【BL】齢1200の龍王と精を吸わないオタ淫魔

三崎こはく

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緋糸たぐる御伽姫

24.街歩き-職人街

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 食事を終えたレイバックとメアリは、次の立寄地となる場所に徒歩で向かった。食堂を出た頃には朝から降り続いた雨も止み、雲の切れ間には太陽が顔を出し始めていた。雨上がりの澄んだ空気の中を15分ほど歩き、辿り着いた場所は「職人街」と呼ばれるポトスの街で人気の観光スポットだ。長さ100mほどの道の両脇に、木造建ての小さな工房が立ち並んでいる。工房では小人族や人間族、精霊族など細かな造り物を得意とする種族が、特技を生かした土産物を作っているのだ。置物や絵葉書など形に残る土産を買うならば職人街へ、ポトスの街の民ならば誰もがそう勧めるだろう。
 レイバックとメアリが職人街に足を踏み入れた時に、他の使節団員と見事に鉢合わせた。青い顔をしたマルコーが2人の元に駆けて来る。

「レイバック様、メアリ姫。誠に申し訳ありません。私が集合場所の門を誤って伝えてしまったのです。本当に何とお詫びをしたら良いのか…」

 そう言ってマルコーは何度も頭を下げる。次いでマルコーの後ろに現れたシモンは、横並びのメアリとレイバックを見て微笑みを浮かべた。

「何事もなく合流できて幸いです。お二人はどちらの門に向かわれたのですか?」
「東門だ。皆がいたのは北門か?」
「はい。大人数の入れる食堂は北門付近に固まっておりますから」
「ああ、そうだろうとは思った」

 マルコーに集合地点変更の言伝を受けた時に、レイバックは微かな疑問を抱いたのである。なぜ観光客向けの食堂が集まる北門を集合地点とせずに、飲食店の少ない東門に集まるのだろうと。しかしそれがマルコーの策略であるとは思い至らずに、素直にメアリと共に東門へと向かってしまった。昼食会場の変更は突然の出来事であったはずだが、咄嗟の機転を働かせてメアリとレイバックを2人きりにする事に成功したマルコー。レイバックはその知略と執念に、怒りを通り越して賞賛を覚えるのである。当のマルコーはとっくに最敬礼から復帰を果たし、歓談を装いメアリから事情聴取を行っていた。

「メアリ姫、昼食はレイバック様とお2人で?」
「ええ。東門付近の大衆食堂で取りました」
「どのような料理をお食べになりました?」
「色々です。肉料理と魚料理と、野菜の煮込みが2つ。手でつまめる総菜もありましたし、甘味も食べました」
「…つまり大皿の料理を、レイバック様とお2人で取り分けたという事ですかな?」
「そうです。初めて見る料理ばかりでしたので、レイバック様が全て取り分けてくださいました。私は何もできずにただフォークを動かすだけで…」
「いやはや、そうでございましたか。それはさぞ会話も弾んだことでございましょう。正に不幸中の幸い。お二人の仲が深まり私としては嬉しい限りでございます」

 メアリの両手を握り込んだマルコーは喜色満面だ。心なしかメアリも嬉しそうである。策略を巡らし一国の王を陥れたことはいただけないが、メアリとの昼食が楽しい時間であったこともまた事実。文句を述べるのは次の機会にするかと、レイバックは高笑いを続けるマルコーに背を向けた。

 職人街の散策も自由行動が主であった。「一時間後にこの場所に」とのシモンの言葉を聞き、使節団員は散り散りに去って行く。職人街で旅の土産を買うつもりなのだ。在籍する研究室に、義塾の子ども達に、職場の同僚に、皆が思い思いの土産を求めて小さな工房へと入って行く。
 特に買うべき物もないレイバックは、ここでもメアリの横に付いて歩いた。マルコーがそうせよと願い出たわけではない。昼食を共にし、職人街までの道のりを並んで歩いてきた2人にとって、そうすることが自然であったのだ。策士マルコーはレイバックとメアリに間に邪魔者が入らぬようにと、サーリィの背を押しさっさと近間の店へと入って行った。

 レイバックを共に職人街の端にある小さな工房へと立ち入ったメアリは、そこで侍女の土産にとガラスの髪飾りを購入した。その隣にある工房ではポトスの街並みを描いた絵葉書を、更に隣の工房では聖ジルバード教会を模した樹脂製の置物を購入した。細々とした買い物を好むメアリの手提げ袋の中身は、工房を回るたびに賑やかになっていく。
 そしてメアリの共に徹するレイバックも、5件目に訪れた小さな工房で予定外の買い物をする羽目となる。

「そこのお兄さん。この首飾り、今出来上がったばかりなの。安くするから買って行かない?」

 にこにこと愛想の良い女性店員の手のひらには、手作りの首飾りが載せられていた。細く割いた革紐の先に、ガラス玉を括りつけた首飾り。雫型の透明なガラス玉の中には、小さな白い花が埋め込まれている。

「俺は、首飾りは付けないから…」
「貴方が付けるんじゃないわよ。贈り物にどうかしらってこと」
「…贈る相手がいない」
「なら贈り相手を見繕いなさい。ほら、包むからね」

