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番外編
番外!後漢学園文化祭!その8[書画]
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うーん、ちょっとした休憩のつもりがリューキョー学園長のすっかり話に聞き入ってしまったな。後、一つか二つくらい行ったら戻ろうか。
「さて、アニキ、次どこ行くんだぜ?」
「そうだなぁ…ソンサクのところと…やはりソウソウのところには行かないとまずいか…」
「えー、ソウソウのとこ行くのかよ」
「まあまあ、チョーヒ。選挙戦は選挙戦、文化祭は文化祭です。
それにソウソウさんからお誘い受けてますし、変に避けるのもよくありませんよ」
「そうだけどよー」
「そうだぞチョーヒ、選挙戦で対立したとはいえ、もう今は関係ないんだから…
とりあえずソンサクのところ先に行こうか」
「アニキ…それは往生際悪いぜ…!」
というわけで、俺たちはソンサクが拠点としている東校舎にやってきた。
「本当は学園長室からならソウソウさんのところの方が近いんですけどね」
「まあ、カンウ、ソウソウんとこ行くぐらいの時間はあるんだし、いいじゃないか」
ここ東校舎では『三国志の書画』と題して、生徒の美術作品を多く展示されている。
「書道の部か。
これはコウショウという人の『天発神讖碑』という作品か。
うん、奔放過ぎず、厳しすぎず、堂々とした立派な字だな、うんうん」
「アニキ、その変なクセのある字が読めるのか?」
「ごめん…適当言った」
「全く、アニキは学がないんだぜ。オレが教えてやるぜ。
あれが“T”、あれが“+”、あれが“=”だぜ。後、あれが砂時計の絵文字であれがコブラの絵文字なんだぜ」
「チョーヒ、兄さんに適当なこと言うのやめなさい」
「いや、さすがに信じちゃいないから」
「ハハハ、相変わらずじゃね、君たちは」
「ソンサク!見てたのか」
俺たちの後ろから声をかけてくれたのは、ツインテールの結び目に大きめのリボンを2つつけ、三日月の髪飾りに、ミニスカートにスパッツ、ブーツ姿のの細身の女生徒・ソンサクであった。
彼女は空手部主将ソンケンの妹としてトータク戦にも参加し(※第7~14話)、選挙戦ではリュウヨウらを破り、今では東校舎最大勢力となり、小覇王と称されている実力者である。(※第21~24話)
「久しぶりじゃね、リュービ。
それとカンウ・チョーヒ…と、その子は誰なん?」
「ああ、この子は…」
「キャハハハハ!
あちしはリューちゃんの隠し子なのだ!」
「ええ!そんなリュービに隠し子が…リュービの隠し子…リュービの隠し子…!」
「だからヒミコちゃん、その冗談やめてよ。
ソンサクも落ち着いてくれ。この子はヒミコちゃんといってたまたま一緒に回ってるだけだよ」
俺はグルグル目で取り乱すソンサクを落ち着けて、なんとか話を戻した。
「コホン、じゃあまあ、気を取り直して…
その『天発神讖碑』には、三国時代の末期、呉の最後の皇帝・孫皓(孫権の孫)によって建てられた碑で、天帝の言葉を刻み、呉の功徳を述べた文章とされているんよ。(つまり呉は神様に選ばれた素晴らしい国みたいな内容)
かなり独特な篆書で書かれてて、内容も神の言葉で解りにくいから、読むんはちょっと難しいかもね」
「しかし、ソンサクさんのところで書画展示って意外ですね。東校舎は体育会系の方が多い印象でしたが」
カンウがソンサクに尋ねる。確かにソンサク陣営は空手部を中核にして、水泳部などの大小の運動部の連合勢力だったはず。書画展は意外な感じだ。
「うん、うちらは体育会系のイメージが強いからね。ここらで東校舎は文化面も強いということをアピールしたくて企画したんよ」
「でも体育会系の生徒はよく納得したね」
「何人かはユーちゃんに任せて、バンドの方に行くことになったんよ。ユーちゃん、音楽好きだからね」
ユーちゃんとはソンサクの幼馴染みのシュウユのことだ。副将兼参謀としてソンサクの戦いに加勢していた。
「まあ、参加生徒が少なくなったから、いくつか東校舎外の生徒からも作品募集することになったんよ。
やっぱり、悔しいけど書道だとソウソウんとこのショーヨーやリュウヒョウんとこのリョウコクが有名じゃからね。
ショーヨーなんてただのショタコンのくせに…ぶつぶつ」
「アニキ、アニキ、実はオレもここに作品を展示してあるんだぜ!ほら!」
「あ、本当だ。作品名にチョーヒ『立馬銘』って書いてあるな。
なになに…『漢將軍飛率精卒萬人大破賊首張郃於八濛立馬勒銘』…確かに立派な字だけど、これ本当にチョーヒが書いた?」
「な、な、なに言ってんだぜアニキ、しょ、正真正銘オレの字だぜ!決して他の奴に書かせたりしてないんぜ!」
「まあ、そういうことにしておくか」
「ハハハ、蜀漢の将軍・張飛は建安二十年(215年)、魏の将軍・張郃を破り、それを記念して崖の岩肌に文字を刻んだんよ。
これを『張飛立馬銘』といい、刻まれた文字は張飛の自筆と伝えられているんじゃけど、信憑性はうーん、どうじゃろ?
