【BL】齢1200の龍王と精を吸わないオタ淫魔

三崎こはく

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緋糸たぐる御伽姫

後日談:憩いの場所

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 結婚式から2週間が経ったその日、レイバックは数か月ぶりにポトスの街へと続く坂道を下っていた。憩いの場であるタキのカフェに足を運ぶためである。
 タキのカフェは、ポトスの街の大通りから少し外れた小路にひっそりと佇んでいる。石造りの建物が多いポトスの街には珍しく古びた木造の建物だ。古くて買い手のつかずにいた建物をタキが安値で引き取ったらしい。外見こそ古びているものの中は綺麗に改装され、壁一面の窓からは燦々と陽の光が差し込む居心地の良い空間となっている。古びた外観に合わせ、テーブルや椅子、飾られる絵画や天井からぶら下がる灯りも年季を感じさせる物ばかりだ。店員が3人しかいない小さなカフェであるため一度に入れる客の数はさほど多くはないが、独特の雰囲気に魅了され足しげく通う常連は多かった。

 カフェの入口をくぐりかけたレイバックははたと足を止めた。入口脇の壁は定休日の告知やお勧めメニューを書くための掲示板になっている。その掲示板の真ん中、一番目立つ場所によく目立つ文字でこう書かれているのだ。
―レイバック国王の結婚披露宴に参列しました。
 さらに文字の下には、レイバックがタキに手渡した結婚式の招待状が張り付けられている。カフェを訪れる客が招待状に触れるのだろう。所々が掠れて文字の読めなくなった招待状を横目に見ながら、レイバックはカフェの中へと立ち入った。

 数か月ぶりに訪れたタキのカフェは大盛況であった。タキとエリスは両手に飲み物を載せた盆を掲げ、あちこちの席の間を駆けまわっている。厨房からは絶えずルベルトの声も聞こえてくる。レイバックの来店に気が付いたタキが、両手に盆を掲げたまま駆け寄ってきた。

「やぁルイさん。結婚式以来だな」
「随分と大繁盛しているな」
「ああ、お陰様でな。待ってくれ。今席を空ける」

 目が回るほどの忙しさでありながらも上機嫌のタキは、手早く近くのテーブル席の片付けを済ませた。盆の上に空皿とグラスを積み上げ、布巾でテーブルを拭くとせわしなく厨房へと戻って行く。厨房でタキとルベルトの話す声を聴きながら、レイバックはすっかり綺麗になったテーブル席に腰を下ろした。
 お陰様で、ということは掲示板の招待状に余程の集客効果があるのだろうか。レイバックはそう考えながら何気なくテーブルに置かれたメニュー表を見る。見慣れたメニュー表に加えてもう一枚、メニュー表が増えていた。真新しいメニュー表の載る品はたった3つ。しかし既存のメニュー表とは違い3つ全ての料理に繊細な料理図が付されている。料理図の横に書かれた料理名を流し読んだレイバックは思わず目を剥いた。

―レイバック王の絶品トマトパスタ 限定30食
―ルナ王妃の濃厚イカ墨パスタ 限定30食
―祝!王妃誕生小さなウェディングケーキ 限定15個

 メニューを持つレイバックの手が小さく震える。まさかとは思うがトマトパスタはレイバックの緋髪から、イカ墨パスタはルナの黒髪から来ているのだろうか。周囲の席を見渡せば昼飯時はとうに過ぎている時間にも関わらず、多くの客の前には絶品トマトパスタか濃厚イカ墨パスタのどちらかが置かれていた。トマトパスタの麺は皿の上に乱雑に置かれているのに対し、イカ墨パスタの麺は髪が流れるように綺麗に盛られているあたりとても芸が細かい。思わず頭を抱えたレイバックの元に、盆にコーヒーを載せたタキが戻ってきた。コーヒーの横には白皿に載ったケーキが並んでいる。

