【BL】齢1200の龍王と精を吸わないオタ淫魔

三崎こはく

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無垢と笑えよサイコパス

帰還-1

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 目覚めた瞬間に思う。はて、ここはどこであったか。
 まず初めに目に入った物は長方形の窓だ。カーテンの引かれていない窓ガラスの向こう側には澄んだ青空が広がっている。青々と茂る街路樹の葉がそよ風に揺らめき、1枚2枚と落ち葉を散らす。次に目に入った物は開け放たれたままの救急箱だ。窓ガラスのすぐ傍には小さな丸テーブルが置かれていて、救急箱から飛び出した包帯やら塗り薬やらが散らばっている。床に落ちた血濡れのガーゼを見て、ようやく気付く。ここは教養棟の客室だ。昨晩日付も変わる頃に、レイバックに背負われこの場所に戻ってきた。

 ゼータはころりと寝返りを打つ。眠気眼に鮮やかな緋色が飛び込んできた。形の良い緋色の頭が、真っ新な枕に沈んでいる。そういえば客室はダブルベッドであったのだと、今更ながら思い至る。視察の手配をした王宮の官吏が気を利かせてくれたのだ。「俺が浮かれて新婚旅行に行くなどと豪語していたのが悪かった」とレイバックは言った。しかしこうして滞在最終日を迎えてみると、新婚旅行には程遠い旅路となってしまった。

「レイ、感謝しています」

 呟き、緋色の髪に手を伸ばす。枕に沈む頭部を撫でるつもりであったのだ。しかし手のひらが頭髪に触れる寸前に、ゼータは驚きに目を見張る。眠気が一気に覚める。

「レイ、レイ!髪髪髪髪!」
「何だ、敵襲か!」

 ゼータの叫びは早朝の客室によく響き、レイバックもまた叫びとともに跳ね起きた。跳ね起きたまま勢い余り、ベッドの端から転がり落ちる。尻を打ち付け悲鳴を上げる。布団を身体に巻き付け痛みに呻く様は、哀れを通り越して滑稽だ。

「…いきなりどうした」

 一通り身悶えた後に、レイバックはベッドの上へと戻ってきた。一国の主を床の上でのたうち回らせた申し訳なさから、ゼータは枕の脇に正座である。

「すみません…。あの、髪どうしたんですか?」

 ゼータは震える指先で、レイバックの頭部を指さした。いつも好き勝手に跳ね回っている緋色の髪は、今や見る影もない。もみあげや襟足は髪の色がわからないほどに刈り込まれているし、眉に掛かっていた前髪は生え際ぎりぎり。一言で言い表せば「丸坊主」だ。
 何だそのことかと、レイバックの左手は自身の頭頂に触れる。

「昨晩ビットに切ってもらったんだ。目立つ緋髪は隠密に不向きだろう。帽子で隠すにも限界があるし、手っ取り早く切ってしまおうと思って」
「手っ取り早くって…王様のトレードマークをそんな簡単に…」

 ゼータの言葉は尻すぼみに消える。確かにレイバックの容姿は隠密には不向きだ。黒の衣服で身を固めても、派手な緋髪緋眼は嫌でも人の目に留まる。目深に被った帽子で目元と頭髪を隠したとしても、後れ毛一つで全てが水の泡だ。鮮やかな警戒色は、例え一瞬でも人の目に強く焼き付く。
 隠密の遂行を第一に考えるのならば、目立つ頭髪など刈り取ってしまうのが最短で最善。そうであると理解はできるが、燃えるような緋髪はレイバックの象徴でもあるのだ。「緋髪緋眼の神獣の王」レイバックはゼータのために、王の象徴を一つなくしてしまった。罪悪感に項垂れるゼータの肩を、レイバックの手のひらが叩いた。

