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埋もれるほどの花びらを君に
アキラの居酒屋
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ドラキス王国の中心地であるポトスの街には、歓楽街と呼ばれる通りがある。ポトスの街の大通りから徒歩で5分ほどの場所にあるその通りは、酒類を提供する店がずらりと軒を連ねている。大通りの飲食店が日中の客人を主な客層としているのに対し、歓楽街が賑わうのは日が暮れてからだ。大衆料理とともに酒を楽しむ店、数人しか入れない小さな間取りの居酒屋、店員と会話を楽しみながら高い酒を嗜む店。様々な趣向の店が立ち並ぶ歓楽街は、ポトスの街の一大観光地でもあるのだ。もちろん地元の人々も頻繁に訪れる場所で、休日平日問わずに多くの人で賑わう場所だ。
その日、レイバックとゼータは揃って歓楽街を訪れていた。きっかけはレイバックの誘いだ。僻地集落の視察と称して早朝から王宮を空けていたレイバックは、帰ってきたその足で王妃の間を訪れゼータに誘いを掛けたのだ。
―話したいことがある。今夜2人で飲みに行かないか
「魔」のつくものと同じくらい酒が大好きなゼータだ。飲みに誘われてしまえば断る意志など持ち合わせていない。レイバックの誘いに「行きます」との即答を返し、2人は今仲良く歓楽街を訪れている。
日が暮れた今、歓楽街は多くの人でごった返していた。どの店に入ろうかと話し合う若者の集団もいれば、すでに体内に酒を入れほろ酔い気分の2人組もいる。街灯の真下に立ちきょろきょろと周囲を伺う年若の女性は、恐らく恋人と待ち合わせをしているのであろう。店のメニュー表を掲げ、客引きを行う店員の姿も目立つ。やかましく秩序のない独特の雰囲気は、歓楽街でしか味わえない特別な物だ。
通りすがる人と時折肩をぶつけ合いながら、2人は歓楽街の中ほどへと辿り着いた。目立つ看板を掲げた大衆居酒屋の角を曲がり、細い路地へと進み入る。道幅が2mにも満たないその通りに人通りはほとんどない。しかし薄暗がりに揺らめくのれんがあちこちに見えるから、この場所も歓楽街の一角であることに違いはないのだ。レイバックとゼータの目指す居酒屋は、その薄暗い路地の一角にひっそりと佇んでいた。
そこは小さな間取りの居酒屋であった。のれんを潜って右手側には対面式の厨房があり、厨房の前面に5つのカウンター席がある。カウンター席の背後には座敷席があるが、4人掛けのテーブルが2つあるだけの手狭な空間だ。最大収容人数は13人、小さな居酒屋であるが店内は程良く賑わっている。テーブル席の一つは3人組の客で埋まっており、カウンター席には2人の客が腰かけている。カウンター席の2人は厨房に立つ店主と頻繁に言葉を交わしているから、店の常連客なのだろう。
「2人かい」
店内の観察に没頭していたレイバックとゼータに向けて、厨房の店主から声が飛んできた。2人の立つ場所は店の出入り口であるから、扉を塞ぐなと意味が込められているのかもしれない。レイバックは慌てた様子で開け放したままの扉を閉め、ゼータは人通りの邪魔にならないようにと壁に背を張り付ける。
「2人だ。ええと、タキさんの紹介で来たんだが…」
「そうかい。テーブル席は予約が入っているから、カウンター席に座ってくれ」
店主が指さすのは、店の奥側にあるカウンター席だ。狭い店内を横切り、レイバックとゼータは指示された席に腰を下ろす。
「はいよ、お通しだ。注文は都度声を掛けてくれ。焼き物は時間が掛かる」
肩を寄せ合うレイバックとゼータの目の前に、市松模様の小鉢が滑り込んできた。小鉢の中身は山盛りの枝豆。次いで割り箸、お絞り、メニュー表が滑り込んできて、テーブルの上は一気に賑やかとなる。メニュー表を開くゼータの耳元に、レイバックが唇を近づけた。
「タキさん曰く、串肉が美味いらしい。盛り合わせがお勧めだそうだ」
「へぇ…他には?」
「他の料理については聞いていない。ただ店主一人で切り盛りをしているから、あまり多量の料理を一気に頼むなとは言っていた」
「なるほど…」
料理の注文は後からゆっくりするとして、まずは酒だ。ゼータはメニュー表の飲み物欄にざっと目を通し、厨房に向かって声を掛ける。
「すみません。発泡酒をください」
「俺は苺酒を頼む。あとは串肉の盛り合わせ」
レイバックの言葉に、ゼータは再度メニュー表に視線を落とす。苺酒などという飲料がメニュー表に載っていただろうかと不思議に思ったのだ。何度眺めても小さな紙面に「苺酒」の文字を見つけられず、小首を傾げまわるゼータの肩をレイバックが叩く。
