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第1部 黄巾の乱編
第4話 桃園!三兄妹の誓い
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俺たちは赤黒い髪と瞳の女生徒・ソウソウに案内されて風紀委員の委員会室に通された。
二、三百人くらいが優に入りそうなくらいの大きな教室に、机椅子は俺たちを取り囲むように並べられ、さながら尋問でもされる状態だ。そして、俺たちの真正面を見据える椅子に腰掛けるのは、他ならぬソウソウ本人であった。
だが、舞台は整った。
今回の不良グループ・黄巾党と風紀委員の戦いを終わらせる最初で最後のチャンスがここだ! ここしかない!
俺はチョウカクが責任を取るつもりがある旨を、ソウソウに伝えた。
「なるほど、リュービ。
黄巾党のボスであるチョウカク一人の処分で今回の騒動を収めろと言うのだな」
俺の話を一通り聞いたソウソウは、ゆっくりと落ち着いた口調で、腕を組み考える素振りを見せながら、そう語った。
うーん、ただでさえ、胸を大きく開けた際どい格好をしているのに、胸の下で腕を組まれて強調されては、目のやり場に困るな。いや、ここは真面目にしなければ……
しかし、対面して改めてわかるが、彼女の威圧感は半端じゃない。一つでも選択肢を誤れば次はない。言葉ではそう語らずとも、彼女の威圧がそう語っていた。
彼女は俺と同じ高校一年生ということなのだが、本当に同い年なのか。歳を誤魔化しているんじゃないかと思えるほど、彼女の存在は異質であった。これが俺と彼女の実力の差というものなのだろう。
同じ十五、六年の年数を重ねたはずなのに、人間、ここまで差が出るものなのか。
だが、この威圧感に負け、下手に出れば、おそらくその時点で交渉は決裂する。
俺は気持ちを奮い立たせ、表面を取り繕い、なんとか対等の体を装い、交渉を進めた。
チョウカクの身の上を伝えた俺は、さらに提案を加えた。
「チョウカクは自らの退学も辞さない覚悟だが、もし、彼女一人に責任を取らせ、退学にすれば、彼女を慕う他の黄巾党の連中は黙っていないだろう。
そうなれば事態はもっと大事になるし、無関係な生徒にも被害が出るかもしれない。
だから、ここはチョウカクの自宅謹慎くらいで止めておいてはどうだろうか?」
黄巾党の連中はどうやらボスであるチョウカクを強く慕っているようだ。
その彼女が退学となれば、例え他の黄巾党の退学が免除になっても、彼らは納得しないだろう。全員退学なんて事態は避けたいが、かと言って黄巾党の彼らが納得しない案を採用させるわけにもいかない。
黄巾党の暴発を避ける形で、どうにか決着をつけたい。
「リュービ、君の意見はわかった」
ソウソウは重々しくそう言うと、一拍おいてさらに話を続けた。
「だが、自宅謹慎といえども罰は罰。
チョウカクを罰して、他の黄巾党の連中が納得する保証もなし。
それに黄巾党の連中が、チョウカクの自宅に屯すれば、ただ本拠地が移っただけで、状況は何も変わらない。
それでもお前は自宅謹慎が最良の案と思うのか」
ソウソウの逐一ごもっともな指摘に、俺は声にならないうめき声を上げる。
自宅謹慎と提案してみたものの、こう言われてはとても最良とは言えない。しかし、代案がポンと浮かんでくるわけでもない。
音を上げた俺は、情けないとは思いつつ、すがる気持ちでソウソウに訊ねた。
「ソウソウ、君だって事態を悪化させたいわけじゃないだろう。
何か他に良い案はないだろうか?
