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6.手作りご飯を囲んで

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 『騎士団長の妻にあたしはなる!』宣言から1週間が経ったある日。
 のどかな夕食時に、あたしはギルにこう言った。

「ねぇギル、明日一緒にお出かけしない?」
「別に良いけど、行先はどこ?」
「王都。レドモンド様に、お借りしたハンカチを返しに行きたいんだよ」

 あたしがそう言えば、ギルは食事する手をぴたりと止めた。いつぞやと同じ、眉間に皺を寄せたブルドッグのような面持ちとなる。

「ハンカチくらい、わざわざ返さなくても良いじゃない。向こうだって忘れてるよ」
「だからこそだよ。ハンカチという存在はね、創作界では恋のキューピッドなの。『捨て猫』『突然の雨』『体育用具室』『瓶底眼鏡』『似てない姉』『カップル割引』『ハンカチ』これ少女漫画界7つ道具ね」

 訳わかんねぇ、と悪態を吐き、ギルはホカホカの野菜スープを口に運んだ。ギルの隣ではギルの母親が、あたしの隣ではママンが、同じように野菜スープを口に運んでいる。

 ストーン・ドラゴンの襲撃から1週間が経った今も、あたしとママンはギルの家で暮らしている。新居の建築が終わるまでの仮住まいとして、村はずれの空き家が無償で貸与されたにも関わらずだ。
 というのも、無償貸与された空き家の住み心地が最悪だから。キッチンは古くて手狭だし、床板は軋み放題。寝室は日当たりが悪くジメジメとしていて、収納も十分ではない。
 とてもじゃないが、家族4人が「うふふ、あはは」と笑って暮らせるような環境ではないのだ。

 ……まぁ仕方ないっちゃ仕方ないんだけどね。条件が良い空き家なら、先に誰かが見つけて住んじゃってるからさ。
 
 そういった事情から、あたしとママンは今もギルの家で借りぐらし中。つまり今のあたしは『借りぐらしのアリアンナッティ』……おっほん。
 パパンとブラザーも、引き続き仕事仲間の家でお世話になっているらしい。先日ブラザーから話を聞いたところによれば、それなりに楽しくやってる模様。人間ってたくましいね!

 
「……ごちそうさま」

 そう挨拶をするや否や、ギルはさっと席を立った。食器を片付けることもせずに、そそくさとその場を立ち去ってしまう。まめなギルにしては珍しい。

 ギルがいなくなったダイニングキッチンで、あたしは恐る恐る口を開いた。

「ギル、何かイライラしてる? 試験の結果が思わしくなかったのかな」

 何を隠そう、いや隠す必要もないのだが、ギルは今日お役所の採用試験を終えたばかりの身なのだ。あたしがギルを外出に誘い出したのもそういう理由である。
 ここ1週間、ギルは勉強漬けの毎日だったからね。久しぶりに王都でパァッと遊ぶのも悪くないかなと思ったのさ。

 もちろん借りたハンカチを返したい、というのも理由のひとつではあるけれど。いくら少女漫画7つ道具の1つである『ハンカチ』を受け取ったところで、返しに行かなきゃ物語は進まないからね。ヒロインあたしは大忙しなのだ!

 ――とそれはさておき。明日無事に王都を訪れるためにも、ギルの不機嫌の原因は気になるところ。
 あたしはちらりとギルの母親の顔を見る。

「試験の結果は悪くなかったんじゃないかしら。少なくとも、夕食の前まではご機嫌だったから」
「そう? じゃああたしのご飯が美味しくなかったのかな……」

 あたしはしょんぼりと肩を落とす。
 
 『騎士団長の妻になる!』宣言の翌日から、あたしは花嫁修業に心血を注ぎ始めた。炊事、洗濯、掃除、その他諸々。
 いくら前世の記憶があるとはいえ、現代日本と異世界では生活の勝手が大違いだからさ。特に料理は大変。現代日本では常識の『料理のさしすせそ』は、この異世界では全く通用しないのだ。

 それでも今日の夕食は、それなりに良い出来だと思ったのだけれど。
 
 まだまだ修行が足りないかぁ、と項垂れ気味でポテトサラダをつつくあたし。
 そんなあたしの傍らでは、ママンとギルの母親が同時に肩を竦めていた。
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