「苺酒はあっちだ。季節のお勧め、と書いてあるだろう」
レイバックの指さす先は厨房の背面の壁だ。横並びに張り付けられた短冊型の白紙には、それぞれに手書きで料理名と酒名が記載されている。苺酒、白桃酒、ヨーグルト酒、帆立の丸焼き、椎茸の酢味噌、柚子味噌お握り、その他諸々。メニュー表に書かれた料理も魅力的だが、季節限定とくれば食指が動く。「全部ください」と叫びたいところではあるが、多量の料理を一気に頼むなとの忠告を受けたばかりだ。
ゼータが口内に湧いた涎を必死に啜っていたところで、テーブルの上には発泡酒と苺酒が滑り込んできた。泡立つ発泡酒は確かに美味そうだが、店主お墨付きの苺酒には遠く及ばない。レイバックの左手に掴み上げられた苺酒からは、瑞々しい苺の芳香が漂ってくる。水面に浮かんだ苺の欠片が香しさを放っているのだ。ごくりと喉を鳴らすゼータの目の前で、レイバックはさも美味そうに苺酒を飲み干してゆく。飲みたければ、自分で頼みたまえ。
厨房では、店主が串肉の準備に取り掛かっていた。厨房の一角、丁度レイバックとゼータの目の前に位置する場所には焼き台が備えられているのだ。店主の手が焼き台の下部にあるスイッチを押すと、台の内部には橙色の火がともる。焼き台上部の鉄網が程良く熱せられた頃に、店主の手は生の串肉を次から次へと並べていく。串肉がじゅうじゅうと焼き音を立て始めるまでに、さほどの時間は要しない。
ゼータは発泡酒のグラスに片手を添えながら、串肉に焼き色が付いていく様子を眺めていた。酒好きのゼータが歓楽街の居酒屋を訪れる機会は多い。ある時には魔法研究所の仲間達と、またある時には単身で、少なくとも週に一度は必ずと言って良いほど歓楽街に足を運んでいるのだ。歓楽街に馴染みの居酒屋も多い。しかしこうして厨房の様子を覗き見ることができる店は初めてだ。玄人の調理風景が一種の見世物のようであることは然ることながら、調理前の食材を直接見られれば安心感も生まれる。この居酒屋が薄暗い路地に位置していながらも適度な客入りを確保しているのは、対面式厨房の物珍しさと安心感が要因を担っているのかもしれない。
串肉観察に没頭していたゼータの膝を、レイバックが叩く。
「ゼータ、本題を話しても良いか」
「あ、はい。良いですよ」
レイバックはゼータの耳元に口を近づける。店内にいる他の客人に、話の内容が聞こえないようにという配慮だ。串肉の焼き音に搔き消されそうな小さな声音を、聞き漏らさんと耳を澄ます。
「俺が今日一日王宮を空けていたのは、アポロ国王に会うためだったんだ。直接会って話がしたいと文で呼び出されてな。内々に済ませたい話ということだっただから、互いに供も付けず国境の集落で落ち合ったというわけだ。話の内容は想像も付いていると思うが、対魔族武器開発の終末についてだ。事件の概要については、クリスの証言で大方間違いはない」
ゼータはおよそ半年前の記憶を辿る。魔導大学の内部で密かに行われていた対魔族武器の研究開発。感情のない兵士となり得る等身大魔導人形の開発、元来薬剤耐性の強い魔族に効く毒薬の開発、強大な魔法攻撃に耐えうる防具の研究。魔族との戦いにおいて有用と思われる多種の武器が秘密裏に開発され、それらの武器はクリスが責任者を務める対魔族武器専用地下治験場へと流れ込んでいた。ロシャ王国の法において死罪を言い渡された魔族を相手に、開発された武器薬剤の治験を行うためである。
対魔族武器開発の先導者は王宮の一官吏である、とクリスは言った。アポロが魔族友好的な国政へと舵を切ってからというもの、ロシャ王国の王宮内部は勢力が二分された。現国王アポロ率いる魔族友好派と、次期国王アムレット率いる魔族非友好派。率いると言ってもアポロとアムレットが互いの臣下に直接指示を下しているという事実はなく、国王の名の元に集った官吏が勝手に火花を散らしているだけ。政権交代を数年後に控え王宮内の勢力図が激しく揺らぐ中、今回の事件は起こった。
「武器開発の先導者は公安省に所属する特級官吏だそうだ。名は聞いていないが、王宮内でもやり手で通っている男らしい」
「特級官吏?」
「上級官吏の上位職であると聞く。長官、という言い方もしていたな。うちとは職位構成が違うから正確な立ち位置はわからんが、公安省という組織の頭を務める男らしい」
「…よくわからないです」
「一言でいえば国家の御偉い様だ。そいつは特級官吏の地位を剥奪され、遠地の村役場へと左遷されたらしい。現王妃殿の生家がある村だから、金輪際アポロ国王の意に背いた行動は出来んだろうということだ」
