【BL】齢1200の龍王と精を吸わないオタ淫魔

三崎こはく

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緋糸たぐる御伽姫

15.陽だまりの勉強会-2

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 ゼータはメアリの対面席へと移動し、3冊の魔法書を机の隅に積み上げた。メアリも読みかけの歴史書を閉じ、机の上には白紙のノートを広げている。ノートの脇には可愛らしい花模様の鉛筆。

「私、ロシャ王国の外交使節団として王宮に滞在しておりますメアリと申します」
「ゼータと言います。普段は魔法研究所で研究員として働いています。さて、雑談と言いましたけれど何について話しましょうか?幸い魔の付く物について語るのは十八番おはこですから、希望があれば何でも語りますよ」
「そうですね…まずは魔族という種族についての全体像が知りたいです。どのような特徴を持つ種族がいて、ドラキス王国内でどのような生活を送っているのか。国家の中でどのような役割を築いているのか。私の知る情報と言えば、魔族とは魔力を有する多種族の総称である、ということくらいなんです」
「ふむ…」

 ゼータは2日前の講義内容を思い出す。外交使節団向けに作られた講義の中で、魔族という種族に関する情報は語られなかった。建国の歴史や地理的情報、ドラキス王国内各集落の特産品等の情報は事細かに語られても、人間国家であるロシャ王国の者にとって最も理解が難しいであろう「魔族」と「魔法」に関する情報には一切触れられていないのだ。
 講義を行ってもどのみち理解が及ばないとの判断で説明が省かれているのか。それともドラキス王国の民にとって一般常識である魔族や魔法について、講義が必要という事実にそもそも思い至らないのか。いずれにせよ講義内容の改善を提案する必要があると、ゼータは頭の片隅に書き留めるのである。

「では思いついた事を適当に語るので、疑問を感じればその都度質問してください。遠慮しないでくださいね。私は放っておかれるとひたすらに喋りますから」

 歓談相手―主にレイバックが白目を剥くまで、ただひたすらに語り続ける事はゼータの十八番である。週に一度の茶会で「お前少し黙れ」と言われた回数は手足の指を足しても到底足りない。語ることと言えば最近読んだ魔法書の内容、はまり込んでいる研究の話、姿を見えなくするという夢のような魔法が使えたら何をするかという妄想に至るまで多岐に渡る。しかしいずれも聞く側が余程の変人でなければ、相槌を打つことすら苦痛でしかないような話題だ。
 そうかと思いきや、仮初の妃候補の依頼を出された日のように読書に没頭していたりもする。「お前は茶会の言葉数を均せ」とはレイバックの言葉である。

 メアリが微笑み交じりに頷いたので、ゼータは思いつくままに語り出す。

「まず魔族とは、メアリ様の仰るとおり魔力を有する種族の総称です。人間と対にして使われる言葉ですね。ロシャ王国を含む周辺諸国では、人間と魔族は明確に区別されている場合が多いですけれど、実はドラキス王国内では境目が曖昧だったりもします。人魔混合国家のドラキス王国は混血化が進んでいて、人間と魔族の混血という人は珍しくないんですよ。獣人族と竜族、妖精族辺りは人間との交配が容易である種族とされていますから、ポトスの街にも混血は多いですよ」
「人間と魔族の混血の方は、どちらの種族を名乗られるのですか?」
「魔族は外見に何らかの特徴を有している場合が多いですから、魔族らしい特徴の有無によって決めることが多いです。例えば爪、牙、毛、鱗、髪の色というような。本当は魔力の有無で判断できれば間違いはないのでしょうが、魔力というのは目に見えたり存在を感じたりできる類の物ではありませんからね。膨大な魔力を有していながらろくな魔法を使えないという方もおりますし。外見で魔族人間どちらとも判断しがたいという場合は、結構適当だったりしますよ。気分によって名乗る種族を代えるなんて人もいるくらいです。ドラキス王国では、人間でも魔族でも生活に不利益は被ることはありませんから」
「噂には聞いておりますが素晴らしい国家ですよね。人間も魔族も等しく暮らせる国など、他に例を聞きません」
「そうですね。こればかりはレイバック王の功績です」

 人口が数千から数万程度の小国を含めれば、ドラキス王国内で存在が認知されている国家は数十に及ぶ。しかしいずれも人間国家であるか、魔族の中でも特定の種族のみで構成される小国ばかりなのだ。ドラキス王国の南方に位置するバルトリア王国は大国であり、多種族の魔族を有するが、千年以上に及び王が立たず一つの国家であるとは言い難い有様になっている。人間を含む多種族を有しながらも安寧を築く国家は、ドラゴンの王の治めるドラキス王国の他にないのだ。
 メアリの華奢な指先がノートに文字を連ねるのを眺めながら、ゼータは講義を続ける。

