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無垢と笑えよサイコパス
真実は
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規則正しい時計の音が響いていた。かち、かちと生気のない音は、他に動く物のない地下研究室の内部に響き、消える。ゼータは研究室の中央に置かれたソファに座り込んで、随分と長いこと時計の音に耳を澄ませていた。時計の針は刻々と時を刻み、まもなく午前10時を指そうとしている。
「今度は色よい返事をもらえると良いな」クリスがそう言って笑ったのは、昨日の正午過ぎのこと。それから丸一日近くが経とうというのに、現状を打開するための良い手段は思い浮かばない。閉じ込められた地下研究室の扉は開かず、魔力を封じるために首輪は外せず、交渉は膠着状態。扉を開けろとクリスを脅す手段をとれないこともないが、国家間の関係を考えれば極力暴力的な手段は取りたくなかった。何よりも今、地下研究室の内部には武器となりそうな物を何もないのだ。工具箱に入っていたノコギリもナタもトンカチも、調理台の包丁やハサミも、全てクリスが持ち去ってしまった。研究職のクリスは筋肉質とは言い難いが、ゼータよりも遥かに長身だ。素手でみ合えば負けることは目に見えている。
「八方塞がり」
柔らかなソファに身を横たえ、ゼータは溜息をついた。
それからまた随分と長いこと、ゼータは時計の音に耳を澄ませていた。洗剤の匂いのするクッションに顔を埋め、目を閉じ、ソファの上で丸々と身体を丸める。鉄杭を受けた右脚太腿の傷がじくりと痛んだ。深さのある傷であったが経過は順調。化膿はせず炎症や発熱もない。長い距離を歩くことはまだ不可能だが、地下研究室内の移動に不自由はなかった。それもこれも全てクリスの適切な処置のお陰だ。傷を負った直後の処置だけにあらず、クリスは連日甲斐甲斐しくゼータの怪我を世話している。包帯を解き、傷の状態を観察し、薬を塗る。そして慣れた手つきで新しい包帯を巻く。医療に知のないゼータにでもわかる、正確で適正な処置だ。
ゼータは薄目を開けて、ソファの外に投げ出された手のひらをぼんやりと見つめた。いつもと何ら変わりない自身の手、しかしその手が今は酷く頼りなく見える。なぜと聞かれれば魔法を使えないからだ。魔封じの首輪により魔力を封じられた今、ゼータは簡単な生活魔法ですら使うことができない。ゼータが念じれば火灯りをともし、突風を巻き起こし、ときには人の命をも奪い去る強靭な手のひらは、今は人並以下の握力しか有さない脆弱な代物だ。
今のゼータには人の悪意と戦う術がない。クリスは敵ではない。しかし必ずしも味方ではない。今でこそ甲斐甲斐しくゼータの世話を焼いているクリスであるが、交渉が決裂したときにどう動くのかは検討が付かないのだ。昨日の様子を伺う限り、クリスが「ゼータの魔導大学移籍」の条件を譲るつもりはない。手を変え言葉を変え、巧妙に説得を続けるだろう。しかし悪いことに交渉期限はすでに決まっている。4日後に迫る視察員の帰国日、その日までには否が応でも決着を付けなければならない。クリスの言う条件を呑むか、否か。
ドラキス王国の王妃であるゼータがロシャ王国に移住することなど許されない。ならば返す答えは否しかない。交渉の行く先は決裂。そのときに果たしてクリスはどう動く。無条件での解放は在り得ない。考え得るのはクリスが交渉権を他者に譲り渡すことだ。単独での説得を諦めて、セージを含む魔導大学の上層部を交渉に巻き込むこと。その瞬間に地下研究室でのささやかな不祥事は、国家規模の大事件となる。ゼータは言い定められた規則を破り、国家機密を盗み見た罪人。下手をすれば諜報員扱いで投獄だ。上級官吏と地位を偽っているレイバックは、今回の件で派手に立ち回ることはできない。最悪ゼータは自らの非を咎められ単身ロシャ王国に置き去りだ。そうなればお世辞にも口の上手いとは言い難いゼータが、自らの無実を証明することなど不可能で、罪人ゼータは冷たい牢獄に―