まあ、チョーヒの作品の真贋はさておき、ここで三国時代の書の話をするね。
中国での書は、秦(前三世紀頃)漢(前三世紀~三世紀頃)の時代に成熟し、晋(四世紀頃)の時代に完成したと言われとるんよ。三国時代はその中間期にあたるわけじゃね。
秦漢の時代に成熟するのは一つに文房四宝と呼ばれる筆、墨、紙、硯の文具四点が揃ったことも大きな要因じゃろね。
筆は伝説によると秦(前三世紀頃)の将軍の蒙恬が毛筆を作ったと言われ(元々あったものを改良したとも)、墨は古くは漆を使ったようじゃが、漢の時代には固形の墨があったようじゃね。
墨は一説には後漢から魏の時代(三世紀頃)の書家・韋誕が発明したとも言われとるんじゃけど、それより以前からあったようじゃね。でも、韋誕の墨は有名じゃったようじゃから墨作りの名人ではあったようじゃね。
紙誕生以前は竹・木・絹なんかに字を書いとったんじゃけど、前漢時代(前三世紀~一世紀頃)に紙が生まれ、後漢時代に蔡倫によって実用的な蔡侯紙が作られるようになるんよ。
後漢の左伯が更に改良を加えたんじゃけど、紙が一般化するのは晋(四世紀頃)の時代で、三国時代はまだ竹簡(竹を細い板に加工したもの)も一般的に使われていたようじゃね。
硯の詳しい起源はわからんのんじゃけど、漢代(前三世紀~三世紀頃)にはあったようじゃね。おそらく、固形の墨の誕生によってそれを磨る台が必要になって使われるようになったんじゃろうね」
「なるほど、漢の時代には今の書道道具は揃っていたわけか」
「そして古代から三国時代にかけて多くの書体が生まれることになるんじゃね」
「書体というと書道の時間に習う楷書とか草書とかのこと?」
「そうじゃね、それらの代表的な書体はだいたい三国時代頃までには出揃うことになるんよ。
古代の漢字と言えば殷(前十七世紀~前十一世紀)の甲骨文字が有名じゃけど、次の周代(前十一世紀~前三世紀頃)には篆書が一般的に用いられたんじゃけど(大篆)、地域差が次第に激しくなっちゃったから、秦の始皇帝が宰相の李斯に命じて文字の統一を行ったんじゃ(小篆)。これが今、一般的に言われる篆書で、縦長で丸みを帯びた文字が特徴じゃよ。
続いて隷書は伝説によれば秦の程邈の発明とも言われとるんじゃけど、実際は戦国時代(前五世紀~前三世紀)頃から使われだして、漢の時代(前三世紀~三世紀)に主流になるんよ。より書き易くなるよう直線が増えたのが特徴じゃね。
行書は一説には後漢の劉徳昇が作ったとも言われとる字で、隷書をより簡略にした字じゃね。
楷書は隷書を更に整理したもので、劉徳昇の弟子でもあった魏の鍾繇が祖と言われとるね。楷書は唐(七世紀~十世紀頃)の頃に更に発展して、今では最もよく使われる書体になっとるね。
草書は行書をもっと崩した書体で、一説には後漢の杜度によって始められたとも言われとるけど、よくわからんようじゃね」
「そうして生まれた書体は次の晋の時代(四世紀頃)に受け継がれ、“書聖”と讃えられた王羲之を生み、晋の字は中国の歴史の中において最高峰と言われました。
その王羲之も後漢の蔡邕や魏の鍾繇の書を学んだと言われているので、三国時代の書はしっかり受け継がれているわけですね」
ソンサクの話に割って入ってきたのは金髪の長い髪に、透き通るような白い肌、西洋人形のような整った目鼻立ちで、頭には黒いレースのついた帯飾りをつけ、フリルのついた黒いロングスカートに黒いハイヒールといったゴスロリ風の衣裳を着た美女、ユーちゃんことソンサクの幼馴染みのシュウユだ。
「ユーちゃん、いつの間に!