チョウカクたちを退学させずに、彼女たちが黄巾党と一時的にでも距離が取れればいいんだ。
彼らもチョウカクたちと切り離せば、結束が弱まり、大規模な行動には出れないと思うんだ」
「そんな都合のいい話があるか!」
ソウソウの一喝を喰らい、俺はひたすら縮こまる。
そうだよな、話し合いの場を設けてくれと頼んでおいて、何か良い案がないかなんて聞いたら、そりゃ、怒るに決まってる。
俺はソウソウの圧を真正面から受けることとなった。
本当に目の前にいるのは同い年の女子高生なのだろうか? 親や先生に怒られた時でもここまでの威圧は感じなかった。さすが、一年生にして風紀委員の委員長を務めるだけのことはある。あれ? 風紀委員“長”では無いんだっけ? じゃあ、風紀委員長って誰だ?
俺はそれとなく周囲を見渡すが、百人以上はいるであろうこの場に列席している風紀委員は、誰も彼もがソウソウより前に出ようとはしない。聞けば百人が百人、今目の前にいる腕を組み、ふんぞり返っている女生徒がこの場のトップと判断し、それ以上の地位の人物がいると思う者はいないだろう。そんな彼女が風紀委員長じゃないとすれば、誰が風紀委員長なんてやれるのか。
そんなことを考えていると、後ろからお団子ヘアーの俺の仲間・チョーヒらのヒソヒソ話が聞こえてきた。
「なぁなぁ、カンウ。
なんでソウソウって風紀委員のボスみたいに振る舞ってんだぜ?
あいつ風紀委員長じゃないよな?」
「そうですね。風紀委員長ではなかったはずですが……風紀委員長は誰でしたかね?」
訊ねられた黒髪の美少女・カンウも、風紀委員長は知らないようで、全く名が出る気配がない。
しかし、やはり、ソウソウは風紀委員長ではなかったのか。
一体、誰が風紀委員長なんだ! 一年生のソウソウに仕切らせるなよ! どんな人か知らないけれど、ソウソウと対峙するよりはやりやすかったんじゃなかろうか。
俺は自分の不甲斐なさを棚に上げ、この場にいない風紀委員長に腹を立てた。
「おい、そこ聞こえているぞ!」
ソウソウの声がピシャリと響く。
ソウソウの声は格別大きくはないがよく透る。こんな静かな場なら尚更だ。
ソウソウは後のカンウ・チョーヒに向けて言ったのだろうが、同じことを考えていた手前、俺も一緒に怒られた気分だ。
二人の話を聞いたソウソウは、何か思うことがあったのか、突然、立ち上がった。
「そうか、風紀委員長か……
風紀委員長は今は訳あって空席なんだが……そうだな、風紀委員長がいたな。
せっかくだ。この件は風紀委員長に後を任せるとしよう」
ソウソウは後ろの生徒に何やら伝えると、数枚の用紙を手に、再び席へと戻ってきた。
「お前たちはまだ一年生だから知らんだろうが、我が学園では毎年、姉妹校との交流のため、何名かの交換生徒を互いに送り合うこととなっている。
そして、風紀委員からも三名ほど選出して欲しいと生徒会から言われているのだよ」
ソウソウから提案された姉妹校への交換生徒の話。俺はそれを聞くとすぐに飛びついた。
「それだよ、ソウソウ!
その交換生徒にチョウカクたちを選べば、不名誉ではないから黄巾党が暴動も起こすことはないし、しばらく黄巾党とも引き離せて、事態の鎮静化を図れる!
それで今回の事件は解決だ!」
これで解決だと喜ぶ俺に、ソウソウからの怒声が飛ぶ。
「ふざけているのか、リュービ!
交換生徒は言わば学校の顔。
そんな枠に不良グループのボスを任命なんて出来ると思うのか? 学園の恥晒しだ!」
「それはそうかもしれないけど……」
ソウソウに怒られて、俺は言葉を詰まらせる。
使えないなら、今、この場で交換生徒の話なんてしないで欲しい。糠喜びもいいところだ。
いよいよ、怒られ過ぎて、言葉も出なくなった俺も見て、ソウソウは悪趣味な笑みを浮かべて、話始めた。
「……黄巾党のボスなんて到底、交換生徒として送り出すことはできない。
だが、“風紀委員長”であれば、交換生徒として充分、面目が保てるだろうな。
どうだろうか?
