【BL】齢1200の龍王と精を吸わないオタ淫魔

三崎こはく

文字の大きさ
上 下
61 / 318
無垢と笑えよサイコパス

駆け付け3杯

しおりを挟む
 魔導大学内散策の日の夜には、夕食を兼ねた歓迎会が予定されていた。歓迎会とは言っても食堂横にある座敷の部屋に、料理と酒を運び込んだだけの簡易的なもの。参加する者も昼間と同じ5人の研究員と5人の視察員だけだ。しかし大学内散策に加えリモラ駅の視察で仲を深めた10人だ。楽しい歓迎会になることは間違いがない。
 宴会開始予定時刻10分前に、ゼータとレイバックは揃って会場となる座敷に入った。入り口で靴を脱ぎ、毛足の短い絨毯に上がる。座敷では5人の研究員が動き回り、長テーブルの上にはすでにたくさんの酒瓶や料理が載せられていた。そして長テーブルを囲うようにして、10枚の座布団が並べられている。

 ゼータが長テーブルの隅にある座布団に腰を下ろすと、当然のようにレイバックが真正面に座り込んだ。フランシスカ、カシワギと視察員が次々と入室する中、弾丸のような勢いで座敷に飛び込んできた人物はビットである。靴を脱ぎ捨てたビットは獣の俊敏さでゼータに突進し、無防備な身体を絨毯へと押し倒す。

「ゼータさぁん。ちょっと聞いてくださいよ。僕今日、メレンちゃんと2人きりでリモラ駅に行っちゃったんですよぉ」

 突如として絨毯に押し倒されたゼータは、背中の痛みに苦悶する。興奮状態のビットはゼータに跨ったまま絶好調である。

「それでぇ。メレンちゃんと2人きりでご飯を食べて、買い物もしちゃったんですよぉ。これってもしかしてデートってやつ?ビットさんにも春が来ましたよ」
「デートじゃなくて視察でしょう…。ビット、重たいから下りて…」
「メレンちゃん、ぱっと見冷たい印象があるでしょ?でも研究の話になると饒舌になるんです。そこがギャップで超可愛い。ほら、僕キメラに詳しいじゃないですか。自然と話が弾むんですよねぇ。ゼータさぁん。お似合いだって言ってくれても良いんですよ」

 「下りろ」との指示を無視し、ビットは浮かれ調子に続ける。終いには絨毯に沈んだゼータの身体を抱きすくめ、頬擦りを始める始末である。傍目に見れば恋人同士の抱擁とも見えるが、抱擁する側は仕切りに「メレンちゃぁん」と繰り返し、抱擁される側は至極迷惑そうな表情である。
 極力関わりたくはないと熱い抱擁現場からは距離を置いていたレイバックであるが、ゼータが本気で抵抗を始めたのを見てようやく助け舟を出す。

「ビット。ゼータから離れてくれ。見ていて気持ちの良い光景ではない」
「あ、すみません。レイさん大丈夫です。僕ゼータさんがどんな絶世の美女でも絶対になびかない。別にレイさんの趣味が悪いと言っているわけじゃなくてですね。人には誰しもお似合いの相手がいるんです。例えば僕は…うふっ」

 気味の悪い笑い声を残し、ビットはテーブルの逆側へと去っていった。そこに座っていたフランシスカの膝元に擦り寄り、なぜか猫のように頭を撫でられている。そういえばビットは狼の血の混じる獣人族であったかと、ゼータは座布団に座り直しながら考えるのである。「レイバックとゼータの正体について人に語るな」との忠告を無視したビットの発言は、会話に夢中になるフランシスカとカシワギの耳に届いた様子はない。そして酒瓶やら取り皿やらを座敷に運び込む研究員も、幸いにもビットの大失言を気に掛けた様子はなかった。