てか、うちの話とらんでよ」
「ふふ、ごめんなさい」
「ユーちゃん、バンドの方はいいの?」
「ええ、本番まで時間があるのでこちらの様子を見に来ました。
お久しぶりです、リュービさん、それにカンウさんとチョーヒさん、そちらの方が隠し子のヒミコちゃんでしたね」
「キャハハハハ
あちし隠し子なのだー!」
「シュウユ、もしかして最初から聞いてた?」
「サクちゃん(ソンサク)の邪魔にならないようにと思いまして。
リュービさん、もしサクちゃんを悲しませるようなことを本当にしたら、私許しませんからね」
「は、はい…」
「それでは私からも少し三国時代の著名な能書家(書の名人)の話をしておきましょうか。
後漢末の皇帝・霊帝は書道を好み、書の名人を何人も召し抱えたそうです。
その第一人者を師宜官といい、隷書に巧みでした。
そして彼の技法を研究し、曹操より師宜官以上の名人と言われたのが、梁鵠で、魏の宮殿の題字は全て梁鵠の書だったそうです。
行書の産みの親とも言われる後漢の劉徳昇には、魏の鍾繇や胡昭が弟子となりました。
さらにその鍾繇には宋翼が弟子となり、その書法を伝えたそうです。
後漢時代には他に、草書の名人に杜度や崔瑗、張芝がいて、また篆書には曹喜や彼の書法を取り入れ、隷書にも巧みであった蔡邕らが有名ですね。
魏には曹喜から学び、古文(秦以前の字体)にも精通した邯鄲淳(演芸の話に出てきた人物と同一)、その邯鄲淳や張芝の教えを受けた、墨作りの名人でもある韋誕、全ての書体に巧みであったという衛覬らがいます。
また呉には杜度の流れを組む皇象が達人と言われ、八絶(八人の絶妙な技術の持主。他に呉範(風占い)、劉惇(天文占い)、趙達(算術占い)、厳武(囲碁)、宋寿(夢占い)、曹不興(絵画)、鄭嫗(人相見)がいる)の一人に数えられています」
「呉には書の名人はあまりいない?」
「リュービ、そんなことないんよ。
今回の展示にも隷書に巧みなチョウショウさんや、楷書・篆書に優れたチョウコウさんの作品も展示してあるし」
「本当だ。チョウコウさんの作品は漢詩か。これはなんて書いてあるの?」
「枕の詩じゃね」
「え?」
「だから愛用の枕が素晴らしいって詩じゃって」
「ああ、そう」
「呉の政治家・張昭(飲料の話に出てきた人物と同一)、張紘はともに書道が上手かったそうです。
さらに張紘は詩・賦(韻文を用いた詩の一種)などにも長け、ザクロの木で出来た枕の木目の面白さで賦を作り、その賦を通じて魏の陳琳(張紘とは同郷であった)と交流を持ったそうです。
チョウショウ・チョウコウの二人は五章から本格登場するので楽しみにお待ちください」
「シュウユ、今宣伝しなかった?」
「ふふ、なんのことでしょうか。
では、次は絵画のコーナーに行ってみましょう」
なんか誤魔化された気もするが、俺たちは隣の絵画コーナーに移動した。
「でかい屏風に赤い龍の絵が描かれているね。まるで生きてるみたいだ。
ん、絵の端にハエがいるな、シッシッ」
「兄さん、それ絵ですよ」
「え!あ、ホントだ…」
「アニキ~しっかりしてくれだぜ」
「はは、リュービはそそっかしいね
その絵の作者のソウフコウはなんでも誤って筆を落としちゃったからそのままハエの絵にしちゃったらしいよ」
