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緋糸たぐる御伽姫
43.片割れ
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店名しかわからぬ店を探し出すことは容易ではないと思われたが、意外にもその店はすぐに見つかった。ゼータとレイバックが昼食を取った飲食店の店員が、その宝飾店を知っていたのだ。会計の折に駄目元で尋ねたレイバックは、驚きのあまりその店員の手を握りこんだ。
その店はポトスの街の職人街に門扉を開いているという。職人街はゼータにもレイバックにも馴染み深い場所だ。店員は正確な場所は知らなかったものの、職人街は長さ100メートルほどのさほど長くはない通りだ。目視で見つけることは可能だろう。レイバックと小銭のやり取りをする店員が言うことには、やはりその宝飾店は魔族を主な客としており、魔法を練り込んだ宝飾品を主として制作しているらしい。魔法を練り込むということは宝飾品には何かしらの効能が付加されるはずだ。これは期待できるかもしれないと、レイバックとゼータは意気揚々と職人街に向かうのであった。
職人街の端に立った二人は、さあ店探しだと意気込みながら通りに足を踏み入れる。ゼータは通りの左側を、レイバックは通りの右側を見ながら進むということで互いに了解し、通りの真ん中を背中合わせで進む。職人街の店には看板らしい看板を掲げていない店も多く、通りを何往復かすることを覚悟していた二人であるが、やはりここでも目当ての店はすぐに見つかることとなった。ゼータの見ていた通りの左側、背中合わせの歩みを始めてわずか4件目に、目当ての宝飾店が佇んでいたのだ。
「さっきの宝飾店は地図があっても迷ったのに」
「縁があるとはこういうことなのかもな」
店先に置かれた手彫りの看板を撫でるゼータは不満げだ。対するレイバックは笑いながら、看板と同じ色合いの店の引き戸を開けた。
立ち入った店内は狭い。午前中に足を踏み入れた純白の宝飾店と比較すれば、その1/4にも満たぬほどの広さだ。狭い店内には高さの違う木製の棚が乱雑に並び、通路となる場所は人が一人やっと通れるほどの幅だ。棚の中には確かに宝飾品の類も並べられているが、そのほかにも置物やからくり玩具、革製品といった品物もある。宝飾品の類も種類ごとにまとまっているわけではなく、あちらこちらに点在している。狭い店内とはいえ目的の指輪を探し当てることは容易ではない。
店の奥にはカウンターがあり、初老の外見の魔族の女性が佇んでいた。あちらこちらの棚を覗き込むレイバックとゼータの挙動を、微笑みながら見守っている。煩雑とした店内に目的の指輪を見つけることは叶わず、痺れを切らしたレイバックは初老の女性店員に声を掛けた。
「魔法を練り込んだ宝飾品の類があると聞いたんだが」
「ございますよ。何をお探しですか?」
「結婚式で交換する揃いの指輪なんだが」
初老店員はカウンターの内側にしゃがみこみ、小さな桐製の箱を取り出した。結わえている紐をほどき、桐箱の蓋を開ける。
「揃いの指輪でしたら、この5点のみですよ」
レイバックとゼータはカウンターに寄り、しわがれた手によって開かれた桐箱の中を覗き込んだ。そこには花模様の布が敷かれ、形の違う5組の指輪が並んでいる。形の違いは宝飾品に知のない二人にもよく分かる。幅広の物、細身の物、波打つ形状の物、一つ飾りのついた物、飾りの散りばめられた物。
「…あまり種類は多くないんですね」
「5つの内から選ぼうが、50の内から選ぼうが、選ぶ物は一つです」
穏やかに告げられる言葉に、レイバックとゼータは顔を見合わせた。確かに午前中に訪れた宝飾店にはそれぞれの店舗に30近い指輪があったが、二人の好みに合う物は一つか二つだった。たくさんの品が並べられれば選択肢は多いようにも思えるが、結局最後に行き着く物にさしたる違いはない。ゼータは波打つ形状の指輪を指し、女性に問いかける。
「この指輪、着けてみても良いですか?」
「はい、どうぞ」
