【BL】齢1200の龍王と精を吸わないオタ淫魔

三崎こはく

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無垢と笑えよサイコパス

思わぬ再会

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 窓の外には青空が広がっていた。真っ白なカーテンの隙間からは心地良い朝日が射し込んでいる。顔に当たる朝日の筋に浅い眠りから覚めたレイバックは、見慣れぬ天井に驚き跳ね起きた。しかしすぐにここがどこであったかと思い至る。ロシャ王国の首都リモラにある魔導大学の内部、教養棟の客室だ。
 初めて寝る場所であるのに良い眠りであったと、レイバックは伸びをする。右隣を見下ろせば、そこには昨晩ベッドに入ったときと同じ姿勢のままのゼータがいた。仰向けの姿勢で肩まですっぽりと布団に覆われ、両手は真っ直ぐ身体の横に下ろされている。まるで直立不動の姿勢だ。ぴくりとも動かず眠り続けるゼータの顔面をまじまじと見下ろしながら、レイバックは思う。よく眠れたのは同じ布団の中に暖かさがあったためだろうか。愛する者と一つ布団で寝ることにこだわりもなかったが、肩や背中に温もりがあるというのは想像よりもずっと心地が良いものであった。

 レイバックが見下ろす先で、黒の瞳がぱっちりと開いた。眠り姫のお目覚めである。黒髪の眠り姫は到底姫とは思えぬ形相でレイバックの顔面をねめつけた。なぜお前がそこにいる、しかも半笑いで。そう言いたげな表情である。

「おはよう」
「…おはようございます」

 舌足らずの挨拶を返したゼータは、もぞもぞと布団から這い出した。黒い髪が頭の上で跳ね回っている。昨晩カラスの行水のごとくシャワーを浴び、満足に乾かさぬまま布団に入ったためだ。まだ頭が働かないのか、ゼータは枕に顔を埋めたまま動かなくなった。芋虫のような体勢で沈黙したゼータを眺め下ろし、レイバックは朝一番の笑い声を零すのであった。

 身支度終えたレイバックとゼータは教養棟2階の食堂で朝食を取り、午前9時半を目前にした頃、今度は1階にある応接室へと向かった。今日一番の予定は、魔導大学の学長であるセージとの対面である。応接室の扉の前にはすでにフランシスカとカシワギ、ビットの姿があった。カシワギとビットは共に頭部に黒い手拭いを巻き、角と尖った耳元を隠していた。フランシスカは濃い桃色のワンピースの上に白衣をまとっている。
 全員が揃ったところで、5人はレイバックを筆頭に応接室へと立ち入った。応接室の内部は白を基調とした客室とは異なり、黒を基調とした洗練された空間であった。灰色の絨毯の上に背丈の低い黒木のテーブルが並べられ、その周囲を黒い革張りのソファがぐるりと囲っている。ソファの種類は1人掛け、2人掛けの物が混在しているがデザインは統一されていた。壁には魔導大学の風景画が掛かり、壁際の飾り棚の上には陶磁器の壺が載っている。
 視察員5人全員が応接室へと立ち入ったところで、部屋の最奥にある一人掛けのソファに腰かけていた男が立ち上がった。50代前半と見えるその男は、白いシャツを着こみ長めの黒髪をぴったりと撫でつけていた。上背があり体格の良い男である。

「皆様、遠路遥々ようこそ魔導大学へ。私は魔導大学学長、セージといいます」

 セージは丁寧な口調で挨拶をすると、5人に着席を促した。セージから見て左手にあるソファに、5人は並んで腰を下ろす。

「昨日は予定よりも早い到着であったと伺いました。道中は順調でございましたか」
「ああ。これといった問題も起こらなかった」
「首都リモラの検問所はいかがでした?人によっては通過に難儀される場所です」
「アポロ王のしたためてくれた通行許可証があったからな。手荷物検査に多少の時間は取られたが、すんなりと通過できた」
「それは良かった。魔族の御一行様を首都リモラの内部にお通しするなど過去に例がありませんからね。検問所の者が失礼を働かないかと心配をしていたのです」

 朗らかに会話に興じるレイバックとセージ。会話の最中に応接室には盆を抱えた女性が入室し、歓談に応じる6人の目の前に湯気立ち昇るコーヒーカップを置いた。添えられる茶菓子は一口大の焼き菓子だ。香しいコーヒーを一口飲み下したレイバックはきりりと背筋を伸ばす。