「キャハハハハ
リューちゃん、カッコ悪いのだ!」
「う、面目無い…」
俺の赤面している横でシュウユは解説を始めてくれた。
「中国では古来より書画同源、元々絵から発展した象形文字である漢字と絵はその起源を同じくすると考えられており、その書法には通じるものがあるとされてきました。
三国時代までのよく描かれた題材は、第一に人物画、これは肖像画だけでなく、風俗画や歴史的な出来事など幅広く含まれました。
次に花鳥画、動植物を描いた絵ですね。これらが主な題材ですね。
中国画というと山水画なども有名ですが、それらが描かれるのはもう少し後の時代になります」
「でも、三国時代までの中国の絵は、壁画や器物の模様、出土資料なんかで一部が残ってるぐらいで、唐(七世紀~十世紀頃)の時代に書かれた『歴代名画記』という本には三国時代の有名能画家(絵の名人)が何人も載っとるんじゃけど、絵の題名ばかりで作品そのものは残ってないんよ」
「そっか、はるか昔の戦乱の時代だから仕方ないのかもしれないけど、残念だね」
「その『歴代名画記』によると三国志ゆかりの絵を描いた人物としては、後漢からは董卓のもとで太僕(車馬を担当する大臣)に就任した政治家の趙岐、大学者の蔡邕、霊帝の招いた画家の劉旦・楊魯らの名があがってます。
魏からは四代皇帝の曹髦(曹操のひ孫)、「鶏肋」の故事で知られる俊才・楊脩、曹爽(曹操の一族)一派の桓範、孔明の北伐の時涼州(現甘粛省、寧夏回族自治区あたり)を守った徐邈(飲料の話に出てきた人物と同一)の名が、
呉からは八絶(前述)の一人・曹不興、孫権の側室・趙夫人(兄は八絶の一人趙達)。
蜀漢からは宰相の諸葛孔明(名は亮、孔明は字)とその子の諸葛瞻。
晋からは魏の政治家・荀彧の一族・荀勗らの名前があげられていますね」
「蔡邕はさっきの書道でも名前があがっていたね」
「諸葛瞻も書画に巧みだったって話じゃし、歴史上書画ともに高名な人物が何人もおるようじゃね。
この辺りも書画同源と言われる由縁かも知れんね」
「他に絵の逸話だと、魏の徐邈が魚の絵を描き、川の岸部にかけておくと本物と思ってカワウソが集まってきた話や、呉の曹不興が失敗した跡をハエに変えて孫権が本物と思って払おうとした話、趙夫人は刺繍でもって見事な龍や鳳凰、風景画を描き、針絶と讃えられた話なんかが残ってますね」
「この中で一番の有名人だと諸葛孔明かな。
何の絵描いてるの?」
「なんでも南蛮(南方の異民族やその居住地域)に『夷図』という南蛮の風俗を描いた絵を贈ったそうじゃね」
「諸葛孔明は輸送用に改良された荷車の木牛流馬や弩(発射装置のついた弓)を連射式に改良した連弩などの多くの発明品があります。
その設計図は残されていませんが、もしかしたら当時は自身で図面も描いていたのかも知れませんね」
「そうか、蜀漢の諸葛孔明は絵も描けて発明も得意なのか。
いやぁ、さっきの能書家に蜀漢の名前があがらなかったからちょっと心配だったんだよね」
「そうですね、兄さん。
その子の諸葛瞻は書画も上手ということは書も得意なんでしょうし。
蜀漢の名前が出ないと寂しいですからね。私たちとは関係ないはずなんですけど」
「そうだぜ、やっぱり蜀漢の名前聞かないと寂しいぜ!