女性の手は指輪をつまみ上げ、ゼータの手のひらに載せる。片割れの指輪はレイバックの手にのる。左手の薬指に指輪を嵌めた二人は、顔を見合わせる。ただ一つしか試していないその指輪は、なんだかとてもしっくり来たのだ。先ほどの店では数えきれないほほどの指輪を嵌めても、一つに絞ることができなかったというのに。指輪を嵌めたレイバックの手のひらを、皺に埋もれる女性の目がじっと見つめていた。
「貴方は剣を触りますね」
「そうだが、わかるか」
「手を見ればわかります。左利きですね」
レイバックは頷き、女性は穏やかに笑う。
「その指輪は刀と同じ鍛造という製法で作られています。刀鍛冶は金属を何度も叩き、強靭な刀を作ります。匠と呼ばれる刀鍛冶が作る刀は、石で打たれても折れることはなく、手入れを怠らなければ刃毀れすることもありません。そしてその指輪は、かつて匠と呼ばれた刀鍛冶が余生の楽しみとして作るものです」
ゼータは自身の指に嵌まる指輪を眺めながら、純白の店内で聞いた店員の説明を思い出した。白木の棚に並べられた繊細なデザインの指輪。あの指輪の製法は鋳造だと、純白の店員は話していた。練り上げた生地を菓子型に流し込むのと同様にして、決められた型の中に金属を流し込んで作るのだと。だから比較的安価での生産が可能で、手彫りでは不可能なほどの繊細なデザインの品を作ることが可能だと言っていた。
「鋳造の指輪というのは弱いですか?」
「弱いです。日常生活において不都合はないでしょうが、刀を扱う方にはお勧めしません」
「そうですか…」
「構造自体が丈夫ということに加え、我々の作る指輪には魔力を練り込んであります。多少の傷でしたら自己修復機能が作用しますし、サイズの微調整も可能です」
「え?」
ゼータは目を瞬かせた。製造方法の説明に聞き入ってしまったが、そもそもこの店を訪れたきっかけは、魔族御用達の宝飾店があるとの情報があったためだ。昼食を取った飲食店の店員から、魔法を練り込んだ宝飾品を作っているとの言葉を受けたこともある。
「あの、私は変身すると多少手の大きさが変わるんです。もしかして変身に応じたサイズ調整も可能ですか?」
「可能ですよ。金属の容積の範囲内でしたら、指輪が勝手に形状を変えてくれます。その試着用の指輪は大きめに作られておりますが、指に馴染んでいませんか?」
女性に言われるまで意識をすることもなかったが、確かに着けた当初は緩かったはずの指輪は、ゼータの薬指にぴったりと馴染んでいた。同様の気づきを見せたレイバックが、ゼータの横で感動に目を輝かせている。
「剣を扱うから指輪を痛めかねない」というレイバックの憂慮は、指輪の製造方法と自己修復作用により消えた。「女性体になった時に落として失くしそう」というゼータの不安も、指輪の形状変化が可能ということにより見事になくなった。これはもう、この店で指輪を購入することはほぼ決まりだろう。ただその上で懸念事項となるものは納期だ。匠と呼ばれる刀鍛冶が余生の楽しみで作ると言うのなら、制作にそれなりの時間がかかりそうなものである。ゼータと同じ懸念も、レイバックも同時に抱いたようである。
「この指輪を購入するとしたら、納期はいつほどになる」
「通常ですと一ヶ月ほどお時間を頂いております」
「結婚式がちょうど一ヶ月後なんだが、間に合うだろうか」
「でしたら、間に合わせましょう」
さも同然のように女性は告げる。顔にあるのは相変わらず穏やかな笑みだ。
「幸いにも現在宝飾品の制作は立て込んでおりません。余裕を見て一ヶ月の納期を頂いておりますが、今の状況ですと最短2週間程度でのお渡しが可能です。どうでしょうか?」
「…ああ、それなら問題ない」
「では購入にあたるお話を進めさせていただいても?」
ゼータとレイバックは互いに顔を見やり、頷いた。女性の手はカウンターの内側から何枚かの紙を引っ張り出し、2人の前に広げた。
***
「…決まりましたね」
「決まったな」
