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第6部 西校舎攻略編
第109話 問題!新たな総司令官!
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ソウソウの勢力圏であるはずの中央校舎の東南の外れ、三人の男子生徒が、顔を突き合わせて話をしていた。
「あのソウソウがまさか敗れるとはな」
「今やソウソウは落ち目!」
「我らにもチャンスが来たということぞ!」
この三人の男子生徒はチンラン・バイセイ・ライショ。
かつてこの辺りで勢力を築いていた群雄・エンジュツの元配下で、エンジュツ滅亡後は残党として新たな支配者・ソウソウと対立。一度は敗れて恭順の意を示したが、今なお、反抗の機会を窺って潜伏していた。
「ソウソウの赤壁での敗戦以降、ソンケン・リュービは日の出の勢い!」
「それに私たちが加われば、このかつてのエンジュツ領を独立させることも可能!」
「そのために我らが今組むべきは…」
三人は互いの顔を見合わせ、頷いて同時に口を開いた。
「「ソンケン!」」
「リュービ!」
思わぬ意見の不一致に、三人は互いの顔を再び見合わせた。
ソンケンの名を挙げたのはチンラン・バイセイの二人。リュービの名を挙げたのはライショ一人。
たくましい体つきの男・チンランは、三人を代表するように口を開いた。
「まさか意見が割れるとはな。
どうするか?
ソンケン・リュービ双方と同盟を結ぶか?」
青白い男・バイセイが続いて発言した。
「ソンケン・リュービ双方と連絡を取るというのでしたら賛成ですがね。
しかしながら、今後起こす反乱の具体的な支援となると、どちらかに絞るべきでしょうな」
これに巨漢の男・ライショが強く頷く。
「同意する。
我らの勢力が中心となってリュービ・ソンケンを牽引してソウソウと一大決戦を行うならともかく、現状、彼らをこの東南部にまで引っ張り出すだけの力は我らにはない。
そうなると、望めるのはいくらかの援軍と、万一の時の逃走先の確保…」
ライショの言葉に今度はチンランが続ける。
「今、ソンケンとリュービの仲は必ずしも良好でないと聞く。
そんな中で両方から援軍が来られたら俺たちではまとめきれんし、万一、逃走することになったら両者が互いに押し付けあって、受け入れてもらえないということか」
両者の意見を受けて、改めてバイセイが同意を述べる。
「やはり、どちらか主体で同盟を結ぶかを決めねばならんということでしょうな」
この意見にはチンランも納得し、再び議論がかわされることとなった。
議題はソンケンとリュービ、果たしてどちらの同盟の主体に選ぶかである。
「やはり、ソンケンだろう!
赤壁の戦いの勝者はソンケンだ!」
「ソウソウに対抗できるのはソンケンしかいないでしょう!
我らが協力すべきもソンケンです!」
「そもそもリュービが粘っていたからこそソンケンも動いたのだ!
