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緋糸たぐる御伽姫
35.業火
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男が依頼されたのは簡単な仕事だった。精霊族祭の会場から気絶した女を運び出し、人目につかない所で殺す、ただそれだけ。それだけのことで莫大な報酬を提示された。依頼の詳細を問い質さぬこと、依頼の内容を誰にも話さぬこと、2つの条件と共に依頼された仕事を二つ返事で請け負った。
男は王宮軍の下部組織である治安維持隊という部隊に所属しており、ポトスの街中の警備を主として請け負っていた。しかし男の素行は良くない。部隊内では頻繁に諍いを起こし、本来ならば守るべき民に手を上げることも多かった。「次の揉め事を起こしたらお前の雇用契約は破棄だ」直属の上司からそう告げられたのはつい二週間前の出来事だ。
そんな中で依頼を受けた仕事であった。仕事仲間は男を含め4人。いずれも部隊は違えど、王宮軍の下部組織に属する兵士で、皆それなりの猛者である。そして皆同様に素行に問題を抱えていた。市民相手に揉め事を起こす、公務中に飲酒をする、上司の命令に従わない。近い将来除隊されることが目に見えていた者ばかりだ。
精霊族祭の夜、男は仲間と共に会場の建物の一室に身を隠していた。そこは休憩室と呼ばれる部屋の隣にある物置だ。休憩室にはスタッフが常駐しており、時折やってくる客人の身なりを整える。汚れた衣装に代わる衣装を貸し出したり、化粧を直したり、髪を整えたりと仕事は多岐だ。男が仲間と共に物置に身を隠してから、もう20人を超える客人が休憩室を訪れている。
やがて休憩室に一人の女がやって来た。緋色のドレスを着た黒髪の女。女の後ろには、男に仕事を依頼した中年の男性が立っている。ならばあの女こそが殺せと命ぜられた女だ。
「名前はルナ。住まいは…今は一時的にポトス城の王宮に滞在しています」
黒髪の女は女性スタッフに対してそう名乗り、間もなく依頼主の男性は休憩室を立ち去った。去り際に男性の瞳が物置に向く。扉に開けた小穴から休憩室の様子を伺っていた男の視線と、依頼主の男性の視線がかち合う。後はお前達の仕事だ。
「首飾りを一度お取り致しますね。ワインが掛かっておりますから」
「あ、はい」
男は休憩室でなされる会話に耳を澄ます。男の仕事はもう少し後。黒髪の女が気絶してからだ。しかし細腕の女性スタッフが一体いかにして女を気絶させるというのだ。興味津々で小穴を覗き込む男の目の前で、女性スタッフが女の首元に首飾りを掛けた。表情を曇らせた女が、呟きと共に首を捻った直後であった。糸が切れた人形のように、女の身体は椅子から滑り落ちた。
女性スタッフの悲鳴が物置にまで届く。狼狽え助けを求め、休憩室を飛び出そうとする女性スタッフの目の前に、男と3人の仲間は躍り出る。
「会場の警備を担当している治安維持隊の者です。誠に勝手ながら物置で休憩をさせていただいておりました。何かお困り事が?」
「お客様が急に倒れられてしまったんです。私、先ほどの男性に仕事を依頼されて…。ルナと言う黒髪の女性を休憩室に案内するから、理由を付けて首飾りを付け替えてほしいと。本当にそれだけ…」
「ああ、どうぞご安心ください。そちらの女性は私共で責任を持って介抱致しますよ。治安維持隊の仕事に怪我人急病人の介抱は付き物でございますから」
「助かります。私、本当に特別なことは何もしていなくて…お金だって少ししか貰っていませんし…」
黒髪の女性が倒れたことは自身の非ではない。女性スタッフは必死で訴える。まなじりに涙を浮かべる女性スタッフの肩を叩き、男は笑う。
「誰も貴女の非を疑ってはおりませんよ。大方貧血でも起こされたのでしょう。会場に籠る熱気と、慣れぬダンスに体調を崩される方は毎年何名かおられます。こちらの女性も、少し休めば直に意識を取り戻されますよ」
「そう…ですよね。ああ、良かった。私どうしようかと…」
「しかし貴女ももう仕事を切り上げ自宅に帰るのが宜しい。気が動転したままでは、お客様にご迷惑を掛けかねません。替えのスタッフはいくらでもいるでしょう」
有無を言わせぬ男の口調に、女性スタッフは無言で頷いた。
