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緋糸たぐる御伽姫
後日談:素敵な恋をありがとう
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ロシャ王国より、レイバックとルナ宛に小包が届いた。小包の差出人はアポロだ。歓談の間のソファでくつろいでいたレイバックとゼータは、揃って小包の封を解いた。
紙包みの中には箱があり、箱の中にはさらに小さな箱と、手紙が入っている。レイバックの手が手紙を開くと、そこにはアポロの達筆で文字がつづられていた。レイバックの目が黙って文字をなぞるので、ゼータもレイバックの手の中を覗き込みながら、無言で文字を追った。
手紙の内容は3つ。ロシャ王国外交使節団がお世話になった旨、2人の結婚を心より祝う旨、そしてメアリの婚約がなされたことを報告する旨だ。
ゼータとレイバックがそれぞれメアリに聞いた話では、正式な婚約発表はメアリが18歳になるのと同時であるはずであった。婚約発表が早められたのは、メアリがレイバックに想いを伝え心残りをなくしたからなのか。それとも傷心の娘に寄り添う人物を作るためのアポロの配慮なのか。外交使節団が帰国した後に、アポロとメアリの間でどのような会話がなされたのかは知る由もない。
小さな箱の中身は二つ揃いのカトラリーだった。銀製で一見するとシンプルなデザインに見えるが、柄の部分に細かな紋様が描かれている。ゼータがまじまじと紋様を観察すれば、それは身体をまるめて目を閉じる竜の絵だった。身体に生える鱗までが繊細に描かれており、竜の周りにはこれまた繊細な花の絵が散りばめられている。既存の製品を購入した物なのか、アポロが祝いの品として特別に作らせた物なのかはわからない。どちらにせよ値の張りそうな代物である。
中身を全て取り出した箱を持ち上げたときに、レイバックがあれ、と声をあげた。空になったはずの箱の中から薄い紙の包みを取り出す。箱の下部にぴったりと収められていたため、すぐには気が付かなかったのだ。
紙包みは薄い桃色であった。丁寧に包まれた紙包みを剥げば一冊の本が顔を出す。大人が読むようなぶ厚い書物ではない。子供の絵本のようだ。鮮やかな色合いの表紙をしている。
「あ」
本の表紙を見たゼータは思わず声をあげた。その絵本に心当たりがあったからだ。今まさに表紙を開こうとしていたレイバックの手から絵本を奪い取る。
「…どうした」
「これは私の物です」
突然手の中の絵本を奪われ、レイバックは驚いた表情を浮かべる。
「心当たりのある物か?」
「そうです」
「俺が見てはいけない物か?」
「そうです」
「…しかし誰宛とは書いていない」
「駄目です」
絵本へと手を伸ばすレイバックから逃げるように、ゼータは立ち上がる。そのまま両手で絵本を抱え、王妃の間へと続く扉まで駆ける。
「おい、ゼータ!」
「これは本当に駄目なんです」
追ってくるレイバックから逃げるために、ゼータは王妃の間へと続く扉をくぐった。伸ばされた手を遮るように扉を閉め、急いで扉に鍵を掛ける。廊下へと続くもう一方の扉にも鍵を掛け、ついでに窓にも鍵が掛かっていることを確認し、ゼータはようやく息を吐いてベッドの上に載った。
レイバックから奪い取った絵本を枕の上に載せる。
絵本の表紙に書かれていたのは赤い髪の青年だった。タイトルは掠れてしまって読めない。背表紙は外れ、かつては子どもの興味を引くようにと鮮やかであったはずの彩色は、色褪せ端の方が茶色く変色している。
ゼータはゆっくりと枕に載せた絵本の表紙を開く。それはひとつの物語だ。内容は何の変哲もない有り触れた物語。善の心を持つ青年が悪行を重ねる愚王を打ち、新しい国を興すというただそれだけの話だ。少し変わったところといえば、青年は燃えるような緋色の髪を持ち、同じく緋色のドラゴンを従えているということ。
丸みを帯びた線で描かれる挿絵は可愛らしく、優しい色合いで色付けがされていた。子ども向けの本であるため文字量はさほど多くはなく、2分足らずで読み終わる内容であった。
ベッドに寝そべって絵本を読んでいたゼータは、最後の1ページで手を止めた。物語の締めくくりとなる見開きの挿絵が描かれたページだ。文字は書かれていない。剣を持ち、緋色の髪をなびかせる青年の立ち絵と、傍らにうずくまる緋色のドラゴンが繊細な線で描かれている。
青年の立ち絵の傍にはいくつもの水滴が落ちた痕があった。まるでこの絵本の持ち主が絵本を読みながら涙を流したかのように。
しかしゼータがそのページで手を止めたのは涙の跡を見たからではない。花が挟まれているのだ。生花ではない。乾いて作り物のようになった薄桃色の花だ。触ると壊れてしまいそうな花の茎を指でつまみ上げ、くるくると回してみる。
花にはそれぞれ言葉がある。例えば赤い薔薇は愛を伝える意味を持つと王宮の侍女が以前言っていた。この薄桃色の花にも何か言葉があるのだろう。
赤い薔薇の言葉を教えてくれた侍女に聞けば、この花の意味もわかるだろうか。ゼータはそう考えながらも乾燥花を再び絵本に挟み、その花が壊れぬようにゆっくりと絵本を閉じた。