「さて次は…それぞれの種族の特徴についてお話ししましょうか。ポトスの街中で一番良く見掛ける種族は獣人族です。その名の通り、外見に獣の特徴を有した魔族です。一口に獣人族と言っても様々な者がおりますよ。人間の姿に耳や尻尾が生えただけの者、熊の巨体に人間の顔面が張り付いた者、人と獣とで自在に姿を変える者、姿は人間と相違ないが鼻が利く者などでしょうか」
「獣人族の兵士を昨日お見掛けしました。本当に獣に変身するのですね。話には聞いていても、実際に目にすると迫力が違いました」
「王宮軍団長の方は巨人族ですよね。巨人族はポトスの街ではあまり見掛けないです。馬車で1時間ほどの場所に巨人族の街があって、そちらに住まう者が多いですね。ほら、身体が大きいと他種族との共生には難儀しますから。それでも身体が大きいだけで中身は結構普通なんですよね。魔法は不得手な者が多いですし、性格も比較的温厚ですし」
「竜族と言うのは?王宮軍の中にもかなりの数がおりました」
「竜族は高潔な方が多いという印象があります。魔法が得意な種族で、剣技にも長けていることが多いんです。表皮の一部に鱗があるでしょう。鱗の数が多ければ多いだけ表皮も固くて、戦闘向きらしいですよ」
「竜と言いますが、ドラゴンと繋がりのある種族というわけでもないのですよね?」
「亜種だと言う人もいます。でも鱗があるという点以外に共通点もないんですよね。ドラゴンは人型になれませんし、竜族は翼も無ければ空も飛べません」
「ではレイバック様は?ドラゴンの王であるとのお噂を耳にします」
「彼はドラゴンと他種族の混血ですよ。言わばハーフです。もう一方の種族が何であるかは私も知りません。気になったことはあるのですが、魔族には出生について問われることを嫌う者もいますから。あ、そもそもしがない研究職の私は王様と話す機会なんてないんですけれどね」

 それから先は各種族の特徴をゼータが語り、メアリが質問を投げるという形式の会話が続けられた。メアリは生徒として優秀で、取り留めのないゼータの説明を容易く飲み込む。返す質問も適確だ。質問を返されればゼータとて語るに楽しく、自然と饒舌になる。そうして問答を繰り返す時間が過ぎ、気が付けば図書館内の時計は正午を指していた。室内に鳴り響く正午を告げる鐘の音に、メアリははたと言葉を切る。

「…お昼になってしまいましたね」
「すみません。魔法の話はほとんどできなかったです。午後もお話しできれば良いのですけれど、この後は用事があって」
「いえ、とても勉強になりました。参考までに午後はどちらに?」
「白の街に行ってみようと思っているんです。商人が来る日と聞いていますから。顔の腫れに効く薬がないかと思って」

 ゼータはそう言うと、傷だらけの顔面を指さした。明日以降をルナの姿で過ごすためにも、早急に顔の傷を癒さなければならない。魔族の商人が売る傷薬の中には、妖精族の作る特殊な薬もあると聞く。ゼータはその特殊な薬を求めて、客のごった返す白の街に足を運ぶ予定でいるのだ。

「初めにお会いした時から気にはなっていたんですけれど、顔の傷はどうされたのですか?」
「ちょっと友人と喧嘩して…」

 ゼータは言い淀み、それ以上言葉を続けることができなかった。

 書物をあるべき場所へと戻した2人は、揃って聖ジルバード教会を出た。ゼータは手ぶらだが、メアリは肩に花柄の鞄を掛けている。鞄の中身はノートと鉛筆、それに図書室から借り受けた2冊の書物だ。メアリが王宮内の客室に戻るならば、ゼータも行く先は同じ。しかしゼータはあえて白の街方面に足先を向けた。ゼータとメアリが連れ立っている様子を人に見られるのは良くないし、何よりメアリはゼータをたまたま図書室にやって来た研究所職員だと思っている。王宮内の客室に立ち入る様子を見られるわけにはいかない。
 それでは、と手を振るゼータに向けてメアリは深々と頭を下げる。

「ゼータ様。とても楽しい時間でした。もしよろしければまたお会いできませんか?」
「また、とは勉強会をしたいという意味ですか?」
「はい。お仕事の合間に時間があればで良いのです。私、外交使節団としてドラキス王国に来たのですけれど、恥ずかしながら明日以降の予定が全く決まっていないんです。見分を広めるためと皆には伝えているのですが、今後のために何を学ぶべきかよく分からなくて。でもゼータ様とお話しして、私に足りない物はドラキス王国の一般常識であると思い至りました。自分なりに書物を捲ってみるつもりではいますが、ゼータ様とお話しするのは…その、とても楽しかったので」
「そういう事情なら構いませんよ。思いの他仕事が順調で、時間を持て余す予定だったんです。お力になれるのなら丁度良いです。近いうちだと、明後日の午前中は来られると思います」
「では明後日の9時頃図書室に参ります。楽しみにしていますね」
「こちらこそ」

 メアリは眩しいほどの笑みを浮かべ、小走りでゼータの元を後にした。

***

 楽しい時間であった、とゼータは思う。結局会話に夢中で、縁談の裏側を問いただすなど思い至りもしなかった。明後日の予定を取り付けられたことはゼータにとっても都合が良い。今日レイバックは一日予定が入っていると言っていたから、明日の内に作戦会議をして、メアリから秘密を探り出す下準備をしておくことが望ましいだろう。
 メアリの消えた王宮の玄関口を遠くに眺め、ふとゼータは考える。屈託なく笑う少女の笑顔を目の前にすれば、レイバックの気持ちも少しは変わるだろうか。
 「妃を迎えるなど御免」とうそぶく男は、一体何を感じるのだろう。
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