【BL】齢1200の龍王と精を吸わないオタ淫魔

三崎こはく

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緋糸たぐる御伽姫

27.歪む

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 日暮れの魔法研究所で、ビットの手にお使いの品物を押し付けたゼータは、そのまま王宮へと帰還した。早々に夕食と風呂を済ませ、ベッドの上で古びた書物に眺め入る。背表紙の取れかけた書物は、聖ジルバード教会の図書室から貸し出しを受けた物だ。内容は絶滅されたとされる古代魔法に関する記述書。かなり難解な内容となっている。

 部屋の扉を叩く音が聞こえた。ゼータが返事をする前に、男が入室してくる。橋の上にいた緋髪の男。ゼータはベッドの上にうつ伏せに転がったまま、男の顔を見やる。

「今帰ったんですか?」
「いや、日暮れには帰った。今まで仕事をしていたんだ」
「そうですか」
「今日は王宮にいたのか?」
「いえ、研究所に行ってきましたよ。部屋の掃除をしようと思って」
「何か変わったことがあったか」
「いえ、特に何も」

 レイバックはベッドの傍までやってきて、枕元に置かれた椅子に腰かける。椅子の背側に灯りが灯されているため、ゼータの側からはレイバックの顔が逆光となる。表情が黒ずんで良く見えない。

「街歩きはどうでした。楽しめました?」
「ああ、そうだな。思ったよりは楽しめた」
「それは良かった。何か変わった事がありました?」

 ゼータの顔に掛かるレイバックの影が、ゆらりと揺れる。ゼータは目を細め影の主の表情を伺おうとするものの、逆光により黒く塗り潰された顔からは、一片の表情も読み取ることができない。

「その、精霊族祭にメアリ姫と一緒に行くことになった。街歩きの時に誘われて」
「そうですか。楽しんできてくださいね」

 あっけらかんと言い放つゼータに、レイバックは黙り込む。ゼータははてと首を傾げる。

「私、一緒に行く約束をしていました?」
「いや、約束はしていない…が、精霊族祭はダンスパーティーだろう。ダンスとなれば手を取り合うし、身体に触ることになるから…」

 歯切れの悪いレイバックの言葉に、ゼータは苛立ちを覚える。妃候補がいる身で別の女性と精霊族祭に行くことになった。王宮内での外聞が悪いと気にするくらいなら、初めからメアリの誘いを受けなければ良いのだ。

「逆に聞きますけど、何でそんなに申し訳なさそうなんですか?ただのお祭りでしょう。国賓であるメアリ姫を祭に案内すると言って、怪しむ人なんていませんよ」
「それは…そうかもしれないが」
「ルナが本当の妃候補であれば、多少不愉快と感じたかもしれませんけどね。それだって別に、所詮仮初ですし。余計な気遣いは結構ですよ」

―私の身の内にある溢れんばかりの想いを伝えたかった。
 恋するメアリは、埃に塗れた図書室の一席でゼータに向かってそう言った。きっと彼女は精霊族祭の最中レイバックに対して想いを伝えるつもりだろう。一途に想い続けた王子様の話を、使節を装った旅路の経緯を、胸を焦がす恋心を。全てを伝え、どうか妃として傍らに置いてほしいと願い出るのだ。
 不可解な縁談の真相を理解した時に、レイバックは少女の想いとどう向き合うのだろう。互いに望まぬ結婚など御免だ。そう言って頑なにメアリとの交流を拒んできた男は、一途に伝えられる想いに無慈悲の否を返せるのであろうか。

「ゼータ、あのな」
「ああ、でも一つ約束してください。もしメアリ姫と結婚する気になったら、皆に報告するよりも先に教えてくださいね。いくら報酬を積まれても、捨てられる恋人役なんて惨めな役は演じませんよ。適当に消えますから、後の事は自分で何とかしてください」

 ゼータの要望にレイバックは答えを返さない。そんな事は起こり得ない、そう言わぬことが彼の思いを物語っている。長い沈黙に苛立ちを隠せず、ゼータはレイバックを睨み付けた。

「寝ます。出て行ってください」
「寝るって、まだ9時…」
「同僚の使いで散々街を歩いたから疲れたんですよ。職人街を何往復したことか。昼過ぎに研究所を出て、夕方までかかったんですから」

 何かを悟ったのか、レイバックはそれ以上口を開くことはなかった。肩を落とした後ろ姿は扉の向こうに消え、残されたゼータはベッドの上で古びた書物のページを捲る。かびの生えた書物の端は、強く握り締められてくしゃりと歪んでいた。
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