「…駄目駄目駄目!」
不吉な妄想を振り払うように、ゼータは頭を振った。大丈夫、まだ時間は残されている。今ゼータにすべきこと、それはクリスとの交渉を穏便に終えることだ。より良い条件を提示して、クリスに「ゼータの魔導大学移籍」を諦めさせること。そしてそれができないのなら、クリス不在の間に地下研究室から脱出を図るしかない。自らの脚で教養棟に戻り、レイバックに事情を説明して庇護を求める。レイバックを交え3人で交渉を行い、ドラキス王国とロシャ王国双方にとって不利のない終着点を見つけるのだ。
よし、と声を上げて、ゼータは勢いよくソファを立った。右脚の傷がずきりと痛むが、気にしている暇などない。今頃クリスは教養棟で、視察員に混じりルーメンの講義を受けているはずだ。講義を終え、学生窓口で資料を受け取ったクリスが再び地下研究室に戻るまでおよそ2時間。それがゼータに与えられた画策の時間だ。2時間の間に地下研究室からの脱出の手段を確保する。今日すぐに脱出を図らずとも、いざというときにための逃げ道を確実に確保するのだ。そうすれば諜報員容疑での投獄という末路は避けられる。
人気のない研究室で、ゼータは一人勇み立つ。
やる気に満ち溢れたゼータがまず先に向かったのは、地下研究室にたった一つある出入り口だ。取っ手をがちゃがちゃと動かすも、重たい鉄の扉はうんともすんとも動かない。これについては予想済みである。早々に扉から離れたゼータは、次に研究室の壁に叩いて歩いた。地上から地下研究室へと続く扉が隠し扉であったのだから、地下研究室の内部に、さらに別の場所へと続く扉が設けられていたとしても不思議ではない。そう考えたのだ。しかし努力とはそう簡単には実らないもので、壁の向こうに不可解な空洞はない。隣接する小部屋、浴室、便所の壁も同様だ。床と天井にも、隠された抜け道は見つからない。
扉は開かず、隠された出口もない。ならば残された手段は一つ、魔封じの首輪を外すことだ。この手段が一番実現可能性は高いとゼータは踏んでいた。クリスは初めからゼータとの交渉を目的として魔封じの首輪を装着した。つまり首輪は外せてしかるべきなのだ。さらにクリスは初日の交渉時に「魔導大学に移籍すると宣言すれば、すぐに首輪を外して扉を開けてあげるよ」と言い放っている。その言葉から推測するに、魔封じの首輪はクリス一人の力で解除ができる代物なのだ。解除にあたり大掛かりな器具や設備は必要がなく、時間もかからない。「呪文による解除」という言葉がゼータの脳裏をよぎる。
ゼータは再びソファに座り込み、両指先を首輪に添えた。全神経を集中し、呟く。
「解除」
何も起こらない。
「解放」
やはり何も起こらない。
「自由、取り消し、解約!クリス、ゼータ、魔導大学!図書館、地下室、地下研究室!金髪、王子様、王子コン三連覇!」
思いつく限りの単語を羅列するゼータであるが、首輪はゼータの首元に張り付いたまま。その後も首輪を相手に思いつく限りの単語を吐き出すゼータであるが、努力の甲斐虚しく首輪の解除は叶わなかった。
「…いやいや、ここまでは予想の範疇ですよ。まだ奥の手が残されているんですからね」
独り言を零したゼータは、鼻息荒く立ち上がった。右足を引きずり、向かう先はクリスの作業机だ。地下研究室に滞在中、クリスは終始その作業机に座り込んで書き物をしている。当然ゼータがその机に近寄る余地などないわけだが、今机の主は不在だ。つまりゼータが机の中身を漁ったところで咎める者はいない。さらに言葉を変えるのならば漁り放題、ということである。クリスの作業机のどこかに、魔封じの首輪の構造や、解除方法が書かれた資料が隠されている可能性は十分にある。