国政に疎いゼータには、地方への左遷という処罰がどの程度のものであるかなど到底想像が付かない。しかし先導者の男の元々の地位を考えれば、地方役場への左遷など島流しに等しい処罰と感じるのかもしれない。
それでも最低限生きるための糧は残されたのだ。不自由の多い地方集落でも、職があれば人並みの生活は保障される。例え養うべき家族がいたとしても、収入にあった慎ましやかな生活を身に着ければ生きていくことが十分に可能なのだ。男は自らに残された最後の糧を必死に守ろうとするはずだ。人として最低限の尊厳を残されたからこそ、最早反意の芽など芽吹かない。再びアポロの意に背き、全てを失うことは何よりも愚かだ。
「対魔族武器開発に関わったとされる他の官吏は、皆戒告と減給の処分を下されている。魔導大学学長であるセージの処分については検討中。聞くところによると、セージ自身は魔族友好派に類する人間らしい。しかし野心的な思想が強く、今回に一件はアムレット皇太子に取り入ろうとした結果の行動ではないかということだ。関係官吏の話を聞く限り、セージが対魔族武器開発に積極的に関与していたという事実はなく、見て見ぬ振りをしていたという見方が強い。魔導大学の頭として優秀な人物であることに変わりはないから、極力穏便な処罰で済ませたいとアポロ王は言っていた」
レイバックがそこまで語り終えたとき、ゼータの目の前に串肉の盛り合わせが滑り込んできた。麻の葉模様の平皿に盛られた12本の串肉。肉の種類も部位も様々な串肉は、どれもこんがりと焼けて美味そうだ。ゼータは空になった発泡酒のグラスを店主に手渡し、代わりに苺酒を注文する。レイバックはヨーグルト酒と、季節のお勧めである数種のつまみだ。店主は忙しく料理の準備を始め、レイバックとゼータは会話に戻る。
「今回の件で幸いだったのは、アムレット皇太子が対魔族武器開発に一切関りを持っていないことだ。それは関係官吏らの証言からも証明されていて、事実を知ったアムレット皇太子は相当落ち込んでいると聞く。良いように名を利用されていたわけだからな。当然と言えば当然だ」
「アムレット皇太子の魔族嫌いは、ロシャ王国の民の間でも有名な話らしいですよ。彼が次期国王として王宮に入って以降、民の中でも魔族友好派と非友好派の人間が対立する嫌いがあるみらいです。先月魔法研究所に在籍する人間の研究員が、私用でロシャ王国を訪れていたんです。帰国後に愚痴を零していましたよ。ドラキス王国に住んでいるというだけで、話す相手によっては酷く冷たく扱われるんですって」
ゼータの言葉に、レイバックは溜息とともに肩を落とす。
「いっそ憐憫の情すら覚えるな。なぜ文献上の出来事や他人の経験を、あたかも己が経験した事のように人生観に織り込んでしまうのか。人間が魔族に虐げられた歴史があるからといって、今の世で同様の歴史が繰り返されるはずもない。魔族と諍いを起こした友人がいるからといって、それが魔族を毛嫌いする理由には成り得ない。過去は過去、今は今。他人は他人、己は己。こんな簡単なことがなぜ理解できないのか」
「人間は情に厚い種族ですからね。血縁関係や地域関係を大切にするし、種族意識も強い。思考の伝染力が強い種族である、とも言い換えられますか。一人の人間が経験した不条理が、種族全体の不条理として皆に伝染してしまうんでしょう」
「厄介なのは、嫌悪の感情は好意の感情よりも遥かに強烈であるということだ。好意は容易く嫌悪に代わるが、嫌悪を好意に変えることは困難だ。一度魔族非友好派に回ってしまった人間を、魔族友好派に転換させることは不可能に近い」
言って、レイバックはさらにゼータの側へと肩を近づける。さぁここからが本題だとばかりに声を低くする。
「実はその不可能を、可能にせねばならぬ事情ができてな。これはアポロ王直々の願いなんだが―」
そのとき、テーブルの上にヨーグルト酒と苺酒のグラスが滑り込んできた。次いで市松模様の小鉢に盛られた椎茸の酢味噌。配膳の礼を言うため顔を上げれば、目の前には店主の男が立っている。
「あんたら、タキさんの紹介で来たと言ったな。タキさんの友人か?」
重低音の耳に心地よい声だ。ゼータとレイバックはこの時は初めて、店主の風貌を真正面から眺め見る。魔族らしい特徴を持ち合わせていないから、恐らくは人間の男性だ。少し長めの黒髪に長さが疎らな無精髭。耳にはいくつものピアスを付けている。背丈はゼータと同程度だが、身体つきはゼータよりも遥かにたくましい。一見すれば荒くれ者とも思しき風貌だが、彼が気の良い男であるとは事前に情報を得ている。「歓楽街の外れにアキラという男の営む居酒屋がある。喋り好きで気の良い男だから、機会があれば訪れてみてくれ」ポトスの街でカフェを営む、タキの言葉だ。