 それから間もなくして、カシワギの相方であるルーメンの音頭により歓迎会は開始した。大皿に盛られた料理をつつき、酒瓶を傾けながら話す内容といえば、もっぱら日中のリモラ駅散策に係ることである。レイバックの横にはイースが、ゼータの横にはデューが座り、宴会料理を頬張りながら歓談に興じていた。

「デューはリモラ駅で、フランシスカさんをどこに案内したのかしら?」
「カフェでお昼ご飯を食べた後はずっと服飾店巡りですよ。俺、リモラ駅の中には行き付けの店が何件かあるんです。女性用の衣服も取り扱っている店だから丁度良いかなと思って、フランシスカさんを案内しました」
「気に入ってもらえた?」
「ばっちりです。フランシスカさん、かなりの枚数を買い込んでいて当分衣服には困らなさそうですって。俺と服の趣味が近いんですよね、彼女」

 デューがちらりと視線を送る先は、テーブルの逆端に座ったフランシスカだ。魔導大学内散策時に着用していた赤のシャツワンピースは、今は腰回りを引き絞った艶やかな黒のワンピースの様変わりしている。お洒落好きのフランシスカはこの歓迎会でお披露目するために、購入したてのワンピースに着替えたのだ。「黒を着ると色気が増し増しです」とのビットの評価に、フランシスカはご機嫌である。

「レイとイースはどこに行ったんですか?結構な荷物を下げて帰って来ましたよね」

 ゼータの問いかけには、取り皿に肉の塊を盛るレイバックが答える。

「時間が時間だったからそんなに多くの場所は回っていない。服飾店を2件と雑貨屋だ」
「何を買ったんですか?」
「リモラ風の衣服を2揃い。俺は髪が目立つから、衣服だけでもリモラの人々に合わせた方が良いかと思ってな。後は土産物のハンカチだ。俺が国を空けたことで十二種族…ほら、仕事の負担を増やしてしまった者達がいるだろう。礼と詫びを兼ねて一人一枚ハンカチを買ったんだ。名前の刺繍を入れてもらってな」
「へぇ…良いですね。私もカミラに何か買って帰ろうかな」

 カミラに買うのなら菓子や酒などの消耗品よりも、形に残る品の方が良いだろうか。グラスを片手に考え込むゼータに、同じくグラスを抱え込んだイースが顔を近づける。

「ゼータさん、レイさんは嘘を言っているわ。リモラ駅に着くなり彼、奥さんにお土産を買うんだってそればっかりなのよ。一体いくつの店を回ったことか。レイさんの衣服とハンカチは通りすがりの店で買っただけよ」
「イース!」

 秘密を暴露されたレイバックは、慌ててイースの口を塞ぎにかかる。しかし時すでに遅しだ。口元に向かって伸ばされるレイバックの手をひらりと躱し、イースはにこやかに続ける。

「奥さんへのお土産を買い込んでからは、レイさん随分とご機嫌だったのよ。リモラ駅に来て良かったなんて言っていたくらい。あ、ちなみにレイさんが買ったお土産というのがまた個性的でね…」

 ゼータとデューは目を輝かせながらイースの次の言葉を待ったが、無念。個性的なお土産の内容を暴露する前に、イースの口元はレイバックの両手のひらに覆いつくされたのである。潰れた饅頭のような面持ちとなったイースはもごもごと言葉を発するが、その内容がゼータとデューの耳に届くことはなかった。

***

 歓迎会も中盤に差し掛かった頃に、クリスは酒瓶を補充すべく宴会場を出た。薄明りの付いた厨房に入り、「ドラキス王国視察員様用」とメモ紙の張り付けられた木箱を持ち上げる。木箱の中身は全てが酒瓶だ。教養棟食堂の調理員の帰宅時間はとうに過ぎており、調理台とガラス棚の並ぶ厨房内に人影はない。酒が足りなければ厨房に置かれた酒瓶を自由に運び込んでくれと、事前に調理員に言われているのだ。箱に入れられた酒瓶の他に、調理台の上には10人分の甘味の皿が置かれていた。宴会が終了する前に忘れずに甘味を運び込まないと、とクリスは思う。
 重たい木箱を抱えたクリスが厨房を出ると、宴会場のふすまの前に人影があった。靴を脱ぐための簀子すのこにゆったりと腰かけたその人物は、クリスに気が付くと左手を上げる。偶然出くわしたわけではない。彼はクリスを待っていたのだ。