「あまり気に病むな。髪は伸びるし傷は癒える。一番大切なものを取り返したんだから、他の何をなくしても惜しくはないさ」

 レイバックがそう言って笑うものだから、ゼータは罪悪感に加え気恥ずかしさで消え入りそうだ。温かな手のひらが、ゼータの肩を労わるように撫でる。朝日に照らされた客室が、途端に艶やかな空気に満ちる。ロシャ王国滞在中は友人同士を装っていたとはいえ、2人はれっきとした王と妃。愛し合い、結婚式まで上げた仲なのだ。触れ合いの先を求めるように、レイバックの指先はゼータの顎に掛かる。
 沈黙の中見つめ合う2人であるが、彼らの唇が触れ合うことは終ぞなかった。場の雰囲気に耐え兼ねて、ゼータが盛大に噴出したためだ。

「全然締まらない」

 肩を震わせ笑いを零すゼータ。レイバックは苦笑いだ。恋人同士に相応しい雰囲気を作りながらも、2人が口付けに至らなかったのにはもちろん相応の理由がある。そしてその理由について言及するためには、時を6時間ほど巻き戻さねばならない。

 昨晩レイバックの背に揺られ客室まで運び込まれたゼータは、レイバックの手当てを手伝う間もなく眠りに落ちた。魔封じの首輪の効力のためか、それとも身体に残る睡眠薬の影響か。押し寄せる眠気には抗えなかったのである。レイバックの頭髪の変化に気付かなかったのもそのためだ。
 ゼータの入眠を確認したレイバックはと言えば、窓際の椅子に座り込んで一人黙々と傷口の手当てに当たった。血を拭き取った傷口に血止めの薬を塗り、ガーゼをあてて包帯を巻く。この間わずか3分。日頃から王宮隋一の剣士として鍛錬を行うレイバックにとって、切り傷の手当ては慣れたものだ。手当てを終えたレイバックは、欠伸とともに布団に潜り込んだ。肩まで布団を掛けた後、思い出したように身体を捩る。布団の中でズボンを脱ぎ、床に放る。下着一枚で眠りに就くなど、カミラに知れれば文句散々だ。しかし今は寝間着を着る時間も惜しい。ゼータ不在による連日の睡眠不足に加え、現在の時刻は午前0時をとうに過ぎている。屈強な身体を持つレイバックと言えども体力は限界であった。
 柔らかな枕に頬を付け、一息を吐く。目の前にあるゼータの寝顔を眺め、ふと気付く。すやすやと眠るゼータはしっかりと衣服を着込んでいる。辛うじて靴は脱いでいるものの、シャツも靴下もそのままだ。固い麻のシャツでは寝心地が悪かろう。そう思い立ったレイバックは、布団の中でゼータの衣服を脱がしに掛かった。シャツを剥ぎ、ズボンを脱がせ、両足の靴下を引き抜く。脱がせた衣服は全て床に放り出し、下着一枚となったゼータの姿を確認したレイバックは、満足したように眠りに就いたのだ。

 つまりである。ゼータとレイバックはともに下着一枚という格好で一晩を明かしたということだ。さらに言えば、ゼータの叫びに驚きベッドから転がり落ちたレイバックも下着一枚、罪悪感に苛まれベッド上に正座したゼータも下着一枚だ。「他の何をなくしても惜しくはない」と豪語したレイバックですら、下着一枚である。夜分灯りを落とした部屋で下着一枚となれば雰囲気もあるが、今は早朝。それも互いに寝不足で疲れ果てた顔をしている。余程の恋愛猛者でなければ、色気のある空気など醸しようもない。
 苦笑いを零しながら、レイバックの指先はゼータの顎から離れた。代わりにとん、と肩を叩く。

「シャワーを浴びてくると良い。朝食の前に荷造りを済ませてしまわないと」

 レイバックに促され、眺め見た客室の中は酷い有様だ。ベッドの両端には昨晩脱ぎ散らかした衣服がそのままであるし、窓際の床には血の付いたガーゼが散らばっている。6日間口を閉ざしたままのゼータの鞄は綺麗なものであるが、レイバックのカバンからは未使用の衣類や洗顔用品が飛び出していた。いつ食んだともわからぬ菓子袋もそのままだ。
 ゼータは散らかり放題の客室内部を黙認し、刻々と時を進める時計の針を確認し、慌てた様子で浴室へと向かうのであった。
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