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無垢と笑えよサイコパス
後日談:例の土産
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「そういえば、私への土産って何だったんですか?」
ゼータがそう尋ねたのは、魔導大学の視察を終えて数か月の時が経とうという頃であった。執務机で書き物をしていたレイバックは手を止め、はて何のことであったかと首を傾げる。
「リモラ駅で買った物ですよ。ほら、奥さんのために買ったという個性的なお土産です」
「…ああ」
それは魔導大学滞在3日目の出来事だ。ゼータとともに博物館を見るのだと駄々をこねるレイバックが、イースの手によりリモラ駅へと連れ出されたときのこと。半ば引き摺られるようにしてリモラ駅へと向かったレイバックであるが、「奥さん」への土産を購入してからは大層ご機嫌であったのだと、後の飲み会の最中にイースが暴露したのだ。
すっかり忘れていた様子のレイバックは、執務机の引出しを片端から開ける。間もなくして引出しの奥底から探り当てられた例の土産がゼータに向かって放られる。ゼータはソファに座り込んだまま、手を伸ばしてその土産を抱きとめる。それは厚さが1㎝にも満たない書物だ。表紙には丸文字でこう書かれている。
―ロシャ王国に生息する魔獣~これで貴方も魔獣博士~
「リモラ駅の書店で買った物だ。子ども向けの書物だが、独特の挿絵が多くて面白いんだ。それぞれの魔獣に関する記述も、人間目線で書かれているから興味深い」
「すこぶる面白そうじゃないですか。ありがとうございます」
心からの謝辞を述べ、ゼータは書物の表紙を捲る。目次の欄に書かれている魔獣の名称は、ドラキス王国でも見かける有り触れた魔獣ばかりだ。ぱらぱらと読み進めれば、彩鮮やかな魔獣の挿絵が目に飛び込んでくる。子ども向けの書物であるためか、やんわりとした表現の記述が笑いを誘う。
―ケルベロス 3つの頭を持つ犬型の魔獣だよ。とっても凶暴で好戦的。森の中で見かけたら、気付かれないようにその場を離れよう。パンやお菓子が大好きだから、餌を囮に逃げるのも良いね
くすくすと笑いを零すゼータに向けて、今度は小さな紙包みが放られた。薄水色の紙包みは、ゼータの膝の横に音を立てて落ちる。
「それはルナに」
「え、ルナ?」
ゼータでは駄目なのか。戸惑うゼータが紙包みを拾いあげたとき、レイバックは唐突に席を立った。ズボンのポケットに両手のひらを突っ込んで、そそくさと部屋を出て行こうとする。その土産物の開封には立ち会いたくない、とでも言いたげだ。
「身に着けるのは気が向いたときでいいから」
早口でそう言い残し、レイバックは執務室の扉の向こうへと消えた。
一人残されたゼータは、膝の上で紙包みを開ける。菓子を包むような可愛らしい包装紙の中身は、折り畳まれた小さな布であった。細かな刺繍のあしらわれた、手触りの良い緋色の布。ハンカチだ、と思い至る。レイバックはリモラの街で、十二種族長への土産として刺繍入りのハンカチを購入している。皆へ手渡す前に一通りの品を見せてもらったが、さらりとした肌触りの絹のハンカチは土産物として最適であった。しかしなぜハンカチを渡す相手が、ゼータではなくルナなのだ。湧いて出た疑問に首を傾げながら、ゼータは小さな緋色の布を開く。
「…え」
それはハンカチなどではない。女性用の下着であった。それも店頭でよく見かける一般的なデザインの下着ではない。上下一揃いのその下着は、布地の面積が異常に少ないのだ。胸部と陰部を覆い隠すための下着であるはずなのに、布面積は片手の手のひらに収まる程度しかない。ハンカチと勘違いしても致し方がないサイズ感だ。
ゼータは震える手で、ブラジャーと思われる布地を広げた。我が目を疑うほどの頼りなさである。緋色の肩紐は千切れんばかりに細く、肩紐に繋がる胸部の布は左右の布地がそれぞれ5㎝四方にも満たない。身に着ければ確かに胸の先端は隠れるだろうが、乳房は丸出しだ。ホタテの貝殻を胸に当てた方がまだましである。
もう一方の布地―ショーツはと言えば、こちらもまた発狂するほどの頼りなさだ。陰部を覆う小さな三角の布地以外は、ほとんどが紐。陰部は隠れても桃尻は丸見えだ。ふんどしの方がまだ安心感がある。
ゼータは淫猥な布地を丁寧に折りたたみ、薄水色の包装紙にくるみ込んだ。レイバックの言葉が頭の中で反響する。
―身に着けるのは気が向いたときでいいから