“風紀委員長・チョウカク殿”」
え?
俺はソウソウの言葉が一瞬、理解出来ず、自分の耳を疑った。思わず後ろを振り返ったが、カンウ・チョーヒも話が飲み込めていないようで、疑問符を浮かべてる。
しかし、名前が出た当のチョウカクは、全く驚いた様子を見せていない。それはつまり、ソウソウの話が真実であるということだ。
「え、えーと?
風紀委員長ってチョウカクだったの?」
俺はなんとか飲み込んで訊ねたが、思わず馬鹿みたいな聞き方をしてしまった。
そして、俺の疑問を、ソウソウはニヤリと笑いながらも答えてくれた。
「ああ、そうだ。
そこにいるチョウカクは風紀委員長でありながら、不良グループのボスになった不届き者だ」
そう言いながらソウソウは、俺たちのところまで歩いて来て、俺の後ろにいる黄巾党のボス……いや、風紀委員長・チョウカクに交換生徒の用紙を差し出した。
チョウカクはその言葉に頷きながら、用紙を受け取った。
「なるほど、誰も退学にならず、黄巾党とも距離が取れる方法か。
私一人では、とても思いつかなかっただろう。
ソウソウ、願わくば残り二枠も、私の妹弟のチョウホウ・チョウリョウに与えてはくれないだろうか」
「言っただろう。黄巾党のボスを交換生徒にはしない、と。
だが、風紀委員長の縁者となれば、特別に認めてやらんこともない」
ソウソウはさらにニ枚の用紙をチョウカクに手渡した。
「チョウカク・チョウホウ・チョウリョウ!
お前たちチョウ三姉弟に姉妹校・西涼高校への交換生徒を命じる!
あそこは荒くれ者が多い。
せいぜい苦労しろ」
そう語るソウソウは、既にニヤケ顔は終わり、白面のしかめっ面に戻ってはいたが、その表情はどこか嬉しそうに俺には見えた。
「我ら三姉弟、慎んでお受けしよう。
……ソウソウ、ありがとう」
チョウカクは深々と頭を下げ、ソウソウに礼を述べた。
「ふん、私は風紀委員の面汚しの委員長を追い出しただけだ。
さあ、話は片付いた。お前らは帰れ」
風紀委員長の正体には驚かされたが、これにて事件は一件落着。チョウカクたちは交換生徒としてしばらくは学園から離れるが、一人の退学者も出さず、平和的に解決することができた。
もう少し余韻に浸っていたいところだが、ソウソウに帰れと急かされて、俺たちはやむなく部屋を後にする。
だが、俺が教室を出ようとした時、ソウソウに呼び止められた。
「リュービ、余計なことをしてくれたな。
上手く行けば黄巾《こうきん》の不良どもを一掃できたというのに……」
悪態をつくソウソウだが、あれだけ助け舟を出してくれた彼女のことだ。本心ではないだろう……多分。
「でも、やっぱり退学者が出ないに越したことはないよ。
平和的に解決したんだから良かったじゃない」
「解決か、お前はあまり役には立たなかったがな」
ソウソウは表情一つ変えず、痛いところを指摘してくる。
「う、それは……
話し合おうなんて威勢のいいこと言って申し訳ない……」
ただただ恐縮しきりの俺を見て、一瞬、ソウソウはフッと笑った……ように見えた。
「お前の意思は買おう。
だが、今のお前では何も変えられない。
変えたいと思うなら、そうだな、生徒会長でも目指せ」
ソウソウはサラリと“生徒会長”の単語を出す。しかし、この学園の生徒会長といえば、一万人の全校生徒の頂点に立つ存在だ。その権力は他の学園の生徒会長の比ではなく、それ故に見合った能力を求められる。少しくらい人気者だとか、優等生だとかで選ばれるようなものじゃない。気軽に言わないで欲しいものだ。
「冗談はやめてくれよ。