リュービこそソウソウ最大の敵!」
チンラン・バイセイは自らが推すソンケンを強く勧めるが、リュービを推すライショも決して譲らず口論となった。
元々、ソウソウと戦っていたのはリュービであったが、彼がソンケンを口説き落とす形で参戦させ、赤壁の勝利へと繋がった。赤壁の戦いそのものはソンケン軍の司令官・シュウユが主体となり勝利を収めたが、この戦いにはリュービも参戦している。
ソンケン・リュービ、互いに自身の功績を喧伝しているために、周囲の者たちの間でどちらの功績が上かで揉めることとなった。
リュービを推すライショはさらに声を上げて強弁する。
「俺たちは前よりリュービと誼を通じている。
今回もリュービに連絡を取るのが自然だろう」
それに対してソンケン派チンランが反論する。
「考えてもみろ、リュービは今、南校舎の奥地にいて領地は我らと接していない。
ならば領地の接しているソンケンと組むのが、協力も得やすく自然な流れだろう」
「だが、ソンケンは元々ソウソウとは対立しておらず、今回の赤壁の戦いの中で北上してはいるが、それも小規模な戦闘で終わっておる。
ソンケンの目的があくまで独立で、ソウソウとの戦いにそこまで重きを置いていないとするのなら、我らにどこまで協力してくれるかわからんぞ。
それならば、明確にソウソウと戦う意思を示しているリュービの方が良いのではないか」
このライショの意見には同じくソンケン派バイセイが答える。
「いや、リュービの状況から考えて、私たちにまで救援を出す余力があるとは思えませんな」
「だが、そのリュービは今兵を集め、増強しておると聞くぞい」
「そんなことはソンケンだってやっている」
「だが、リュービの集めた兵の数はソンケンより上だ」
最初の議論は次第に口論へと発展したが、一向にまとまる気配を見せなかった。
「やはり、話は平行線をたどるか」
チンランのぼやきに、ライショは一度深く溜め息をついてから返した。
「ならばやむなし。
ここで我らは二手に別れよう。
我はリュービにつくから、お前たちはソンケンと組め」
「今まで三人一緒にやってきたのにここで別れるというのですか」
「だが、それが最良だろう。
万一、どちらかの同盟相手に裏切られた場合、もう片方を頼ることもできる。
それでいこう」
バイセイは少し不承不承という様子であったが、チンランも賛同したことから、三人は二手に別れ、リュービ・ソンケン、それぞれと組む道を選んだ。
南校舎・シュウユ本陣~
南校舎の軍勢を一任されたソンケン軍の総司令官・シュウユの本陣を、一人の女生徒が訪ねてきた。
「シュウユさん、ロシュク、ただいま到着しました」
彼女は灰色の長い髪に黒いリボンをつけ、ブラウスの上から黒いローブを羽織り、手に扇子を持った女生徒、この軍の参謀・ロシュク。
「よく来ました、ロシュク」
ロシュクを出迎えるのは、金髪の長い髪に、透き通るような白い肌、西洋人形のような整った目鼻立ちで、頭には黒いレースのついた帯飾りをつけ、フリルのついた黒いロングスカートに黒いハイヒールをはいた美女、この軍の総司令官・シュウユ。
彼女の腰には総司令官の証でもある朱塗りの木刀が帯びられていた。
「ロシュク、それでこれからの話なのですが、ん…」
シュウユが立ち上がろうとすると、少しふらついて倒れそうになり、隣のロシュクは慌てて彼女のか細い体を支えた。
「おっと、大丈夫ですか、シュウユさん」
「すみません、少し立ちくらみです」
「シュウユさんは総司令官の仕事でお疲れなのではないですか?
少し休まれた方が…」
「そこまでのことではありませんよ。
そもそも、それもこれもリュービのせいです!」
シュウユは席につくと、同盟者・リュービへの怒りを露わにした。
「我らに最も大きな戦いを受け持たせ、リュービ自身はその隙に領土を確保してしまいました!
しかもカンウ・チョーヒを我らに向けるように配備しています!
奴こそ獅子身中の虫です!」
そうとう不満が溜まっていたのか、シュウユは一気呵成にリュービへの愚痴をぶちまけた。
「しかし、リュービさんの事情も考慮すれば、領土の確保は急務、ある程度はやむを得ないかと」
だが、ロシュクは冷静にそれに返した。
「ロシュク、あなたはどちらの味方なのですか」
この返答にシュウユはムッとしてロシュクを睨む。
「もちろん、私はソンケン様の忠実なる配下でございますぞ。
しかし、それはそれとして、やはりリュービは活かす方向で考えるべきかと思います。
我らには今、全体の指揮を執れるほどの指揮官が不足しております。
つまりは総司令官が必要なのです」
ロシュクのソンケン軍に人材無しと言わんばかりの物言いに、シュウユが言い返す。
「我らソンケン軍に人がいないわけではいませんよ」
「わかっております、わかっておりますとも。
しかし、我らの今後の勢力拡大計画―“天下二分の計”を実行するためにリュービの存在は必要と愚考いたします」
天下二分の計…それは現在のソンケン軍の基本戦略。その内容は東・南・西の三校舎をソンケンが支配し、学園の半分を手に入れてから、北半分を治めるソウソウを倒すというものである。
要はリュービの基本戦略である天下三分の計で、リュービがするはずの役目もソンケンが担う形のものである。
ロシュクはさらに続けて話し始める。
「我らがこの先、西校舎を占領したとして、その場合、東・南・西の三校舎から同時にソウソウを攻めるという形になります。
そして、そうなると総司令官は三人必要になります。
東はソンケン様が受け持たれるとして、南と西、いずれか一方はシュウユさんが担当されるでしょう。
そうなると、後一人、どうしても我らの陣営では足りないのです」
ロシュクの計画では、リュービにこのまま一校舎を任せ、ともにソウソウと戦っていこうというものだ。
だが、リュービの力や権限を極力削り、手出し口出しをさせたくないシュウユは納得しない様子であった。
「人がいないということはないでしょう。
例えばテイフさんはどうですか?