「…大丈夫」
ゼータは自身に言い聞かせる。クリスは毎日地下研究室を出る際に「余計なことはしないで大人しくしていてよ」と言い残す。しかし決して「作業机を漁らないで」とは言わないのだ。即ちゼータがこれから行う行動は禁忌ではまい。万が一机漁りが明るみになっても、明確な禁止の言を受けてはいなかったと言い逃れることが可能なのだ。脳内で屁理屈をこね回し、意気込んだゼータは作業机上のファイルを一冊取り上げた。何度も扉を確認した後、手にしたファイルを開く。
ファイルの中には大量のメモ紙が挟み込まれていた。左から右へと何度か視線を走らせれば、どうやらそれはクリスの日記のようである。内容は読んだ書物の感想や他愛のない雑学、美味と感じた菓子の名称まで多岐に渡る。ゼータは最初の数ページこそ真面目に目を通していたが、すぐに見切りをつけた。このファイに目的の情報は書かれていない。
次に取り上げたファイルには、大量の公的文書が挟み込まれていた。各研究室より差し出された地下治験場の使用申請書、被験者の輸送日程通知、備品の使用許可証。お堅い文章に目を凝らすゼータであるが、やはり首輪の解除に掛かる目ぼしい情報は見当たらない。
ゼータは結局全ての書類に目を通すことなくファイルを閉じた。このファイルにも望む情報は書かれていない。ファイルを元あった場所に戻す途中で、挟み込まれていた書類の1枚がひらりと落ちる。音もなく床へと滑り落ちた書類を、ゼータは拾い上げる。出向辞令書と表題が記されたその書類には、他の公文書よりも大振りの職印が押されていた。職印の主は公安省長官とされているが、その人物の名に覚えはない。
ふと、書類に記された一文が目に留まった。
―貴殿を対魔族武器専用地下治験場の運営責任者に任命する
ゼータは瞬きを止め、その文章を何度もなぞる。鼓動が逸る。書類をつまみ上げた指先に汗が滲む。
「…対魔族武器?」
ゼータの呟きに返す者はいない。
「今度は色よい返事をもらえると良いな」クリスがそう言って笑ったのは、昨日の正午過ぎのこと。それから丸一日近くが経とうというのに、現状を打開するための良い手段は思い浮かばない。閉じ込められた地下研究室の扉は開かず、魔力を封じるために首輪は外せず、交渉は膠着状態。扉を開けろとクリスを脅す手段をとれないこともないが、国家間の関係を考えれば極力暴力的な手段は取りたくなかった。何よりも今、地下研究室の内部には武器となりそうな物を何もないのだ。工具箱に入っていたノコギリもナタもトンカチも、調理台の包丁やハサミも、全てクリスが持ち去ってしまった。研究職のクリスは筋肉質とは言い難いが、ゼータよりも遥かに長身だ。素手でみ合えば負けることは目に見えている。
「八方塞がり」
柔らかなソファに身を横たえ、ゼータは溜息をついた。
それからまた随分と長いこと、ゼータは時計の音に耳を澄ませていた。洗剤の匂いのするクッションに顔を埋め、目を閉じ、ソファの上で丸々と身体を丸める。鉄杭を受けた右脚太腿の傷がじくりと痛んだ。深さのある傷であったが経過は順調。化膿はせず炎症や発熱もない。長い距離を歩くことはまだ不可能だが、地下研究室内の移動に不自由はなかった。それもこれも全てクリスの適切な処置のお陰だ。傷を負った直後の処置だけにあらず、クリスは連日甲斐甲斐しくゼータの怪我を世話している。包帯を解き、傷の状態を観察し、薬を塗る。そして慣れた手つきで新しい包帯を巻く。医療に知のないゼータにでもわかる、正確で適正な処置だ。
