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SCENE.1【抗憑依体質者、御手洗凛】
Capture.8『オムライス』
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奈々さんの葬儀は、静かに行われたという。私たち、店舗のスタッフは参列できず、家族だけでの密葬という形だった。そのため、最後のお別れをする事も叶わなかった。
あれから数日。私はずっと考えていた。もしあの時、小太郎さんの言葉を真剣に聞いていたならば、もしかしたら、奈々さんを助ける事ができたかもしれない。そんな後悔が頭の中をぐるぐるとめぐっていた。
でも、後悔していたのは私だけじゃなかった。スタッフ全員だった。自殺という事が、皆の心に重くのしかかっていた。悩みに気付いてあげられなかった。相談相手に選ばれなかった。異変を全く感じなかった。それぞれが苦悩していた。
そのせいで、店内の雰囲気は暗く、仲良くて楽しいはずの職場が、その思い出が一転して、私を始め、スタッフたちを苦しめていた。
『お前のせいじゃねぇ』
私が最初に零した時に、小太郎さんが言ってくれた言葉だ。奈々さんには、死神が取り憑いており、それがやった事で、死神は普通の人間には見えない。だから、私が私を責める必要はないと励ましてくれた。
さらに、奈々さんは悩みを抱えていた訳でもなく、死神に導かれただけだという。事情を知らない皆は、悩みに気付けなかったと後悔している。彼からこうして真実を教えてもらえる私は、まだ救われているのだろう。
「一緒に、いい?」
その日、フードコートのいつものテラス席でハンバーガーとポテトを広げ、昼休みを取る私の元に、珍しい人がやって来た。
「あ、さくらちゃん……うん、いいよ」
「ありがと」
オムライスプレートをテーブルに置いた彼女。スプーンが止まる。髪を左耳の上にかき上げながら、重い口を開く。
「雰囲気、最悪ね……」
「え? あ、うん……」
やっぱり私だけじゃない。周りにあまり関心のない彼女ですら、この空気の悪さを感じている様子だった。
「あたしの、せいなんだ……」
「え?」
スプーンを止め、後悔を零した彼女。私はその言葉に首を傾げる。
「御手洗さんの方を警戒しちゃって……」
「私の方?」
どういう事だろう。
「それで高橋先輩の方は後回しに……」
「後回し? 何の話――」
と言いかけて、私は気付いた。連休明け初日の勤務日、彼女には小太郎さんが見えていたように感じた。
「もしかして……」
彼の事を言おうと思った。だけど、何て説明したらいいのか分からなくて、言葉を止めた。すると彼女が言った。
「あなたに付いている悪霊、呪霊の方が強大だったから……」
その言葉に、私は目を丸くした。小太郎さんが取り憑いているのは分かっている。だけど、強大だとは思えない。もしかしたら、他にも付いているのかもしれない。
「カース? さくらちゃん……もしかして見えるの?」
私の問いに、今度は彼女が目を丸くした。
「……やっぱり、あなたにも見えてるのね」
「え? あ、えっと……私に見えてるのは私に取り憑いている小太郎さんだけだけど」
「小太郎? もしかして、会話できるの?」
「え? うん、会話できるよ?」
「……」
次の瞬間、彼女は怖い顔をしていた。私は何となく、顔をそむけた。そして、ハンバーガーを口に運ぶ。その瞬間、彼女の表情が緩み、ため息を吐いた。
「……そんなはず、ない、か」
「え?」
ぼそりと何かを言った彼女の言葉は、私の耳までは届かなかった。
「いえ、いいの。食べましょ」
「あ、うん」
食べ終わると、そそくさと席を立って店舗へ彼女は戻って行った。それから間もなく、どこかで様子を見ていたのか、小太郎さんがやって来て、ポテトを咥えて眉間に皺を寄せている。
「あの女、何者だ?」
「え? 同じ年で同期の九条さくらちゃんです」