レイバックは店主の問いに答えるべく、テーブルの上に身を乗り出した。店内は串肉の焼ける音や人の話し声で騒がしい。顔を近づけ、声を張らねばまともな会話は困難だ。
「俺達はタキさんのカフェの常連なんだ。週に一度はお邪魔している」
「ああ、そうなのか。最近姿を見ないが、タキさんは元気にやっているか」
「元気だが、ここ数週間忙しそうではあるな。客入りが増えてきたから新しく店員を雇ったんだと言っていた。慣れに新人教育に時間を食っているようだ」
「てことはカフェの経営は順調なのかい。嬉しい知らせだな」
店主は片手で串肉を返しながら、空いたもう一方の手で酒瓶を持ち上げた。厨房台に置かれた空のグラスになみなみと酒が注がれてゆく。どこか別の席で酒の注文が入っていたのか。そう思って眺めていれば、店主の男は満杯のグラスを自らの口元へと運んだ。黄金色の発泡酒が、見る間に店主の口内へと消えて行く。わずか10秒にも満たぬ間に、グラスは再び空となった。何事もなかったかのように串肉を返す店主を前に、ゼータとレイバックはぽっかりと口を開けていた。
居酒屋店員の飲酒は特別珍しい光景ではない。歓楽街には店員を相手に会話を楽しむという趣向の居酒屋が存在し、そのような店では会話相手となる店員も酒を嗜むのだ。店員の酒代は客人の飲酒代に含まれるから、会話が弾めばその分酒代も膨れ上がる。人の酒代を払わねばならぬという仕組みを嫌煙する者も多いが、一部の層には根強い人気を誇ることもまた事実。人気の理由は提供される会話の質だ。特殊な訓練を積んだ店員は、医療から教育に至るまで様々な分野に関する専門的な知識を持ち合わせており、いかなる偏執的な会話にも相応の答えを返して見せる。会話を盛り上げ、客人を持ち上げる術にも長けているのだ。例え高い金を払っても、修練者との卓越した会話を望む者は少なくない。王宮の官吏の中にも常連客の多い場所だ。
そのような居酒屋の例があるのだから、店員が接客中に飲酒を行うということは特段珍しくはない。しかしどのような例を含めてみても、厨房に立つ料理人が飲酒をするという姿は未だかつて見たことがなかった。対面式の厨房を備える居酒屋がそもそも珍しいのだから、客人が料理人の姿を目にすること自体が稀なのだ。それでもと言うべきか、だからこそと言うべきか。厨房の店主が飲酒をするという光景は奇妙でもあり、楽しくもあった。物珍しくはあるが悪い気はしないのだ。個人で居酒屋を営むくらいなのだから、彼は酒好きであり喋り好きなのだ。王宮の官吏のようにお堅い職ではないのだから、業務中の飲酒も雑談も咎められる物ではない。
ゼータとレイバックの熱視線を物ともせずに、店主は焼き上がった串肉を平皿へと盛った。肉が焼けたぞ、と叫べば、テーブル席に座る客人の一人が皿を取りにやって来る。空のグラスを厨房に置き、代わりに串肉の盛り合わせを両手で抱え、それが当たり前とでもいうようにテーブル席へと戻っていった。空のグラスを洗い場へと放り入れた店主は、次なる焼き物へと取り掛かる。赤々と燃える焼き台にのせられた物は貝付きの帆立貝だ。赤ら顔で、鼻歌交じりに帆立貝をつつく店主の姿は見るに楽しい。
「さっき官吏と聞こえたな。あんたら王宮で働いているのか」
上機嫌の店主の問いには、ゼータが答える。
「私は研究所勤務です。仕事柄王宮に出入りする機会はありますけれどね。隣の彼は王宮の者ですよ」
「そうかい。身体つきを見るに、王宮軍の兵士というところか?」
酢味噌椎茸を片頬に詰めながら、レイバックはもごもごと口を開いた。
「まぁ、そんなところだ」
会話を肴に酒は進み、気が付けば時計の時刻は21時を回っていた。店内に立ち入った時刻が18時を過ぎた頃であったから、何だかんだと3時間近くは居座っていたことになる。テーブル席の集団客もカウンターの別端にいた2人組も、今は別の客人に入れ替わっていた。料理の注文が殺到し、店主が忙しく厨房を動き回り始めたので、レイバックとゼータはどちらともなく席を立つ。そろそろお暇の時間だ。
「勘定を頼む」
「ああ、そこの伝票に書いてある金額を置いていってくれ。端数は切り捨てて良い」
ざっくりとした勘定を済ませた2人は、忙しく調理に当たる店主に礼を言いほろ酔い気分で店を出た。
居酒屋の外は相変わらずの薄暗がりであった。数10m先にある歓楽街の本通りからは、熱気籠る喧騒が流れ込んでくる。賑やかさに誘われるようにして、1歩2歩と歩き出す。
「よく喋る店主だったな」
「そうですね。初めは怖い人かとも思いましたけれど、タキさんの情報に間違いはなかったです」
「料理も美味かった。酒の質も良い。季節のお勧めを全品食べられなかったことが悔やまれるな」
