【BL】齢1200の龍王と精を吸わないオタ淫魔

三崎こはく

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緋糸たぐる御伽姫

3.ルナ

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 ドラキス王国の中心部に位置する首都ポトス。街の中心部から馬車を15分ほど走らせた場所に、ポトス城と呼ばれる場所がある。見晴らしの良い小高い丘の上に位置するポトス城は、国王及びその家臣が居住し執務を行うための巨大な城塞である。国政の中心となる王宮の他、城塞の内部には図書室や小さな町、孤児院などが整備されている。このポトス城が、広大なドラキス王国の国政の中枢機関となる場所だ。

 ポトス城内部王宮の1階、議会の間と呼ばれる場所に12人の重鎮が集っていた。大きな窓に沿うように並べられた2脚の長机と、それと対にして置かれた更に2つの長机。計4つの長机にはそれぞれ椅子が並べられ、重鎮らが整然と腰かけている。
 12人の重鎮―彼らは十二種族長じゅうにしゅぞくちょうと呼ばれる。1人の人間と11人の魔族からなる、ドラキス王国で王に次ぐ地位に就く者達の総称だ。多種多様な種族が混在するドラキス王国内で、各種族の立場から国政に意見する権限を得た者達である。王は十二種族長を家臣として信頼し、十二種族長は王を崇拝する。長年かけて築き上げた確固たる信頼関係が彼らの内にはあった。

「待たせた」

 声と共に、議会の間には国王レイバックが入室した。十二種族長の面々は速やかに椅子から立ち、一礼する。部屋の前部には王の椅子が用意されているが、レイバックがその椅子に腰かけることはない。

「皆に集まってもらったのは他でもない。メアリ姫との縁談に関する事だ」

 前置きも無く始まる本題に、やはりそうであろうと皆が頷く。メアリを含む外交使節団の到着は明日に迫っている。レイバックが直々に十二種族長を招集するとすれば、最近彼を悩ませていた縁談話に関わること以外にないだろう。

「率直に言う。俺はメアリ姫とは結婚できん」

 躊躇いなく告げられる言葉に十二種族長の面々は肩を落とした。予想していた言葉ではある。今まで頑なに妃を迎えずにいたレイバックが、容易く縁談を受け入れるとは思えない。沈黙の中おずおずと声を上げた者は、十二種族長の中で最たる権力者、国家のナンバー2と名高い悪魔族長のザトである。白髪で強面、レイバック以上に貫禄のある男だ。

「失礼ですが、大国の王直々の申し出を断るに相応しい理由がありましょうか」
「もちろんだ。俺とて独身生活を謳歌おうかしたいなどという身勝手な理由で国益を捨てはしない」
「左様ですか…。ちなみにその、どのような理由でアポロ王には断りを入れるつもりなのでしょう」
「恋人がいると言う。生涯を共にすると誓った女性がいるために、メアリ姫を妃に迎えることはできない」

 体の良い虚言だ、とその場の誰もが思った。国を治めて千年余り、レイバックに恋人がいるなどという話はただの一度も聞いた事がない。12対の疑いの眼差しを受けて、レイバックは待っていましたとばかりに笑う。

「皆の心の声が聞えてくるな。俺に恋人などいるはずがないと思っているだろう。虚言と疑われることは承知の上、本人を招いている」

 入ってくれ。レイバックが声を掛けると、彼の後方にある扉より一人の女性が入ってきた。艶やかな黒髪の女性だ。華やかではないが整った顔立ちで、王宮内の官吏服にも似た質素な服は細身の身体によく似合う。女性はレイバックの真横で足を止めた。

「皆に紹介しよう。彼女の名はルナ。俺が生涯傍にいると誓った女性だ」

 皆が呆けたように、レイバックの傍らに立つ女性を見つめた。たっぷりの沈黙の後に、口を開いた者は妖精族長のシルフィーだ。少女のような外見のシルフィーの背には、柔らかな赤茶色の髪が垂れている。

「王。ルナ様とは長いお付き合いなのですか?」

 シルフィーの質問は、疑いというよりは単純な興味であった。少女の大きな瞳は、主の色恋話への期待に宝石のように輝いている。

「付き合いは長いな。とは言っても友人関係が長く、色恋関係に落ち着いたのはここ数年のことだ」
「どれほど前のことですか?」
「5年ほど前だろうか。ザトは知っていると思うが、俺はその頃から月に数回私用で王宮を空けていてな。理由は誰にも言っていなかったが、実は街でルナと会っていたんだ。ここ1年ほどは毎週末に逢瀬を重ねていた。公務を空けていたのは悪かったが、愛を育んでいたと思って大目に見てくれ」
「愛を育んでいたとは、具体的にどのような…」
「シルフィー。突っ込んだ内容は後日聞いてくれ。今は会議の場だ」
「すみません」

