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緋糸たぐる御伽姫
後日談:魔獣の正体
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よく晴れた日、時刻はもうじき正午になろうという頃だ。洗濯物を干し終えたカミラは、ゼータの昼食を準備するために厨房へ向かっているところであった。ゼータは1時間ほど前にレイバックと話をすると言って王妃の間を出て行った。昼食時には戻ると言っていたから、今から用意をすれば丁度良い時間だ。
カミラが歩を進めていると、見晴らしのいい廊下の向こう側からゼータが歩いてくるのが見えた。笑みを浮かべゼータへと近づいたカミラは、彼の顔面を見て蒼白した。
ゼータの右頬は赤く腫れあがっていた。かなりの力で殴打されたのだ。朝に整えたはずの黒髪は乱れ、シャツの胸元のボタンは強く胸倉を掴まれたかのように引き千切られていた。
「ゼータ様…そのお怪我は一体…」
「レイと喧嘩しました」
カミラが唇を震わせながら問えば、ゼータはあっけらかんと言い放った。
「喧嘩!いくらレイバック様とはいえ、王妃の顔になんてことを…」
カミラは驚愕する。レイバックが最近、仕事に行き詰まり鬱憤を溜めていることはカミラも知っていた。しかし賢王と名高い彼は、仕事の怒りを他人にぶつけるような人物だったのだ。それもあろうことか、愛し労わるべき自らの妃に。
「別に良いんです。いつものことですから」
「いつものこと…」
即ち今までに何度も、ゼータはこうしてレイバックに理不尽な怒りをぶつけられてきたのだ。カミラの拳は怒りで震える。
「私、レイバック様に一言申してきます」
「カミラ!」
ゼータの呼び止めには耳を貸さず、カミラは怒り心頭でレイバックの執務室へと向かった。
***
「失礼致します。レイバック様、突然ですが申し上げたいことが…」
カミラは勢いよく扉を開けてレイバックの執務室へと入室した。無礼だと知りながらも妃に暴力をふるう人物に礼などしない。窓際の執務机で書類にペンを走らせていたレイバックは、突然のカミラの登場に驚き顔を上げた。
「カミラ、どうした?」
レイバックの顔を見てカミラは絶句する。両頬は痛々しく腫れあがり、片方の鼻孔に布を詰め込んでいた。布は鼻血で赤く染まっている。紅い髪は激しく暴れた後のように乱れ、所々が焼け焦げている。
見るも無残な状態だというのに当のレイバックは上機嫌で、今朝方までのいらいらとした様子はどこへ行ったのやら。
カミラは呆けて肩を落とす。直前まで抱いていた怒りは遥か遠くへ飛んで行ってしまった。
ゼータを妃に迎えるより以前、レイバックは年に数度はこうして謎の怪我をしていた。そしてその怪我の後は周りが気味悪がるほどに上機嫌で、憑き物の落ちたような表情を浮かべていたのだ。周りの者は皆、王は溜まった鬱憤を発散するために森に魔獣狩りに行っているのだと囁いていた。
皆が囁いていた魔獣の正体を知ったカミラは、へなへなとその場に座り込んだ。
カミラが歩を進めていると、見晴らしのいい廊下の向こう側からゼータが歩いてくるのが見えた。笑みを浮かべゼータへと近づいたカミラは、彼の顔面を見て蒼白した。
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「別に良いんです。いつものことですから」
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即ち今までに何度も、ゼータはこうしてレイバックに理不尽な怒りをぶつけられてきたのだ。カミラの拳は怒りで震える。
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***
「失礼致します。レイバック様、突然ですが申し上げたいことが…」
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「カミラ、どうした?」
レイバックの顔を見てカミラは絶句する。両頬は痛々しく腫れあがり、片方の鼻孔に布を詰め込んでいた。布は鼻血で赤く染まっている。紅い髪は激しく暴れた後のように乱れ、所々が焼け焦げている。
見るも無残な状態だというのに当のレイバックは上機嫌で、今朝方までのいらいらとした様子はどこへ行ったのやら。
カミラは呆けて肩を落とす。直前まで抱いていた怒りは遥か遠くへ飛んで行ってしまった。
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皆が囁いていた魔獣の正体を知ったカミラは、へなへなとその場に座り込んだ。
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