共に歩く客人を興味深げに眺める者もいるが、王族というには質素な身なりのアムレットとメアリの正体に気が付く者はいない。2人の来訪は、アポロの希望もあり最低限の王宮関係者にしか告知されていないのだ。事情を知る者はザトを含む十二種族長の面々と、2人の身の回りの世話を担当する4人の侍女のみ。彼らにも徹底的な箝口令が敷かれているから、例え王宮内でアムレットが問題を起こしたとしても「誰とも知らぬ客人が王宮内で些細な揉め事を起こした」程度にしか認知されないのだ。事前対策はばっちりである。
 王宮の4階へと辿り着いたところで、場は一時解散となった。アムレットとメアリは侍女と共に客室へと向かい、レイバックとゼータは一度私室へと戻る。そこで身なりを整え、30分後に4階の応接間で晩餐を取る予定なのだ。夕食と言うには少し早い時間ではあるが、丸一日を移動に費やした客人2人は疲労を抱えているはずだ。早めに夕食を終え、今日は早めに床についてもらうことが望ましい。

 レイバックとゼータが応接間へと入ると、部屋の中心に置かれた丸テーブルの上にはすでにナイフやフォークが並べられていた。4人分の食器が並べられた丸テーブルは、客人を交え食事を取るにはいささか手狭だ。親しみ慣れた者同士の茶会の席、と表現するに等しい距離感である。
 通常王宮で客人を迎える際には、食事を共にする人数に関係なく巨大なダイニングテーブルが使用される。樹齢千年を超える聖樹から切り出した一枚板のテーブルは、長辺の長さが6mを軽く超える。王と王妃に客人、そこに十二種族長全員が加わったとしても、全員がゆったりと食事を取れるだけの広さを備えているのだ。しかし今、王宮御自慢のダイニングテーブルは応接間の端に寄せられている。代わりに部屋の中央に置かれた丸テーブルは、聖樹のテーブルと比べれば何とも頼りない。
 この度の来客で小さな丸テーブルを使用することはレイバックの案だ。ダブルベッドよりも遥かに大きなテーブルに座ったのでは、人と人との距離が離れ気楽な会話が困難になる。私的な会話を想定しない国賓相手ならばそれでも構わないが、今回の目的はアムレットの魔族嫌い克服だ。会話のし易さを第一に考え、あえて小さめの丸テーブルを選んだのである。

 レイバックとゼータが椅子に腰かけ間もなくすると、応接間の扉が開き客人2人が入室した。アムレットの装いは到着時と変わりないが、メアリは長い髪を後頭部にまとめ上げていた。唇の紅も色味の薄い物に代わり、食事をする気満々という様子である。

「今朝方首都リモラを出発してきたのか?」

 席に着いたアムレットに、レイバックが問い掛ける。正門からの移動中腑抜け状態となっていたアムレットは、顔つきに当初の気難しさを取り戻していた。客室でメアリと過ごした30分、どのような会話がなされたのかはわからないが、「人の姿が変わる」という事実はひとまず心に落としたようだ。レイバックの問いに答えるべく、切れ長の碧眼が動く。

「今朝6時に首都リモラの王宮を出発しております」
「早いな。それは疲れただろう」
「乗車時間はさほど長くはありません。越境早々魔獣車に乗り換えましたから、予想より快適な旅路でした。到着が遅れたのは、メアリ様の希望で途中から魔獣車の速度を落としたためです。ポトスの街並みを眺めたいと仰いまして」

 アムレットの密告に、隣に座るメアリが恥ずかしげに笑った。

「アムレット殿は、魔獣車に乗るのは初めての経験だろう。感想は?」
「目が回るほどの速さでした。初めは恐ろしくもありましたが、慣れれば非常に快適です。ロシャ王国内でも魔獣車の使用が認められれば、と思わずにはいられませんでした」
「魔獣は扱いが難しいからな。便利なことに違いはないが、ドラキス王国内でも頻繁に使われる物ではないんだ。俺も国内の移動はもっぱら馬だ」
「馬?魔獣には乗りませんか」
「それが、どうも俺は魔獣と相性が悪くてな。一度慣らされた魔獣に乗ろうとしたことがあるが、危うく噛みつかれるところだ」
「…魔獣との相性、とは」
「魔獣は獰猛に見えて繊細な生き物だ。本能的に乗せたくない奴がいるらしい。俺はどう頑張っても乗せてもらえないんだ」