「失礼、自己紹介がまだであった。俺はドラキス王国の王宮にて上級官吏の職についているレイという。この度の視察では国政運営の立場から、魔導具の共同開発に対する意見を述べさせてもらう立場になる。他の4名の研究員とは見解が割れる場面もあるだろう。以後ともよろしく頼む」
「視察におけるレイ殿の見解が、そのままレイバック様に伝わると考えてよろしいでしょうか?」
「その通りだ。俺の目で見た物を見たままレイバック王には報告させてもらう。私情を挟まぬ正確な報告を約束しよう」

 王様本人がこの場にいるのだから、私情を挟む余地もあるまい。ゼータとビットは顔を見合わせ目配せをした。頷くセージが、目の前でレイと名乗る官吏の正体に気が付く様子はまるでない。
 自己紹介を終えたレイバックの視線が隣に座るゼータに向いた。ゼータは椅子に座り直し、背筋を伸ばす。

「魔法研究所で研究員をしているゼータといいます。研究所内では一番の古株で、専門は魔獣の分布調査。魔導大学の話を知り合いに聞き訪れてみたいと思っていました。2週間の滞在を楽しみにしています。どうぞよろしく」

 椅子に座ったまま深々と頭を下げるゼータの隣で、次の挨拶人となるビットが姿勢を正した。

「ビットです。魔法研究所のキメラ棟でキメラの合成と飼育に当たっています。僕の開発した手乗りうさぎのウーちゃんと、柴りすのリーちゃんがロシャ王国の人々に人気ということでとても喜ばしく…あ。これ言っちゃ駄目なやつだ。すみません。2週間よろしくお願いします」

 発言をごまかすように頭を下げるビットの脇腹を、両脇に座るゼータとフランシスカが同時に小突いた。ロシャ王国には表向きキメラの持ち込みは禁止されている。ドラキス王国でキメラを購入したロシャ王国の観光客は、キメラをごくごく普通の愛玩動物ペットと偽って飼育にあたるのである。そのため一見すると普通の動物と差異のないキメラ―隠しキメラの販売がポトスの街の一部愛玩動物店で盛んになっているわけだが、この件をロシャ王国の上層部の人間に漏らすわけにはいかない。キメラの飼育が許されないロシャ王国の人間に向けて、ドラキス王国内の商人が積極的にキメラを売り捌いていると知れれば大問題である。下手をすれば友好関係に亀裂が生じかねない事態だ。
 ビットの失言に場は一時戦慄とするが、セージは笑い声を立てただけでそれ以上発言に言及することはしなかった。一研究員の迂闊な発言は聞かなかったことにしてくれるようだ。気を取り直し、自己紹介はフランシスカに移る。

「フランシスカです。専門は古代魔法の研究で、失われた吸血族の魔法について研究をしています」
「カシワギです。私も専門は古代魔法の研究でございます。遥か昔に途絶えたとされる、鬼族の秘術について研究を行っています」

 フランシスカに続きカシワギも挨拶を終え、5名の視察員の自己紹介は滞りなく終了した。場は一時沈黙となるが、場を仕切るセージがすぐに口を開く。

「丁寧な自己紹介に感謝いたします。さて、話を進めてもよろしいでしょうか。皆様が滞在される2週間の予定については私の方で立てさせていただいておりますが、視察を希望する施設や内容があれば何なりと仰ってください。国家の中枢機関ゆえ立ち入れぬ施設も多いですが、私の権限である程度の融通は可能です」
「ありがたい。明日魔導大学内の散策をする予定になっているだろう。視察希望施設の申請はその後でも構わんか?何せ施設の数が膨大過ぎて、事前に頂いた紙の資料ではどのような施設であるか見当がつかないんだ」
「構いませんよ。しかしそれならば、視察に赴きたい施設がある場合には直接相方に仰っていただいた方が話は早い。視察員の皆様の接遇は彼らに任せておりますから」
「相方?」
「失礼、先に彼らをご紹介致しましょうか」

