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第6部 西校舎攻略編

第180話 苦渋!バチョウの迷い!

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 話はリュービが北部に到着した頃にさかのぼる。ここはチョーヒ・カクシュン軍と対峙するバチョウの陣営。

 防壁で部屋のように区切られた空間に、二人の男女がいた。金髪碧眼へきがんの女性の方は空間の奥で椅子に腰掛け、もう一人の男は向かい合うように立って彼女に話しかけていた。

「バチョウ、どうしたと言うんだ?

 君はここに来てから陣に籠もって守りに徹してばかりだ。

 体調が悪いのか? それなら無理をせず休んだほうがいい」

 そう心配そうに話しかけるのは、学帽に片眼鏡、バンカラマントを羽織った男子生徒・バタイであった。

「別に悪いわけではない……」

 彼に声をかけられた金髪碧眼へきがん従姉いとこ・バチョウはぶっきらぼうにそう答えた。

 だが、そう答えるバチョウの目はどこかうつろで、声にも張りがなく、返答も要領を得ない。

「しかし……」

 バタイが心配するのも無理のないことであった。

 かつて西北にその人ありと名を知らしめたバチョウであったが、リュービ討伐のために西校舎にやってきてからというもの陣にもりっきりでまったく戦おうとはしなかった。

 今も彼女の目の前の机の上には敵に関する書類がうずたかく積まれている。その書類にはこれから戦うであろうチョーヒらの軍の情報を集められる限り載せているのだが、バチョウがちゃんと目を通したのかさえ定かではない。

 最初、バチョウの兵士たちは敵の挑発に苛立いらだちを見せた。だが、バチョウは敵との交戦を禁止した。不服であった兵士たちもバチョウの一にらみで震え上がり、誰も挑発に応じなくなってしまった。

 従弟いとこであるバタイは彼女のことを幼い頃から知っている。しかし、かつてここまで戦いに消極的であったことは見たことがなかった。

 その理由をホートクがいたならばもっと強く聞くことが出来たであろう。だが、そのホートクはもういなくなってしまった。

 バタイは自身ではホートクの代わりになれないと諦めて、自分なりのやり方で話を進めることにした。

「……バチョウ、君が体調は万全だというのならそれ以上は聞かない。

 しかし、戦わなければ勝つことはできない」

 そのバタイの言葉に、バチョウの金毛のまゆがピクリと反応を示した。

「……セキトクリンめ、やはり敵とぶつからなければ勝てぬではないか……」

 バチョウは小声でそうこぼした。

 彼女の頭には先日遭遇した寒貧かんぴん・セキトクリンの言葉が残っていた。彼の言葉は難解で、バチョウにはよく理解が出来なかった。それでも彼女は彼女なりに彼の言葉について考えていた。

 だが、セキトクリンとバチョウとのやり取りを知らぬバタイは、「何の話だ?」と彼女に尋ねた。だが、バチョウに「なんでもない」と返されてしまい、結局、わからず仕舞いになってしまった。

 バチョウがそれ以上語ろうとはしないので、バタイはやむなく戦況報告を行った。

「今し方、敵の援軍にリュービ本軍が到着したという情報が入った。このまま待てば敵の戦力はますます強くなるばかりだ。

 リュービ軍の情報はわかる限りをこの書類にまとめておいた。せめてこれだけでも見ておいてくれないか」

 そう言って彼は書類のたばをバチョウに差し出した。思えば西北で長らく戦ってきたバチョウは、リュービとはこれまで接点がなかった。名前くらいは聞き知っているが、それ以上はほとんど知らなかった。

 さすがにもう少し知っておくかと、バチョウはバタイの差し出した書類を目を落とした。

 その最初の1ページ目に、いきなり彼女の頭の中を大きくしめめていた文字が記されていた。

 その文字を見つけ、バチョウは思わず声を上げた。

「“玄徳げんとく”? 奴は玄徳げんとくというのか?」

「“げんとく”? ああ、それは“はるのり”と読むんだ。

 流尾玄徳ながれお・はるのり、それがリュービの本名だ」

 そのバタイの回答に、バチョウは「なんだ名前か」と答えたが、それと同時にセキトクリンとの邂逅かいこうが一気に思い起こされた。

『世のことは道より生まれ、徳によって育まれます。

 大きく育てるものが『徳』なのです。

 そして、育てていながら、自分のものともせず、ほこらず、支配しない。これを『玄徳げんとく』というのです』

(セキトクリンはアタシに『玄徳げんとく』を説いたが、その意味はよくわからなかった。その『玄徳げんとく』が今、眼の前にいるのか……。

 いや、ただそういう名前だというだけのことだ。人は誰しも名前通りに生きるわけではない)