レイバックとゼータは宝飾店の店先で茫然と立ち尽くしていた。店に立ち入ってからわずか30分足らず、とんとん拍子に話は進んだ。指輪の購入を決めた2人は女性店員の指示で、指輪に使われる金属の種類を決め、指のサイズを図り、そして最終的な金額の交渉をして店を出た。魔力を練り込むという工程が含まれるため一般的な指輪より値は張るが、それでも驚くほど高額というわけではない。納期は早ければ2週間、出来次第王宮に文が届く手はずになっている。指輪のデザインに不満はない。指輪を付けることに対する懸念事項も全てなくなった。指輪自体がとても良い物というわけではない。ただ憂慮すべき点がないだけにすんなりと事が運んでしまった。
「こんな決め方で良かったんでしょうか。とても気に入ったというわけではないんですけれど」
冗談めかしたゼータの言葉に、レイバックは意外にも真面目な顔で考え込む。緋色の瞳はゼータの顔を眺め下ろす。
「憂慮点がない、というのは人生の選択に置いて重要だろう。どんなに良いように見える物でもただ一つ憂慮があれば、いつかその物を捨て去る原因になる」
「…そういうものでしょうか」
「人との付き合いも同じだ。小さな不満でも、抱えていればいつか関係は壊れていく。逆に不満がなければ意図せずしても関係は続く。変な奴だと思いながらも、気が付けば一番傍にいることだってある」
意味深に笑うレイバックに、ゼータはその言葉の意味を考えはたと気付く。
「…ひょっとして私のことを言っています? 変な奴って」
「さぁ? 別に特定の誰かを指して言ったわけではない。一般論だ」
「一般論になるほど変人がうようよしているのは困りますが」
不貞腐れるゼータに背を向けて、レイバックは職人街を端に向かって歩き出す。出てきたばかりの店の扉にちらと目線を送り、ゼータは去り行く背を追う。
レイバックを追い、道を歩くゼータの脳裏に思い出されるのは初老の女性店員の話だ。指輪の元となる金属を決める最中の雑談。
指輪の制作には何種類かの金属が使われる。匠はその金属を溶かし、魔力と共に混ぜ合わせ、一枚の板にする。そして刀を鍛えるようにその板を幾度となく叩く。出来上がった板は円柱状に溶接され、工程の最後で2つに切り離される。やすりで削りできた物が対となる2つの指輪だ。
一ヶ月後にゼータのレイバックの薬指に嵌まるであろう2つの指輪は、一枚の板から作り出された片割れなのだ。素材となる金属、色合い、形状、全てにおいて同一の物は他に存在しない。
唯一無二の、片割れ。
その店はポトスの街の職人街に門扉を開いているという。職人街はゼータにもレイバックにも馴染み深い場所だ。店員は正確な場所は知らなかったものの、職人街は長さ100メートルほどのさほど長くはない通りだ。目視で見つけることは可能だろう。レイバックと小銭のやり取りをする店員が言うことには、やはりその宝飾店は魔族を主な客としており、魔法を練り込んだ宝飾品を主として制作しているらしい。魔法を練り込むということは宝飾品には何かしらの効能が付加されるはずだ。これは期待できるかもしれないと、レイバックとゼータは意気揚々と職人街に向かうのであった。
職人街の端に立った二人は、さあ店探しだと意気込みながら通りに足を踏み入れる。ゼータは通りの左側を、レイバックは通りの右側を見ながら進むということで互いに了解し、通りの真ん中を背中合わせで進む。職人街の店には看板らしい看板を掲げていない店も多く、通りを何往復かすることを覚悟していた二人であるが、やはりここでも目当ての店はすぐに見つかることとなった。ゼータの見ていた通りの左側、背中合わせの歩みを始めてわずか4件目に、目当ての宝飾店が佇んでいたのだ。
「さっきの宝飾店は地図があっても迷ったのに」
「縁があるとはこういうことなのかもな」
店先に置かれた手彫りの看板を撫でるゼータは不満げだ。対するレイバックは笑いながら、看板と同じ色合いの店の引き戸を開けた。
立ち入った店内は狭い。午前中に足を踏み入れた純白の宝飾店と比較すれば、その1/4にも満たぬほどの広さだ。狭い店内には高さの違う木製の棚が乱雑に並び、通路となる場所は人が一人やっと通れるほどの幅だ。棚の中には確かに宝飾品の類も並べられているが、そのほかにも置物やからくり玩具、革製品といった品物もある。宝飾品の類も種類ごとにまとまっているわけではなく、あちらこちらに点在している。狭い店内とはいえ目的の指輪を探し当てることは容易ではない。