生徒会長なんて、俺なんかが目指してなれるようなもんじゃないだろう。
なれるとしたら、おそらく、君みたいな人だよ」
「私が生徒会長か。
ふむ……なれんこともないか」
そんな雲の上の存在である生徒会長になれると言われ、あっさり受け止めてしまえる辺り、やはり、このソウソウという人はさすがとしか言えない。人として根本的に違うんだろうな。この人なら本当に生徒会長になってしまうかもしれない。
「もし、私が生徒会長になった暁には……
リュービ、君を役員にしてやろうか?」
本当にこの人はサラリととんでもないことを言う。
「勘弁してくれよ。
もっと向いてる人にしてくれ」
「フッ、ではな、リュービ。
また会うこともあるだろう」
「今度は面倒事無しで会いたいね」
ソウソウとの話も終え、これで本当に一件落着。
一人出遅れた俺は、風紀委員の教室のあった校舎を後にして、自身の校舎に戻ろうと中庭を抜けた。
その道すがら、満開の桜の木々が目に入り、思わず足を止めた。
思えば、入学してまだ間もないのに、黄巾の乱に巻き込まれ、あまりゆっくりする暇もなかった。
だが、これで一段落。俺もようやく普通の学園生活が送れそうだ。
「この辺りは桜の花が満開だな」
俺は桜の花を前に、軽く伸びをした。
「リュービ殿、それは桃の花だ」
声のする方へと目をやると、道士服の少女・チョウカクがいつの間にかすぐ隣に立っていた。
「そ、そっか、これは桜じゃなくて、桃か」
間違いを指摘され、俺は思わず顔を赤らめる。
確かに言われれば、赤みが強いような……ダメだ、桃と桜の区別がよくわからん。
そんな俺をチョウカクはふふと笑うと、俺に向かって頭を下げた。
「今回はありがとうリュービ殿。
あなたたちのおかげで丸く収まった」
「いや、俺は何も…」
そんなに頭を下げられると恐縮してしまう。だいたい、最終的に解決できたのはソウソウのおかげだ。
「しかし、チョウカクさん、あなたが風紀委員長だったとは…」
「ほとんど追放状態だがな…」
チョウカクは少し遠くを見るような目で、軽くため息混じりに言った。
確かに、風紀委員長が黄巾党のボスでは、空席扱いになるのも仕方がないか。
「……私は占いと心理学をかじっていたのだが、その勉強がてら、彼ら、いわゆる学園の不良たちの相談に乗っていくうちに、いつしか離れられぬ間柄となってしまった。
そのうち妹たちがはりきりだして、気づいたらこんな大所帯になったというわけさ……」
そう語るとチョウカクは、俺の方へとその柔らかな笑顔を向けた。
「私は彼らの居場所を守ってはやれなかったが、彼らの居場所がこれ以上奪わなくて良かった。
改めて礼を言わせてくれ、リュービ殿。
私からは何もお返しするものがないが、せめて言葉を送ろう」
「言葉ですか?」
俺が訊ねると、チョウカクはコホンと咳払いをすると、呼吸を整え、先ほど以上にゆっくりとした口調で話し出した。
「……『蒼天已死
黄天当立
歳在甲子
天下大吉』……!」
言い終わったのか、チョウカクはそこで言葉を止めた。
「え、えーと、すみません。意味がわからないのですが……」
せっかくいただいて申し訳ないのだが、何を言ってるのかさっぱりわからない。
俺はチョウカクに解説を求めた。
「ふふ……そうだな。
蒼天とは、父であり、親であり、旧き時代のことだ。
黄天とは、子であり、君たちであり、新しき時代のことだ。
君たちは今、親の元を離れ、大人の階段を登ろうとしている。また、旧き世は去り、新たな世が始まろうともしている。
今、この時こそ、君たちが立つべき時だ。
君たちの進む先にある未来はきっと大吉であろう、と」