「レイさん。どうされましたか」
「少し話をしようかと思って。例の事件の折には随分と世話になっただろう。ろくに礼も言っていなかったからな」
「礼を言われるような大層なことはしていませんよ。少し人探しを手伝ったくらいじゃないですか。それに僕がしっかりルナ様のお傍に付いていれば、あの事件は起こらなかったんです。僕の方こそろくに謝罪もせずに帰国をしてしまって、申し訳ありませんでした」
「謝罪など。巧妙に仕組まれた策略を事前に見抜くことなど不可能だ。偶然事件に巻き込まれたクリスは被害者なのだから、非があったのではと気に病む必要はない」
「そう言っていただけると幸いです」

 2人の話す例の事件とは、1年前のルナ暗殺未遂事件のことに他ならない。マルコーとダグの策略によりルナが精霊族祭の会場から姿を消した後、クリスはレイバックとともにルナの捜索に当たったのだ。マルコー尋問の際に、震えるメアリを部屋から連れ出したのもクリスである。メアリを除けばクリスは使節団員の中で唯一ルナ暗殺未遂事件の真相について知る者であったが、「事件について他言はしないように」と簡単な口止めをされた後すぐに帰国となった。レイバックは事件の後処理に追われ、クリスと言葉を交わすだけの時間が取れなかったのである。事件の当事者であるルナも然りだ。
 レイバックは簀子すのこに置いていたグラスの一つを、クリスに向かって差し出した。グラスの他に未開封の酒瓶。賑やかな宴会場から退席したレイバックは、この場でクリスとの雑談を楽しむつもりなのだ。レイバックの意を理解したクリスは差し出されたグラスを受け取り、簀子に腰を下ろす。

「僕、昨日は我が目を疑いましたよ。事前にセージ学長から、視察員の中には王宮の官吏が一人混じっていると聞かされてはいたんです。でもまさか王様が直々に視察にやって来るなんて想像するはずもないじゃないですか」
「俺だって驚いた。ロシャ王国に数名しかいない知り合いに、偶然出くわすなんて思いもしなかった。視察期間中は王宮の上級官吏レイの名で通すつもりだったのに、すっかり当てが外れてしまった」

 レイバックは2つのグラスに酒を注ぐべく、持ち出した酒瓶の蓋に手を掛けるが、クリスがそれを押しとめた。床に置いた木箱を漁り琥珀色の瓶を取り出す。蓋を開け、グラスに注ぎ入れられた液体は瓶と同じ琥珀色だ。ぷんとアルコールが香る。

「ロシャ王国特産のウイスキーです。首都リモラの南方、馬車で30分ほどのところに蒸留所があるんです。一度観光雑誌に載ってからえらく人気で、今では滅多に手に入らないんですよ」

 レイバックはグラスに鼻先を付けて芳香を吸い込み、それから琥珀色の液体をちびりと口に含んだ。喉を焼くアルコール、味と香りは良いが水が欲しくなる。

「美味い…が、加減して飲まんと危険な代物だ」
「そうでしょう。僕は一杯で止めておきます」

 クリスは笑いながら、ウイスキーを一口口に含んだ。

 その後は喉を焼くウイスキーを共に取り留めのない会話に興じる。話し始めて間もない頃に、フランシスカが宴会場を出てお手洗い方面へと向かって行ったが、簀子に座り込む男2人を然して気に掛けた様子はない。一杯で止めておこうなどと言いながらも、互いに2杯目に突入したウイスキーをちびちび口に運びながら、レイバックとクリスの歓談は続く。