「……そうか」
彼の視線の先には、敵意のような物が込められている気がした。空は青く、澄み渡っているのに、私の心は何だか、どんよりとしていたのだった。
あれから数日。私はずっと考えていた。もしあの時、小太郎さんの言葉を真剣に聞いていたならば、もしかしたら、奈々さんを助ける事ができたかもしれない。そんな後悔が頭の中をぐるぐるとめぐっていた。
でも、後悔していたのは私だけじゃなかった。スタッフ全員だった。自殺という事が、皆の心に重くのしかかっていた。悩みに気付いてあげられなかった。相談相手に選ばれなかった。異変を全く感じなかった。それぞれが苦悩していた。
そのせいで、店内の雰囲気は暗く、仲良くて楽しいはずの職場が、その思い出が一転して、私を始め、スタッフたちを苦しめていた。
『お前のせいじゃねぇ』
私が最初に零した時に、小太郎さんが言ってくれた言葉だ。奈々さんには、死神が取り憑いており、それがやった事で、死神は普通の人間には見えない。だから、私が私を責める必要はないと励ましてくれた。
さらに、奈々さんは悩みを抱えていた訳でもなく、死神に導かれただけだという。事情を知らない皆は、悩みに気付けなかったと後悔している。彼からこうして真実を教えてもらえる私は、まだ救われているのだろう。
「一緒に、いい?」
その日、フードコートのいつものテラス席でハンバーガーとポテトを広げ、昼休みを取る私の元に、珍しい人がやって来た。
「あ、さくらちゃん……うん、いいよ」
「ありがと」
オムライスプレートをテーブルに置いた彼女。スプーンが止まる。髪を左耳の上にかき上げながら、重い口を開く。
「雰囲気、最悪ね……」
「え? あ、うん……」
やっぱり私だけじゃない。周りにあまり関心のない彼女ですら、この空気の悪さを感じている様子だった。
「あたしの、せいなんだ……」
「え?」
スプーンを止め、後悔を零した彼女。私はその言葉に首を傾げる。
「御手洗さんの方を警戒しちゃって……」
「私の方?」
どういう事だろう。
「それで高橋先輩の方は後回しに……」
「後回し? 何の話――」
と言いかけて、私は気付いた。連休明け初日の勤務日、彼女には小太郎さんが見えていたように感じた。
「もしかして……」
彼の事を言おうと思った。だけど、何て説明したらいいのか分からなくて、言葉を止めた。すると彼女が言った。
「あなたに付いている悪霊、呪霊の方が強大だったから……」
その言葉に、私は目を丸くした。小太郎さんが取り憑いているのは分かっている。だけど、強大だとは思えない。もしかしたら、他にも付いているのかもしれない。
「カース? さくらちゃん……もしかして見えるの?」
私の問いに、今度は彼女が目を丸くした。
「……やっぱり、あなたにも見えてるのね」
「え? あ、えっと……私に見えてるのは私に取り憑いている小太郎さんだけだけど」
「小太郎? もしかして、会話できるの?」
「え? うん、会話できるよ?」
「……」
次の瞬間、彼女は怖い顔をしていた。私は何となく、顔をそむけた。そして、ハンバーガーを口に運ぶ。その瞬間、彼女の表情が緩み、ため息を吐いた。
「……そんなはず、ない、か」
「え?」
ぼそりと何かを言った彼女の言葉は、私の耳までは届かなかった。
「いえ、いいの。食べましょ」
「あ、うん」
食べ終わると、そそくさと席を立って店舗へ彼女は戻って行った。それから間もなく、どこかで様子を見ていたのか、小太郎さんがやって来て、ポテトを咥えて眉間に皺を寄せている。
「あの女、何者だ?」
「え? 同じ年で同期の九条さくらちゃんです」
「……そうか」
彼の視線の先には、敵意のような物が込められている気がした。空は青く、澄み渡っているのに、私の心は何だか、どんよりとしていたのだった。
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