そこまで解説されて、俺はようやく納得できた。
「なるほど、そういう意味だったのですね。
ありがとうございます」
「リュービ殿、君は何もしていないと思っているかも知れないが、君があの時動かなければ、この結果はなかった。
君ならきっと新たな時代を作れるだろう。
君なら、いや、君たちならきっと出来るよ」
自分から出張っておいて、ソウソウに助けられる形で解決した今回の騒動であったが、チョウカクに認められ、俺は救われたような気持ちになった。俺の行動は決して無駄ではなかったようだ。
俺は改めてチョウカクに礼を言おうとすると、遠くから俺を呼ぶ声とともに、突然、ピンクの物体が俺に向かって突っ込んできた。
「リュービ、今回はありがとな
おかげで姉さんが退学にならずにすんだぜ!」
タックルでも受けたのかと思うほどの衝撃とともに俺に抱きついてきたのは、金髪にピンクの特攻服、チョウカクの妹・チョウホウであった。
チョウホウは力強く抱きしめながら、満面の笑顔で俺の顔を覗き込んできた。
「お前のこと気に入ったぜ。
なんだったらアタイの彼氏にしてやってもいいぜ!」
冗談なのか本気なのか、チョウホウはニヤケた顔でそう俺に迫ってきた。
「え、か、彼氏?
い、いや、俺は…」
「なんだアタイが気に入らねーのか!
まさかお前、姉さん狙いじゃねーだろうな!
ダメだダメだダメだ!
お前に姉さんは百年早い!」
先ほどまでの笑顔が一転、怒りの表情に変わったかと思うと、抱きついたまま、鼻が当たりそうなほどの至近距離で怒鳴られてしまった。
怒鳴るなら離れてもらえないか。その、胸とか押し付けられて、少々気まずいのだが、そんなことも言えず、俺はただただ怒られることとなった。
「離れるんだぜ! チョウホウ!」
俺が成すがままに怒られていると、後ろから駆けつけてきたお団子ヘアーの美少女・チョーヒが自慢の力で、彼女を無理矢理引き剥がした。
残ね…じゃなかった、助かった。
「リュービはあんな合法ロリやお前みたいな不良とは付き合わないんだぜ!」
「そうです。
私たちの仲間を誘惑しないで下さい!」
「誰が合法ロリだ!誰が不良だ!」
さらに黒髪の美少女・カンウも加わり、戦いは二対一の様相を呈した。
とても入り込む隙のない激戦に俺はただ頭を抱えるしかなかった。まあ、口喧嘩で収まっているのならいいか。
その様子を、チョウカクは微笑ましいとでも言いたげな顔つきで見守り、俺に再び話しかけてきた。
「ふふふ、妹や弟は手がかかるが、姉からみたら可愛いもの。
我らチョウ三兄弟は固い絆で結ばれている」
そう言いながらチョウカクは、俺に易者が用いるような数本の竹の棒を見せながら重ねて言った。
「だが、君たちもまた強固な絆を持っている。
先ほど、君たちのことを占わせてもらった。
それによると、リュービ・カンウ・チョーヒ、あなたたち三人は我ら姉弟に負けない固い絆で結ばれているようだ。
またいずれ会おう、リュービ殿」
そう言うとチョウカクは俺ににっこりと微笑み、今度は喧嘩しているチョウホウの方へ声をかけた。
「宝子、梁のところに寄ってそろそろ帰ろう。
西涼への準備をしないと」
「はい、姉さん!
またな、リュービ!」
こうしてチョウ三姉弟は西涼高校へと旅立っていった。
「姉弟の絆か…」
チョウカクたちを見送った俺は、何の気無しに、そうポツリと呟いた。
その呟きを聞いた長く美しい黒髪の美少女・カンウは、ニコリと笑って、突拍子もないことを言い出した。
「リュービさん、私たち三人も兄弟になりましょうか?」
「えっ?兄弟?