ゼータは薄目を開けて、ソファの外に投げ出された手のひらをぼんやりと見つめた。いつもと何ら変わりない自身の手、しかしその手が今は酷く頼りなく見える。なぜと聞かれれば魔法を使えないからだ。魔封じの首輪により魔力を封じられた今、ゼータは簡単な生活魔法ですら使うことができない。ゼータが念じれば火灯りをともし、突風を巻き起こし、ときには人の命をも奪い去る強靭な手のひらは、今は人並以下の握力しか有さない脆弱な代物だ。
今のゼータには人の悪意と戦う術がない。クリスは敵ではない。しかし必ずしも味方ではない。今でこそ甲斐甲斐しくゼータの世話を焼いているクリスであるが、交渉が決裂したときにどう動くのかは検討が付かないのだ。昨日の様子を伺う限り、クリスが「ゼータの魔導大学移籍」の条件を譲るつもりはない。手を変え言葉を変え、巧妙に説得を続けるだろう。しかし悪いことに交渉期限はすでに決まっている。4日後に迫る視察員の帰国日、その日までには否が応でも決着を付けなければならない。クリスの言う条件を呑むか、否か。
ドラキス王国の王妃であるゼータがロシャ王国に移住することなど許されない。ならば返す答えは否しかない。交渉の行く先は決裂。そのときに果たしてクリスはどう動く。無条件での解放は在り得ない。考え得るのはクリスが交渉権を他者に譲り渡すことだ。単独での説得を諦めて、セージを含む魔導大学の上層部を交渉に巻き込むこと。その瞬間に地下研究室でのささやかな不祥事は、国家規模の大事件となる。ゼータは言い定められた規則を破り、国家機密を盗み見た罪人。下手をすれば諜報員扱いで投獄だ。上級官吏と地位を偽っているレイバックは、今回の件で派手に立ち回ることはできない。最悪ゼータは自らの非を咎められ単身ロシャ王国に置き去りだ。そうなればお世辞にも口の上手いとは言い難いゼータが、自らの無実を証明することなど不可能で、罪人ゼータは冷たい牢獄に―
「…駄目駄目駄目!」
不吉な妄想を振り払うように、ゼータは頭を振った。大丈夫、まだ時間は残されている。今ゼータにすべきこと、それはクリスとの交渉を穏便に終えることだ。より良い条件を提示して、クリスに「ゼータの魔導大学移籍」を諦めさせること。そしてそれができないのなら、クリス不在の間に地下研究室から脱出を図るしかない。自らの脚で教養棟に戻り、レイバックに事情を説明して庇護を求める。レイバックを交え3人で交渉を行い、ドラキス王国とロシャ王国双方にとって不利のない終着点を見つけるのだ。
よし、と声を上げて、ゼータは勢いよくソファを立った。右脚の傷がずきりと痛むが、気にしている暇などない。今頃クリスは教養棟で、視察員に混じりルーメンの講義を受けているはずだ。講義を終え、学生窓口で資料を受け取ったクリスが再び地下研究室に戻るまでおよそ2時間。それがゼータに与えられた画策の時間だ。2時間の間に地下研究室からの脱出の手段を確保する。今日すぐに脱出を図らずとも、いざというときにための逃げ道を確実に確保するのだ。そうすれば諜報員容疑での投獄という末路は避けられる。
人気のない研究室で、ゼータは一人勇み立つ。
やる気に満ち溢れたゼータがまず先に向かったのは、地下研究室にたった一つある出入り口だ。取っ手をがちゃがちゃと動かすも、重たい鉄の扉はうんともすんとも動かない。これについては予想済みである。早々に扉から離れたゼータは、次に研究室の壁に叩いて歩いた。地上から地下研究室へと続く扉が隠し扉であったのだから、地下研究室の内部に、さらに別の場所へと続く扉が設けられていたとしても不思議ではない。そう考えたのだ。しかし努力とはそう簡単には実らないもので、壁の向こうに不可解な空洞はない。隣接する小部屋、浴室、便所の壁も同様だ。床と天井にも、隠された抜け道は見つからない。