兵士からの人望は最も篤く、指揮官としての実績も豊富です」
この軍の副司令を務めるテイフは、ソンケン配下の中で最も古参の武将である。
「残念ながらテイフさんでは不適当でしょう。
確かにあの方は前線の指揮官としては優秀です。
しかし、今我々が必要としているのは、作戦を練り、後方から全体を把握して指示を飛ばせる総司令官です。
そして、テイフさんが不適当な理由はもう一つあります」
「もう一つですか?」
ロシュクの勿体ぶった言い回しに、シュウユが聞き返す。
「はい、私はこのソウソウとの戦いが今年度のみで終わるとは思っておりません。
おそらく来年度にまで及ぶでしょう。
テイフさんは今三年生、来年度は卒業しております。
来年に総司令官を変えるリスクを考えれば、卒業する三年生ではなく、二年生、一年生にするのが良策かと思います」
「なるほど。
それは一理ありますね」
「なので、三年のコウガイさんらも不適当ですな。
まあ、コウガイさんやカントウさんみたいな武人タイプはそもそも総司令官には向きませんが」
「二年生か、一年生ですか…
二年生で考えると、リョハン、ショーキン、シュータイ、タイシジ、カンネー…辺りですか」
ロシュクの言葉に答えるように、シュウユは二年生の中からめぼしい人物の名前を上げていった。
「うーん、その中で強いてあげるならリョハンさんでしょうか。
しかし、リョハンさんではソウソウに対抗するのは難しいでしょう。
ショーキン・シュータイは武将としは優秀ですが、総司令官には向いてませんな。
タイシジやカンネーはその…癖が強すぎます」
癖が強いという言い回しに、シュウユは思わずクスリと笑ってしまった。普段は遠慮しないロシュクには珍しく、遠慮した言い方になったのはあの二人ならではであろう。
「ふふ、確かに彼女たちの癖は強いですね」
タイシジ・カンネーはともにソンケン軍の中でもトップクラスの戦闘力を持つ女生徒だ。その反面、タイシジは我が強い自信家、カンネーは性に奔放な戦闘狂でとても全体をまとめれるような人物ではない。
「では、リョモウはどうですか?
彼女はまだ一年生ですが、機転もききますし、見所があるのではないですか」
「難しいですな。
リョモウはバカですし」
シュウユの意見を、ロシュクは間髪入れず、一刀両断に切り捨てる。
「あなたはリョモウに手厳しいですね」
どうもロシュクは リョモウにつっかかるなと思いながら、シュウユは聞き返した。
「嫌ってるわけではないんですが、あの問題を愛嬌で乗り越える感じがですね…
まあ、確かに見所はあると思います。
しかし、我らが必要としているのは今ですぞ!