でもカンウ、俺たち同い歳だよ?」
確かにチョウカクたちの仲をちょっと羨ましく思ったし、占いで俺たちも強固な絆があると言われはしたけれど、それでも同級生の男女が兄弟なんて、あまりにも突飛すぎる。
「ふふ、お遊びですよ。
ですが、せっかくチョウカクさんの占いで強固な絆になると出たことですし、私たちで義兄弟の誓いをやりませんか?」
真剣に受け止める俺を、カンウは軽く笑って見せる。
どうもあくまでお遊びの一環ということなのだが、彼女の提案に、お団子ヘアーの小柄な美少女・チョーヒも乗り気になってしまった。
「そりゃいいんだぜ。
オレたちも兄弟になろうぜ。
兄弟順決めるならカンウがオレの姉さんかな」
確かにチョーヒは元々、カンウの妹分みたいなところがあったから、それが義姉妹になるというのなら案外しっくりくるかもしれない。
しかし、絶対無敵の二人の美少女を前にしては、俺の立場がないな。
「じゃあ、俺は頼りないし、二人の弟かなぁ…」
カンウ・チョーヒの強さは空手部の主将にも認められるほどだ。おそらく、この広い学園でもトップクラスなのではないか。
それに対して、俺は何もない。順当に考えれば俺が二人の末弟になるだろう。
そう考えての提案であったが、どうも、カンウとチョーヒの考えは違ったようで、俺の意見に反対した。
「何言ってるんですか。
リュービさんがいなかったら、今回の騒動は私たちだけでは解決できませんでした。
私たちを引っ張ってくれたのは、リュービさんではないですか」
「そうだぜ、リュービは長兄!
次姉がカンウ、末妹がオレ、チョーヒだぜ!
これで決定!」
「え、俺なんかが兄でいいのかな?」
二人の予想外の反応に俺は戸惑うばかりであった。
まさか、二人よりもはるかに弱い俺が、長兄に推されるとは思わなかった。
「いいんですよ、兄さん」
「いいんだぜ、アニキ!」
二人は俺にそう微笑みかけた。その満点の笑みに、俺も思わず微笑み返した。
この二人がそう望むなら、俺はそれに応えよう。
「わかった。
じゃあ今日から俺たち三人は兄妹だ!」
俺たち三人は義兄妹の誓いをしようと、満開の桃の木の下で、おのおの右手を前に突き出し、互いの手のひらを重ね合わせた。
義兄妹の誓いの儀式がどういうものかは知らないが、自然とこういう形になっていた。
「我ら天に誓う!」
「我ら生まれは違えども!」
「揃って学校を卒業せん!」
平凡な男子高校生の俺リュービと、長く美しい黒髪の一騎当千の女生徒・カンウ、そして、お団子ヘアーの小柄な天下無双の女生徒・チョーヒの三兄妹の学園生活は、ここに幕を開けた
第一部 完
二、三百人くらいが優に入りそうなくらいの大きな教室に、机椅子は俺たちを取り囲むように並べられ、さながら尋問でもされる状態だ。そして、俺たちの真正面を見据える椅子に腰掛けるのは、他ならぬソウソウ本人であった。
だが、舞台は整った。
今回の不良グループ・黄巾党と風紀委員の戦いを終わらせる最初で最後のチャンスがここだ! ここしかない!