店の奥にはカウンターがあり、初老の外見の魔族の女性が佇んでいた。あちらこちらの棚を覗き込むレイバックとゼータの挙動を、微笑みながら見守っている。煩雑とした店内に目的の指輪を見つけることは叶わず、痺れを切らしたレイバックは初老の女性店員に声を掛けた。
「魔法を練り込んだ宝飾品の類があると聞いたんだが」
「ございますよ。何をお探しですか?」
「結婚式で交換する揃いの指輪なんだが」
初老店員はカウンターの内側にしゃがみこみ、小さな桐製の箱を取り出した。結わえている紐をほどき、桐箱の蓋を開ける。
「揃いの指輪でしたら、この5点のみですよ」
レイバックとゼータはカウンターに寄り、しわがれた手によって開かれた桐箱の中を覗き込んだ。そこには花模様の布が敷かれ、形の違う5組の指輪が並んでいる。形の違いは宝飾品に知のない二人にもよく分かる。幅広の物、細身の物、波打つ形状の物、一つ飾りのついた物、飾りの散りばめられた物。
「…あまり種類は多くないんですね」
「5つの内から選ぼうが、50の内から選ぼうが、選ぶ物は一つです」
穏やかに告げられる言葉に、レイバックとゼータは顔を見合わせた。確かに午前中に訪れた宝飾店にはそれぞれの店舗に30近い指輪があったが、二人の好みに合う物は一つか二つだった。たくさんの品が並べられれば選択肢は多いようにも思えるが、結局最後に行き着く物にさしたる違いはない。ゼータは波打つ形状の指輪を指し、女性に問いかける。
「この指輪、着けてみても良いですか?」
「はい、どうぞ」
女性の手は指輪をつまみ上げ、ゼータの手のひらに載せる。片割れの指輪はレイバックの手にのる。左手の薬指に指輪を嵌めた二人は、顔を見合わせる。ただ一つしか試していないその指輪は、なんだかとてもしっくり来たのだ。先ほどの店では数えきれないほほどの指輪を嵌めても、一つに絞ることができなかったというのに。指輪を嵌めたレイバックの手のひらを、皺に埋もれる女性の目がじっと見つめていた。
「貴方は剣を触りますね」
「そうだが、わかるか」
「手を見ればわかります。左利きですね」
レイバックは頷き、女性は穏やかに笑う。
「その指輪は刀と同じ鍛造という製法で作られています。刀鍛冶は金属を何度も叩き、強靭な刀を作ります。匠と呼ばれる刀鍛冶が作る刀は、石で打たれても折れることはなく、手入れを怠らなければ刃毀れすることもありません。そしてその指輪は、かつて匠と呼ばれた刀鍛冶が余生の楽しみとして作るものです」
ゼータは自身の指に嵌まる指輪を眺めながら、純白の店内で聞いた店員の説明を思い出した。白木の棚に並べられた繊細なデザインの指輪。あの指輪の製法は鋳造だと、純白の店員は話していた。練り上げた生地を菓子型に流し込むのと同様にして、決められた型の中に金属を流し込んで作るのだと。だから比較的安価での生産が可能で、手彫りでは不可能なほどの繊細なデザインの品を作ることが可能だと言っていた。
「鋳造の指輪というのは弱いですか?」
「弱いです。日常生活において不都合はないでしょうが、刀を扱う方にはお勧めしません」
「そうですか…」
「構造自体が丈夫ということに加え、我々の作る指輪には魔力を練り込んであります。多少の傷でしたら自己修復機能が作用しますし、サイズの微調整も可能です」
「え?」
ゼータは目を瞬かせた。製造方法の説明に聞き入ってしまったが、そもそもこの店を訪れたきっかけは、魔族御用達の宝飾店があるとの情報があったためだ。昼食を取った飲食店の店員から、魔法を練り込んだ宝飾品を作っているとの言葉を受けたこともある。
「あの、私は変身すると多少手の大きさが変わるんです。もしかして変身に応じたサイズ調整も可能ですか?」
「可能ですよ。金属の容積の範囲内でしたら、指輪が勝手に形状を変えてくれます。その試着用の指輪は大きめに作られておりますが、指に馴染んでいませんか?」
女性に言われるまで意識をすることもなかったが、確かに着けた当初は緩かったはずの指輪は、ゼータの薬指にぴったりと馴染んでいた。同様の気づきを見せたレイバックが、ゼータの横で感動に目を輝かせている。