「視察員の接待を命ぜられた5人の研究員は、魔導大学で優秀と評される者達なんだろう。皆どのような経歴を持っているんだ?」
「ルーメンさんは研究の一線を退いて、研究員の育成に尽力されている方です。魔導大学に入学すると最初の2年間は研究の基礎知識を講義形式で学ぶんです。ルーメンさんは各学部合わせて20に近い講義を受け持っていると聞きます。イースさんは結婚出産を経た後に魔導大学に入学された方で、大学内の広報誌にも頻繁に取り上げられていますね。魔導大学の入学に年齢制限はありませんけれど、10代後半から20代前半の独身者の入学が大多数を占めます。研究職に付いた後に結婚出産を経験される方は多くいますけれど、イースさんみたいに子どもを抱えながら魔導大学の入学試験を突破した人は稀ですね」
「大らかな性格であるとは思っていたが、イースには子どもがいるのか」
「男の子が2人いると言っていましたよ。子、という歳でもないかな。上のお子さんはもう成人が近いはずです。下のお子さんは今思春期真っ盛りで、買い物に連れ出すにも難儀すると愚痴を零していました」
「…成程。俺を強引にリモラ駅に連れ出した手腕は、そうして日々鍛えられた物であるわけか」

 イースに引き摺られ博物館を退場した出来事を思い出し、レイバックは眉尻を下げた。そういうことでしょうね、とクリスは笑う。

「デューは一見すると普通の若人に見えますけれど、一部では鬼才と恐れられていますよ。さっき魔導大学の入学に年齢制限はないと言いましたけど、入学者の年齢が15歳を切ることって滅多にないんですよ。ロシャ王国では義務教育として9年の勉学が推奨されていて、その課程を終える歳が15歳前後なんです。ドラキス王国に義務教育制度は?」
「ないな。ポトスの街に住まう者であれば積極的に義塾に通うが、辺境の集落まで教育の手は行き届かない。過去に義務教育制度の確立が議題に上がったことはあったが、あまり現実的ではないんだよな。魔族の中には自然に溶け込んで暮らしている者もいるし、身体の形態によってはペンを持つことにも難儀する場合がある。そういった多様性を鑑みず一律に学べというのもなぁ…」
「自由が国風の国家ですもんね。良いと思います。話が逸れましたけど、デューは10歳で魔導大学の入学試験を突破した神童なんですよ。本人曰く義塾の講義が退屈過ぎて、独学で知識を詰め込んでいたみたいですよ。それで力試しで魔導大学の入試を受けたら受かっちゃったって。僕なんて試験前2か月は4時起きで勉強していたっていうのに」

 口を尖らせるクリスを前に、今度はレイバックが笑い声をあげる番である。ウイスキーのアルコールが回り、2人の頬は薄桃色に染まっている。しかし琥珀色の酒瓶の中身はまだ半分以上が残ったままだ。

「メレンも神童寄りですね。入学は17歳のときですけれど、彼女一度読んだ書物の内容は絶対に忘れないんです。耳で聞いた情報は結構すんなり忘れてしまうみたいなんですけれど、目で文字を追った内容はいつでも自由に引き出せるんですって。メレンは論文を書くのが異様に早いですよ。参考文献は全て彼女の頭の中に叩き込まれていますからね」
「話に聞く限り非凡な人材ばかりじゃないか。こうして杯を酌み交わすことが恐れ多くなるな」
「そうでしょう。でも安心してください。非凡な人材の中で唯一の凡人が僕です」
「非凡とはいかずとも優秀な研究員だからこの場に呼ばれているんだろう?」
「いえ、実は僕代理なんですよ。視察員の接待予定であった研究員の一人が、家族の訃報を受けて里帰りしてしまったんです。それで急遽僕が代理に任命されたんですよ。外交使節団の一件を通してセージ学長とは面識がありますから、直々に頼まれました。ドラキス王国を訪問した経歴もあるから不足はないだろうって」
「では本当に偶然に偶然が重なった再会なわけか」
「そういうことです」

