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VS主人公&ヒロイン
しおりを挟む「見つけましたわ、九条さんっ!!」
静寂が破られたのは突然に。
怒声が響き渡り、泉は反射的に肩を震わす。何事だ。ていうか今、私の名前を呼びましたか?いやいやそんな、まさか。
現実逃避を企てる泉だったが、時すでに遅し。つかつかと靴音が鳴り響き、そしてそれは泉の目の前で止まる。
逃げ道は塞がれてしまった。不承不承、泉は顔を上げる。
が、仁王立ちする少女の顔を見て、思わず「ひいっ」と潰れたような声が洩れた。
泉の目の前に立っていたのは西園寺葵──件の転校生。そのひとが鬼の形相で泉を睨み据えていた。
「なっ、なんのご用でしょう……?」
「まぁっ!おとぼけになるのね!相変わらず卑怯な方!」
どうしよう、話が通じない。同じ日本語を使っているはずなのに異星人と交信しているみたいだ。遊星からの物体X、退治するにはダイナマイトを持ってこないと。
混乱する泉の思考回路はすっかりめちゃくちゃ。そんな泉に一層怒りが煽られたのか、葵は一歩足を踏み出そうとする。
「……そこまでだよ、西園寺さん」
制止の声をかけたのは芳野薫だった。彼は泉の向かいに座っていたはずなのに、いつの間にだろう?泉の前に立ち、葵から庇う姿勢をとっている。
その、細身でありながら頼りがいのある背。息を呑んだ泉は、自分の手が震えていることに気づく。震えながらも、薫の腕を縋るように掴んでいることに。
「芳野、先輩」呼び掛ける声もか細いもの。自分でも意外なほど、泉は恐怖を覚えていた。目の前の美しい少女が、その澄んだ瞳に睨めつけられることが、たまらなく恐ろしい。
けれど薫は「大丈夫だよ」と微笑んで、泉の手を握った。大丈夫、何も恐れることはない。俺が君を守るから──
触れたところから伝わる温かさに、泉は泣きたくなった。泣きたいほどの安堵を感じてしまった。
しかしその様子は葵の怒りに火を注ぐものだったらしい。
「……貴方なのね。貴方がまた、この人を」
「さて、何の話かな」
「白々しい。そうやってこの人を騙したのね、昔も今も」
葵は吐き捨てる。そこにあるのは憎悪というより侮蔑の感情。塵芥を見るような目で、彼女は芳野薫を見ていた。
しかし薫の方はといえば飄々としたもの。張りつけた微笑をひと欠片も崩さない。
「俺のことは好きに非難してくれて構わないけど、だったら九条さんを責めるのはもうやめてくれない?彼女がかわいそうだ」
「かわいそう?かわいそうですって?この人が?」
葵は鼻で笑う。「本当にかわいそうなのはお父様よ!」そう続けた彼女の顔は悲痛に歪んでいた。
「かわいそうなお父様!比売神なんかを妻に迎えたせいで、どれほど苦しまれたことか!家族も友人も失って、どれほど嘆かれたことか!」
ヒステリックな叫びはさながら嵐。圧倒され、口を挟む余地がない。
呆然とする泉を見、そこで初めて葵はわらった。背筋が凍るほど、冷たい目で。泉を嘲笑っていた。
「だから今世ではわたくしがお守りするの。九条さん、貴女は決して近づかせない。お父様の元にはわたくしさえいればいいの。わたくしだけが真の理解者なのよ」
「西園寺さん……」
「気安く呼ばないでいただける?わたくしの家族はお父様だけ。九条さんとわたくしたちにはもう何の関わりもないのよ」
「……威勢がいいね。でも彼の方も同じ気持ちとは限らないよ?」
「……なんですって?」
眉をつり上げる葵。しかし薫は意味ありげに笑みを深めるだけ。
それだけであったが、彼の言葉はすぐに現実のものとなった。
「何してるんだよ、葵。泉には手を出さないって約束したはずだぞ」
図書室の扉を開けたのは結城誠──泉にとっては最早懐かしさすら感じる幼馴染みだった。
彼は険しい顔で辺りを見渡し、「その上一般人まで巻き込むなんて」と呟く。カウンターでは司書の女性が倒れているのが見えた。どうやら気絶してしまっているらしい。
これほどの騒ぎ、誰にも注意されないのはおかしいと思っていたけれど、まさか。まさか葵が人智を超えた力で人々を操ったとでも?誠の言い方ではそうとしか思えず、泉は困惑した。