「近々また顔を出しましょう。私、串肉をもう少し食べたかったんですよ。つくね串が絶品でした」
「…待て。俺は一本も食べていないぞ」
「すみません。盛り合わせのつくね串は全て私が頂きました。一玉くらいレイに贈呈せねばと思ってはいたんですけれど、気が付けば完食していました」
「お前…」
語らううちに、喧騒はもう目の前だ。
その日、レイバックとゼータは揃って歓楽街を訪れていた。きっかけはレイバックの誘いだ。僻地集落の視察と称して早朝から王宮を空けていたレイバックは、帰ってきたその足で王妃の間を訪れゼータに誘いを掛けたのだ。
―話したいことがある。今夜2人で飲みに行かないか
「魔」のつくものと同じくらい酒が大好きなゼータだ。飲みに誘われてしまえば断る意志など持ち合わせていない。レイバックの誘いに「行きます」との即答を返し、2人は今仲良く歓楽街を訪れている。
日が暮れた今、歓楽街は多くの人でごった返していた。どの店に入ろうかと話し合う若者の集団もいれば、すでに体内に酒を入れほろ酔い気分の2人組もいる。街灯の真下に立ちきょろきょろと周囲を伺う年若の女性は、恐らく恋人と待ち合わせをしているのであろう。店のメニュー表を掲げ、客引きを行う店員の姿も目立つ。やかましく秩序のない独特の雰囲気は、歓楽街でしか味わえない特別な物だ。
通りすがる人と時折肩をぶつけ合いながら、2人は歓楽街の中ほどへと辿り着いた。目立つ看板を掲げた大衆居酒屋の角を曲がり、細い路地へと進み入る。道幅が2mにも満たないその通りに人通りはほとんどない。しかし薄暗がりに揺らめくのれんがあちこちに見えるから、この場所も歓楽街の一角であることに違いはないのだ。レイバックとゼータの目指す居酒屋は、その薄暗い路地の一角にひっそりと佇んでいた。
そこは小さな間取りの居酒屋であった。のれんを潜って右手側には対面式の厨房があり、厨房の前面に5つのカウンター席がある。カウンター席の背後には座敷席があるが、4人掛けのテーブルが2つあるだけの手狭な空間だ。最大収容人数は13人、小さな居酒屋であるが店内は程良く賑わっている。テーブル席の一つは3人組の客で埋まっており、カウンター席には2人の客が腰かけている。カウンター席の2人は厨房に立つ店主と頻繁に言葉を交わしているから、店の常連客なのだろう。
「2人かい」
店内の観察に没頭していたレイバックとゼータに向けて、厨房の店主から声が飛んできた。2人の立つ場所は店の出入り口であるから、扉を塞ぐなと意味が込められているのかもしれない。レイバックは慌てた様子で開け放したままの扉を閉め、ゼータは人通りの邪魔にならないようにと壁に背を張り付ける。
「2人だ。ええと、タキさんの紹介で来たんだが…」
「そうかい。テーブル席は予約が入っているから、カウンター席に座ってくれ」
店主が指さすのは、店の奥側にあるカウンター席だ。狭い店内を横切り、レイバックとゼータは指示された席に腰を下ろす。
「はいよ、お通しだ。注文は都度声を掛けてくれ。焼き物は時間が掛かる」
肩を寄せ合うレイバックとゼータの目の前に、市松模様の小鉢が滑り込んできた。小鉢の中身は山盛りの枝豆。次いで割り箸、お絞り、メニュー表が滑り込んできて、テーブルの上は一気に賑やかとなる。メニュー表を開くゼータの耳元に、レイバックが唇を近づけた。
「タキさん曰く、串肉が美味いらしい。盛り合わせがお勧めだそうだ」
「へぇ…他には?」
「他の料理については聞いていない。ただ店主一人で切り盛りをしているから、あまり多量の料理を一気に頼むなとは言っていた」
「なるほど…」
料理の注文は後からゆっくりするとして、まずは酒だ。ゼータはメニュー表の飲み物欄にざっと目を通し、厨房に向かって声を掛ける。
「すみません。発泡酒をください」
「俺は苺酒を頼む。あとは串肉の盛り合わせ」
レイバックの言葉に、ゼータは再度メニュー表に視線を落とす。苺酒などという飲料がメニュー表に載っていただろうかと不思議に思ったのだ。何度眺めても小さな紙面に「苺酒」の文字を見つけられず、小首を傾げまわるゼータの肩をレイバックが叩く。
「苺酒はあっちだ。季節のお勧め、と書いてあるだろう」
レイバックの指さす先は厨房の背面の壁だ。横並びに張り付けられた短冊型の白紙には、それぞれに手書きで料理名と酒名が記載されている。苺酒、白桃酒、ヨーグルト酒、帆立の丸焼き、椎茸の酢味噌、柚子味噌お握り、その他諸々。メニュー表に書かれた料理も魅力的だが、季節限定とくれば食指が動く。「全部ください」と叫びたいところではあるが、多量の料理を一気に頼むなとの忠告を受けたばかりだ。