オレたちと関係ないけどな!」
「そうだね、やっぱり蜀漢の名前を聞くと嬉しいね。
現代っ子の俺たちにはなんの関係もないけどね」
「リュ、リュービ、呉にも発明の得意な人物がおるんよ。
呉の葛衡は機械にも天文にも詳しかったから、渾天儀と呼ばれる天球儀を作ったそうなんよ。
これは大地の模型の上に天体の模型が並び、機械を動かすと空の星の動きを再現するというものだったそうなんよ」
「サクちゃん、そんな対抗しなくても。私たちと三国志の呉は関係ないんですよ。
そういえば魏にも馬鈞という発明家がいたそうです。
彼は磁石の力を使わず常に南を指し示す指南車や、綱渡りや逆立ち、楽器の演奏を演じるカラクリ人形、諸葛孔明の作った連弩の改良なんかをやったそうですよ」
「ユーちゃん、なんで魏の話するんよ~裏切り者~」
「いや、ですから私たちと三国志は関係ありませんよ」
「さて、アニキ、次どこ行くんだぜ?」
「そうだなぁ…ソンサクのところと…やはりソウソウのところには行かないとまずいか…」
「えー、ソウソウのとこ行くのかよ」
「まあまあ、チョーヒ。選挙戦は選挙戦、文化祭は文化祭です。
それにソウソウさんからお誘い受けてますし、変に避けるのもよくありませんよ」
「そうだけどよー」
「そうだぞチョーヒ、選挙戦で対立したとはいえ、もう今は関係ないんだから…
とりあえずソンサクのところ先に行こうか」
「アニキ…それは往生際悪いぜ…!」
というわけで、俺たちはソンサクが拠点としている東校舎にやってきた。
「本当は学園長室からならソウソウさんのところの方が近いんですけどね」
「まあ、カンウ、ソウソウんとこ行くぐらいの時間はあるんだし、いいじゃないか」
ここ東校舎では『三国志の書画』と題して、生徒の美術作品を多く展示されている。
「書道の部か。
これはコウショウという人の『天発神讖碑』という作品か。
うん、奔放過ぎず、厳しすぎず、堂々とした立派な字だな、うんうん」
「アニキ、その変なクセのある字が読めるのか?」
「ごめん…適当言った」
「全く、アニキは学がないんだぜ。オレが教えてやるぜ。
あれが“T”、あれが“+”、あれが“=”だぜ。後、あれが砂時計の絵文字であれがコブラの絵文字なんだぜ」
「チョーヒ、兄さんに適当なこと言うのやめなさい」
「いや、さすがに信じちゃいないから」
「ハハハ、相変わらずじゃね、君たちは」
「ソンサク!見てたのか」
俺たちの後ろから声をかけてくれたのは、ツインテールの結び目に大きめのリボンを2つつけ、三日月の髪飾りに、ミニスカートにスパッツ、ブーツ姿のの細身の女生徒・ソンサクであった。
彼女は空手部主将ソンケンの妹としてトータク戦にも参加し(※第7~14話)、選挙戦ではリュウヨウらを破り、今では東校舎最大勢力となり、小覇王と称されている実力者である。(※第21~24話)
「久しぶりじゃね、リュービ。
それとカンウ・チョーヒ…と、その子は誰なん?」
「ああ、この子は…」
「キャハハハハ!
あちしはリューちゃんの隠し子なのだ!」
「ええ!そんなリュービに隠し子が…リュービの隠し子…リュービの隠し子…!」
「だからヒミコちゃん、その冗談やめてよ。
ソンサクも落ち着いてくれ。この子はヒミコちゃんといってたまたま一緒に回ってるだけだよ」
俺はグルグル目で取り乱すソンサクを落ち着けて、なんとか話を戻した。
「コホン、じゃあまあ、気を取り直して…
その『天発神讖碑』には、三国時代の末期、呉の最後の皇帝・孫皓(孫権の孫)によって建てられた碑で、天帝の言葉を刻み、呉の功徳を述べた文章とされているんよ。(つまり呉は神様に選ばれた素晴らしい国みたいな内容)
かなり独特な篆書で書かれてて、内容も神の言葉で解りにくいから、読むんはちょっと難しいかもね」
「しかし、ソンサクさんのところで書画展示って意外ですね。東校舎は体育会系の方が多い印象でしたが」
カンウがソンサクに尋ねる。確かにソンサク陣営は空手部を中核にして、水泳部などの大小の運動部の連合勢力だったはず。書画展は意外な感じだ。
「うん、うちらは体育会系のイメージが強いからね。ここらで東校舎は文化面も強いということをアピールしたくて企画したんよ」
「でも体育会系の生徒はよく納得したね」
「何人かはユーちゃんに任せて、バンドの方に行くことになったんよ。ユーちゃん、音楽好きだからね」
ユーちゃんとはソンサクの幼馴染みのシュウユのことだ。副将兼参謀としてソンサクの戦いに加勢していた。
「まあ、参加生徒が少なくなったから、いくつか東校舎外の生徒からも作品募集することになったんよ。
やっぱり、悔しいけど書道だとソウソウんとこのショーヨーやリュウヒョウんとこのリョウコクが有名じゃからね。
ショーヨーなんてただのショタコンのくせに…ぶつぶつ」
「アニキ、アニキ、実はオレもここに作品を展示してあるんだぜ!ほら!」
「あ、本当だ。作品名にチョーヒ『立馬銘』って書いてあるな。
なになに…『漢將軍飛率精卒萬人大破賊首張郃於八濛立馬勒銘』…確かに立派な字だけど、これ本当にチョーヒが書いた?」
「な、な、なに言ってんだぜアニキ、しょ、正真正銘オレの字だぜ!決して他の奴に書かせたりしてないんぜ!」
「まあ、そういうことにしておくか」
「ハハハ、蜀漢の将軍・張飛は建安二十年(215年)、魏の将軍・張郃を破り、それを記念して崖の岩肌に文字を刻んだんよ。
これを『張飛立馬銘』といい、刻まれた文字は張飛の自筆と伝えられているんじゃけど、信憑性はうーん、どうじゃろ?