「はいよ、ルイさん。いつものだ」

 タキの無骨な手がテーブルの上にコーヒーを置く。続いて白皿に載せられたケーキも。

「…ケーキは頼んでいないが」
「サービスだ。結婚祝いも兼ねてな」

 声を上げて笑うタキをよそに、レイバックは目の前に置かれたケーキに視線を落とす。サービスだというケーキは小さな丸い形をしていて、表面には白い生クリームがたっぷりと塗られていた。生クリームの上には小さく刻まれた赤と黒の果実が溢れんばかりに載せられている。そして果実の中央にある手製のクッキープレートには「祝!王妃誕生」の文字。

「商売根性たくまし過ぎだろう」
「商売上手と言ってくれ」

 まさか自分の結婚がカフェの客寄せに使われるとは。溜息を零しながらもレイバックの口元には笑みが浮かぶ。タキの様子は店の常連ルイに対する以前の態度と変わらない。披露宴の会場では改めた態度をとっていたタキであったが、自身のカフェの中ではレイバックのことを常連ルイとして扱ってくれる。その気遣いがレイバックには嬉しかった。

「ゼータさんは、今日は来ないのか?」
「どうだろうな。待ち合わせはしていない。仕事は一段落しているはずだ」
「仕事?王宮のか」
「結婚式の後始末だ。何かとやることが多くて俺もゼータも王宮にこもっていたんだ」
「そうかそうか。ゼータさんはもう研究所には行っていないのかい?」
「いや、籍は置いたままだ。王妃と言っても特別な仕事があるわけではない。結婚式の後処理が終わったら、ゼータは研究員としての生活に戻る予定だ」
「まあ、彼から研究を取っちゃいかんよな」

 頷くタキの手首をレイバックは軽く引いた。周りに聞こえぬようと声を潜める。

「タキさん。俺とゼータは今まで通りここに通っても大丈夫そうか?」
「ん?顔が割れていないかってことか?」
「…そういうことだ」

 レイバックは客で埋まった店内を見渡した。以前のレイバックならばお忍びでタキのカフェを訪れることに何の憂いも抱かなかった。王が民の前に姿を現す機会など滅多になく、街に下りたところで気が付かれる心配などないという安心感があったからだ。しかし婚姻の儀で幾千の民に顔を晒した以上、そう悠長なことを言ってもいられない。こうしてタキと話す間にも、背後から見知らぬ誰かに肩を叩かれるのではないかと気が気ではないのだ。
 困り顔のレイバックとは対照的にタキは豪快に笑った。

「大丈夫だろ。ルイさん、あのときとは大分印象が違う」
「…そうか?」
「正装だったし髪も整えていただろ。とてもじゃないが今のルイさんと同一人物には見えない」

 確かに今のレイバックの服装は、正装とは程遠いラフなシャツに身軽なズボンだ。髪は一切整えておらず頭の上を跳ね回っている。王と同じ緋髪であるはずなのに、レイバックに視線を送る者は誰一人としていない。

「…そうか。それなら今まで通り通わせてもらうよ」
「ぜひそうしてくれ」

 笑顔を向け合うレイバックとタキの後ろでカフェの扉が開いた。店内の客がちらと視線を送る中、一直線に2人の元に歩いてきた者は、先ほど話題に上がったばかりのゼータであった。レイバックと同様ラフな衣服を身にまとったゼータは、狼狽えた様子でタキの真正面に立つ。

「タキさんタキさん、なんですかあれ。入口の。結婚式の招待状が貼ってありましたよ」
「ちょっとな。店の宣伝用に使わせてもらっている」
「いや、それはわかるんですけどね。恥ずかしいんですよ。剥がしません?」
「駄目だ。限定メニューの期間があと半月ある」
「…限定メニュー?」

 必死でタキの身体をゆするゼータの目が、テーブルに置かれたケーキに止まった。純白のケーキに載る「祝!王妃誕生」の文字。

「俺達の結婚を祝う限定メニューらしい」
「いやいや…商売根性たくまし過ぎでしょう…」

 どこかで聞いた言葉にタキが思わず噴き出した。レイバックの口からも笑い声が零れる。

「え、なんで笑うんですか?私変なこと言いました?」

 場に取り残され、ゼータは必死にレイバックの肩をゆする。午後の日差しが射し込むカフェに、レイバックとタキの穏やかな笑い声が響いていた。
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