 レイバックとアムレットが無難な会話を繋ぐ横で、ゼータとメアリは会話に鮮やかな花を咲かせている。

「メアリ様、道中何か珍しい出来事はありましたか?」
「ドラキス王国に入った直後のことなんですけれど、道の真ん中に巨大な蛇がいたんです。客車を引く魔獣が怯えてしまって、一時は迂回を検討する大騒ぎだったんですよ。十数分の睨み合いの後に、結局蛇の方が逃げていきましたけれど」
「巨大な蛇?何色でした?」
「群青です。鋭い牙があって、頭部に赤い棘が付いていました。鶏のとさかみたいな…とでも言うのでしょうか」
「頭部に棘のある蛇…となるとバジリスクでしょうか。毒のある蛇ですから、宿敵とする魔獣は多いんです。ドラキス王国内でも、年間数件はバジリスクによる死傷事故が起きていますよ。大事に至らなくて良かったですね」

 その時、応接間の扉が再び開いた。入室する者は銀色の盆を掲げた4人の侍女だ。丸テーブルを囲う4人の前に、銀盆から下ろされた料理が次々と並べられてゆく。透明なガラス器に盛られたサラダ、水面にパセリの散らされたポタージュスープ、狐色の焼き色が付いたパン、艶々としたバター、一口大に切り分けられた羊肉ステーキ。一通りの料理が並べられた後で、室内にはさらに2人の侍女が入室する。パンのお代わりが盛られた藤籠と、ソースやドレッシングが注がれた陶器の器、さらにはチーズや焼き野菜が盛り付けられた大皿が丸テーブルの中央に次々と並ぶ。
来客を交えた王宮の食事は、一皿ごとに給仕が行われることが普通だ。例えば初めはサラダの皿だけが給仕され、皆が食べ終わった頃を見計らってスープとパンの皿が給仕される、といった具合である。しかしアムレットとメアリ滞在中の食事は、全ての皿を同時にテーブルに並べるということで事前に厨房と話が済んでいる。侍女が何度も応接間に立ち入ったのでは会話に集中できず、他人の食べる速度にも気を遣わなければならない。空のグラスや未開封の飲料瓶もあらkじめテーブルの中央に並べられているから、後に侍女が応接間に立ち入る機会は、食後の甘味とコーヒーを給仕するときだけだ。

 侍女らが退出し晩餐が開始したことで、会話は途切れ部屋の中は一時静寂となった。食器のぶつかる音だけが響く。全ての料理が目の前に並んでいるだけに、皆の食事順は様々だ。肉食のレイバックは一口目から羊肉に齧り付いているし、メアリは順当にサラダからだ。アムレットはまだ温かなパンにバターを塗り、ゼータは熱々のスープをスプーンで掬い上げる。
 スープの一匙に息を吹きかけていたゼータは、ふと顔面に注がれる視線に気付く。はたと顔を上げれば、真正面に座るアムレットがゼータの顔を穴が開くほどに見つめていた。パンにバターを塗る手はぴたりと止まっている。

「アムレット様、どうされました。私の顔に何か付いています?」

 ゼータはスプーンを持つのとは別の手で、自らの頬を撫でる。虫でも止まっていただろうかと勘繰るも、触れる頬には一粒の埃さえ付いてはいない。静寂の中放たれたゼータの問いに、皆の視線を集めたアムレットは気まずそうだ。