 宴会場のふすまが開く。中から姿を現した者はゼータだ。ゼータは廊下の向こう側にあるお手洗いの表示を確認し、下足用の簀子に座る2人の男を眺め、それから2つのコップに注がれた琥珀色の液体に目を止めた。

「宴会場の人数が減っていると思ったら、こんなところで密会をしていたんですね。美味しそうなお酒まで抱え込んで」
「密会というわけではない。飲むか?」

 レイバックが差し出したグラスを受け取り、ゼータは半分残されていたウイスキーを一気に飲み干した。待って、とのクリスの制止が間に合わないほどの速さであった。喉を焼く火酒を一気飲みしたゼータに、レイバックとクリスは心配の面持ちを向けるが、当の本人はと言えばけろりとした面持ちである。

「美味しいですね。お代わりを貰っても?」
「…構わないけど」

 クリスはウイスキー瓶の蓋を開け、ゼータの手にするグラスに半分ほどの量を注ぐ。どうぞ、とクリスと言葉を掛けるよりも早くゼータはウイスキーを飲み干し、そしてまたグラスを差し出した。2人の男の見守る中3杯目となるウイスキーを煽ったゼータは、ようやく空になったグラスを置いた。

「御馳走様でした」

 駆け付け3杯。ご機嫌とお手洗い方面に向かって去って行く背中を、レイバックとクリスは無言のままで見送った。

***

 夕食を兼ねた歓迎会が終了したのは、23時を目前にした頃であった。酩酊状態のデューが御開きの宣言をした後、イースとルーメンは「家族が心配するから」とすぐに宴会場を後にした。残る者達は空皿やグラスをせっせと厨房へと運び、床に散乱した空き瓶や紙ごみを袋へと詰める。綺麗に拭き上げたテーブルを座敷の隅に寄せた後も、宴会気分の抜けぬ研究員と視察員の多くはそのまま歓談を続けるようであった。メレンに抱き着こうとする泥酔状態のビットが、ゼータとフランシスカに取り押さえられている現場を横目に見ながら、レイバックは一足早く客室へと戻る。

 足元灯に照らされる階段を上り辿り着いた客室階は、宴会場のある2階とは打って変わってしんと静まり返っていた。ドラキス王国からの視察員の他にも滞在している客人がいたはずであるが、もう寝静まった頃であろうか。酔いのまわった視察員が、廊下を歩く際に迷惑を掛けなければ良いが。レイバックは座敷を出る間際に見た泥酔状態のビットを思い出し不安を覚えるのである。
 廊下の最奥にある客室の扉を開ければ、まだ見慣れぬ真っ白な部屋が広がっている。床に放置したままであった紙袋を開け、イースと共に選んだリモラ風の衣服を引っ張り出す。壁に掛けられた姿見を前に、黒を基調とした衣服を身体に当てる。派手な色合いのポトス風の衣服に慣れていると地味に見えるが、流行と知れば悪くない。

 レイバックが購入した衣服を一通りに身体に当てたときであった。背後で客室の扉が開き、首を捻ればゼータが立っている。顔色は平常時と何ら変わりないが、目がいつもの半分の大きさになっている。大分酔いが回っているようだ。ゼータは鏡の前に立つレイバックの姿を目視すると、無言のまま部屋の中へと歩み入った。

「服を脱ぎなさい」
「は?」
「文句を言わず、黙って服を脱ぎなさい」
「ちょ、ちょっと待て。待て待て待て!」

 レイバックの衣服のすそを鷲掴み、力任せに剥ぎ取ろうとするゼータ。レイバックは突如として客室に現れた追剥に恐れをなし、シャツの胸元を掻き合わせベッドの側へと逃げる。しかし目元の座ったゼータがおいそれと獲物を逃がすはずもなく、気が付けばレイバックはベッドの海に沈んでいた。恐れ多くも一国の王をベッドへと押し倒したゼータは、ご満悦でその身体に馬乗りになる。必死の抵抗虚しくレイバックのシャツのボタンは次々と外されてゆく。