ゼータが口内に湧いた涎を必死に啜っていたところで、テーブルの上には発泡酒と苺酒が滑り込んできた。泡立つ発泡酒は確かに美味そうだが、店主お墨付きの苺酒には遠く及ばない。レイバックの左手に掴み上げられた苺酒からは、瑞々しい苺の芳香が漂ってくる。水面に浮かんだ苺の欠片が香しさを放っているのだ。ごくりと喉を鳴らすゼータの目の前で、レイバックはさも美味そうに苺酒を飲み干してゆく。飲みたければ、自分で頼みたまえ。
厨房では、店主が串肉の準備に取り掛かっていた。厨房の一角、丁度レイバックとゼータの目の前に位置する場所には焼き台が備えられているのだ。店主の手が焼き台の下部にあるスイッチを押すと、台の内部には橙色の火がともる。焼き台上部の鉄網が程良く熱せられた頃に、店主の手は生の串肉を次から次へと並べていく。串肉がじゅうじゅうと焼き音を立て始めるまでに、さほどの時間は要しない。
ゼータは発泡酒のグラスに片手を添えながら、串肉に焼き色が付いていく様子を眺めていた。酒好きのゼータが歓楽街の居酒屋を訪れる機会は多い。ある時には魔法研究所の仲間達と、またある時には単身で、少なくとも週に一度は必ずと言って良いほど歓楽街に足を運んでいるのだ。歓楽街に馴染みの居酒屋も多い。しかしこうして厨房の様子を覗き見ることができる店は初めてだ。玄人の調理風景が一種の見世物のようであることは然ることながら、調理前の食材を直接見られれば安心感も生まれる。この居酒屋が薄暗い路地に位置していながらも適度な客入りを確保しているのは、対面式厨房の物珍しさと安心感が要因を担っているのかもしれない。
串肉観察に没頭していたゼータの膝を、レイバックが叩く。
「ゼータ、本題を話しても良いか」
「あ、はい。良いですよ」
レイバックはゼータの耳元に口を近づける。店内にいる他の客人に、話の内容が聞こえないようにという配慮だ。串肉の焼き音に搔き消されそうな小さな声音を、聞き漏らさんと耳を澄ます。
「俺が今日一日王宮を空けていたのは、アポロ国王に会うためだったんだ。直接会って話がしたいと文で呼び出されてな。内々に済ませたい話ということだっただから、互いに供も付けず国境の集落で落ち合ったというわけだ。話の内容は想像も付いていると思うが、対魔族武器開発の終末についてだ。事件の概要については、クリスの証言で大方間違いはない」
ゼータはおよそ半年前の記憶を辿る。魔導大学の内部で密かに行われていた対魔族武器の研究開発。感情のない兵士となり得る等身大魔導人形の開発、元来薬剤耐性の強い魔族に効く毒薬の開発、強大な魔法攻撃に耐えうる防具の研究。魔族との戦いにおいて有用と思われる多種の武器が秘密裏に開発され、それらの武器はクリスが責任者を務める対魔族武器専用地下治験場へと流れ込んでいた。ロシャ王国の法において死罪を言い渡された魔族を相手に、開発された武器薬剤の治験を行うためである。
対魔族武器開発の先導者は王宮の一官吏である、とクリスは言った。アポロが魔族友好的な国政へと舵を切ってからというもの、ロシャ王国の王宮内部は勢力が二分された。現国王アポロ率いる魔族友好派と、次期国王アムレット率いる魔族非友好派。率いると言ってもアポロとアムレットが互いの臣下に直接指示を下しているという事実はなく、国王の名の元に集った官吏が勝手に火花を散らしているだけ。政権交代を数年後に控え王宮内の勢力図が激しく揺らぐ中、今回の事件は起こった。
「武器開発の先導者は公安省に所属する特級官吏だそうだ。名は聞いていないが、王宮内でもやり手で通っている男らしい」
「特級官吏?」
「上級官吏の上位職であると聞く。長官、という言い方もしていたな。うちとは職位構成が違うから正確な立ち位置はわからんが、公安省という組織の頭を務める男らしい」
「…よくわからないです」
「一言でいえば国家の御偉い様だ。そいつは特級官吏の地位を剥奪され、遠地の村役場へと左遷されたらしい。現王妃殿の生家がある村だから、金輪際アポロ国王の意に背いた行動は出来んだろうということだ」
国政に疎いゼータには、地方への左遷という処罰がどの程度のものであるかなど到底想像が付かない。しかし先導者の男の元々の地位を考えれば、地方役場への左遷など島流しに等しい処罰と感じるのかもしれない。
それでも最低限生きるための糧は残されたのだ。不自由の多い地方集落でも、職があれば人並みの生活は保障される。例え養うべき家族がいたとしても、収入にあった慎ましやかな生活を身に着ければ生きていくことが十分に可能なのだ。男は自らに残された最後の糧を必死に守ろうとするはずだ。人として最低限の尊厳を残されたからこそ、最早反意の芽など芽吹かない。再びアポロの意に背き、全てを失うことは何よりも愚かだ。