走り去る女性スタッフの背中を見送り、男は床に崩れ落ちた黒髪の女を眺め下ろした。緋色のドレスが映える美しい顔立ちの女だ。女の首元には細い糸を編み込んだ首飾りがぶら下がっている。どのような代物かは分からぬが、その首飾りが女の意識を奪った。上手い手だ、と男は思う。女性スタッフはあくまで女の首飾りの交換を依頼されただけ。恐らく女のドレスにワインを掛けた者も、そうして単発的に雇われた者だ。僅かな報酬で、罪に問われぬ僅かな仕事を依頼した。雇われた者達は、その僅かな仕事が殺人の一端を担うとは想像もしない。
男は仲間と共に女の身体を担ぎ上げた。ぐったりと弛緩した人の身体は重たいが、大の男が四人いれば担ぎ上げることは造作もない。建物の廊下に人気がないことを確認し、裏口を出て会場を離れる。林の中に馬を繋いでいるのだ。女の身体を馬に括り、男自身も馬に飛び乗り、盛況の精霊族祭の会場を後にする。
男と3人の仲間、そして気絶した女を乗せた馬は10分ほど山道を走り、やがて山奥に佇む小屋に辿り着いた。そこはかつて森で木を切る者が、休憩場所として使用していた小屋だ。今はもう立ち入る者もおらず、壊れることを待つだけの小屋。男と仲間は、馬から引きずり下ろした女を小屋の中へと運び、埃の積もる床に投げ落とす。かなりの衝撃であったはずだが、女は呻き声を上げただけで目覚めることはない。
「起きろ」
男のつま先が女の腹をつついた。女はつま先から逃れるように身を捩るが、固く閉じられた瞼が開くことはない。それならそれで構わない。男は3人の仲間と顔を見合わせる。女の殺害に当たり依頼者から指定を受けた事項は一つ。顔の形状を崩さぬことだ。女が死んだ後に、女の身元が分からぬようでは困るらしい。それ以外は殴ろうが、手足を切り落とそうが、身を穢そうが文句は言わぬと、依頼者の男は厭らしく笑った。
許されるのならばその言葉の通りにさせてもらおう。曝け出すことの許されぬ残虐な欲望を、この女に吐き出してやる。男は腰に差した短刀を抜き、女のドレスの胸元を裂いた。緋色の布地の内側から現れる物は滑らかな肢体だ。男は生唾を飲み込み、女の肢体に指先を這わす。先にある愉悦を想像し、男と3人の仲間は恍惚と口の端を上げる。
ぽっかりと女の両眼が開いた。暗闇に溶ける漆黒の眼が男を見つめる。
「おい、手足を抑えろ」
男の言葉に、背後に控えていた3人の仲間が動いた。目覚めた女の抵抗を封じるべく、各々が女に向けて手を伸ばす。「触るな」女の口元が動く。伸ばされる8本の腕を振り払うべく、女は懸命に手足を動かす。
ああ、良い。これから女の顔はどれほどの絶望に染まることであろう。満足な抵抗の叶わぬ女を相手に凌辱の限りを尽くすとしたら、それは長い人生の最たる享楽だ。どうか存分に泣き叫び、秘めたる残虐な欲望を満たしてくれ。
しかし、無念。男が女の絶望に満ちた表情を目の当たりにすることはなかった。男が次に女の柔肌に触れるよりも先に、男の頭部は弾けて消えた。まるで腐った果実が地に落ちたかのように、膨らませ過ぎた水風船が弾けたように。骨と血肉と脳髄を撒き散らかした男は、一片の痛みを感じる間もなく死に絶えた。
***
「…全然分かんないんですけど。これ、どういう状況ですか?」
ゼータは身を起こし、ずきずきと痛む頭を振った。目の前には首をなくしゆらゆらと揺れる男の身体。その後ろには放心状態の男3人。多少形は違うが、皆似たり寄ったりの簡素な鎧を身に着けている。鎧の胸元にあるのは王宮の紋章だ。
ゼータの脚の上に脱力した男の身体が崩れて落ちた。血肉と脳髄にまみれた身体を厭い、ゼータは男の死体を蹴り飛ばす。
「そこの真ん中のお方。状況説明をお願いします」
ゼータの問いに男は答えない。首を無くした仲間の身体を眺め下ろし、呆然自失と佇んでいる。ゼータは溜息をついて鉛のように重たい右腕を持ち上げた。
刹那つんざくような悲鳴が薄暗闇に響き渡った。小屋を震わす絶叫の主は、ゼータの名指しを受けた兵士の一人だ。派手な音を立てて地面に倒れ込む男の上体には、左腕がない。まるで初めからそこに腕などなかったかのように、綺麗さっぱり消え失せていた。肩口から血潮を噴き出した男は、痛みに悶え木板の床を転げまわる。
「返事が遅い。質問しているんだからすぐに応えてくださいよ。次、右腕を吹き飛ばします」
そう言ってゼータが再び右腕を掲げるものだから、左腕を失くした男は悲痛の叫びを上げる。涙と鼻水に濡れた顔面を、埃の積もった床に擦りつけて、ゼータの目前に平伏する。
「あ、あんたを殺せと言われたんだ」
「誰に?」
