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緋糸たぐる御伽姫
20.溢れる想い-1
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カミラとゼータの再会から一夜明けた。カミラ以外の侍女の客室への立ち入りを断ったゼータは、久しぶりに慣れた男性の姿で睡眠を取ることができ、朝からご機嫌であった。女性の姿で寝ることに問題があるわけではない。だが侍女に手渡される女性用の夜着が、どうしても肌に合わないのだ。俗に「ネグリジェ」と呼ばれるその夜着は布地が透けるほどに薄い。胸元も足元も心許なく、寝返りを打つたびに不安に目が覚めてしまうのだ。局所丸出しの寝姿を目撃されることは、妃候補の恥どころか人としての恥である。
しかし昨晩は、カミラに頼みズボンタイプの夜着を着用することができた。胸元や足元がはだける心配もなく、数日振りにぐっすりと眠ることができたのである。起き抜けの失言の心配する必要もなく、片時も気を抜けなかった客室は快適な城と化した。だからと言って寝汚く毛布にくるまっていれば、規律正しき侍女頭カミラに、温かな毛布を引っぺがされるのである。
「ゼータ様、今日のご予定は?」
ゼータの分の朝食を机に並べながら、カミラが聞いた。3度の食事はいずれも食堂で取ることが可能。現にメアリを除く使節団員の面々は、毎朝連れ立って食堂へ赴いているとの噂を耳にする。何故メアリが朝食会に参加していないのかと問われれば、恐らくその理由はゼータと同じだ。それなりの立場にある者が人前に顔を出すためには身繕いが必須。朝食前に化粧や髪結いを全て済ませることは、とてつもない重労働なのだ。それならば食事を部屋まで運んでもらった方が気楽である。
いまだ頭の覚め切らぬゼータは、毛布を抱き締めながら答える。
「今日は午前中図書室に行きます。午後は特に決まっていないですね」
今日は図書室でメアリとの勉強会が予定されている。本当は昨日のうちに、勉強会の開催をレイバックに報告するつもりだったのだ。そして縁談の裏事情を聞き出すための作戦会議をしたかった。しかしカミラと思い出話に花を咲かせるうちに、気が付けば時刻は深夜となっていた。結局メアリとの密会は、誰にも言うことができずにいる。
ゼータの朝食に煎れたての茶を添えながら、カミラは言う。
「今日は白の街に商人が天幕を立てる日でございますよ。予定がないのであれば訪れてみては?」
「白の街には一昨日行きましたよ。でも人が多すぎて、ほとんど商品を見られなかったんです」
「ならば余計に今日訪れるのがよろしい。平日の昼間は空いておりますよ。侍女や官吏は皆仕事をしている時間ですから、天幕を訪れる者は白の街に残る王宮関係者の縁者ほどしかおりません」
「ああ、なるほど。それなら立ち寄ってみます」
「折角だから女性用の衣装を買い求めていらっしゃいな。私服は持っておられないのでしょう?」
話すうちにカミラは朝食の配膳を終え、今は客人貸出用のワンピースを壁に掛けているところだ。女性の姿になった経験の乏しいゼータは、当然女性用の衣装などまともに持ってはいない。レイバックから妃候補の依頼を受けた翌日に、ポトスの街で最低限の衣服を購入したゼータではあるが、どれも王妃らしい服装とは言い難い。白いシャツに飾り気のないパンツ、それと歩くに不自由しない革の靴。まるで王宮の官吏のような装いだ。それらの衣服は今も手荷物の中に入ってはいる。しかし「一応私服は持っていますよ、ほら」などと言ってカミラの目前に晒せば、苦言を呈されることはまず間違いがない。「そんな貧相な格好で王宮内を練り歩くおつもりですか?」と。王宮内でザトに続く古株のカミラは、貴人相手でも言動に容赦がないことで有名だ。
「衣装ですか…。確かに数着必要ですけれど、あまり金銭を持ち合わせていないんですよね。頻繁に商人が来るとわかっていれば、もう少し持って来たんですけれど」
「王妃の衣装など国費で賄われるに決まっているでしょう。目ぼしい物があれば取り置いてもらいなさい。レイバック王には私が話を通しておきますから。心配なさらずとも、侍女や官吏ですら赴任時には多少の手当てが出るのです。引っ越し代という名目でございますね。ゼータ様が王妃として必要な衣装や日用品を揃えることに、文句を言う者などおりません」