 セージは応接室の扉脇に立っていた女性を呼び寄せ、小声で囁く。少し早いが呼んできてくれ。耳打ちを受けた女性は、コーヒーの給仕に使った盆を抱え応接室を後にする。

 それから間もなくして、応接室の中には女性とともに5人の研究員が入室した。性別も年齢も様々である5人の研究員は、皆私服の上に揃いの白衣を羽織っている。その内の一人は、偶然にもレイバックとゼータのよく知る人物であった。およそ1年前に外交使節団としてドラキス王国の王宮を訪れた男、精霊族祭でルナと一晩限りの逢瀬を楽しんだクリスだ。

「彼らが2週間の滞在期間中、皆様の相方となる研究員でございます。魔導具の紹介や視察への同行は全て彼らに権限を一任しております。要望はその都度相方に仰ってください。魔導大学で指折りの研究員でございますから、ただの頭である私よりも余程頼もしいですよ」

 セージの説明の脇で、5人の研究員は視察員の正面に一列に並ぶ。笑みを浮かべる研究員の中でただ一人、クリスは端正な顔に焦りを滲ませていた。クリスの視線の先にいる者は、派手な緋髪を頭の上で跳ね回らせたレイバックである。なぜ王様がここにいる、困惑がひしひしと伝わる。

「魔導大学滞在中は、基本的に相方と行動をともにしていただきます。もちろん研究員である彼らにも私生活がありますから、夜間と早朝は除きます。教養棟の内部であれば自由に移動なさって構いませんが、どのような些細な用事であっても外出される際には相方の許可を得てください。魔導大学内のほとんど全ての建物には24時間警備員が在中しており、身分証の提示なくしての立ち入りは不可能です。強引に立ち入ろうとすれば武器を携えた警備兵が駆け付ける仕組みとなっておりますから、ご注意を」

 相方となる研究員は、視察員の要望を受け入れる従者であるとともに、行動を制限する監視員の任も担う。ドラキス王国からやって来た5名の視察員は、夜間早朝を除き全ての行動を相方に監視されることとなるのだ。しかしそれは致し方のない待遇である。ロシャ王国の中枢機関である魔導大学に魔族を招待した例は過去にない。国王であるアポロと学長であるセージが魔導具の共同開発に意欲的であったとしても、その意志が二千に及ぶ魔導大学の在籍者に共有されるわけではない。なぜ国家機密を扱う機関に魔族を招き入れるのだと陰口を叩く者も少なくはないだろう。
 クリスからの熱心な視線を受けて、レイバックはさも自然な動作で口の前に人差し指を立てた。誰にも言うなよ。わずか一秒にも満たぬ無言の忠告を受けて、クリスの肩は戸惑いに揺れる。ドラキス王国の最高権力者であるとともに最強戦力者であるレイバック。それほどの者が地位を偽って魔導大学の内部に入り込んでいるなどと、セージに知れればただでは済まない。

「それでは視察員の皆様には、それぞれ一名ずつ相方を伴わせていただきましょう。くじ引き…をする準備も整っておりませんから、目の前にいる者を相方と致します」

 セージの声に、ゼータは目の前に立つ人物に視線を送る。クリスだ。まさかの組み合わせに狼狽えるゼータとは対照的に、クリスは目立った反応を見せない。それもそのはず。クリスはルナとは気安い関係を築いていたが、男の姿であるゼータとは初対面である。一緒にダンスまで踊ったクリス相手に2週間、ボロを出さずに過ごせるだろうかと、ゼータの心中は不安でいっぱいだ。

 それから15分ほどの歓談を挟んで場は解散となった。セージはこの後に別の来客対応が控えており長居はできないのだという。応接室を去り際にセージは言う。

「午前中、残りの時間は教養棟内部の見学に充てております。午後は教養棟2階の講義室においてロシャ王国の歴史や特産品、魔導具の簡単な紹介の時間となります。この後応接室の使用予定はありませんからこの場で話し込んでいても構いませんが、教養棟内部の見学を速やかに済ませ、早めの昼食を取ることをお勧めしますよ。正午を過ぎると腹を空かせた学生が殺到しますから」

 一礼を残しセージは応接室を退出した。扉脇に控えていた女性がそれに続き、応接室の中には5人の視察員と5人の研究員が残される。どう動くべきかと互いが互いに様子を伺う中、声を上げた者は研究員の一人である老齢の男性であった。しゃがれた声が場に響く。

「皆様、ひとまず応接室を出ましょう。歓談ならば2階の講義室でされればよろしい」

 5人の視察員は各々目の前のコーヒーカップと茶菓子の皿を空にし、男性に促されるがままに応接室を後にするのであった。
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