 そう思って玄徳げんとく・リュービの名を振り払おうとするが、どうにも彼女の頭の中にこびりついて離れない。

 未だにバチョウが1ページ目から進めずにいると、突如、外の兵士たちがザワザワと騒ぎ始めた。 

「騒がしいぞ。何事だ?」

 バタイが総大将のバチョウに代わり、外に身を乗り出して兵士たちに尋ねた。

 それに応じて一人の兵士が進み出て、二人に報告を始めた。

「報告します。

 ただいま、敵軍がこちらに向けて進軍してきています。どうも、リュービ本人がいるようです」

「何っ、リュービ本人が来たというのか!」

 リュービの名にバチョウの白い耳がピクリと反応する。

 そして、その報告を裏付けるように外から男の声が響いてきた。

「俺は南部の群雄、流尾玄徳ながれお・はるのり、リュービだ!

 君たちの大将・バチョウと話がしたい!」

 外から聞こえるその声の主ははっきりと、自分はリュービだと名乗った。

 リュービの思いがけない呼びかけに、バタイは指示をあおごうとバチョウの方へと振り返る。

 しかし、バチョウはバタイが振り向くより早く立ち上がると、それまでの籠城ろうじょう策をやめるかのように外に向けて進み出した。

「バチョウ、出るのか?」

 バタイの問いに、彼女はただ「ああ」とだけ答えた。しかし、チラリと見えた彼女のあおい瞳に輝きが戻っているのを、バタイは見逃さなかった。

 どういう心境の変化かバタイにはさっぱりわからぬが、ともかくバチョウが戦う気になってくれたのは僥幸ぎょうこうであった。彼はすぐさま指示を飛ばして部隊を集めると、バチョウの後に続かせた。

 バチョウが外に出ると、そこにはリュービの一軍が待ち構えていた。騒がず、乱れず、よく統制のとれた軍隊であることはバチョウの目にもわかった。

 その軍の先頭に立っている男がリュービなのだろう。かたわらの小娘が闘志をき出しにして彼を守ろうとしていることからもそれを察せられた。

 男の背は少し高め、顔は整っているような地味なような、そんなどっちつかずの印象を与える。

(あれがリュービなのか? 地味な顔だな。

 だが、セキトクリンは『玄徳げんとく』を有るようで無いものだと言っていた。あの顔が案外『玄徳げんとく』のような顔なのかもしれない)

 バチョウは腹を決め、リュービに向けて呼びかけた。

「お前が『玄徳げんとく』・リュービか!

 アタシは西涼せいりょうのバチョウ!

 どちらが強いか、アタシとお前とで一騎討ちをして雌雄しゆうを決せん!」

 その彼女の一声を受け、両軍はどよめいた。

 ここにきて、まさか大将による一騎討ちで勝敗を決めようなんて、バチョウを除く敵味方の誰一人として予想していなかった。

 副将・バタイもあまりのことに理由がわからず、彼女を問い詰めた。

「おい、バチョウ。

 いきなり一騎討ちを申し込むなんてどういうつもりだ?」

「奴が『玄徳げんとく』なのかリュービなのかわからん。

 だから、戦ってどっちが強いかで決めるんだ」

 バチョウの理由を聞いたが、結局、バタイには意味がわからなかった。

 バチョウの提案に、案の定リュービ軍は戸惑っているようであった。

「リュービは応じそうにないか」

「当たり前だろう!

 相手を見ろ。明らかにリュービ軍の方が兵力は多い。その数の有利を捨ててまで、なぜこちらに有利な一騎討ちに応じる必要がある!」

 バチョウのつぶやきに、バタイは半ばツッコミのような返答を発した。

 思えば西北で乱を起こしている頃には、バチョウ軍も数百人の兵をようしていた。だが、乱の失敗とホートク・テーギン・コーセンらの離脱で百人強にまで数を減らしていた。

 対してリュービ軍は、今目の前にいる兵士だけでバチョウ軍の倍はいる。教室に残した守備兵を合わせれば数百人はいるだろう。

 確かに、大将の武力だけで勝敗のつく一騎討ちは、この数の不利をくつがえせるかもしれない。だが、それは相手が応じればの話だ。

「リュービが一騎討ちに応じるメリットがない!