男は黙る。しかし伏した男が沈黙であったのは束の間のことで、すぐに小屋の中には金切り声が木霊した。宣言通りに両腕をもぎ取られた男は、仰向けに返された節足類のように両脚をばたつかせ、そして直に動かなくなった。激痛に耐えかねて絶命したのか、はたまた気絶しただけなのか、それは分からない。
ゼータの両眼は残された2人の兵士に向く。身体を震わせた一人の兵士が、慌てた様子で口を開く。
「依頼主はマルコーと言う男だ」
「マルコー? 外交使節団の付添人の男ですか?」
「…そうだ」
「へぇ…」
ゼータは全ての点が繋がったような心地だ。首元にぶら下がったままの首飾りを撫でる。レイバックの贈り物である首飾りは革紐であったが、今付けている首飾りは組紐だ。この組紐は魔封じの紐だ。外交使節団が持ち込んだ魔導具の一つ、結わえられた者の魔力を封じる効果を持つ。ルナ暗殺のためにとマルコーが盗み出したのだろう。精々下等な魔獣を封じる程度の威力しか持たぬ紐でも、未だ変化した身体に魔力が馴染まぬルナにとっては絶大な威力であった。魔力を封じられたところで変身に影響は及ばぬことが幸いであった。膨大な魔力を持つゼータの身体に戻れば、魔封じの紐などただの紐でしかない。
「マルコーはまぁ…動機の想像も付くんですけれどね。他には?」
「ほ、他?」
「依頼主はマルコー一人じゃありませんよね。どこの所属かは知りませんけど、ドラキス王国の王宮軍に所属する者が、他国の要人からの依頼を二つ返事で引き受けるわけがないでしょう。依頼主は他にもいるんでしょう? 貴方たちが素直に命令を聞くような高貴な身分のお方が」
「それは…」
二人の兵士は顔を見合わせ言い淀む。一度きりの面識しかない他国の人間は売れても、もう一人の依頼主の名を易々と漏らすわけにはいかない。任務を遂行できなかっただけならまだしも、尋問され依頼主の名まで吐いたとなれば只では済まされない。いや、最早そんな心配など無用か。女の殺害に失敗し、こうして命を脅かされている時点で2人の命運は尽きている。
ゼータは人差し指を突き出して、2人の兵士の身体のあちこちを指さした。一、二、三、四、五、六、七、八。謡うように数字を刻む。それは残された手足の数だ。ゼータが吹き飛ばすことのできる、2人の兵士の手足の数。
「ダグだ!」
兵士の一人が叫ぶ。
「ダグ? 誰でしたっけ。役職は?」
「十二種族長の一人、人間族長の男だ」
「もしかして黒髪に白シャツの男ですか? 精霊族祭の会場にいましたよね」
「そうだ」
「ダグ…。恨みを買うような関わりもないんですけれどね。マルコーと仲が良いのかな」
ゼータは腕を組んで考え込む。不吉な予告をする指先が下ろされたので、2人の兵士はひとまず安堵に表情を緩ませる。
「ルナ殺害の目的は聞かされていますか?」
「それは…知らされていない。本当だ。依頼の目的については詮索するなと言われている」
「なら依頼の報酬は? お金?」
「金…もある。あとは仕事だ。俺達四人は皆素行不良で除隊を目前にしていたから…。依頼をこなせばポトスの街中から離れた小さな町で、割の良い仕事を紹介してもらえる約束だ」
「へぇ。非力な女一人殺して金と仕事が貰えるんですか。お得ですねぇ。後は何を聞こうかな。…あ、ダグはまだ精霊族祭の会場にいます?」
「いる。仕事が済んだら、俺達の内の一人がダグに報告に行く手筈になっていた。それで…ダグがこの場所にあんたの死体を確認に来て、報酬を渡されて終いだ。俺達は明日にも上司に退役を願い出て、地方に逃れ安穏と暮らす予定であった」
「成程ね、マルコーも精霊族祭の会場に?」
「マルコーは王宮にいるはずだ。何をしているかは知らない」
兵士が答える度に、ゼータはふむふむと頷く。その表情は穏やかで、先刻生きた人の首と両腕を吹き飛ばした人物とは到底思えない。もしかして質問にさえ真面目に答えれば逃がしてもらえるかもしれない。2人の兵士の顔には希望の灯りがともる。
ゼータは横並びの兵士の一人、小柄な男に指先を向けた。
「そこの人、服をください」
「服?なぜ」
「なぜって見ればわかるでしょう。男の身体に破れた女物のドレスって、全然締まらないじゃないですか。裸じゃ寒いし。シャツとズボンをください」
そう言うゼータの格好は確かに哀れだ。刀にドレスを裂かれ上体は丸出し、胸の中央には薄っすらとだが刀による傷跡がある。床に座り込んだ下半身は緋色のドレスに覆われているものの。泥と埃にまみれたスカートは雑巾に等しい有様だ。馬に揺られる内に靴を落として両脚は裸足。事情を知らぬ者が今のゼータの姿を見れば「追いはぎにでもあったのか?」と尋ねること間違いなしだ。