「おいゼータ、いい加減にしろ」
「うるさいな」

 制止の言葉になど耳を貸さず、ゼータはレイバックのシャツをはだける。中に来ていた黒の肌着を疎ましげに眺め、その肌着をも強引に捲り上げる。突然現れた追剥の凶行に戦々恐々としながらも、レイバックの脳裏を掠めるものは期待である。面持ちを見る限り、今のゼータにまともな意識があるかどうか定かではない。しかしここは2人きりの空間であり、なおかつベッドの上だ。美味しい展開に発展する可能性は十分にある。
 レイバックの心中を知ってか知らずか。ゼータは組み敷いた男の胸元にひたりと手のひらを当てた。鍛え上げられた胸筋を撫で、凹凸のある二の腕を愛でる。レイバックが抵抗を止めたことに気を良くしたゼータは悦と笑う。二の腕を撫で回すだけでは飽き足らず、6つに割れた腹筋に顔を埋める。非常にいかがわしい体勢である。もし今客室に立ち入る者があれば「お取込み中申しわけありません!」と悲鳴を上げ立ち去ること間違いなしだ。今後の展開に期待を抱き、レイバックはごくりと喉を鳴らす。

 しかしそれからいくら待っても、期待通りの展開には至らない。

「…おい、ゼータ?」

 レイバックは首をもたげて、腹にのるゼータの様子を伺い見た。しかし布団に沈んだレイバックの目に映る物と言えば真っ黒な頭頂部だけ。肝心の表情は全くもって伺い知ることができない。
 間もなくして沈黙したゼータの身体は規則的な上下を始めた。穏やかな寝息がレイバックの耳に届く。どうやら泥酔状態のゼータはレイバックの筋肉を撫で回したかっただけのようで、目的を達成し満足と眠りに就いたようだ。

「拷問か…」

 ゼータの敷布団となったレイバックは茫然と呟いた。


***おまけ***
翌朝
ゼータ「昨晩一緒に戻ってきましたっけ?」
レイバック「いや、別だ。皆座敷で話し込んでいたから、俺は先に戻ってきた」
ゼータ「あ、そう。記憶が定かではないんですけれど、私一人で戻ってきました?」
レイバック「そうだな」
ゼータ「すぐ寝ました?」
レイバック「…そうだな」
ゼータ「…怒っています?私何かしました?」
レイバック「いや特に何も。いっそ何かしてくれたら今の俺はさぞ上機嫌であっただろうな」
ゼータ「何て?」
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

前世が俺の友人で、いまだに俺のことが好きだって本当ですか

Bee
BL
半年前に別れた元恋人だった男の結婚式で、ユウジはそこではじめて二股をかけられていたことを知る。8年も一緒にいた相手に裏切られていたことを知り、ショックを受けたユウジは式場を飛び出してしまう。 無我夢中で車を走らせて、気がつくとユウジは見知らぬ場所にいることに気がつく。そこはまるで天国のようで、そばには7年前に死んだ友人の黒木が。黒木はユウジのことが好きだったと言い出して―― 最初は主人公が別れた男の結婚式に参加しているところから始まります。 死んだ友人との再会と、その友人の生まれ変わりと思われる青年との出会いへと話が続きます。 生まれ変わり(?)21歳大学生×きれいめな48歳おっさんの話です。 ※軽い性的表現あり 短編から長編に変更しています