彼女が将来的に大物になっても仕方がありません。
今年、来年に大物になってもらわねばならないのですぞ。
ですが、彼女では間に合わんでしょう」
ロシュクはキッパリと断言した。
リョモウはまだ一年生ながら、統率力、武力を備え、ロシュクはバカと断じるが、戦場では機転もきく女生徒だ。
だが、彼女が武将ならともかく、総司令官となると、かなりの努力を必要とするだろう。
「そうなると、他に人材はもう…
…いえ、います」
シュウユはゆっくりと頭を上げ、ロシュクをじっと見据えた。
「他にまだいましたかね?
どなたですか?」
「あなたです、ロシュク!」
シュウユは目の前にいる女生徒を指さした。
ロシュクはその指先が自分に向けられたことに驚き、慌てながら聞き返した。
「わ、私ですか!」
「ロシュク、あなたの戦略にのって我々はここまで来ました。
あなたの知力なら総司令官が務まるのではないですか」
シュウユの真剣な眼差し、はっきりした口調に、ロシュクは冗談で言ってるわけではないと感じ取った。
だが、ロシュクはその意見に首を横に振った。
「お褒めいただき光栄至極ですが、残念ながら私では無理ですな。
確かに私は後方において戦略を練ることならば一家言ありますし、他の方々に遅れを取るつもりもございませんぞ。
ですが、私には足りないものがございます。
それは“人望”です。
私は見ての通り胡散臭い人間ですし、新参ですので、他の方から信頼されておりません。
そんな人間が総司令官を務めても誰もついてこないでしょう」
つらつらとロシュクは自分の欠点を述べるが、その中に自慢を挟むのは、彼女らしいなと思いつつ、その言葉にシュウユは耳を傾けた。
「しかし、現状、あなた以上の適任者はいないように思いますが」
「そう言われましても、どだい無理な話ですな。
やはり、リュービを活用すべきです」
ロシュクの意見は結局、リュービの活用へと戻っていった。
リュービを活用すれば、それだけ彼が力をつける機会を得るということ。
それが面白くないシュウユは不服そうにふと視線を落とすと、自分のスマホにメッセージが入っていることに気がついた。
そのメッセージの文面を読むと、シュウユの顔はみるみる表情が柔らかくなっていった。
「ロシュク、どうやらリュービを活用する必要がなくなったようです。
近々、サクちゃんが…ソンサクが復帰できるようです」
「あのソウソウがまさか敗れるとはな」
「今やソウソウは落ち目!」
「我らにもチャンスが来たということぞ!」
この三人の男子生徒はチンラン・バイセイ・ライショ。
かつてこの辺りで勢力を築いていた群雄・エンジュツの元配下で、エンジュツ滅亡後は残党として新たな支配者・ソウソウと対立。一度は敗れて恭順の意を示したが、今なお、反抗の機会を窺って潜伏していた。
「ソウソウの赤壁での敗戦以降、ソンケン・リュービは日の出の勢い!」
「それに私たちが加われば、このかつてのエンジュツ領を独立させることも可能!」
「そのために我らが今組むべきは…」
三人は互いの顔を見合わせ、頷いて同時に口を開いた。
「「ソンケン!」」
「リュービ!」
思わぬ意見の不一致に、三人は互いの顔を再び見合わせた。
ソンケンの名を挙げたのはチンラン・バイセイの二人。リュービの名を挙げたのはライショ一人。
たくましい体つきの男・チンランは、三人を代表するように口を開いた。
「まさか意見が割れるとはな。
どうするか?
ソンケン・リュービ双方と同盟を結ぶか?」
青白い男・バイセイが続いて発言した。
「ソンケン・リュービ双方と連絡を取るというのでしたら賛成ですがね。
しかしながら、今後起こす反乱の具体的な支援となると、どちらかに絞るべきでしょうな」
これに巨漢の男・ライショが強く頷く。
「同意する。
我らの勢力が中心となってリュービ・ソンケンを牽引してソウソウと一大決戦を行うならともかく、現状、彼らをこの東南部にまで引っ張り出すだけの力は我らにはない。
そうなると、望めるのはいくらかの援軍と、万一の時の逃走先の確保…」
ライショの言葉に今度はチンランが続ける。
「今、ソンケンとリュービの仲は必ずしも良好でないと聞く。
そんな中で両方から援軍が来られたら俺たちではまとめきれんし、万一、逃走することになったら両者が互いに押し付けあって、受け入れてもらえないということか」
両者の意見を受けて、改めてバイセイが同意を述べる。
「やはり、どちらか主体で同盟を結ぶかを決めねばならんということでしょうな」
この意見にはチンランも納得し、再び議論がかわされることとなった。
議題はソンケンとリュービ、果たしてどちらの同盟の主体に選ぶかである。
「やはり、ソンケンだろう!