小柄な兵士は要望通りにシャツとズボンを脱ぎ、ゼータに投げ渡した。ありがとうございます。謝辞と共に持ち上げられた手のひらが、下着姿となった兵士に向く。たっぷりと水の詰まった風船が弾け飛んだような音がして、床にも壁にも鮮血が飛び散った。
「私と体格が懸け離れていて良かったですね」
ただ一人生き残った屈強の兵士に向けて、ゼータは微笑む。全身に血飛沫を浴びた兵士の顔面は蒼白だ。次に弾き飛ぶのは自身の臓腑だと、死を覚悟した兵士の唇は恐怖に震える。しかし予想に違い、ゼータは兵士に死の宣告をしない。
「では、貴方は予定通り任務を遂行してください」
「は…?」
「ダグを呼んで来てください。依頼は完了したと言って」
ゼータは閉ざされた小屋の扉を顎で指す。兵士は扉を見て、それから蒼白の顔面をゼータへと戻す。ダグを連れて来たら俺は殺されるのか。兵士の表情はそう問うている。
「そんな顔しなくても、ダグを連れて来たら貴方は逃がしてあげますよ。今小屋を出てそのまま逃げても別に良いですけどね。お勧めはしません。これから先の長い人生、どこで私に出くわすかと怯えながら暮らすのは嫌じゃないですか?」
「わ、わかった…」
男はゼータに背を向け、転がるようにして小屋を出た。残されたゼータの耳には、遠ざかって行く馬の蹄の音が届く。
蹄の音が完全に聞こえなくなった頃に、ゼータは兵士から借り受けた白のシャツを暗闇に広げた。借り受けたと言っても、永劫返すことは叶わぬシャツだ。袖を通しボタンを留める。かろうじて下肢に纏わりついていた緋色のドレスを脱ぎ落として、同じく兵士から借り受けたズボンに脚を通す。予想通り小柄な兵士の衣服はゼータの身体にぴったりと合っていた。ゼータはズボンの腰回りから革のベルトを引き抜いて、腹部の破裂した兵士目掛けて放った。不要ですからお返しします。
すっかり着替え終えたゼータは、小屋に満ちる死臭を換気しようと、ただ一つある窓に寄った。錆び付き歪んだ窓を開けるのは難儀だ。何度も揺らしようやくこじ開けた窓からは、澄んだ夜の空気が流れ込んできた。
月の明るい夜だ。満月を過ぎ欠けた月が漆黒の夜空に浮かんでいる。廃墟と化した小屋の中に灯りはないが、月明かりのお陰で小屋の中の様子を眺めることに苦労はしない。退屈しのぎに眺める小屋の内部は凄惨たる有様だ。事切れた3つの死体が小屋のあちこちに散乱し、申し訳程度に置かれたいくつかの家具には血がこびり付いている。壁に飛んだ血飛沫は乾いているが、床の血溜まりは未だなみなみと水面を揺らしている。あの血溜まりを裸足で渡るのは嫌だな、とゼータは思う。
次いで窓から臨む景色に視線を移したゼータは、長いこと夜風に揺れる木々を眺めていた。脳裏に浮かぶのは寄り添う2人の男女の姿だ。ポトスの街で仲睦まじげに歩く2人の姿が、石橋の手すりに身を預け語らう2人の背中が、精霊族祭で手を取り踊る2人の顔が、ゼータの脳裏を次々と巡った。
「…止めておけば良かったな」
呟く声は暗闇に溶けて消える。例え報酬を積まれても、仮初の妃候補になどなるべきではなかった。ルナなどという存在がいたから、メアリは溢れんばかりの想いを伝える事を躊躇った。本来そこに罪などないはずなのに、躊躇い苦悩し円らな瞳に涙を浮かべた。マルコーもダグも、ルナがいなければ犯罪行為の画策などしなかっただろう。安易に作り出したルナの存在が、人々の人生を狂わせた。
ゼータは喉の奥に鈍い痛みを覚えた。呼吸が苦しくなる。痛みは胸の奥へ下りてゆき、激痛に視界の端が霞む。
初めは小さな燈火だった。心のうち、気付かぬほどの深い所にひっそりと灯された火。燃え盛ることがあってはならぬとすぐに指先で消し止めた。火に触れた皮膚がじくりと痛んだ。しばらくすると今度は別の場所に火が灯った。すぐに消した。それをずっと繰り返していた。千年を超えるほどの長い間、幾百幾千と繰り返した行為だ。
ふと自身の身体を見下ろせば、衣服は焦げ手指は焼け爛れていた。火を踏み付けた足裏は痛み、満足に歩くことも叶わない。身体の至る所に火傷を作りながらも、それでも必死に消し続けた。
しかし最早消すことが叶わなくなった。消したと思っていた小さな火は、いつの間にか身体の内側に燃え移り轟々と音を立てていた。全身を焼かれ痛みに悲鳴を上げても、その炎が消えることはない。髪も肌も骨も臓腑も全てを焼き尽くす業火だ。