「対魔族武器開発に関わったとされる他の官吏は、皆戒告と減給の処分を下されている。魔導大学学長であるセージの処分については検討中。聞くところによると、セージ自身は魔族友好派に類する人間らしい。しかし野心的な思想が強く、今回に一件はアムレット皇太子に取り入ろうとした結果の行動ではないかということだ。関係官吏の話を聞く限り、セージが対魔族武器開発に積極的に関与していたという事実はなく、見て見ぬ振りをしていたという見方が強い。魔導大学の頭として優秀な人物であることに変わりはないから、極力穏便な処罰で済ませたいとアポロ王は言っていた」
レイバックがそこまで語り終えたとき、ゼータの目の前に串肉の盛り合わせが滑り込んできた。麻の葉模様の平皿に盛られた12本の串肉。肉の種類も部位も様々な串肉は、どれもこんがりと焼けて美味そうだ。ゼータは空になった発泡酒のグラスを店主に手渡し、代わりに苺酒を注文する。レイバックはヨーグルト酒と、季節のお勧めである数種のつまみだ。店主は忙しく料理の準備を始め、レイバックとゼータは会話に戻る。
「今回の件で幸いだったのは、アムレット皇太子が対魔族武器開発に一切関りを持っていないことだ。それは関係官吏らの証言からも証明されていて、事実を知ったアムレット皇太子は相当落ち込んでいると聞く。良いように名を利用されていたわけだからな。当然と言えば当然だ」
「アムレット皇太子の魔族嫌いは、ロシャ王国の民の間でも有名な話らしいですよ。彼が次期国王として王宮に入って以降、民の中でも魔族友好派と非友好派の人間が対立する嫌いがあるみらいです。先月魔法研究所に在籍する人間の研究員が、私用でロシャ王国を訪れていたんです。帰国後に愚痴を零していましたよ。ドラキス王国に住んでいるというだけで、話す相手によっては酷く冷たく扱われるんですって」
ゼータの言葉に、レイバックは溜息とともに肩を落とす。
「いっそ憐憫の情すら覚えるな。なぜ文献上の出来事や他人の経験を、あたかも己が経験した事のように人生観に織り込んでしまうのか。人間が魔族に虐げられた歴史があるからといって、今の世で同様の歴史が繰り返されるはずもない。魔族と諍いを起こした友人がいるからといって、それが魔族を毛嫌いする理由には成り得ない。過去は過去、今は今。他人は他人、己は己。こんな簡単なことがなぜ理解できないのか」
「人間は情に厚い種族ですからね。血縁関係や地域関係を大切にするし、種族意識も強い。思考の伝染力が強い種族である、とも言い換えられますか。一人の人間が経験した不条理が、種族全体の不条理として皆に伝染してしまうんでしょう」
「厄介なのは、嫌悪の感情は好意の感情よりも遥かに強烈であるということだ。好意は容易く嫌悪に代わるが、嫌悪を好意に変えることは困難だ。一度魔族非友好派に回ってしまった人間を、魔族友好派に転換させることは不可能に近い」
言って、レイバックはさらにゼータの側へと肩を近づける。さぁここからが本題だとばかりに声を低くする。
「実はその不可能を、可能にせねばならぬ事情ができてな。これはアポロ王直々の願いなんだが―」
そのとき、テーブルの上にヨーグルト酒と苺酒のグラスが滑り込んできた。次いで市松模様の小鉢に盛られた椎茸の酢味噌。配膳の礼を言うため顔を上げれば、目の前には店主の男が立っている。
「あんたら、タキさんの紹介で来たと言ったな。タキさんの友人か?」
重低音の耳に心地よい声だ。ゼータとレイバックはこの時は初めて、店主の風貌を真正面から眺め見る。魔族らしい特徴を持ち合わせていないから、恐らくは人間の男性だ。少し長めの黒髪に長さが疎らな無精髭。耳にはいくつものピアスを付けている。背丈はゼータと同程度だが、身体つきはゼータよりも遥かにたくましい。一見すれば荒くれ者とも思しき風貌だが、彼が気の良い男であるとは事前に情報を得ている。「歓楽街の外れにアキラという男の営む居酒屋がある。喋り好きで気の良い男だから、機会があれば訪れてみてくれ」ポトスの街でカフェを営む、タキの言葉だ。
レイバックは店主の問いに答えるべく、テーブルの上に身を乗り出した。店内は串肉の焼ける音や人の話し声で騒がしい。顔を近づけ、声を張らねばまともな会話は困難だ。
「俺達はタキさんのカフェの常連なんだ。週に一度はお邪魔している」
「ああ、そうなのか。最近姿を見ないが、タキさんは元気にやっているか」
「元気だが、ここ数週間忙しそうではあるな。客入りが増えてきたから新しく店員を雇ったんだと言っていた。慣れに新人教育に時間を食っているようだ」