俺はチョウカクが責任を取るつもりがある旨を、ソウソウに伝えた。
「なるほど、リュービ。
黄巾党のボスであるチョウカク一人の処分で今回の騒動を収めろと言うのだな」
俺の話を一通り聞いたソウソウは、ゆっくりと落ち着いた口調で、腕を組み考える素振りを見せながら、そう語った。
うーん、ただでさえ、胸を大きく開けた際どい格好をしているのに、胸の下で腕を組まれて強調されては、目のやり場に困るな。いや、ここは真面目にしなければ……
しかし、対面して改めてわかるが、彼女の威圧感は半端じゃない。一つでも選択肢を誤れば次はない。言葉ではそう語らずとも、彼女の威圧がそう語っていた。
彼女は俺と同じ高校一年生ということなのだが、本当に同い年なのか。歳を誤魔化しているんじゃないかと思えるほど、彼女の存在は異質であった。これが俺と彼女の実力の差というものなのだろう。
同じ十五、六年の年数を重ねたはずなのに、人間、ここまで差が出るものなのか。
だが、この威圧感に負け、下手に出れば、おそらくその時点で交渉は決裂する。
俺は気持ちを奮い立たせ、表面を取り繕い、なんとか対等の体を装い、交渉を進めた。
チョウカクの身の上を伝えた俺は、さらに提案を加えた。
「チョウカクは自らの退学も辞さない覚悟だが、もし、彼女一人に責任を取らせ、退学にすれば、彼女を慕う他の黄巾党の連中は黙っていないだろう。
そうなれば事態はもっと大事になるし、無関係な生徒にも被害が出るかもしれない。
だから、ここはチョウカクの自宅謹慎くらいで止めておいてはどうだろうか?」
黄巾党の連中はどうやらボスであるチョウカクを強く慕っているようだ。
その彼女が退学となれば、例え他の黄巾党の退学が免除になっても、彼らは納得しないだろう。全員退学なんて事態は避けたいが、かと言って黄巾党の彼らが納得しない案を採用させるわけにもいかない。
黄巾党の暴発を避ける形で、どうにか決着をつけたい。
「リュービ、君の意見はわかった」
ソウソウは重々しくそう言うと、一拍おいてさらに話を続けた。
「だが、自宅謹慎といえども罰は罰。
チョウカクを罰して、他の黄巾党の連中が納得する保証もなし。
それに黄巾党の連中が、チョウカクの自宅に屯すれば、ただ本拠地が移っただけで、状況は何も変わらない。
それでもお前は自宅謹慎が最良の案と思うのか」
ソウソウの逐一ごもっともな指摘に、俺は声にならないうめき声を上げる。
自宅謹慎と提案してみたものの、こう言われてはとても最良とは言えない。しかし、代案がポンと浮かんでくるわけでもない。
音を上げた俺は、情けないとは思いつつ、すがる気持ちでソウソウに訊ねた。
「ソウソウ、君だって事態を悪化させたいわけじゃないだろう。
何か他に良い案はないだろうか?
チョウカクたちを退学させずに、彼女たちが黄巾党と一時的にでも距離が取れればいいんだ。
彼らもチョウカクたちと切り離せば、結束が弱まり、大規模な行動には出れないと思うんだ」
「そんな都合のいい話があるか!」
ソウソウの一喝を喰らい、俺はひたすら縮こまる。
そうだよな、話し合いの場を設けてくれと頼んでおいて、何か良い案がないかなんて聞いたら、そりゃ、怒るに決まってる。
俺はソウソウの圧を真正面から受けることとなった。
本当に目の前にいるのは同い年の女子高生なのだろうか? 親や先生に怒られた時でもここまでの威圧は感じなかった。さすが、一年生にして風紀委員の委員長を務めるだけのことはある。あれ? 風紀委員“長”では無いんだっけ? じゃあ、風紀委員長って誰だ?
俺はそれとなく周囲を見渡すが、百人以上はいるであろうこの場に列席している風紀委員は、誰も彼もがソウソウより前に出ようとはしない。聞けば百人が百人、今目の前にいる腕を組み、ふんぞり返っている女生徒がこの場のトップと判断し、それ以上の地位の人物がいると思う者はいないだろう。そんな彼女が風紀委員長じゃないとすれば、誰が風紀委員長なんてやれるのか。
そんなことを考えていると、後ろからお団子ヘアーの俺の仲間・チョーヒらのヒソヒソ話が聞こえてきた。
「なぁなぁ、カンウ。
なんでソウソウって風紀委員のボスみたいに振る舞ってんだぜ?