「剣を扱うから指輪を痛めかねない」というレイバックの憂慮は、指輪の製造方法と自己修復作用により消えた。「女性体になった時に落として失くしそう」というゼータの不安も、指輪の形状変化が可能ということにより見事になくなった。これはもう、この店で指輪を購入することはほぼ決まりだろう。ただその上で懸念事項となるものは納期だ。匠と呼ばれる刀鍛冶が余生の楽しみで作ると言うのなら、制作にそれなりの時間がかかりそうなものである。ゼータと同じ懸念も、レイバックも同時に抱いたようである。
「この指輪を購入するとしたら、納期はいつほどになる」
「通常ですと一ヶ月ほどお時間を頂いております」
「結婚式がちょうど一ヶ月後なんだが、間に合うだろうか」
「でしたら、間に合わせましょう」
さも同然のように女性は告げる。顔にあるのは相変わらず穏やかな笑みだ。
「幸いにも現在宝飾品の制作は立て込んでおりません。余裕を見て一ヶ月の納期を頂いておりますが、今の状況ですと最短2週間程度でのお渡しが可能です。どうでしょうか?」
「…ああ、それなら問題ない」
「では購入にあたるお話を進めさせていただいても?」
ゼータとレイバックは互いに顔を見やり、頷いた。女性の手はカウンターの内側から何枚かの紙を引っ張り出し、2人の前に広げた。
***
「…決まりましたね」
「決まったな」
レイバックとゼータは宝飾店の店先で茫然と立ち尽くしていた。店に立ち入ってからわずか30分足らず、とんとん拍子に話は進んだ。指輪の購入を決めた2人は女性店員の指示で、指輪に使われる金属の種類を決め、指のサイズを図り、そして最終的な金額の交渉をして店を出た。魔力を練り込むという工程が含まれるため一般的な指輪より値は張るが、それでも驚くほど高額というわけではない。納期は早ければ2週間、出来次第王宮に文が届く手はずになっている。指輪のデザインに不満はない。指輪を付けることに対する懸念事項も全てなくなった。指輪自体がとても良い物というわけではない。ただ憂慮すべき点がないだけにすんなりと事が運んでしまった。
「こんな決め方で良かったんでしょうか。とても気に入ったというわけではないんですけれど」
冗談めかしたゼータの言葉に、レイバックは意外にも真面目な顔で考え込む。緋色の瞳はゼータの顔を眺め下ろす。
「憂慮点がない、というのは人生の選択に置いて重要だろう。どんなに良いように見える物でもただ一つ憂慮があれば、いつかその物を捨て去る原因になる」
「…そういうものでしょうか」
「人との付き合いも同じだ。小さな不満でも、抱えていればいつか関係は壊れていく。逆に不満がなければ意図せずしても関係は続く。変な奴だと思いながらも、気が付けば一番傍にいることだってある」
意味深に笑うレイバックに、ゼータはその言葉の意味を考えはたと気付く。
「…ひょっとして私のことを言っています? 変な奴って」
「さぁ? 別に特定の誰かを指して言ったわけではない。一般論だ」
「一般論になるほど変人がうようよしているのは困りますが」
不貞腐れるゼータに背を向けて、レイバックは職人街を端に向かって歩き出す。出てきたばかりの店の扉にちらと目線を送り、ゼータは去り行く背を追う。
レイバックを追い、道を歩くゼータの脳裏に思い出されるのは初老の女性店員の話だ。指輪の元となる金属を決める最中の雑談。
指輪の制作には何種類かの金属が使われる。匠はその金属を溶かし、魔力と共に混ぜ合わせ、一枚の板にする。そして刀を鍛えるようにその板を幾度となく叩く。出来上がった板は円柱状に溶接され、工程の最後で2つに切り離される。やすりで削りできた物が対となる2つの指輪だ。
一ヶ月後にゼータのレイバックの薬指に嵌まるであろう2つの指輪は、一枚の板から作り出された片割れなのだ。素材となる金属、色合い、形状、全てにおいて同一の物は他に存在しない。
唯一無二の、片割れ。
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