赤壁の戦いの勝者はソンケンだ!」
「ソウソウに対抗できるのはソンケンしかいないでしょう!
我らが協力すべきもソンケンです!」
「そもそもリュービが粘っていたからこそソンケンも動いたのだ!
リュービこそソウソウ最大の敵!」
チンラン・バイセイは自らが推すソンケンを強く勧めるが、リュービを推すライショも決して譲らず口論となった。
元々、ソウソウと戦っていたのはリュービであったが、彼がソンケンを口説き落とす形で参戦させ、赤壁の勝利へと繋がった。赤壁の戦いそのものはソンケン軍の司令官・シュウユが主体となり勝利を収めたが、この戦いにはリュービも参戦している。
ソンケン・リュービ、互いに自身の功績を喧伝しているために、周囲の者たちの間でどちらの功績が上かで揉めることとなった。
リュービを推すライショはさらに声を上げて強弁する。
「俺たちは前よりリュービと誼を通じている。
今回もリュービに連絡を取るのが自然だろう」
それに対してソンケン派チンランが反論する。
「考えてもみろ、リュービは今、南校舎の奥地にいて領地は我らと接していない。
ならば領地の接しているソンケンと組むのが、協力も得やすく自然な流れだろう」
「だが、ソンケンは元々ソウソウとは対立しておらず、今回の赤壁の戦いの中で北上してはいるが、それも小規模な戦闘で終わっておる。
ソンケンの目的があくまで独立で、ソウソウとの戦いにそこまで重きを置いていないとするのなら、我らにどこまで協力してくれるかわからんぞ。
それならば、明確にソウソウと戦う意思を示しているリュービの方が良いのではないか」
このライショの意見には同じくソンケン派バイセイが答える。
「いや、リュービの状況から考えて、私たちにまで救援を出す余力があるとは思えませんな」
「だが、そのリュービは今兵を集め、増強しておると聞くぞい」
「そんなことはソンケンだってやっている」
「だが、リュービの集めた兵の数はソンケンより上だ」
最初の議論は次第に口論へと発展したが、一向にまとまる気配を見せなかった。
「やはり、話は平行線をたどるか」
チンランのぼやきに、ライショは一度深く溜め息をついてから返した。
「ならばやむなし。
ここで我らは二手に別れよう。
我はリュービにつくから、お前たちはソンケンと組め」
「今まで三人一緒にやってきたのにここで別れるというのですか」
「だが、それが最良だろう。
万一、どちらかの同盟相手に裏切られた場合、もう片方を頼ることもできる。
それでいこう」
バイセイは少し不承不承という様子であったが、チンランも賛同したことから、三人は二手に別れ、リュービ・ソンケン、それぞれと組む道を選んだ。
南校舎・シュウユ本陣~
南校舎の軍勢を一任されたソンケン軍の総司令官・シュウユの本陣を、一人の女生徒が訪ねてきた。
「シュウユさん、ロシュク、ただいま到着しました」
彼女は灰色の長い髪に黒いリボンをつけ、ブラウスの上から黒いローブを羽織り、手に扇子を持った女生徒、この軍の参謀・ロシュク。
「よく来ました、ロシュク」
ロシュクを出迎えるのは、金髪の長い髪に、透き通るような白い肌、西洋人形のような整った目鼻立ちで、頭には黒いレースのついた帯飾りをつけ、フリルのついた黒いロングスカートに黒いハイヒールをはいた美女、この軍の総司令官・シュウユ。
彼女の腰には総司令官の証でもある朱塗りの木刀が帯びられていた。
「ロシュク、それでこれからの話なのですが、ん…」
シュウユが立ち上がろうとすると、少しふらついて倒れそうになり、隣のロシュクは慌てて彼女のか細い体を支えた。
「おっと、大丈夫ですか、シュウユさん」
「すみません、少し立ちくらみです」
「シュウユさんは総司令官の仕事でお疲れなのではないですか?