まあ、チョーヒの作品の真贋はさておき、ここで三国時代の書の話をするね。
中国での書は、秦(前三世紀頃)漢(前三世紀~三世紀頃)の時代に成熟し、晋(四世紀頃)の時代に完成したと言われとるんよ。三国時代はその中間期にあたるわけじゃね。
秦漢の時代に成熟するのは一つに文房四宝と呼ばれる筆、墨、紙、硯の文具四点が揃ったことも大きな要因じゃろね。
筆は伝説によると秦(前三世紀頃)の将軍の蒙恬が毛筆を作ったと言われ(元々あったものを改良したとも)、墨は古くは漆を使ったようじゃが、漢の時代には固形の墨があったようじゃね。
墨は一説には後漢から魏の時代(三世紀頃)の書家・韋誕が発明したとも言われとるんじゃけど、それより以前からあったようじゃね。でも、韋誕の墨は有名じゃったようじゃから墨作りの名人ではあったようじゃね。
紙誕生以前は竹・木・絹なんかに字を書いとったんじゃけど、前漢時代(前三世紀~一世紀頃)に紙が生まれ、後漢時代に蔡倫によって実用的な蔡侯紙が作られるようになるんよ。
後漢の左伯が更に改良を加えたんじゃけど、紙が一般化するのは晋(四世紀頃)の時代で、三国時代はまだ竹簡(竹を細い板に加工したもの)も一般的に使われていたようじゃね。
硯の詳しい起源はわからんのんじゃけど、漢代(前三世紀~三世紀頃)にはあったようじゃね。おそらく、固形の墨の誕生によってそれを磨る台が必要になって使われるようになったんじゃろうね」
「なるほど、漢の時代には今の書道道具は揃っていたわけか」
「そして古代から三国時代にかけて多くの書体が生まれることになるんじゃね」
「書体というと書道の時間に習う楷書とか草書とかのこと?」
「そうじゃね、それらの代表的な書体はだいたい三国時代頃までには出揃うことになるんよ。
古代の漢字と言えば殷(前十七世紀~前十一世紀)の甲骨文字が有名じゃけど、次の周代(前十一世紀~前三世紀頃)には篆書が一般的に用いられたんじゃけど(大篆)、地域差が次第に激しくなっちゃったから、秦の始皇帝が宰相の李斯に命じて文字の統一を行ったんじゃ(小篆)。これが今、一般的に言われる篆書で、縦長で丸みを帯びた文字が特徴じゃよ。
続いて隷書は伝説によれば秦の程邈の発明とも言われとるんじゃけど、実際は戦国時代(前五世紀~前三世紀)頃から使われだして、漢の時代(前三世紀~三世紀)に主流になるんよ。より書き易くなるよう直線が増えたのが特徴じゃね。
行書は一説には後漢の劉徳昇が作ったとも言われとる字で、隷書をより簡略にした字じゃね。
楷書は隷書を更に整理したもので、劉徳昇の弟子でもあった魏の鍾繇が祖と言われとるね。楷書は唐(七世紀~十世紀頃)の頃に更に発展して、今では最もよく使われる書体になっとるね。
草書は行書をもっと崩した書体で、一説には後漢の杜度によって始められたとも言われとるけど、よくわからんようじゃね」
「そうして生まれた書体は次の晋の時代(四世紀頃)に受け継がれ、“書聖”と讃えられた王羲之を生み、晋の字は中国の歴史の中において最高峰と言われました。
その王羲之も後漢の蔡邕や魏の鍾繇の書を学んだと言われているので、三国時代の書はしっかり受け継がれているわけですね」
ソンサクの話に割って入ってきたのは金髪の長い髪に、透き通るような白い肌、西洋人形のような整った目鼻立ちで、頭には黒いレースのついた帯飾りをつけ、フリルのついた黒いロングスカートに黒いハイヒールといったゴスロリ風の衣裳を着た美女、ユーちゃんことソンサクの幼馴染みのシュウユだ。
「ユーちゃん、いつの間に!