扉は開かず、隠された出口もない。ならば残された手段は一つ、魔封じの首輪を外すことだ。この手段が一番実現可能性は高いとゼータは踏んでいた。クリスは初めからゼータとの交渉を目的として魔封じの首輪を装着した。つまり首輪は外せてしかるべきなのだ。さらにクリスは初日の交渉時に「魔導大学に移籍すると宣言すれば、すぐに首輪を外して扉を開けてあげるよ」と言い放っている。その言葉から推測するに、魔封じの首輪はクリス一人の力で解除ができる代物なのだ。解除にあたり大掛かりな器具や設備は必要がなく、時間もかからない。「呪文による解除」という言葉がゼータの脳裏をよぎる。
ゼータは再びソファに座り込み、両指先を首輪に添えた。全神経を集中し、呟く。
「解除」
何も起こらない。
「解放」
やはり何も起こらない。
「自由、取り消し、解約!クリス、ゼータ、魔導大学!図書館、地下室、地下研究室!金髪、王子様、王子コン三連覇!」
思いつく限りの単語を羅列するゼータであるが、首輪はゼータの首元に張り付いたまま。その後も首輪を相手に思いつく限りの単語を吐き出すゼータであるが、努力の甲斐虚しく首輪の解除は叶わなかった。
「…いやいや、ここまでは予想の範疇ですよ。まだ奥の手が残されているんですからね」
独り言を零したゼータは、鼻息荒く立ち上がった。右足を引きずり、向かう先はクリスの作業机だ。地下研究室に滞在中、クリスは終始その作業机に座り込んで書き物をしている。当然ゼータがその机に近寄る余地などないわけだが、今机の主は不在だ。つまりゼータが机の中身を漁ったところで咎める者はいない。さらに言葉を変えるのならば漁り放題、ということである。クリスの作業机のどこかに、魔封じの首輪の構造や、解除方法が書かれた資料が隠されている可能性は十分にある。
「…大丈夫」
ゼータは自身に言い聞かせる。クリスは毎日地下研究室を出る際に「余計なことはしないで大人しくしていてよ」と言い残す。しかし決して「作業机を漁らないで」とは言わないのだ。即ちゼータがこれから行う行動は禁忌ではまい。万が一机漁りが明るみになっても、明確な禁止の言を受けてはいなかったと言い逃れることが可能なのだ。脳内で屁理屈をこね回し、意気込んだゼータは作業机上のファイルを一冊取り上げた。何度も扉を確認した後、手にしたファイルを開く。
ファイルの中には大量のメモ紙が挟み込まれていた。左から右へと何度か視線を走らせれば、どうやらそれはクリスの日記のようである。内容は読んだ書物の感想や他愛のない雑学、美味と感じた菓子の名称まで多岐に渡る。ゼータは最初の数ページこそ真面目に目を通していたが、すぐに見切りをつけた。このファイに目的の情報は書かれていない。
次に取り上げたファイルには、大量の公的文書が挟み込まれていた。各研究室より差し出された地下治験場の使用申請書、被験者の輸送日程通知、備品の使用許可証。お堅い文章に目を凝らすゼータであるが、やはり首輪の解除に掛かる目ぼしい情報は見当たらない。
ゼータは結局全ての書類に目を通すことなくファイルを閉じた。このファイルにも望む情報は書かれていない。ファイルを元あった場所に戻す途中で、挟み込まれていた書類の1枚がひらりと落ちる。音もなく床へと滑り落ちた書類を、ゼータは拾い上げる。出向辞令書と表題が記されたその書類には、他の公文書よりも大振りの職印が押されていた。職印の主は公安省長官とされているが、その人物の名に覚えはない。
ふと、書類に記された一文が目に留まった。
―貴殿を対魔族武器専用地下治験場の運営責任者に任命する
ゼータは瞬きを止め、その文章を何度もなぞる。鼓動が逸る。書類をつまみ上げた指先に汗が滲む。
「…対魔族武器?」
ゼータの呟きに返す者はいない。
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