少し休まれた方が…」
「そこまでのことではありませんよ。
そもそも、それもこれもリュービのせいです!」
シュウユは席につくと、同盟者・リュービへの怒りを露わにした。
「我らに最も大きな戦いを受け持たせ、リュービ自身はその隙に領土を確保してしまいました!
しかもカンウ・チョーヒを我らに向けるように配備しています!
奴こそ獅子身中の虫です!」
そうとう不満が溜まっていたのか、シュウユは一気呵成にリュービへの愚痴をぶちまけた。
「しかし、リュービさんの事情も考慮すれば、領土の確保は急務、ある程度はやむを得ないかと」
だが、ロシュクは冷静にそれに返した。
「ロシュク、あなたはどちらの味方なのですか」
この返答にシュウユはムッとしてロシュクを睨む。
「もちろん、私はソンケン様の忠実なる配下でございますぞ。
しかし、それはそれとして、やはりリュービは活かす方向で考えるべきかと思います。
我らには今、全体の指揮を執れるほどの指揮官が不足しております。
つまりは総司令官が必要なのです」
ロシュクのソンケン軍に人材無しと言わんばかりの物言いに、シュウユが言い返す。
「我らソンケン軍に人がいないわけではいませんよ」
「わかっております、わかっておりますとも。
しかし、我らの今後の勢力拡大計画―“天下二分の計”を実行するためにリュービの存在は必要と愚考いたします」
天下二分の計…それは現在のソンケン軍の基本戦略。その内容は東・南・西の三校舎をソンケンが支配し、学園の半分を手に入れてから、北半分を治めるソウソウを倒すというものである。
要はリュービの基本戦略である天下三分の計で、リュービがするはずの役目もソンケンが担う形のものである。
ロシュクはさらに続けて話し始める。
「我らがこの先、西校舎を占領したとして、その場合、東・南・西の三校舎から同時にソウソウを攻めるという形になります。
そして、そうなると総司令官は三人必要になります。
東はソンケン様が受け持たれるとして、南と西、いずれか一方はシュウユさんが担当されるでしょう。
そうなると、後一人、どうしても我らの陣営では足りないのです」
ロシュクの計画では、リュービにこのまま一校舎を任せ、ともにソウソウと戦っていこうというものだ。
だが、リュービの力や権限を極力削り、手出し口出しをさせたくないシュウユは納得しない様子であった。
「人がいないということはないでしょう。
例えばテイフさんはどうですか?