てか、うちの話とらんでよ」
「ふふ、ごめんなさい」
「ユーちゃん、バンドの方はいいの?」
「ええ、本番まで時間があるのでこちらの様子を見に来ました。
お久しぶりです、リュービさん、それにカンウさんとチョーヒさん、そちらの方が隠し子のヒミコちゃんでしたね」
「キャハハハハ
あちし隠し子なのだー!」
「シュウユ、もしかして最初から聞いてた?」
「サクちゃん(ソンサク)の邪魔にならないようにと思いまして。
リュービさん、もしサクちゃんを悲しませるようなことを本当にしたら、私許しませんからね」
「は、はい…」
「それでは私からも少し三国時代の著名な能書家(書の名人)の話をしておきましょうか。
後漢末の皇帝・霊帝は書道を好み、書の名人を何人も召し抱えたそうです。
その第一人者を師宜官といい、隷書に巧みでした。
そして彼の技法を研究し、曹操より師宜官以上の名人と言われたのが、梁鵠で、魏の宮殿の題字は全て梁鵠の書だったそうです。
行書の産みの親とも言われる後漢の劉徳昇には、魏の鍾繇や胡昭が弟子となりました。
さらにその鍾繇には宋翼が弟子となり、その書法を伝えたそうです。
後漢時代には他に、草書の名人に杜度や崔瑗、張芝がいて、また篆書には曹喜や彼の書法を取り入れ、隷書にも巧みであった蔡邕らが有名ですね。
魏には曹喜から学び、古文(秦以前の字体)にも精通した邯鄲淳(演芸の話に出てきた人物と同一)、その邯鄲淳や張芝の教えを受けた、墨作りの名人でもある韋誕、全ての書体に巧みであったという衛覬らがいます。
また呉には杜度の流れを組む皇象が達人と言われ、八絶(八人の絶妙な技術の持主。他に呉範(風占い)、劉惇(天文占い)、趙達(算術占い)、厳武(囲碁)、宋寿(夢占い)、曹不興(絵画)、鄭嫗(人相見)がいる)の一人に数えられています」
「呉には書の名人はあまりいない?」
「リュービ、そんなことないんよ。
今回の展示にも隷書に巧みなチョウショウさんや、楷書・篆書に優れたチョウコウさんの作品も展示してあるし」
「本当だ。チョウコウさんの作品は漢詩か。これはなんて書いてあるの?」
「枕の詩じゃね」
「え?」
「だから愛用の枕が素晴らしいって詩じゃって」
「ああ、そう」
「呉の政治家・張昭(飲料の話に出てきた人物と同一)、張紘はともに書道が上手かったそうです。
さらに張紘は詩・賦(韻文を用いた詩の一種)などにも長け、ザクロの木で出来た枕の木目の面白さで賦を作り、その賦を通じて魏の陳琳(張紘とは同郷であった)と交流を持ったそうです。
チョウショウ・チョウコウの二人は五章から本格登場するので楽しみにお待ちください」
「シュウユ、今宣伝しなかった?」
「ふふ、なんのことでしょうか。
では、次は絵画のコーナーに行ってみましょう」
なんか誤魔化された気もするが、俺たちは隣の絵画コーナーに移動した。
「でかい屏風に赤い龍の絵が描かれているね。まるで生きてるみたいだ。
ん、絵の端にハエがいるな、シッシッ」
「兄さん、それ絵ですよ」
「え!あ、ホントだ…」
「アニキ~しっかりしてくれだぜ」
「はは、リュービはそそっかしいね
その絵の作者のソウフコウはなんでも誤って筆を落としちゃったからそのままハエの絵にしちゃったらしいよ」
「キャハハハハ
リューちゃん、カッコ悪いのだ!」
「う、面目無い…」
俺の赤面している横でシュウユは解説を始めてくれた。
「中国では古来より書画同源、元々絵から発展した象形文字である漢字と絵はその起源を同じくすると考えられており、その書法には通じるものがあるとされてきました。
三国時代までのよく描かれた題材は、第一に人物画、これは肖像画だけでなく、風俗画や歴史的な出来事など幅広く含まれました。