「そうですか…」
2週間限りの王妃候補ですので要りません、とは言えないゼータである。カミラの要求に否、と返すことは例えレイバックの力を以てしても難しいのだ。以下昨日感動の再開を果たした後の、レイバックとカミラの会話である。
「レイバック様。なぜゼータ様を客室に留め置かれるのですか。王妃候補ならば王妃の間にご案内されれば宜しいでしょう」
「いや、あそこは使う予定がないからゴミ溜…物置になっていて…」
「物置?侍女を総動員して片付けさせれば宜しいでしょうに。王妃候補の接待は最優先にすべき仕事でございます。明日片付けに入ります。どうしても捨てられたくない物があれば、今夜中に運び出しておいてくださいませ」
「…わ、わかった」
この通り、国内最高権力者の権力を以てしてもカミラの決定は覆すことは容易ではない。カミラが買えと言う以上、今日ゼータが白の街で何も買わずにいることは許されない。最低限の衣装と日用品を国費で購入してもらい、代金は後日ゼータの財布から直接レイバックに支払うことにしよう。再会時の殊勝な様子はどこへやら、水を得た魚のごとく生き生きとした古株の侍女を前に、ゼータはそう決めるのであった。
***
ゼータが図書館に着いたのは、丁度メアリとの約束時刻を迎えたときであった。本当はもう少し早めの到着を予定していたゼータであるが、カミラと悶着が長引いてしまったのである。「なぜ男の姿で、それも官吏のような装いで図書室に?」怪訝な表情のカミラに、ゼータはしどろもどろでこう返す。「王妃が埃まみれで書物を読み漁っているというのも、外聞が良くないかなと思って…」「それなら書物を客室にお持ちになればよろしいでしょう。ほら、髪結いをなさいますから女性の姿におなりなさい」「いや…埃まみれの図書室で読む書物という物は特段味わいが深く…」
その後もしばらく問答を繰り返し、ゼータはようやく官吏の装いでの外出が認められたのだ。
図書室に入ると、紙の匂いとかすかな黴臭さが鼻腔に流れ込んできた。ゼータは一昨日、メアリと話した窓際の閲覧席へと向かう。そこには既にメアリに姿があった。
「メアリ様、おはようございます」
「おはようございます、ゼータ様。本日も宜しくお願い致します」
淡い黄色のドレスを纏ったメアリは、本日も変わらず愛らしい。
2回目となる勉強会の内容は、専ら魔法に関するものであった。ゼータもメアリも机の端にそれぞれ数冊の魔法書を積んではいるものの、それらが開かれることはない。魔法について語ることはゼータの十八番。魔法書など開かずとも、素人相手に語れることは無限にあるのだ。
「一口に魔法と言っても大きく3種類に分けられます。まず1つ目は生活魔法と呼ばれる魔法で、魔力を有する者であれば大概は使うことができます。生活魔法の中には、例えば着火と呼ばれる指先に火を灯す魔法、湧水と呼ばれる手にひらに少量の水を湧き出す魔法などがあります。あとは物を温める魔法、冷やす魔法、温風を起こす魔法などですね。使えると少し生活が便利になる魔法、というのがこの生活魔法です」
「業火を起こしたり、大雨を降らせたりする魔法はないのですか?」
「魔法としては存在しますけれど、そのような大規模な魔法は後で説明する特殊魔法という物に分類されます。使える者が限られる特殊な魔法なんです」
「そうなのですね」
メアリは持参したノートにさらさらと鉛筆を走らせた。「ゼータ様とのお勉強会②」と書かれた題目の下に、綺麗な文字が連なってゆく。
「2つ目は訓練魔法と言われる魔法です。この魔法は生活魔法と違い、魔力を有するからといって誰でも使えるものではありません。理論上は誰でも使えるとされているんですが、向き不向きがあるんですよね。魔法の得意な人であれば訓練次第で使えるようになるけれど、不得手な人はいくら練習しても駄目、というところでしょうか」
「魔法の得手不得手は種族による差異ですか?」
「種族間差異も勿論ありますよ。例えば巨人族と小人族は魔法が苦手なんです。中には生活魔法もままならない人もいるほどです。でもその他の種族は個人差によるものが大きいんじゃないでしょうか。人間の中にも元来足の速い人もいれば、いくら練習を積んでも平均以上にはなれない人もいるでしょう。魔法も同じようなものですよ」
「訓練魔法にはどのようなものがあるのですか?」