 そもそも、リュービは一騎討ちをするような豪傑タイプの人物じゃないぞ!」

「そうなのか?」

「だから資料をちゃんと渡したのに、さては1ページ目もろくに読んでないな!」

 バタイはあきれと怒りの混ざった感情で、声を張り上げる。

 実際のところ、バチョウの頭の中には『玄徳げんとく』の一語しか残っていなかった。

 バタイがいい加減ツッコミ疲れた頃、対するリュービ軍から一人の少女が進み出て、こちらに向かって声をとどろかせた。

「オレはリュービの義妹・チョーヒ!

 バチョウ、オレと勝負だぜ!」

 そう呼びかける頭に二つのお団子をつけた小柄な少女を見て、バタイは戦慄せんりつした。

 リュービのかたわらに立っている時から察してはいたが、名乗ったことで確信に変わった。

 彼女こそチョーヒだ!

 たった一人でソウソウの武将六人を蹴散らし、一騎討ちではほぼ負け知らずという生きる伝説。

 この学園きっての豪傑・チョーヒ相手では、さすがのバチョウでも分が悪いのではないかと、バタイは身震いしながら隣のバチョウへ視線を移す。

 だが、バチョウは狼狽うろたえるでもなく、おびえるでもなく、泰然自若たいぜんじじゃく、顔色一つ変えなかった。

 この態度にバタイは安心を覚え、体の震えは止まってしまった。

 これまでバチョウは全く戦おうとせず、体調不良を心配していた。だが、さすがは我らの大将である。今さらチョーヒごときで取り乱す御仁ではなかった。バタイは一瞬でもチョーヒの方がバチョウより強いのではないかと心配した己を恥じた。

「おい、バタイ」

「なんだ、バチョウ」

 バチョウに対するバタイの返答にもどこか余裕が感じられる。彼はバチョウこそやはり大将になるべき器だと、改めて感じ入っていた。

「あのチビっ娘は誰だ?」

「ん? んんんーーー?

 ま、まさかバチョウ、チョーヒを知らないんじゃないだろうな?」

「ああ、確かにチョーヒと名乗っていたな。

 有名なのか?」

「お、お前ーっ!」

 今まで自分たちが対峙たいじしていた相手を誰だと思っていたのかだとか、事前に渡した書類を全く読んでいなかったのかだとか、バタイには言いたいことがいくらもあり過ぎて、かえってそれ以上の言葉が出てこなかった。

「そうカッカするな。

 あの小娘の闘気を見れば、並の武人ではないことはわかる。あなどりはしない」

「はぁ……はぁ……

 君に言いたいことは山ほどあるが、ともかく、あのチョーヒは君の見立て通り、カンウと並ぶリュービ軍随一ずいいちの猛将だ。あと、体は小さいが僕らの先輩だ」

「なるほど。

 にもかくにもあの小娘を倒せば、アタシとリュービの優劣がはっきりするというわけか」

 そう言うとバチョウは一歩前に踏み出し、チョーヒに向けて呼びかけた。

「良かろう!

 チョーヒ、このアタシと一騎討ちで勝負だ!」

 その呼びかけにバタイはギョッと驚き、バチョウの肩をつかんで振り向かせた。

「おいおい、本気なのか?

 奴は半ば生きる伝説となったチョーヒだぞ!

 本気で奴と一騎討ちをするつもりなのか?」

 バタイはてっきり、チョーヒを知った上でバチョウが堂々としているものと思っていた。だが、チョーヒを知らないのであれば話は別だ。

 しかし、バチョウの顔にはまだ余裕が見えた。

「バタイ、お前は今まで何を見てきた。

 お前の見てきたアタシは伝説には遠く及ばないというのか?」

「そ、そういうわけではないが……」

「ならば見ておけ。

 バチョウの伝説がまた一つ増える様を」

 そう語るバチョウのあおい瞳は今まで以上に爛々らんらんと輝いていた。それまでの鬱屈うっくつとした表情は消え去っている。バタイとしては止めねばという気持ちもあったが、やはり、バチョウはこうでなければと気持ちが勝って送り出した。

 獅子ししたてがみのように金色こんじきの髪をなびかせて、あおき眼光を放つ女性が両軍の中央へと進み出る。



 彼女こそがかつてソウソウの大軍を縦横無尽に駆け抜け、後一歩までソウソウを追い詰めた西涼せいりょう金獅子きんじしにしきのバチョウ!

 対するは追撃するソウソウの大軍を撃退し、並み居る武将を薙ぎ倒してきた戦の申し子、闘神とうしん・チョーヒ!



 ともに学園の上部に君臨する勇士の決戦が今、幕を開けた。



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