それは一種の情だ。千余年友として在り続けた一人の男に対する許されざる情。
身を焼き尽くす愛情と言う名の業火。
男は王宮軍の下部組織である治安維持隊という部隊に所属しており、ポトスの街中の警備を主として請け負っていた。しかし男の素行は良くない。部隊内では頻繁に諍いを起こし、本来ならば守るべき民に手を上げることも多かった。「次の揉め事を起こしたらお前の雇用契約は破棄だ」直属の上司からそう告げられたのはつい二週間前の出来事だ。
そんな中で依頼を受けた仕事であった。仕事仲間は男を含め4人。いずれも部隊は違えど、王宮軍の下部組織に属する兵士で、皆それなりの猛者である。そして皆同様に素行に問題を抱えていた。市民相手に揉め事を起こす、公務中に飲酒をする、上司の命令に従わない。近い将来除隊されることが目に見えていた者ばかりだ。
精霊族祭の夜、男は仲間と共に会場の建物の一室に身を隠していた。そこは休憩室と呼ばれる部屋の隣にある物置だ。休憩室にはスタッフが常駐しており、時折やってくる客人の身なりを整える。汚れた衣装に代わる衣装を貸し出したり、化粧を直したり、髪を整えたりと仕事は多岐だ。男が仲間と共に物置に身を隠してから、もう20人を超える客人が休憩室を訪れている。
やがて休憩室に一人の女がやって来た。緋色のドレスを着た黒髪の女。女の後ろには、男に仕事を依頼した中年の男性が立っている。ならばあの女こそが殺せと命ぜられた女だ。
「名前はルナ。住まいは…今は一時的にポトス城の王宮に滞在しています」
黒髪の女は女性スタッフに対してそう名乗り、間もなく依頼主の男性は休憩室を立ち去った。去り際に男性の瞳が物置に向く。扉に開けた小穴から休憩室の様子を伺っていた男の視線と、依頼主の男性の視線がかち合う。後はお前達の仕事だ。
「首飾りを一度お取り致しますね。ワインが掛かっておりますから」
「あ、はい」
男は休憩室でなされる会話に耳を澄ます。男の仕事はもう少し後。黒髪の女が気絶してからだ。しかし細腕の女性スタッフが一体いかにして女を気絶させるというのだ。興味津々で小穴を覗き込む男の目の前で、女性スタッフが女の首元に首飾りを掛けた。表情を曇らせた女が、呟きと共に首を捻った直後であった。糸が切れた人形のように、女の身体は椅子から滑り落ちた。
女性スタッフの悲鳴が物置にまで届く。狼狽え助けを求め、休憩室を飛び出そうとする女性スタッフの目の前に、男と3人の仲間は躍り出る。
「会場の警備を担当している治安維持隊の者です。誠に勝手ながら物置で休憩をさせていただいておりました。何かお困り事が?」
「お客様が急に倒れられてしまったんです。私、先ほどの男性に仕事を依頼されて…。ルナと言う黒髪の女性を休憩室に案内するから、理由を付けて首飾りを付け替えてほしいと。本当にそれだけ…」
「ああ、どうぞご安心ください。そちらの女性は私共で責任を持って介抱致しますよ。治安維持隊の仕事に怪我人急病人の介抱は付き物でございますから」
「助かります。私、本当に特別なことは何もしていなくて…お金だって少ししか貰っていませんし…」
黒髪の女性が倒れたことは自身の非ではない。女性スタッフは必死で訴える。まなじりに涙を浮かべる女性スタッフの肩を叩き、男は笑う。
「誰も貴女の非を疑ってはおりませんよ。大方貧血でも起こされたのでしょう。会場に籠る熱気と、慣れぬダンスに体調を崩される方は毎年何名かおられます。こちらの女性も、少し休めば直に意識を取り戻されますよ」
「そう…ですよね。ああ、良かった。私どうしようかと…」
「しかし貴女ももう仕事を切り上げ自宅に帰るのが宜しい。気が動転したままでは、お客様にご迷惑を掛けかねません。替えのスタッフはいくらでもいるでしょう」
有無を言わせぬ男の口調に、女性スタッフは無言で頷いた。
走り去る女性スタッフの背中を見送り、男は床に崩れ落ちた黒髪の女を眺め下ろした。緋色のドレスが映える美しい顔立ちの女だ。女の首元には細い糸を編み込んだ首飾りがぶら下がっている。どのような代物かは分からぬが、その首飾りが女の意識を奪った。上手い手だ、と男は思う。女性スタッフはあくまで女の首飾りの交換を依頼されただけ。恐らく女のドレスにワインを掛けた者も、そうして単発的に雇われた者だ。僅かな報酬で、罪に問われぬ僅かな仕事を依頼した。雇われた者達は、その僅かな仕事が殺人の一端を担うとは想像もしない。