「訓練魔法は別名職業魔法とも呼ばれていて、その者の生業に直結するものが多いんです。例えば兵役に就く者であれば肉体強化の魔法、魔力を弾丸のように打ち出す魔法などですね。林業に携わる者であれば木材を研磨する魔法、料理人であれば食材を賽の目状に切り刻む魔法。訓練魔法は多様過ぎて、私も全ては把握できていません」
「何か、今見せていただくことのできる魔法はありますか?」
メアリの要望にゼータは考え込む。着火や湧水の魔法は定番だが、周囲に書物が溢れている状況を考えれば火や水を起こすことは躊躇われる。だからといって風を起こせば、積もりに積もった埃が宙へと舞い上がってしまう。思案の末に、ゼータはメアリの右手から鉛筆を抜き取った。丸くなった鉛筆の先に人差し指を当て、くるりとなぞる。なぞった個所からは木軸と黒芯の破片が落ち、まるで鉛筆削りで削った後のように研磨される。地味だが、魔法の実演としては十分だ。メアリの口からは歓声があがる。
すっかり書き易さを取り戻した鉛筆をメアリに返し、ゼータは魔法の説明を再開した。
「3つ目は特殊魔法と呼ばれる魔法です。これは他の2つの魔法と違い、練習したからといって使えるようになる代物ではありません。辺境の地にある精霊族の集落で脈々と受け継がれている魔法であったり、親から子へ密かに伝授されるような特別な魔法であったり。特殊魔法は威力も凄まじいと聞きますよ。それこそ口から業火を噴き出したり、頭上に雲を作って大雨を降らせたり。でも残念ながら特殊魔法の使い手は、ドラキス王国の中でも辺境の集落にひっそりと暮らしていることが多くて、お目にかかる機会は滅多にないんです」
「傷を癒す魔法というのもありますか?」
「ありますよ。国内に何人か治癒魔法師がいるはずです。私は会ったことはありませんけど、それなりの対価を支払えば一般人でも魔法の施術を依頼できると聞いたことがあります」
「王宮の兵士には獣へと姿を変える方がいらっしゃいますよね。お噂によるとレイバック様もドラゴンに姿を変えることができるとか。変身も特殊魔法の一部ですか?」
「特殊魔法に分類されることが多いですけれど、正確に言えば変身は魔法の一種ではありません。生まれつきその者に備わっている能力の一部ですからね。吸血族であるアダルフィン旧王は吸血により力を蓄えたと歴史書に書いてありましたよね。吸血も魔法とは異なる行為であると聞いたことがあります。生まれ備わった特技、とでも言うんでしょうか」
「何だかこんがらがってきました」
そう言ってメアリが首を傾げるので、ゼータは声を立てて笑った。
しかし昨晩は、カミラに頼みズボンタイプの夜着を着用することができた。胸元や足元がはだける心配もなく、数日振りにぐっすりと眠ることができたのである。起き抜けの失言の心配する必要もなく、片時も気を抜けなかった客室は快適な城と化した。だからと言って寝汚く毛布にくるまっていれば、規律正しき侍女頭カミラに、温かな毛布を引っぺがされるのである。
「ゼータ様、今日のご予定は?」
ゼータの分の朝食を机に並べながら、カミラが聞いた。3度の食事はいずれも食堂で取ることが可能。現にメアリを除く使節団員の面々は、毎朝連れ立って食堂へ赴いているとの噂を耳にする。何故メアリが朝食会に参加していないのかと問われれば、恐らくその理由はゼータと同じだ。それなりの立場にある者が人前に顔を出すためには身繕いが必須。朝食前に化粧や髪結いを全て済ませることは、とてつもない重労働なのだ。それならば食事を部屋まで運んでもらった方が気楽である。
いまだ頭の覚め切らぬゼータは、毛布を抱き締めながら答える。
「今日は午前中図書室に行きます。午後は特に決まっていないですね」
今日は図書室でメアリとの勉強会が予定されている。本当は昨日のうちに、勉強会の開催をレイバックに報告するつもりだったのだ。そして縁談の裏事情を聞き出すための作戦会議をしたかった。しかしカミラと思い出話に花を咲かせるうちに、気が付けば時刻は深夜となっていた。結局メアリとの密会は、誰にも言うことができずにいる。
ゼータの朝食に煎れたての茶を添えながら、カミラは言う。
「今日は白の街に商人が天幕を立てる日でございますよ。予定がないのであれば訪れてみては?」
「白の街には一昨日行きましたよ。でも人が多すぎて、ほとんど商品を見られなかったんです」