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

僕はお別れしたつもりでした

まと
BL
遠距離恋愛中だった恋人との関係が自然消滅した。どこか心にぽっかりと穴が空いたまま毎日を過ごしていた藍(あい)。大晦日の夜、寂しがり屋の親友と二人で年越しを楽しむことになり、ハメを外して酔いつぶれてしまう。目が覚めたら「ここどこ」状態!! 親友と仲良すぎな主人公と、別れたはずの恋人とのお話。 ⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。 大晦日あたりに出そうと思ったお話です。

【完結】オーロラ魔法士と第3王子

N2O
BL
全16話 ※2022.2.18 完結しました。ありがとうございました。 ※2023.11.18 文章を整えました。 辺境伯爵家次男のリーシュ・ギデオン(16)が、突然第3王子のラファド・ミファエル(18)の専属魔法士に任命された。 「なんで、僕?」 一人狼第3王子×黒髪美人魔法士 設定はふんわりです。 小説を書くのは初めてなので、何卒ご容赦ください。 嫌な人が出てこない、ふわふわハッピーエンドを書きたくて始めました。 感想聞かせていただけると大変嬉しいです。 表紙絵 ⇨ キラクニ 様 X(@kirakunibl)

今夜のご飯も一緒に食べよう~ある日突然やってきたヒゲの熊男はまさかのスパダリでした~

松本尚生
BL
瞬は失恋して職と住み処を失い、小さなワンルームから弁当屋のバイトに通っている。 ある日瞬が帰ると、「誠~~~!」と背後からヒゲの熊男が襲いかかる。「誠って誰!?」上がりこんだ熊は大量の食材を持っていた。瞬は困り果てながら調理する。瞬が「『誠さん』って恋人?」と尋ねると、彼はふふっと笑って瞬を抱きしめ――。 恋なんてコリゴリの瞬と、正体不明のスパダリ熊男=伸幸のお部屋グルメの顛末。 伸幸の持ちこむ謎の食材と、それらをテキパキとさばいていく瞬のかけ合いもお楽しみください。

死に戻り騎士は、今こそ駆け落ち王子を護ります!

時雨
BL
「駆け落ちの供をしてほしい」 すべては真面目な王子エリアスの、この一言から始まった。 王子に”国を捨てても一緒になりたい人がいる”と打ち明けられた、護衛騎士ランベルト。 発表されたばかりの公爵家令嬢との婚約はなんだったのか!?混乱する騎士の気持ちなど関係ない。 国境へ向かう二人を追う影……騎士ランベルトは追手の剣に倒れた。 後悔と共に途切れた騎士の意識は、死亡した時から三年も前の騎士団の寮で目覚める。 ――二人に追手を放った犯人は、一体誰だったのか? 容疑者が浮かんでは消える。そもそも犯人が三年先まで何もしてこない保証はない。 怪しいのは、王位を争う第一王子?裏切られた公爵令嬢?…正体不明の駆け落ち相手? 今度こそ王子エリアスを護るため、過去の記憶よりも積極的に王子に関わるランベルト。 急に距離を縮める騎士を、はじめは警戒するエリアス。ランベルトの昔と変わらぬ態度に、徐々にその警戒も解けていって…? 過去にない行動で変わっていく事象。動き出す影。 ランベルトは今度こそエリアスを護りきれるのか!? 負けず嫌いで頑固で堅実、第二王子(年下) × 面倒見の良い、気の長い一途騎士(年上)のお話です。 ------------------------------------------------------------------- 主人公は頑な、王子も頑固なので、ゆるい気持ちで見守っていただけると幸いです。

【完】三度目の死に戻りで、アーネスト・ストレリッツは生き残りを図る

112
BL
ダジュール王国の第一王子アーネストは既に二度、処刑されては、その三日前に戻るというのを繰り返している。三度目の今回こそ、処刑を免れたいと、見張りの兵士に声をかけると、その兵士も同じように三度目の人生を歩んでいた。 ★本編で出てこない世界観  男同士でも結婚でき、子供を産めます。その為、血統が重視されています。

処理中です...