「気が向くわけがないでしょうが!」
ゼータの怒声は、他に人のいない執務室に大きく響き渡った。
ゼータがそう尋ねたのは、魔導大学の視察を終えて数か月の時が経とうという頃であった。執務机で書き物をしていたレイバックは手を止め、はて何のことであったかと首を傾げる。
「リモラ駅で買った物ですよ。ほら、奥さんのために買ったという個性的なお土産です」
「…ああ」
それは魔導大学滞在3日目の出来事だ。ゼータとともに博物館を見るのだと駄々をこねるレイバックが、イースの手によりリモラ駅へと連れ出されたときのこと。半ば引き摺られるようにしてリモラ駅へと向かったレイバックであるが、「奥さん」への土産を購入してからは大層ご機嫌であったのだと、後の飲み会の最中にイースが暴露したのだ。
すっかり忘れていた様子のレイバックは、執務机の引出しを片端から開ける。間もなくして引出しの奥底から探り当てられた例の土産がゼータに向かって放られる。ゼータはソファに座り込んだまま、手を伸ばしてその土産を抱きとめる。それは厚さが1㎝にも満たない書物だ。表紙には丸文字でこう書かれている。
―ロシャ王国に生息する魔獣~これで貴方も魔獣博士~
「リモラ駅の書店で買った物だ。子ども向けの書物だが、独特の挿絵が多くて面白いんだ。それぞれの魔獣に関する記述も、人間目線で書かれているから興味深い」
「すこぶる面白そうじゃないですか。ありがとうございます」
心からの謝辞を述べ、ゼータは書物の表紙を捲る。目次の欄に書かれている魔獣の名称は、ドラキス王国でも見かける有り触れた魔獣ばかりだ。ぱらぱらと読み進めれば、彩鮮やかな魔獣の挿絵が目に飛び込んでくる。子ども向けの書物であるためか、やんわりとした表現の記述が笑いを誘う。
―ケルベロス 3つの頭を持つ犬型の魔獣だよ。とっても凶暴で好戦的。森の中で見かけたら、気付かれないようにその場を離れよう。パンやお菓子が大好きだから、餌を囮に逃げるのも良いね
くすくすと笑いを零すゼータに向けて、今度は小さな紙包みが放られた。薄水色の紙包みは、ゼータの膝の横に音を立てて落ちる。
「それはルナに」
「え、ルナ?」
ゼータでは駄目なのか。戸惑うゼータが紙包みを拾いあげたとき、レイバックは唐突に席を立った。ズボンのポケットに両手のひらを突っ込んで、そそくさと部屋を出て行こうとする。その土産物の開封には立ち会いたくない、とでも言いたげだ。
「身に着けるのは気が向いたときでいいから」
早口でそう言い残し、レイバックは執務室の扉の向こうへと消えた。
一人残されたゼータは、膝の上で紙包みを開ける。菓子を包むような可愛らしい包装紙の中身は、折り畳まれた小さな布であった。細かな刺繍のあしらわれた、手触りの良い緋色の布。ハンカチだ、と思い至る。レイバックはリモラの街で、十二種族長への土産として刺繍入りのハンカチを購入している。皆へ手渡す前に一通りの品を見せてもらったが、さらりとした肌触りの絹のハンカチは土産物として最適であった。しかしなぜハンカチを渡す相手が、ゼータではなくルナなのだ。湧いて出た疑問に首を傾げながら、ゼータは小さな緋色の布を開く。
「…え」
それはハンカチなどではない。女性用の下着であった。それも店頭でよく見かける一般的なデザインの下着ではない。上下一揃いのその下着は、布地の面積が異常に少ないのだ。胸部と陰部を覆い隠すための下着であるはずなのに、布面積は片手の手のひらに収まる程度しかない。ハンカチと勘違いしても致し方がないサイズ感だ。
ゼータは震える手で、ブラジャーと思われる布地を広げた。我が目を疑うほどの頼りなさである。緋色の肩紐は千切れんばかりに細く、肩紐に繋がる胸部の布は左右の布地がそれぞれ5㎝四方にも満たない。身に着ければ確かに胸の先端は隠れるだろうが、乳房は丸出しだ。ホタテの貝殻を胸に当てた方がまだましである。
もう一方の布地―ショーツはと言えば、こちらもまた発狂するほどの頼りなさだ。陰部を覆う小さな三角の布地以外は、ほとんどが紐。陰部は隠れても桃尻は丸見えだ。ふんどしの方がまだ安心感がある。
ゼータは淫猥な布地を丁寧に折りたたみ、薄水色の包装紙にくるみ込んだ。レイバックの言葉が頭の中で反響する。
―身に着けるのは気が向いたときでいいから
「気が向くわけがないでしょうが!」
ゼータの怒声は、他に人のいない執務室に大きく響き渡った。
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