兵士からの人望は最も篤く、指揮官としての実績も豊富です」
この軍の副司令を務めるテイフは、ソンケン配下の中で最も古参の武将である。
「残念ながらテイフさんでは不適当でしょう。
確かにあの方は前線の指揮官としては優秀です。
しかし、今我々が必要としているのは、作戦を練り、後方から全体を把握して指示を飛ばせる総司令官です。
そして、テイフさんが不適当な理由はもう一つあります」
「もう一つですか?」
ロシュクの勿体ぶった言い回しに、シュウユが聞き返す。
「はい、私はこのソウソウとの戦いが今年度のみで終わるとは思っておりません。
おそらく来年度にまで及ぶでしょう。
テイフさんは今三年生、来年度は卒業しております。
来年に総司令官を変えるリスクを考えれば、卒業する三年生ではなく、二年生、一年生にするのが良策かと思います」
「なるほど。
それは一理ありますね」
「なので、三年のコウガイさんらも不適当ですな。
まあ、コウガイさんやカントウさんみたいな武人タイプはそもそも総司令官には向きませんが」
「二年生か、一年生ですか…
二年生で考えると、リョハン、ショーキン、シュータイ、タイシジ、カンネー…辺りですか」
ロシュクの言葉に答えるように、シュウユは二年生の中からめぼしい人物の名前を上げていった。
「うーん、その中で強いてあげるならリョハンさんでしょうか。
しかし、リョハンさんではソウソウに対抗するのは難しいでしょう。
ショーキン・シュータイは武将としは優秀ですが、総司令官には向いてませんな。
タイシジやカンネーはその…癖が強すぎます」
癖が強いという言い回しに、シュウユは思わずクスリと笑ってしまった。普段は遠慮しないロシュクには珍しく、遠慮した言い方になったのはあの二人ならではであろう。
「ふふ、確かに彼女たちの癖は強いですね」
タイシジ・カンネーはともにソンケン軍の中でもトップクラスの戦闘力を持つ女生徒だ。その反面、タイシジは我が強い自信家、カンネーは性に奔放な戦闘狂でとても全体をまとめれるような人物ではない。
「では、リョモウはどうですか?
彼女はまだ一年生ですが、機転もききますし、見所があるのではないですか」
「難しいですな。
リョモウはバカですし」
シュウユの意見を、ロシュクは間髪入れず、一刀両断に切り捨てる。
「あなたはリョモウに手厳しいですね」
どうもロシュクは リョモウにつっかかるなと思いながら、シュウユは聞き返した。
「嫌ってるわけではないんですが、あの問題を愛嬌で乗り越える感じがですね…
まあ、確かに見所はあると思います。
しかし、我らが必要としているのは今ですぞ!
彼女が将来的に大物になっても仕方がありません。
今年、来年に大物になってもらわねばならないのですぞ。
ですが、彼女では間に合わんでしょう」
ロシュクはキッパリと断言した。
リョモウはまだ一年生ながら、統率力、武力を備え、ロシュクはバカと断じるが、戦場では機転もきく女生徒だ。
だが、彼女が武将ならともかく、総司令官となると、かなりの努力を必要とするだろう。
「そうなると、他に人材はもう…
…いえ、います」
シュウユはゆっくりと頭を上げ、ロシュクをじっと見据えた。
「他にまだいましたかね?
どなたですか?」
「あなたです、ロシュク!」
シュウユは目の前にいる女生徒を指さした。
ロシュクはその指先が自分に向けられたことに驚き、慌てながら聞き返した。
「わ、私ですか!」
「ロシュク、あなたの戦略にのって我々はここまで来ました。
あなたの知力なら総司令官が務まるのではないですか」
シュウユの真剣な眼差し、はっきりした口調に、ロシュクは冗談で言ってるわけではないと感じ取った。
だが、ロシュクはその意見に首を横に振った。
「お褒めいただき光栄至極ですが、残念ながら私では無理ですな。
確かに私は後方において戦略を練ることならば一家言ありますし、他の方々に遅れを取るつもりもございませんぞ。
ですが、私には足りないものがございます。
それは“人望”です。
私は見ての通り胡散臭い人間ですし、新参ですので、他の方から信頼されておりません。
そんな人間が総司令官を務めても誰もついてこないでしょう」
つらつらとロシュクは自分の欠点を述べるが、その中に自慢を挟むのは、彼女らしいなと思いつつ、その言葉にシュウユは耳を傾けた。
「しかし、現状、あなた以上の適任者はいないように思いますが」
「そう言われましても、どだい無理な話ですな。
やはり、リュービを活用すべきです」
ロシュクの意見は結局、リュービの活用へと戻っていった。
リュービを活用すれば、それだけ彼が力をつける機会を得るということ。
それが面白くないシュウユは不服そうにふと視線を落とすと、自分のスマホにメッセージが入っていることに気がついた。
そのメッセージの文面を読むと、シュウユの顔はみるみる表情が柔らかくなっていった。
「ロシュク、どうやらリュービを活用する必要がなくなったようです。
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そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
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