だが責められた葵は反論しない。
「ごめんなさい、お父様」そう殊勝に頭を下げ、しかし誠から見えない角度で泉を睨む。『貴女のせいで』そう言いたいのだろう。恋する乙女は時に鬼にも勝る。
「つい感情的になっちゃっただけ。九条さんに乱暴はしてないわ。本当よ?」
「そっか。えらいぞ、葵」
「ふふっ、当然でしょう?だってわたくしはお父様の娘なんですから」
勝手なものだなぁ、と泉は思う。
目の前で繰り広げられるメロドラマ(と言っていいのだろうか?)。先刻まで噛みつかれていたのに、今度はいきなり放置プレイ。自分を置き去りにして背景に花を咲かす誠と葵に、泉は内心溜め息をつく。
すっかり蚊帳の外だ。まぁわけのわからない話を矢継ぎ早にされるよりはマシなのかもしれないけれど。
──ていうかお父様って。
それこそ本当にそういう『プレイ』なのだろうか?幼馴染みにそんな趣味があったとは知らなかった。けれど気づいたとしても付き合いきれなかっただろうから、これでよかったのだ。
誠くんも西園寺さんも楽しそうだし、と泉はひとり頷く。破れ鍋に綴じ蓋。失礼な表現だが、二人は二人だけの世界で生きていってほしい。
そう願うも、けれど泉の望みはすぐに儚く散ることとなる。
「悪かったよ先輩、邪魔したな」
「うん、本当に。この貸しは高くつくよ?」
「返済はすぐにしてやるよ、アンタの命でな」
「あはは、怖い怖い。夜道は気をつけなくちゃね」
「危ないのは夜道だけとは限らないけどな」
……なんでこの二人が火花を散らしているんだろう。
葵を選んだはずの幼馴染みがどうしてか先輩に舌戦を挑んでいる。わけがわからない。いったい何が起こっているの?泉の口はポカンと開きっぱなしだ。
泉は生徒会に所属している関係上、元から薫と面識はあったが、誠の方は違う。殆ど初対面と言っていいはず。なのに今は旧知の仲であるかのように、遠慮のない物言いをしている。仮にも相手は先輩なのに。……中身は全然王子様じゃないけど。
「泉、」
「ひゃいっ!?」
……しまった。不意をつかれて思わず舌を噛んでしまった。どうしてこう、真面目な場面でやらかしてしまうんだろう。
羞恥のあまり顔を真っ赤にしていると、誠に笑みかけられた。とても優しく、──繰り返された一週間なんて嘘だったみたいに。昔のように微笑んで、誠は泉を真っ直ぐ見つめた。
「お前のことは必ずオレが助け出す。今度は絶対に。絶対手離したりなんかしないから──だから待っていてほしい」
「えっと……」
「それじゃあ、また明日」
好きなことだけ言って、誠も葵も去っていく。肝心の内容は一切説明せずに。身勝手きわまりない二人はまさしく嵐そのものであった。
「……なんだったんですかね、今の」
「さぁ?九条さんも早く忘れた方がいいよ。覚えている価値もない」
「いやでもあの様子だとまた来ますよ、彼ら」
面倒だなぁと思ってしまう自分は結構薄情なのかもしれない。泉はぼんやりと思う。
勝手なひとたち。けれど幼馴染みの彼は確かに泉の身を案じていた。それが見当違いのものだったとしても、せめて気持ちだけは受け取っておくのが礼儀だろう。けれど彼らの事情などというものには残念ながらまったく興味が持てなかった。
誠は泉を何から救ってくれようとしているのか。葵の怒りの理由とは?振り返ってみると、葵の言葉には多くの答えが隠されているようにも思われる。
『今世では……』『昔も今も……』『比売神なんかと……』ひめがみ──姫神さま──そう私を呼んだのは誰だったろう?
……ダメだ、やっぱり思い出せない。恐らくは前世に関わることなのだろうけど、と泉は眉間のシワを揉む。
「どうしたの、九条さん。難しい顔になってるよ」
「あぁ、いえ、少し疲れただけです」
……でも無理して思い出す必要もないか。
前世なんて関係ない。重要なのはいま。呪い(先輩曰く)のせいで乱立する死亡フラグをどうしたら回避できるか、そもそもの原因を潰すにはどうしたらいいか。それが重要だ、と泉は思い直す。
……それでもやはり西園寺葵が容疑者筆頭である以上、彼女のことを考えずにはいられないのだが。
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