「てことはカフェの経営は順調なのかい。嬉しい知らせだな」
店主は片手で串肉を返しながら、空いたもう一方の手で酒瓶を持ち上げた。厨房台に置かれた空のグラスになみなみと酒が注がれてゆく。どこか別の席で酒の注文が入っていたのか。そう思って眺めていれば、店主の男は満杯のグラスを自らの口元へと運んだ。黄金色の発泡酒が、見る間に店主の口内へと消えて行く。わずか10秒にも満たぬ間に、グラスは再び空となった。何事もなかったかのように串肉を返す店主を前に、ゼータとレイバックはぽっかりと口を開けていた。
居酒屋店員の飲酒は特別珍しい光景ではない。歓楽街には店員を相手に会話を楽しむという趣向の居酒屋が存在し、そのような店では会話相手となる店員も酒を嗜むのだ。店員の酒代は客人の飲酒代に含まれるから、会話が弾めばその分酒代も膨れ上がる。人の酒代を払わねばならぬという仕組みを嫌煙する者も多いが、一部の層には根強い人気を誇ることもまた事実。人気の理由は提供される会話の質だ。特殊な訓練を積んだ店員は、医療から教育に至るまで様々な分野に関する専門的な知識を持ち合わせており、いかなる偏執的な会話にも相応の答えを返して見せる。会話を盛り上げ、客人を持ち上げる術にも長けているのだ。例え高い金を払っても、修練者との卓越した会話を望む者は少なくない。王宮の官吏の中にも常連客の多い場所だ。
そのような居酒屋の例があるのだから、店員が接客中に飲酒を行うということは特段珍しくはない。しかしどのような例を含めてみても、厨房に立つ料理人が飲酒をするという姿は未だかつて見たことがなかった。対面式の厨房を備える居酒屋がそもそも珍しいのだから、客人が料理人の姿を目にすること自体が稀なのだ。それでもと言うべきか、だからこそと言うべきか。厨房の店主が飲酒をするという光景は奇妙でもあり、楽しくもあった。物珍しくはあるが悪い気はしないのだ。個人で居酒屋を営むくらいなのだから、彼は酒好きであり喋り好きなのだ。王宮の官吏のようにお堅い職ではないのだから、業務中の飲酒も雑談も咎められる物ではない。
ゼータとレイバックの熱視線を物ともせずに、店主は焼き上がった串肉を平皿へと盛った。肉が焼けたぞ、と叫べば、テーブル席に座る客人の一人が皿を取りにやって来る。空のグラスを厨房に置き、代わりに串肉の盛り合わせを両手で抱え、それが当たり前とでもいうようにテーブル席へと戻っていった。空のグラスを洗い場へと放り入れた店主は、次なる焼き物へと取り掛かる。赤々と燃える焼き台にのせられた物は貝付きの帆立貝だ。赤ら顔で、鼻歌交じりに帆立貝をつつく店主の姿は見るに楽しい。
「さっき官吏と聞こえたな。あんたら王宮で働いているのか」
上機嫌の店主の問いには、ゼータが答える。
「私は研究所勤務です。仕事柄王宮に出入りする機会はありますけれどね。隣の彼は王宮の者ですよ」
「そうかい。身体つきを見るに、王宮軍の兵士というところか?」
酢味噌椎茸を片頬に詰めながら、レイバックはもごもごと口を開いた。
「まぁ、そんなところだ」
会話を肴に酒は進み、気が付けば時計の時刻は21時を回っていた。店内に立ち入った時刻が18時を過ぎた頃であったから、何だかんだと3時間近くは居座っていたことになる。テーブル席の集団客もカウンターの別端にいた2人組も、今は別の客人に入れ替わっていた。料理の注文が殺到し、店主が忙しく厨房を動き回り始めたので、レイバックとゼータはどちらともなく席を立つ。そろそろお暇の時間だ。
「勘定を頼む」
「ああ、そこの伝票に書いてある金額を置いていってくれ。端数は切り捨てて良い」
ざっくりとした勘定を済ませた2人は、忙しく調理に当たる店主に礼を言いほろ酔い気分で店を出た。
居酒屋の外は相変わらずの薄暗がりであった。数10m先にある歓楽街の本通りからは、熱気籠る喧騒が流れ込んでくる。賑やかさに誘われるようにして、1歩2歩と歩き出す。
「よく喋る店主だったな」
「そうですね。初めは怖い人かとも思いましたけれど、タキさんの情報に間違いはなかったです」
「料理も美味かった。酒の質も良い。季節のお勧めを全品食べられなかったことが悔やまれるな」
「近々また顔を出しましょう。私、串肉をもう少し食べたかったんですよ。つくね串が絶品でした」
「…待て。俺は一本も食べていないぞ」
「すみません。盛り合わせのつくね串は全て私が頂きました。一玉くらいレイに贈呈せねばと思ってはいたんですけれど、気が付けば完食していました」
「お前…」
語らううちに、喧騒はもう目の前だ。
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