男は仲間と共に女の身体を担ぎ上げた。ぐったりと弛緩した人の身体は重たいが、大の男が四人いれば担ぎ上げることは造作もない。建物の廊下に人気がないことを確認し、裏口を出て会場を離れる。林の中に馬を繋いでいるのだ。女の身体を馬に括り、男自身も馬に飛び乗り、盛況の精霊族祭の会場を後にする。
男と3人の仲間、そして気絶した女を乗せた馬は10分ほど山道を走り、やがて山奥に佇む小屋に辿り着いた。そこはかつて森で木を切る者が、休憩場所として使用していた小屋だ。今はもう立ち入る者もおらず、壊れることを待つだけの小屋。男と仲間は、馬から引きずり下ろした女を小屋の中へと運び、埃の積もる床に投げ落とす。かなりの衝撃であったはずだが、女は呻き声を上げただけで目覚めることはない。
「起きろ」
男のつま先が女の腹をつついた。女はつま先から逃れるように身を捩るが、固く閉じられた瞼が開くことはない。それならそれで構わない。男は3人の仲間と顔を見合わせる。女の殺害に当たり依頼者から指定を受けた事項は一つ。顔の形状を崩さぬことだ。女が死んだ後に、女の身元が分からぬようでは困るらしい。それ以外は殴ろうが、手足を切り落とそうが、身を穢そうが文句は言わぬと、依頼者の男は厭らしく笑った。
許されるのならばその言葉の通りにさせてもらおう。曝け出すことの許されぬ残虐な欲望を、この女に吐き出してやる。男は腰に差した短刀を抜き、女のドレスの胸元を裂いた。緋色の布地の内側から現れる物は滑らかな肢体だ。男は生唾を飲み込み、女の肢体に指先を這わす。先にある愉悦を想像し、男と3人の仲間は恍惚と口の端を上げる。
ぽっかりと女の両眼が開いた。暗闇に溶ける漆黒の眼が男を見つめる。
「おい、手足を抑えろ」
男の言葉に、背後に控えていた3人の仲間が動いた。目覚めた女の抵抗を封じるべく、各々が女に向けて手を伸ばす。「触るな」女の口元が動く。伸ばされる8本の腕を振り払うべく、女は懸命に手足を動かす。
ああ、良い。これから女の顔はどれほどの絶望に染まることであろう。満足な抵抗の叶わぬ女を相手に凌辱の限りを尽くすとしたら、それは長い人生の最たる享楽だ。どうか存分に泣き叫び、秘めたる残虐な欲望を満たしてくれ。
しかし、無念。男が女の絶望に満ちた表情を目の当たりにすることはなかった。男が次に女の柔肌に触れるよりも先に、男の頭部は弾けて消えた。まるで腐った果実が地に落ちたかのように、膨らませ過ぎた水風船が弾けたように。骨と血肉と脳髄を撒き散らかした男は、一片の痛みを感じる間もなく死に絶えた。
***
「…全然分かんないんですけど。これ、どういう状況ですか?」
ゼータは身を起こし、ずきずきと痛む頭を振った。目の前には首をなくしゆらゆらと揺れる男の身体。その後ろには放心状態の男3人。多少形は違うが、皆似たり寄ったりの簡素な鎧を身に着けている。鎧の胸元にあるのは王宮の紋章だ。
ゼータの脚の上に脱力した男の身体が崩れて落ちた。血肉と脳髄にまみれた身体を厭い、ゼータは男の死体を蹴り飛ばす。
「そこの真ん中のお方。状況説明をお願いします」
ゼータの問いに男は答えない。首を無くした仲間の身体を眺め下ろし、呆然自失と佇んでいる。ゼータは溜息をついて鉛のように重たい右腕を持ち上げた。
刹那つんざくような悲鳴が薄暗闇に響き渡った。小屋を震わす絶叫の主は、ゼータの名指しを受けた兵士の一人だ。派手な音を立てて地面に倒れ込む男の上体には、左腕がない。まるで初めからそこに腕などなかったかのように、綺麗さっぱり消え失せていた。肩口から血潮を噴き出した男は、痛みに悶え木板の床を転げまわる。
「返事が遅い。質問しているんだからすぐに応えてくださいよ。次、右腕を吹き飛ばします」
そう言ってゼータが再び右腕を掲げるものだから、左腕を失くした男は悲痛の叫びを上げる。涙と鼻水に濡れた顔面を、埃の積もった床に擦りつけて、ゼータの目前に平伏する。
「あ、あんたを殺せと言われたんだ」
「誰に?」
男は黙る。しかし伏した男が沈黙であったのは束の間のことで、すぐに小屋の中には金切り声が木霊した。宣言通りに両腕をもぎ取られた男は、仰向けに返された節足類のように両脚をばたつかせ、そして直に動かなくなった。激痛に耐えかねて絶命したのか、はたまた気絶しただけなのか、それは分からない。