 即刻謝罪に移るシルフィーの顔は随分と楽しそうだ。後日どのような突っ込んだ質問を重ねようかと、脳内のメモ帳に必死に記述を行っているようにも見える。口を閉じたシルフィーに代わり、発言を行う者はザトだ。

「王。ルナ様を我々に紹介するということは、彼女を妃として迎えるつもりでいるという意味でしょうか」
「いや。そうは考えていない。妃として迎え入れれば、王宮に住まうことは避けられんだろう。ルナにはルナの生活がある。俺としては今まで通り時折逢瀬を重ねるほどの存在でありたいと思っている。しかしルナがいる以上、俺はメアリ姫を妃として迎え入れることはできない」
「…ルナ様を妃として迎えるつもりはないが、メアリ姫を妃とするつもりもない。その事実をアポロ王に納得いただけるでしょうか」
「ああ、それについては皆に口裏合わせを頼もうと思ってな。ひとまず俺がルナを妃として迎えるつもりでいると王宮内には告知する。皆もそのように思ってくれていい。ルナには外交使節団の滞在期間、婚姻準備と偽って王宮に滞在してもらう。俺とルナの接する姿を見てもらえれば、メアリ姫にも納得はしてもらえるだろう。外交使節団の帰国後は、俺とルナは元の生活に戻る。妃として迎えることはない。王宮内への告知は多少ごたごたするだろうが、メアリ姫を王宮に迎えるよりは楽なはずだ」
「アポロ王とメアリ姫に、偽りを述べるという意でしょうか」
「そうだ。言動に多少の偽りはある。しかし俺の気持ちに偽りはない。重ねるがルナがいる以上、他の女性を妃とするつもりはない」
「…理解致しました」
「明日、外交使節団は王宮へと到着する。彼らの滞在期間である2週間後に限りルナを妃候補として扱う。異論があれば今聞く。何かあるか」

 レイバックの意志は固い。主がそうすると言う以上、家臣にその決定を覆すことなどできない。「ありません」という声が複数あり、黙って首を横に振る者が複数名いた。12人分の了解の意を受け止め、レイバックは真横に立ち尽くすルナに顔を寄せる。

「ゼ…ルナ。自己紹介を頼めるか?」

 黒の瞳が一瞬レイバックを見て、それからすぐに沈黙を守る十二種族長へと移った。ルナは一歩前へ進み出て深々と礼をする。

「皆様、初めまして。ルナと申します。先ほどご紹介いただきました通り、レイバック様とは生涯を添い遂げる約束を致しております。長らく国内にある研究所にて魔法・魔獣の研究を楽しんでいます。恥ずかしながら魔と名の付く物には目がありません。十二種族長の皆様の中には特異の魔法を使う方もいらっしゃると伺っております。今日より長く王宮に滞在する事となりましたので、暇の際にはぜひとも私と魔法について語らいましょう。王宮の所作には覚えがありませんので、ご不快な思いをさせる事もあるかと存じます。徐々に覚えて参りますので、当初の無作法は大目に見ていただければ幸いです。2週間の時ではありますが、どうぞよろしく」

 静かな部屋にルナの声が響き渡る。中性的な美しい声色である。挨拶を終えたルナはまた一礼し、レイバックの真横へと身体を戻した。すぐさまレイバックの指先がルナの肩を叩く。

「ルナ。退出して良い。会議が終わればすぐ客室に行くから待機していてくれ」
「会議は長引きそうですか?」
「そうだな。長引くやもしれん」
「なら図書室に行っています。終わったら来てください」
「…書物は貸出可能だから、客室にいてくれ。あんな埃臭いところで長話をするのは御免だ」
「貸出は何冊まで?」
「10冊」

 ならまぁ良いでしょう。満足げに頷いて、ルナは足取り軽やかに議会の間を後にした。残されたレイバックは何とも言えぬ珍妙な面持ちである。ルナの背を見送った十二種族長の面々も、揃って呆気に取られている。
 部屋で待てというレイバックの命令に対し、「待っています」ではなく「図書室まで来てください」と返したルナ。恋人である以上気安い関係であることに違いはないだろうが、一国の王を自身の元まで呼びつけるとは中々の強者である。加えて国家の重鎮である十二種族長に対し「私と魔法について語らいましょう」と言い放った堂々の自己紹介。

 下手に本性を取り繕わぬ点に好感は持てる。しかしレイバックの妃候補となる女性は、どうやらかなりの変わり者のようだ。
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