***
少女の紡ぐ御伽話はこれでおしまい。メアリは大人になり、現実の世界を立派に生きていきます。
紙包みの中には箱があり、箱の中にはさらに小さな箱と、手紙が入っている。レイバックの手が手紙を開くと、そこにはアポロの達筆で文字がつづられていた。レイバックの目が黙って文字をなぞるので、ゼータもレイバックの手の中を覗き込みながら、無言で文字を追った。
手紙の内容は3つ。ロシャ王国外交使節団がお世話になった旨、2人の結婚を心より祝う旨、そしてメアリの婚約がなされたことを報告する旨だ。
ゼータとレイバックがそれぞれメアリに聞いた話では、正式な婚約発表はメアリが18歳になるのと同時であるはずであった。婚約発表が早められたのは、メアリがレイバックに想いを伝え心残りをなくしたからなのか。それとも傷心の娘に寄り添う人物を作るためのアポロの配慮なのか。外交使節団が帰国した後に、アポロとメアリの間でどのような会話がなされたのかは知る由もない。
小さな箱の中身は二つ揃いのカトラリーだった。銀製で一見するとシンプルなデザインに見えるが、柄の部分に細かな紋様が描かれている。ゼータがまじまじと紋様を観察すれば、それは身体をまるめて目を閉じる竜の絵だった。身体に生える鱗までが繊細に描かれており、竜の周りにはこれまた繊細な花の絵が散りばめられている。既存の製品を購入した物なのか、アポロが祝いの品として特別に作らせた物なのかはわからない。どちらにせよ値の張りそうな代物である。
中身を全て取り出した箱を持ち上げたときに、レイバックがあれ、と声をあげた。空になったはずの箱の中から薄い紙の包みを取り出す。箱の下部にぴったりと収められていたため、すぐには気が付かなかったのだ。
紙包みは薄い桃色であった。丁寧に包まれた紙包みを剥げば一冊の本が顔を出す。大人が読むようなぶ厚い書物ではない。子供の絵本のようだ。鮮やかな色合いの表紙をしている。
「あ」
本の表紙を見たゼータは思わず声をあげた。その絵本に心当たりがあったからだ。今まさに表紙を開こうとしていたレイバックの手から絵本を奪い取る。
「…どうした」
「これは私の物です」
突然手の中の絵本を奪われ、レイバックは驚いた表情を浮かべる。
「心当たりのある物か?」
「そうです」
「俺が見てはいけない物か?」
「そうです」
「…しかし誰宛とは書いていない」
「駄目です」
絵本へと手を伸ばすレイバックから逃げるように、ゼータは立ち上がる。そのまま両手で絵本を抱え、王妃の間へと続く扉まで駆ける。
「おい、ゼータ!」
「これは本当に駄目なんです」
追ってくるレイバックから逃げるために、ゼータは王妃の間へと続く扉をくぐった。伸ばされた手を遮るように扉を閉め、急いで扉に鍵を掛ける。廊下へと続くもう一方の扉にも鍵を掛け、ついでに窓にも鍵が掛かっていることを確認し、ゼータはようやく息を吐いてベッドの上に載った。
レイバックから奪い取った絵本を枕の上に載せる。
絵本の表紙に書かれていたのは赤い髪の青年だった。タイトルは掠れてしまって読めない。背表紙は外れ、かつては子どもの興味を引くようにと鮮やかであったはずの彩色は、色褪せ端の方が茶色く変色している。
ゼータはゆっくりと枕に載せた絵本の表紙を開く。それはひとつの物語だ。内容は何の変哲もない有り触れた物語。善の心を持つ青年が悪行を重ねる愚王を打ち、新しい国を興すというただそれだけの話だ。少し変わったところといえば、青年は燃えるような緋色の髪を持ち、同じく緋色のドラゴンを従えているということ。
丸みを帯びた線で描かれる挿絵は可愛らしく、優しい色合いで色付けがされていた。子ども向けの本であるため文字量はさほど多くはなく、2分足らずで読み終わる内容であった。
ベッドに寝そべって絵本を読んでいたゼータは、最後の1ページで手を止めた。物語の締めくくりとなる見開きの挿絵が描かれたページだ。文字は書かれていない。剣を持ち、緋色の髪をなびかせる青年の立ち絵と、傍らにうずくまる緋色のドラゴンが繊細な線で描かれている。
青年の立ち絵の傍にはいくつもの水滴が落ちた痕があった。まるでこの絵本の持ち主が絵本を読みながら涙を流したかのように。
しかしゼータがそのページで手を止めたのは涙の跡を見たからではない。花が挟まれているのだ。生花ではない。乾いて作り物のようになった薄桃色の花だ。触ると壊れてしまいそうな花の茎を指でつまみ上げ、くるくると回してみる。
花にはそれぞれ言葉がある。例えば赤い薔薇は愛を伝える意味を持つと王宮の侍女が以前言っていた。この薄桃色の花にも何か言葉があるのだろう。
赤い薔薇の言葉を教えてくれた侍女に聞けば、この花の意味もわかるだろうか。ゼータはそう考えながらも乾燥花を再び絵本に挟み、その花が壊れぬようにゆっくりと絵本を閉じた。
***
少女の紡ぐ御伽話はこれでおしまい。メアリは大人になり、現実の世界を立派に生きていきます。
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