ゼータの両眼は残された2人の兵士に向く。身体を震わせた一人の兵士が、慌てた様子で口を開く。
「依頼主はマルコーと言う男だ」
「マルコー? 外交使節団の付添人の男ですか?」
「…そうだ」
「へぇ…」
ゼータは全ての点が繋がったような心地だ。首元にぶら下がったままの首飾りを撫でる。レイバックの贈り物である首飾りは革紐であったが、今付けている首飾りは組紐だ。この組紐は魔封じの紐だ。外交使節団が持ち込んだ魔導具の一つ、結わえられた者の魔力を封じる効果を持つ。ルナ暗殺のためにとマルコーが盗み出したのだろう。精々下等な魔獣を封じる程度の威力しか持たぬ紐でも、未だ変化した身体に魔力が馴染まぬルナにとっては絶大な威力であった。魔力を封じられたところで変身に影響は及ばぬことが幸いであった。膨大な魔力を持つゼータの身体に戻れば、魔封じの紐などただの紐でしかない。
「マルコーはまぁ…動機の想像も付くんですけれどね。他には?」
「ほ、他?」
「依頼主はマルコー一人じゃありませんよね。どこの所属かは知りませんけど、ドラキス王国の王宮軍に所属する者が、他国の要人からの依頼を二つ返事で引き受けるわけがないでしょう。依頼主は他にもいるんでしょう? 貴方たちが素直に命令を聞くような高貴な身分のお方が」
「それは…」
二人の兵士は顔を見合わせ言い淀む。一度きりの面識しかない他国の人間は売れても、もう一人の依頼主の名を易々と漏らすわけにはいかない。任務を遂行できなかっただけならまだしも、尋問され依頼主の名まで吐いたとなれば只では済まされない。いや、最早そんな心配など無用か。女の殺害に失敗し、こうして命を脅かされている時点で2人の命運は尽きている。
ゼータは人差し指を突き出して、2人の兵士の身体のあちこちを指さした。一、二、三、四、五、六、七、八。謡うように数字を刻む。それは残された手足の数だ。ゼータが吹き飛ばすことのできる、2人の兵士の手足の数。
「ダグだ!」
兵士の一人が叫ぶ。
「ダグ? 誰でしたっけ。役職は?」
「十二種族長の一人、人間族長の男だ」
「もしかして黒髪に白シャツの男ですか? 精霊族祭の会場にいましたよね」
「そうだ」
「ダグ…。恨みを買うような関わりもないんですけれどね。マルコーと仲が良いのかな」
ゼータは腕を組んで考え込む。不吉な予告をする指先が下ろされたので、2人の兵士はひとまず安堵に表情を緩ませる。
「ルナ殺害の目的は聞かされていますか?」
「それは…知らされていない。本当だ。依頼の目的については詮索するなと言われている」
「なら依頼の報酬は? お金?」
「金…もある。あとは仕事だ。俺達四人は皆素行不良で除隊を目前にしていたから…。依頼をこなせばポトスの街中から離れた小さな町で、割の良い仕事を紹介してもらえる約束だ」
「へぇ。非力な女一人殺して金と仕事が貰えるんですか。お得ですねぇ。後は何を聞こうかな。…あ、ダグはまだ精霊族祭の会場にいます?」
「いる。仕事が済んだら、俺達の内の一人がダグに報告に行く手筈になっていた。それで…ダグがこの場所にあんたの死体を確認に来て、報酬を渡されて終いだ。俺達は明日にも上司に退役を願い出て、地方に逃れ安穏と暮らす予定であった」
「成程ね、マルコーも精霊族祭の会場に?」
「マルコーは王宮にいるはずだ。何をしているかは知らない」
兵士が答える度に、ゼータはふむふむと頷く。その表情は穏やかで、先刻生きた人の首と両腕を吹き飛ばした人物とは到底思えない。もしかして質問にさえ真面目に答えれば逃がしてもらえるかもしれない。2人の兵士の顔には希望の灯りがともる。
ゼータは横並びの兵士の一人、小柄な男に指先を向けた。
「そこの人、服をください」
「服?なぜ」
「なぜって見ればわかるでしょう。男の身体に破れた女物のドレスって、全然締まらないじゃないですか。裸じゃ寒いし。シャツとズボンをください」
そう言うゼータの格好は確かに哀れだ。刀にドレスを裂かれ上体は丸出し、胸の中央には薄っすらとだが刀による傷跡がある。床に座り込んだ下半身は緋色のドレスに覆われているものの。泥と埃にまみれたスカートは雑巾に等しい有様だ。馬に揺られる内に靴を落として両脚は裸足。事情を知らぬ者が今のゼータの姿を見れば「追いはぎにでもあったのか?」と尋ねること間違いなしだ。
小柄な兵士は要望通りにシャツとズボンを脱ぎ、ゼータに投げ渡した。ありがとうございます。謝辞と共に持ち上げられた手のひらが、下着姿となった兵士に向く。たっぷりと水の詰まった風船が弾け飛んだような音がして、床にも壁にも鮮血が飛び散った。