「ならば余計に今日訪れるのがよろしい。平日の昼間は空いておりますよ。侍女や官吏は皆仕事をしている時間ですから、天幕を訪れる者は白の街に残る王宮関係者の縁者ほどしかおりません」
「ああ、なるほど。それなら立ち寄ってみます」
「折角だから女性用の衣装を買い求めていらっしゃいな。私服は持っておられないのでしょう?」
話すうちにカミラは朝食の配膳を終え、今は客人貸出用のワンピースを壁に掛けているところだ。女性の姿になった経験の乏しいゼータは、当然女性用の衣装などまともに持ってはいない。レイバックから妃候補の依頼を受けた翌日に、ポトスの街で最低限の衣服を購入したゼータではあるが、どれも王妃らしい服装とは言い難い。白いシャツに飾り気のないパンツ、それと歩くに不自由しない革の靴。まるで王宮の官吏のような装いだ。それらの衣服は今も手荷物の中に入ってはいる。しかし「一応私服は持っていますよ、ほら」などと言ってカミラの目前に晒せば、苦言を呈されることはまず間違いがない。「そんな貧相な格好で王宮内を練り歩くおつもりですか?」と。王宮内でザトに続く古株のカミラは、貴人相手でも言動に容赦がないことで有名だ。
「衣装ですか…。確かに数着必要ですけれど、あまり金銭を持ち合わせていないんですよね。頻繁に商人が来るとわかっていれば、もう少し持って来たんですけれど」
「王妃の衣装など国費で賄われるに決まっているでしょう。目ぼしい物があれば取り置いてもらいなさい。レイバック王には私が話を通しておきますから。心配なさらずとも、侍女や官吏ですら赴任時には多少の手当てが出るのです。引っ越し代という名目でございますね。ゼータ様が王妃として必要な衣装や日用品を揃えることに、文句を言う者などおりません」
「そうですか…」
2週間限りの王妃候補ですので要りません、とは言えないゼータである。カミラの要求に否、と返すことは例えレイバックの力を以てしても難しいのだ。以下昨日感動の再開を果たした後の、レイバックとカミラの会話である。
「レイバック様。なぜゼータ様を客室に留め置かれるのですか。王妃候補ならば王妃の間にご案内されれば宜しいでしょう」
「いや、あそこは使う予定がないからゴミ溜…物置になっていて…」
「物置?侍女を総動員して片付けさせれば宜しいでしょうに。王妃候補の接待は最優先にすべき仕事でございます。明日片付けに入ります。どうしても捨てられたくない物があれば、今夜中に運び出しておいてくださいませ」
「…わ、わかった」
この通り、国内最高権力者の権力を以てしてもカミラの決定は覆すことは容易ではない。カミラが買えと言う以上、今日ゼータが白の街で何も買わずにいることは許されない。最低限の衣装と日用品を国費で購入してもらい、代金は後日ゼータの財布から直接レイバックに支払うことにしよう。再会時の殊勝な様子はどこへやら、水を得た魚のごとく生き生きとした古株の侍女を前に、ゼータはそう決めるのであった。
***
ゼータが図書館に着いたのは、丁度メアリとの約束時刻を迎えたときであった。本当はもう少し早めの到着を予定していたゼータであるが、カミラと悶着が長引いてしまったのである。「なぜ男の姿で、それも官吏のような装いで図書室に?」怪訝な表情のカミラに、ゼータはしどろもどろでこう返す。「王妃が埃まみれで書物を読み漁っているというのも、外聞が良くないかなと思って…」「それなら書物を客室にお持ちになればよろしいでしょう。ほら、髪結いをなさいますから女性の姿におなりなさい」「いや…埃まみれの図書室で読む書物という物は特段味わいが深く…」
その後もしばらく問答を繰り返し、ゼータはようやく官吏の装いでの外出が認められたのだ。
図書室に入ると、紙の匂いとかすかな黴臭さが鼻腔に流れ込んできた。ゼータは一昨日、メアリと話した窓際の閲覧席へと向かう。そこには既にメアリに姿があった。
「メアリ様、おはようございます」
「おはようございます、ゼータ様。本日も宜しくお願い致します」
淡い黄色のドレスを纏ったメアリは、本日も変わらず愛らしい。
2回目となる勉強会の内容は、専ら魔法に関するものであった。ゼータもメアリも机の端にそれぞれ数冊の魔法書を積んではいるものの、それらが開かれることはない。魔法について語ることはゼータの十八番。魔法書など開かずとも、素人相手に語れることは無限にあるのだ。
