異世界転生者アリアンナ・ローガンは燃え盛る恋より宝石が欲しい!

三崎こはく@休眠中

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5.騎士団長の妻にあたしはなる!

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 ストーン・ドラゴンに大切な宝石を美味しく頂かれた、その日の夜。
 寝間着姿のあたしはギルの部屋を訪れた。

 なぜあたしが寝間着姿でギルの家にいるのかって?
 それは今のあたしが『家なき子』だからさ! ストーン・ドラゴンに破壊された我が家は、とてもじゃないが住めた状態じゃない。そこであたしとママンはギルの家に、パパンとブラザーはお役所の仕事仲間の家に居候することとなったのである。

 ずっとってわけじゃないんだけどね。仮家の準備が整うまでのほんの少しの間だけ。

「ギルー。こんな夜遅くに何してるの、お勉強?」

 あたしがギルの部屋の扉をくぐったとき、ギルは熱心に机に向かっていた。机の上に何冊もの本を開き、万年筆でカリカリと文字を書き込んでいる。
 おおう、受験生みたいだ。
 
 万年筆を走らせたままギルは言う。

「そ、お勉強。役所の採用試験が近いから」
「ええ。ギル、お役所で働くの。もうそんな歳?」
「このあいだの誕生日で、採用試験を受けられる歳になったんだ」

 あたしは「ほへぇ」と間抜けな返事を返す。
 受験生みたい、と感じたギルが本当に受験生だったとは。今度ハチマキでもプレゼントしようかね。おでこに「必勝!」って書いたやつ。

「ギルはちゃんと将来のことを考えてるんだねぇ。偉いねぇ」

 などと呑気な感想を零すあたしの顔面に、ギルの鋭い視線が突き刺さる。

「アリアンナはさ。きちんと将来のこと、考えてるの」
「ん、あたし?」
「あまりこういう事は言いたくないんだけどさ。アリアンナにだってやらなければならない事はあるでしょう」
「それって……花嫁修業とか婚活とか?」
「そう。いつまでも宝石集めにばかり時間を割いているわけにはいかないよ。呑気にしていたら時間なんてあっという間に過ぎ去ってしまう」
 
 いつも優しいギルの口から、こんなに厳しい言葉が飛び出してこようとは。

 ストージニア王国では、女性が外に出て働くことは一般的ではない。男性がせっせと働いてお金を稼ぎ、女性は家事やら育児やらをして家庭を守る。そんな現代日本では少数派になりつつある専業主婦家庭がごくごく一般的なのだ。
 もちろん、女性の就労者が全くいないということではないのだけれど。

 そうであるからこそ、この異世界では『男性の就活』と『女性の婚活』は同程度の価値を持つ。
 2歳という歳の差はあれど、ギルが採用試験に向けて勉強をしているこの時間、本来のあたしはせっせと花嫁修業をしなければならないのだ。稼ぎの良い旦那様を捕まえるためにさ。

 ここが現代日本ならさぁ。あたしくらいの年齢といえば、学校の友達と一緒に渋谷でちゅぴちゅぴタピオカを吸ってるよ。
 え、タピオカはもう古いって? 今は飲むわらび餅の時代? 異世界人のあたしはそんな物知りません!!

「アリアンナ。ちょっと聞いてる? アリアンナ」
 
 ギルの声で、あたしははっと我に返った。

「そうそう。実はあたし、その件でギルに話があったんだよ」
「その件って……どの件さ?」

 ギルは万年筆を片手にこてりと首を傾げた。

 これが昨晩のあたしだったなら、「もっと真面目に婚活しろ」などと言われたらぴぇぇと情けなく悲鳴を上げているところ。しかし今晩のあたしは一味違うのだよ!
 なぜなら――

「ギル。あたし、宝石集めはもう止める! 真面目に婚活するんだい!」

 あたしがそう胸を張れば、ギルは目を瞬かせた。

「それ、本気?」
「本気だともさ! ストーン・ドラゴンに宝物を食い荒らされて、あたしはひとつ大人になったんだい! 価値のない宝石集めはもう止めて、幸せな未来のために頑張るよ」
「……簡単に言うけどさ。お相手の男性にあてはあるの」

 ギルはあたしの決意がまるで信じられないという様子だ。
 
 そりゃそーだ。今日のおやつ時まで、宝石と聞けば目をギラギラさせてたあたしがねぇ。突然「真面目に婚活する」と言い出したところで簡単に信じてもらえるはずもない。
 ナンパ男の「何もしない、絶対何もしないから!」くらい信用のおけない言葉だわ。

 しかぁし、今晩のあたしは一味も二味も違うのだよ!

「ギル、聞いて驚かないでよね。あたしはレドモンド様の妻の座を狙うよ!」

 レドモンド――全壊状態の我が家の前で、あたしに声をかけてくれた騎士団長。革鎧に包まれたたくましい体躯と、猛禽類を思わせる鳶色とびいろの瞳が印象的であった。

「……アリアンナ。本気で言ってる?」
「本気も本気。実は結構、勝率は高いと踏んでいるのだよ。なぜなら、今日の出会いはなかなか良い雰囲気だったじゃない? 燃えるような夕焼け空の下、ドラゴンに宝物を奪われホロホロと涙を零すあたし。そっとハンカチを差し出すレドモンド様」
「涙がホロホロ? 鼻水がダバダバの間違いでしょう」
「ギル、ちょっと黙って」

 ギルのツッコミを制止し、あたしは「おっほん」と咳払いをする。
 
「ストーン・ドラゴンは、あたしとレドモンド様を引き合わせるために現れたんだよ。多分、そういう物語なんだ。栄えあるストージニア王国の騎士団長は、ドラゴン討伐で訪れた小さな村で美しい平民の少女と出会うの。そして2人は、苦難を乗り越え結ばれるのさ! 定番のストーリーじゃない?」
「定番って何の定番さ」
「異世界ファンタジー小説の」

 あたしがそう宣言したときのギルといえば。眉間と鼻筋に皺をよせ、まるでブルドックのような表情である。
 穏やかな性格のギルが、こんなにも不快感を露わにすることは珍しい。

「アリアンナはさぁ。レドモンド卿のことが好きなの?」
「……いや? 別に好きってことはないんだけど」
「じゃあ、何で」
「だってカッコ良いじゃん、騎士団長の妻ってさ。地位が高そうというか」

 ギルの眉間の皺はさらに深くなり、ブルドッグを超え最早ゴジラの様相だ。正直ちょっと怖い。
 
「アリアンナは地位の高さで結婚相手を決めるわけ?」
「んー……まぁそういう事になるのかな? 金銀財宝も綺麗さっぱり失くしたことだし、次は『地位』を追い求めてみようかなって」
「はぁ……」

 命の次に大切な宝石はドラゴンに食い荒らされてしまった。けれども多分、良い機会だったのだ。この異世界では宝石の価値は低い。いくらせっせと溜め込んだところで、財産になどなりはしないのだ。
 ならば無価値な宝石集めに時間を割くよりも、将来のために婚活をした方がよほど建設的。突然現れたストーン・ドラゴンは、あたしにそう気付かせてくれた。
 
 ギルの不機嫌顔は見なかったことにして、あたしは両手を天に突き上げる。

「やったるでぇ~、騎士団長の妻にあたしはなる!」
 
 ルンルン気分のあたしの横顔に、マリアナ海溝よりも深いギルの溜息があたった。
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