「私と体格が懸け離れていて良かったですね」
ただ一人生き残った屈強の兵士に向けて、ゼータは微笑む。全身に血飛沫を浴びた兵士の顔面は蒼白だ。次に弾き飛ぶのは自身の臓腑だと、死を覚悟した兵士の唇は恐怖に震える。しかし予想に違い、ゼータは兵士に死の宣告をしない。
「では、貴方は予定通り任務を遂行してください」
「は…?」
「ダグを呼んで来てください。依頼は完了したと言って」
ゼータは閉ざされた小屋の扉を顎で指す。兵士は扉を見て、それから蒼白の顔面をゼータへと戻す。ダグを連れて来たら俺は殺されるのか。兵士の表情はそう問うている。
「そんな顔しなくても、ダグを連れて来たら貴方は逃がしてあげますよ。今小屋を出てそのまま逃げても別に良いですけどね。お勧めはしません。これから先の長い人生、どこで私に出くわすかと怯えながら暮らすのは嫌じゃないですか?」
「わ、わかった…」
男はゼータに背を向け、転がるようにして小屋を出た。残されたゼータの耳には、遠ざかって行く馬の蹄の音が届く。
蹄の音が完全に聞こえなくなった頃に、ゼータは兵士から借り受けた白のシャツを暗闇に広げた。借り受けたと言っても、永劫返すことは叶わぬシャツだ。袖を通しボタンを留める。かろうじて下肢に纏わりついていた緋色のドレスを脱ぎ落として、同じく兵士から借り受けたズボンに脚を通す。予想通り小柄な兵士の衣服はゼータの身体にぴったりと合っていた。ゼータはズボンの腰回りから革のベルトを引き抜いて、腹部の破裂した兵士目掛けて放った。不要ですからお返しします。
すっかり着替え終えたゼータは、小屋に満ちる死臭を換気しようと、ただ一つある窓に寄った。錆び付き歪んだ窓を開けるのは難儀だ。何度も揺らしようやくこじ開けた窓からは、澄んだ夜の空気が流れ込んできた。
月の明るい夜だ。満月を過ぎ欠けた月が漆黒の夜空に浮かんでいる。廃墟と化した小屋の中に灯りはないが、月明かりのお陰で小屋の中の様子を眺めることに苦労はしない。退屈しのぎに眺める小屋の内部は凄惨たる有様だ。事切れた3つの死体が小屋のあちこちに散乱し、申し訳程度に置かれたいくつかの家具には血がこびり付いている。壁に飛んだ血飛沫は乾いているが、床の血溜まりは未だなみなみと水面を揺らしている。あの血溜まりを裸足で渡るのは嫌だな、とゼータは思う。
次いで窓から臨む景色に視線を移したゼータは、長いこと夜風に揺れる木々を眺めていた。脳裏に浮かぶのは寄り添う2人の男女の姿だ。ポトスの街で仲睦まじげに歩く2人の姿が、石橋の手すりに身を預け語らう2人の背中が、精霊族祭で手を取り踊る2人の顔が、ゼータの脳裏を次々と巡った。
「…止めておけば良かったな」
呟く声は暗闇に溶けて消える。例え報酬を積まれても、仮初の妃候補になどなるべきではなかった。ルナなどという存在がいたから、メアリは溢れんばかりの想いを伝える事を躊躇った。本来そこに罪などないはずなのに、躊躇い苦悩し円らな瞳に涙を浮かべた。マルコーもダグも、ルナがいなければ犯罪行為の画策などしなかっただろう。安易に作り出したルナの存在が、人々の人生を狂わせた。
ゼータは喉の奥に鈍い痛みを覚えた。呼吸が苦しくなる。痛みは胸の奥へ下りてゆき、激痛に視界の端が霞む。
初めは小さな燈火だった。心のうち、気付かぬほどの深い所にひっそりと灯された火。燃え盛ることがあってはならぬとすぐに指先で消し止めた。火に触れた皮膚がじくりと痛んだ。しばらくすると今度は別の場所に火が灯った。すぐに消した。それをずっと繰り返していた。千年を超えるほどの長い間、幾百幾千と繰り返した行為だ。
ふと自身の身体を見下ろせば、衣服は焦げ手指は焼け爛れていた。火を踏み付けた足裏は痛み、満足に歩くことも叶わない。身体の至る所に火傷を作りながらも、それでも必死に消し続けた。
しかし最早消すことが叶わなくなった。消したと思っていた小さな火は、いつの間にか身体の内側に燃え移り轟々と音を立てていた。全身を焼かれ痛みに悲鳴を上げても、その炎が消えることはない。髪も肌も骨も臓腑も全てを焼き尽くす業火だ。
それは一種の情だ。千余年友として在り続けた一人の男に対する許されざる情。
身を焼き尽くす愛情と言う名の業火。
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