次に花鳥画、動植物を描いた絵ですね。これらが主な題材ですね。
中国画というと山水画なども有名ですが、それらが描かれるのはもう少し後の時代になります」
「でも、三国時代までの中国の絵は、壁画や器物の模様、出土資料なんかで一部が残ってるぐらいで、唐(七世紀~十世紀頃)の時代に書かれた『歴代名画記』という本には三国時代の有名能画家(絵の名人)が何人も載っとるんじゃけど、絵の題名ばかりで作品そのものは残ってないんよ」
「そっか、はるか昔の戦乱の時代だから仕方ないのかもしれないけど、残念だね」
「その『歴代名画記』によると三国志ゆかりの絵を描いた人物としては、後漢からは董卓のもとで太僕(車馬を担当する大臣)に就任した政治家の趙岐、大学者の蔡邕、霊帝の招いた画家の劉旦・楊魯らの名があがってます。
魏からは四代皇帝の曹髦(曹操のひ孫)、「鶏肋」の故事で知られる俊才・楊脩、曹爽(曹操の一族)一派の桓範、孔明の北伐の時涼州(現甘粛省、寧夏回族自治区あたり)を守った徐邈(飲料の話に出てきた人物と同一)の名が、
呉からは八絶(前述)の一人・曹不興、孫権の側室・趙夫人(兄は八絶の一人趙達)。
蜀漢からは宰相の諸葛孔明(名は亮、孔明は字)とその子の諸葛瞻。
晋からは魏の政治家・荀彧の一族・荀勗らの名前があげられていますね」
「蔡邕はさっきの書道でも名前があがっていたね」
「諸葛瞻も書画に巧みだったって話じゃし、歴史上書画ともに高名な人物が何人もおるようじゃね。
この辺りも書画同源と言われる由縁かも知れんね」
「他に絵の逸話だと、魏の徐邈が魚の絵を描き、川の岸部にかけておくと本物と思ってカワウソが集まってきた話や、呉の曹不興が失敗した跡をハエに変えて孫権が本物と思って払おうとした話、趙夫人は刺繍でもって見事な龍や鳳凰、風景画を描き、針絶と讃えられた話なんかが残ってますね」
「この中で一番の有名人だと諸葛孔明かな。
何の絵描いてるの?」
「なんでも南蛮(南方の異民族やその居住地域)に『夷図』という南蛮の風俗を描いた絵を贈ったそうじゃね」
「諸葛孔明は輸送用に改良された荷車の木牛流馬や弩(発射装置のついた弓)を連射式に改良した連弩などの多くの発明品があります。
その設計図は残されていませんが、もしかしたら当時は自身で図面も描いていたのかも知れませんね」
「そうか、蜀漢の諸葛孔明は絵も描けて発明も得意なのか。
いやぁ、さっきの能書家に蜀漢の名前があがらなかったからちょっと心配だったんだよね」
「そうですね、兄さん。
その子の諸葛瞻は書画も上手ということは書も得意なんでしょうし。
蜀漢の名前が出ないと寂しいですからね。私たちとは関係ないはずなんですけど」
「そうだぜ、やっぱり蜀漢の名前聞かないと寂しいぜ!
オレたちと関係ないけどな!」
「そうだね、やっぱり蜀漢の名前を聞くと嬉しいね。
現代っ子の俺たちにはなんの関係もないけどね」
「リュ、リュービ、呉にも発明の得意な人物がおるんよ。
呉の葛衡は機械にも天文にも詳しかったから、渾天儀と呼ばれる天球儀を作ったそうなんよ。
これは大地の模型の上に天体の模型が並び、機械を動かすと空の星の動きを再現するというものだったそうなんよ」
「サクちゃん、そんな対抗しなくても。私たちと三国志の呉は関係ないんですよ。
そういえば魏にも馬鈞という発明家がいたそうです。
彼は磁石の力を使わず常に南を指し示す指南車や、綱渡りや逆立ち、楽器の演奏を演じるカラクリ人形、諸葛孔明の作った連弩の改良なんかをやったそうですよ」
「ユーちゃん、なんで魏の話するんよ~裏切り者~」
「いや、ですから私たちと三国志は関係ありませんよ」
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