「一口に魔法と言っても大きく3種類に分けられます。まず1つ目は生活魔法と呼ばれる魔法で、魔力を有する者であれば大概は使うことができます。生活魔法の中には、例えば着火と呼ばれる指先に火を灯す魔法、湧水と呼ばれる手にひらに少量の水を湧き出す魔法などがあります。あとは物を温める魔法、冷やす魔法、温風を起こす魔法などですね。使えると少し生活が便利になる魔法、というのがこの生活魔法です」
「業火を起こしたり、大雨を降らせたりする魔法はないのですか?」
「魔法としては存在しますけれど、そのような大規模な魔法は後で説明する特殊魔法という物に分類されます。使える者が限られる特殊な魔法なんです」
「そうなのですね」
メアリは持参したノートにさらさらと鉛筆を走らせた。「ゼータ様とのお勉強会②」と書かれた題目の下に、綺麗な文字が連なってゆく。
「2つ目は訓練魔法と言われる魔法です。この魔法は生活魔法と違い、魔力を有するからといって誰でも使えるものではありません。理論上は誰でも使えるとされているんですが、向き不向きがあるんですよね。魔法の得意な人であれば訓練次第で使えるようになるけれど、不得手な人はいくら練習しても駄目、というところでしょうか」
「魔法の得手不得手は種族による差異ですか?」
「種族間差異も勿論ありますよ。例えば巨人族と小人族は魔法が苦手なんです。中には生活魔法もままならない人もいるほどです。でもその他の種族は個人差によるものが大きいんじゃないでしょうか。人間の中にも元来足の速い人もいれば、いくら練習を積んでも平均以上にはなれない人もいるでしょう。魔法も同じようなものですよ」
「訓練魔法にはどのようなものがあるのですか?」
「訓練魔法は別名職業魔法とも呼ばれていて、その者の生業に直結するものが多いんです。例えば兵役に就く者であれば肉体強化の魔法、魔力を弾丸のように打ち出す魔法などですね。林業に携わる者であれば木材を研磨する魔法、料理人であれば食材を賽の目状に切り刻む魔法。訓練魔法は多様過ぎて、私も全ては把握できていません」
「何か、今見せていただくことのできる魔法はありますか?」
メアリの要望にゼータは考え込む。着火や湧水の魔法は定番だが、周囲に書物が溢れている状況を考えれば火や水を起こすことは躊躇われる。だからといって風を起こせば、積もりに積もった埃が宙へと舞い上がってしまう。思案の末に、ゼータはメアリの右手から鉛筆を抜き取った。丸くなった鉛筆の先に人差し指を当て、くるりとなぞる。なぞった個所からは木軸と黒芯の破片が落ち、まるで鉛筆削りで削った後のように研磨される。地味だが、魔法の実演としては十分だ。メアリの口からは歓声があがる。
すっかり書き易さを取り戻した鉛筆をメアリに返し、ゼータは魔法の説明を再開した。
「3つ目は特殊魔法と呼ばれる魔法です。これは他の2つの魔法と違い、練習したからといって使えるようになる代物ではありません。辺境の地にある精霊族の集落で脈々と受け継がれている魔法であったり、親から子へ密かに伝授されるような特別な魔法であったり。特殊魔法は威力も凄まじいと聞きますよ。それこそ口から業火を噴き出したり、頭上に雲を作って大雨を降らせたり。でも残念ながら特殊魔法の使い手は、ドラキス王国の中でも辺境の集落にひっそりと暮らしていることが多くて、お目にかかる機会は滅多にないんです」
「傷を癒す魔法というのもありますか?」
「ありますよ。国内に何人か治癒魔法師がいるはずです。私は会ったことはありませんけど、それなりの対価を支払えば一般人でも魔法の施術を依頼できると聞いたことがあります」
「王宮の兵士には獣へと姿を変える方がいらっしゃいますよね。お噂によるとレイバック様もドラゴンに姿を変えることができるとか。変身も特殊魔法の一部ですか?」
「特殊魔法に分類されることが多いですけれど、正確に言えば変身は魔法の一種ではありません。生まれつきその者に備わっている能力の一部ですからね。吸血族であるアダルフィン旧王は吸血により力を蓄えたと歴史書に書いてありましたよね。吸血も魔法とは異なる行為であると聞いたことがあります。生まれ備わった特技、とでも言うんでしょうか」
「何だかこんがらがってきました」
そう言ってメアリが首を傾げるので、ゼータは声を立てて笑った。
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