「失礼。特別意図があったわけでは…」

 アムレットはそれきり黙り込み、あちらこちらへと視線を泳がせる。しかし熱視線を指摘された後では取り繕いようもなく、やがて意を決したように唇は開かれた。

「ゼータ様。差し支えなければ、もう一度女性の姿になっていただけますか?」
「…はぁ」

 食事時にそぐわぬ要望。ゼータは間の抜けた声を漏らし、レイバックは訝しげにアムレットを伺い見た。メアリはレタスの葉を唇に挟み込んだままアムレットの碧眼を見つめている。何か多大なる誤解を生んでいるのかもしれないと、アムレットは慌てて首を左右に振る。

「いえ、決して男性の御姿に不満があるという意味ではないのです。ただ、姿形が変わるという現象が興味深くて」
「ああ、そういう事なら良いですよ」

 掬い上げたスープを口内に流し入れ、ゼータはアムレットを真正面に見据えた。そうして椅子に座り込んだまま、女性へと姿を変える。僅か2秒のうちに別人へと変貌したゼータの姿を、アムレットは食い入るように見つめていた。そして変身が終わるや否や、次なる要望が口を付く。

「もう一度、お願い致します」

 アムレットの要望に応え、ゼータは女性から男性へ、男性から女性へと絶え間なく変身する。変身の度にアムレットはゼータとの距離を詰め、今や椅子に座るゼータの膝元に座り込んでいた。一国の王ともなる男が椅子も使わずに床に座り込んで良いものか。皆の脳内を疑問が過るが、当のアムレットはそれどころではないようだ。男性女性へと自在に姿を変える大国の王妃に、興味津々なのだ。津々のあまり、右手の指先がゼータの膝先に触れていることにすら気が付かない。

「アムレット殿。断りなく女性の脚に触れるのはいかがなものかな」

 不機嫌を滲ませたレイバックの忠告に、アムレットはようやく自らの右手がどこにあるか思い至ったようだ。大袈裟な素振りで両手を顔の前に掲げる様は、訓練された囚人のごとしだ。

「申し訳ありません。疚しい気持ちは一切持ち合わせておりません」
「他意がないならいいんだ」

 アムレットは両手を掲げたまま、そそくさと自席へと戻った。無表情を取り繕ってはいても、表情の端々に滲む動揺は隠せない。席に座りすぐさまフォークを手に取るも、フォークの先端はなぜかスープの海に沈められる。それではスープが飲めるはずもない。
 苦笑いを浮かべるゼータとレイバックの傍らで、メアリは一人楽しそうだ。魔族の変身に心奪われるアムレットが面白かったのか、それとも妃の脚に触れられ不機嫌になるレイバックの様子は物珍しかったのか。はたまたその両方か。

「私の変身はこの程度ですけれどね。うちの王様は凄いですよ。なんたってドラゴンになりますから」

 自慢げに語るゼータに、アムレットはああ、と返事を返した。

「もちろん存じております。しかし御噂には聞いていても、心のどこかでは信じられずにいました。まさか人が龍になるはずはないと」
「今なら信じられそうですか?」

 アムレットは顎に手を当て、見たことのないドラゴンの姿に想いを巡らす。しかし文献上でしか存在を知らない神獣の姿を想像することは容易ではない。じっと考え込んでいたアムレットは、やがて諦めたとばかりに首を左右に振った。碧の両眼が、レイバックへと向けられる。出会って初めて、2対の瞳は真正面からぶつかり合う。

「ドラゴンの御姿を見せていただくことは?」
「希望があれば…と言いたいところではあるが、ドラゴンの姿は想像の数十倍恐ろしいぞ。魔族初心者には刺激が強い。またの機会にしようか」
「そうですか…」
「そうだ。貴方が王座に就いたときの祝いにするというのはどうだ。祝いの席に、俺がドラゴンの姿で駆け付ける。来賓の度肝を抜くことができるぞ」
「最高の祝辞です。楽しみにしています」

 アムレットとレイバックは、肩を寄せて笑い合う。ゼータとメアリは顔を見合わせ、どちらともなく笑みを零す。アムレットの魔族嫌い克服に向けて、初日の成果は上々のようだ。
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