 声を潜める女性店員の視線の先には、店の片隅で商品に見入るメアリの姿があった。壁一面に掛けられた大小様々の錠前が、一体何に使われる物なのかと想像を巡らせているのだ。
 結局レイバックは押しの強い女性店員の言動に逆らうことができず、ガラス玉の首飾りを購入する羽目となった。さして高い物でもないしまぁ良いかと、レイバックは店員に渡された紙包みをポケットに仕舞い込むのであった。

 職人街を巡り終えた後は、徒歩で10分ほどの場所にある「からくり堂」と呼ばれる土産物店に皆で揃って移動した。からくり堂で売られている土産はオルゲルと呼ばれる、開くと音の鳴る不思議な箱だ。ポトスの街の名物とも言える土産で、箱自体に魔法が掛けられているのである。開くと音楽を奏でる豪華な小物入れ、とからくり堂の店員は説明する。魔法の効果を備えた商品というのは通常非常に値が張るがからくり堂のオルゲルは比較的安価ということで土産物として人気の一品なのだ。店員の勧めもあり使節団員は皆好みのオルゲルを物色し、メアリも父の土産にと手のひらサイズのオルゲルを購入した。
 からくり堂を出た後は近間のカフェで茶と菓子を嗜み、天幕立ち並ぶ市場を自由に散策し、両手に紙袋を下げた使節団員が集合地点に集まる頃には空はすっかり夕焼け模様であった。

***

 ポトスの街中には川幅が20mほどの大きな河川が通っている。河川といっても森や平野を通る自然河川ではなく、護岸を石で固められた人工的な河川だ。ポトスの街中の排水機構の一翼を担う重要な河川である。排水の他に、この河川はもう一つ重要な役割を担っている。それが観光地としての役割だ。ポトスの街の中心部に堂々と架けられた石橋の上からは、遥か遠くへと流れて行く河川を一望することができる。石造りの護岸には同じく石造りの建物が立ち並び、川べりには人が歩くための遊歩道が整備されている。遊歩道には古い造りの街灯が等間隔に並び、日が暮れるとその全てに橙色の灯りが灯されるのだ。風のない日には河川の水面に街灯の灯りが反射し、星空を地に落としたかのような幻想的な風景を見ることができる。その風景を一目見ようと、遠方より馬車でポトスの街を訪れる恋人達も多い。

 大きな石造りの橋の上は、暮れなずむ風景を一目見ようとする観光客で賑わっていた。一日ポトスの街中の散策を楽しんだ使節団員の一行もそこにいた。
 レイバックは石橋の手すりに両腕を乗せ、沈みゆく夕陽を眺めていた。目前に広がる河川の水面は夕陽を映して赤く染まっている。太陽が山間に完全に姿を隠す頃には、遊歩道の街灯に橙色の灯りがともり、石橋から臨む景色は全くの別物となる。今日は風がないから、さぞかし幻想的な風景が目前に広がることであろう。
 レイバックの隣には、同じく石橋に両腕を預けたメアリがいた。

「レイバック様、今日はありがとうございました。とても楽しい一日でした」
「ああ。俺も楽しかった」

 はにかんだように笑うメアリの肩には、日暮れの寒さを凌ぐための上着が掛けられている。それは並んで夕焼けを眺め始めた直後に、レイバックがメアリの肩に掛けた物だ。「日中雨にも濡れただろう。身体を冷やすのは避けた方が良い」そう言って。メアリは華奢な肩には不釣り合いに大きい上着の襟元を掻き合わせ、そこに残る人の温かさを噛み締めていた。

「…レイバック様。今日一日こんなにも良くしていただいて、更にお願いだなんて身のほど知らずとは存じます。でも、言葉だけでも聞いていただいてよろしいでしょうか」
「なんだ?」
「週末の精霊族祭に、私と一緒に行ってはいただけないでしょうか」
「精霊族祭…」

 そんな物があったかとレイバックは呟く。精霊族祭は、毎月月末に行われる種族祭と呼ばれる催しの一つだ。1月末には巨人祭、2月末には獣人祭というように毎年12回の催しが企画され、次の週末は精霊族が主催する精霊族祭が開かれるのである。精霊族は歌と踊りに秀でている者が多く、精霊族祭はダンスパーティーともう何百年も前から決まっている。ロシャ王国の外交使節団の訪問は、何らかの種族祭に当たるようにと毎年日程が組まれるのだ。
 精霊族祭は今日から4日後、丁度王宮の公休日にあたる日だ。祭りが終わり3日の後には、使節団員は揃ってロシャ王国に帰還する予定となっている。滞在期間は残り7日、それはメアリに残された最後の時間でもある。

「もちろん無理にとは言いません。ルナ様とご一緒される予定もあるでしょう。でももし叶うのならば、精霊族祭の夜にほんの少し、私と語らう時間を作っていただければと…」
「ルナと祭りを共にする約束はしていない」

 レイバックの答えにメアリは口を噤み、掻き合わせた上着の襟を強く握り締めた。円らな栗色の瞳は潤み、じっとレイバックを見上げている。細い喉は緊張に小さく上下する。

「一緒に行こうか」

 瞬間メアリの顔には満面の笑顔が咲いた。嘘、嬉しい、どうしよう。口元を抑え呟く少女の肩は小刻みに震え、栗色の瞳からは歓喜の涙が零れ落ちそうだ。

「ありがとうございます、レイバック様。とても楽しみにしています。本当に」

 レイバックは満開の笑顔に微笑みを返しながら思う。少女の笑顔にほだされてしまった、と。
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