【BL】齢1200の龍王と精を吸わないオタ淫魔

三崎こはく

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無垢と笑えよサイコパス

到着

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 レイバックの緋髪については最早堂々としている他にない。そう5人の間で意見がまとまった頃に、馬車は首都リモラの中心部へと入った。飲食店、服飾店、書店、雑貨店。様々な商店が立ち並ぶ大通りを抜け、馬車はやがて小さな門を通り過ぎる。門の脇には小屋があり、小屋の中には警備員と思しき人物が立っているが。延齢草の紋様が刻まれた馬車が止められることはない。
 門の内側は、首都リモラの中心街とは思えぬ緑豊かな敷地であった。背の高い白塗りの建物が多く建つが、それ以上に生い茂る草木の印象が強い。日暮れ時であるためか敷地内に人の姿は少なく、馬車も片手で数えるほどしか走っていない。真四角の建物が立ち並ぶ首都リモラの一等地に、突如として現れる新緑の土地。ここが旅路の最終目的地である魔導大学だ。

 馬車は人気の少ない大通りを走り、灰色の外壁の建物前で停まった。各々が手荷物を手に客車を降りる。目前にある4枚張りのガラス戸の上部には、木製の看板が掛かっている。
―教養棟

 レイバックを筆頭に、5人の視察員は教養棟の入り口であるガラス戸をくぐった。まず初めに立ち入った場所は宿屋の受付のような空間である。広い空間の最奥にはカウンター台があり、台の向こう側には揃いの衣装を着た3人の女性が立っている。揃いの衣服の3人の女性は、レイバックらの入場に気が付くと恭しく一礼をした。

「ドラキス王国の魔法研究所の者だ。今日から2週間、視察のため魔導大学に滞在することになっている」

 カウンターに肘を載せたレイバックが言えば、女性の一人が淑やかな笑みを称えた。

「はい。セージ学長よりお話は伺っております。遠路遥々ようこそいらっしゃいました。お早いお着きでございましたね。客室の準備状況を確認して参りますので、後ろの椅子に掛けてお待ちください」

 女性が手のひらで指し示す先は、広い空間の端に置かれた3脚のソファだ。促された通りソファに腰かけた5人は、背面にあるガラス窓から暮れなずむ景色を眺めて女性の帰りを待つ。
 窓の外では、5人が乗ってきた馬車が帰路に着くところであった。御者席に座った男は軽く鞭を振るい、小さくいなないた馬は走り出す。延齢草の模様を掲げた客車は大通りの角を曲がり、小走りに進みやがて見えなくなる。馬車が見えなくなった後は通りを歩く人の姿を眺めていた5人の元に、先ほどの女性が駆けてくる。濃い化粧で固められた女性の顔にはやはり淑やかな笑みが浮かび、手には書類の束と4本の鍵を携えていた。

「お待たせ致しました。客室にご案内致します」

 5人が滞在する客室は、教養棟の最上階である4階に位置していた。カウンター台の裏手にある階段を延々と上ると、細長い廊下に左右6室ずつ計12室分の扉が並んでいる。階段から最も近しい場所にある扉の前で、女性は歩みを止めた。手の中の書類に視線を走らせた後、フランシスカに鍵の1本を差し出す。

「601号室はフランシスカ様の客室でございます」
「ありがとう」
「一通りの備品は客室に備えておりますが、必要な物はどうぞ気兼ねなく私どもにお申し付けくださいませ。ただし22時から明朝7時までは不在となりますのでご注意を」

 女性はフランシスカと目線を合わせた後に、客室立ち並ぶ廊下の向こう側を指さした。

「今皆様方にお上りいただいた階段の他に、もう一つ階段がございます。そちらの階段を2階までお下りいただくと目の前に食堂がございます。3度の食事はどうぞ食堂でご自由にお取りください。魔導大学に在籍する学生や研究員が使うための食堂ですから、多くの人が出入りを致します。魔導大学には国家規模の要人をお招きするための施設が整えられておりません。丁重なもてなしは致しかねますこと、先に深くお詫び申し上げます」

 そう言って女性は深々と頭を下げるのであった。
 フランシスカが601号室へと入室した後、次いでビットに鍵が手渡された。その次はカシワギだ。皮飾りをぶら下げた鍵は残り1本となり、レイバックとゼータは一抹の不安を抱きながら廊下を歩く。

「レイバック様とゼータ様のお部屋は最奥にございます。12室ある客室の中で一番広い部屋でございますから、ご安心くださいませ」

 一番広い部屋、不穏な言葉に2人は顔を見合わせる。やがて廊下の端まで辿り着いた女性は歩みを止め、レイバックに向けて残る1本の鍵を差し出した。鍵にぶら下がる皮飾りには、丸みを帯びた筆文字で一言「2人部屋」と書かれていた。

「どうぞ。ごゆるりとお過ごしください」

 レイバックは半ば放心状態で、差し出された鍵を受け取った。

***

「ダブルベッドですね…」
「ダブルベッドだな…」

 呟くレイバックとゼータの目線の先には、2つの枕を載せた真っ白なベッドがあった。広々とした客室の内部は天井も壁も白で統一されており、カーテンやクローゼット、丸机や揃いの椅子等の備品も白を基調とした色合いであった。清潔と言えば聞こえは良いが、色味のない監獄のような部屋と捉えることもできる。

「何で私達だけ2人部屋?新婚旅行だから?」

 ダブルベッドの端に腰かけたゼータは、一体なぜと首を捻る。一方のレイバックは扉の前に立ち尽くしたまま両手で眼部を覆い隠していた。

「恐らくだが…魔導大学の事務方とやり取りをしていた官吏が気を回してくれたのだと思う。俺が浮かれて新婚旅行に行くなどと豪語していたのが不味かったのだろうか…」
「まぁ、別に同室なのは構わないんですけれどね。広い王宮内とはいえ一緒に暮らしているわけだし」

 それきりゼータは黙り込む。レイバックも同様だ。そう、同室なのは構わない。しかし2人が不安を抱く点は客室の中央に堂々と置かれたダブルベッドである。互いに想い合い結婚に至ったレイバックとゼータであるが、今日という日まで一つのベッドで夜を明かした経験はない。特別な理由があったわけではない。ただレイバックは深夜まで執務にあたる日も多く、ゼータは一人静かに寝ることを好む気質であった。王の間にも王妃の間にもそれぞれ個別のベッドが備えられているのだから、互いの生活や気質を無視してまで一つのベッドで寝る必要もなかった。ただそれだけの話である。
 ダブルベッドの端に腰かけ両手の指先をくるくると回していたゼータは、やがてよし、と呟いて立ち上がった。

「宛てがわれてしまった物は仕方ないです。昔はよく一緒に寝ていましたしね。森の中で」
「状況が違い過ぎるだろう…」
「元はと言えばレイの浮かれた言動が原因でしょう。ほら、荷物を置いて食堂に行きましょう。皆すぐに行くと言っていましたよ」

 ゼータは立ち尽くすレイバックの横を通り過ぎ、部屋の扉を開く。壁際に荷物を置きゼータの背を追うレイバックは、扉が閉まる寸前に客室の内部を一瞥する。2つの枕を載せた真っ白なベッド。レイバックは2週間に及ぶ共同生活に一抹どころではない不安を抱くのである。


***
結婚したのにキスどまりの人達
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