あいつ風紀委員長じゃないよな?」
「そうですね。風紀委員長ではなかったはずですが……風紀委員長は誰でしたかね?」
訊ねられた黒髪の美少女・カンウも、風紀委員長は知らないようで、全く名が出る気配がない。
しかし、やはり、ソウソウは風紀委員長ではなかったのか。
一体、誰が風紀委員長なんだ! 一年生のソウソウに仕切らせるなよ! どんな人か知らないけれど、ソウソウと対峙するよりはやりやすかったんじゃなかろうか。
俺は自分の不甲斐なさを棚に上げ、この場にいない風紀委員長に腹を立てた。
「おい、そこ聞こえているぞ!」
ソウソウの声がピシャリと響く。
ソウソウの声は格別大きくはないがよく透る。こんな静かな場なら尚更だ。
ソウソウは後のカンウ・チョーヒに向けて言ったのだろうが、同じことを考えていた手前、俺も一緒に怒られた気分だ。
二人の話を聞いたソウソウは、何か思うことがあったのか、突然、立ち上がった。
「そうか、風紀委員長か……
風紀委員長は今は訳あって空席なんだが……そうだな、風紀委員長がいたな。
せっかくだ。この件は風紀委員長に後を任せるとしよう」
ソウソウは後ろの生徒に何やら伝えると、数枚の用紙を手に、再び席へと戻ってきた。
「お前たちはまだ一年生だから知らんだろうが、我が学園では毎年、姉妹校との交流のため、何名かの交換生徒を互いに送り合うこととなっている。
そして、風紀委員からも三名ほど選出して欲しいと生徒会から言われているのだよ」
ソウソウから提案された姉妹校への交換生徒の話。俺はそれを聞くとすぐに飛びついた。
「それだよ、ソウソウ!
その交換生徒にチョウカクたちを選べば、不名誉ではないから黄巾党が暴動も起こすことはないし、しばらく黄巾党とも引き離せて、事態の鎮静化を図れる!
それで今回の事件は解決だ!」
これで解決だと喜ぶ俺に、ソウソウからの怒声が飛ぶ。
「ふざけているのか、リュービ!
交換生徒は言わば学校の顔。
そんな枠に不良グループのボスを任命なんて出来ると思うのか? 学園の恥晒しだ!」
「それはそうかもしれないけど……」
ソウソウに怒られて、俺は言葉を詰まらせる。
使えないなら、今、この場で交換生徒の話なんてしないで欲しい。糠喜びもいいところだ。
いよいよ、怒られ過ぎて、言葉も出なくなった俺も見て、ソウソウは悪趣味な笑みを浮かべて、話始めた。
「……黄巾党のボスなんて到底、交換生徒として送り出すことはできない。
だが、“風紀委員長”であれば、交換生徒として充分、面目が保てるだろうな。
どうだろうか?
“風紀委員長・チョウカク殿”」
え?
俺はソウソウの言葉が一瞬、理解出来ず、自分の耳を疑った。思わず後ろを振り返ったが、カンウ・チョーヒも話が飲み込めていないようで、疑問符を浮かべてる。
しかし、名前が出た当のチョウカクは、全く驚いた様子を見せていない。それはつまり、ソウソウの話が真実であるということだ。
「え、えーと?
風紀委員長ってチョウカクだったの?」
俺はなんとか飲み込んで訊ねたが、思わず馬鹿みたいな聞き方をしてしまった。
そして、俺の疑問を、ソウソウはニヤリと笑いながらも答えてくれた。
「ああ、そうだ。
そこにいるチョウカクは風紀委員長でありながら、不良グループのボスになった不届き者だ」
そう言いながらソウソウは、俺たちのところまで歩いて来て、俺の後ろにいる黄巾党のボス……いや、風紀委員長・チョウカクに交換生徒の用紙を差し出した。
チョウカクはその言葉に頷きながら、用紙を受け取った。
「なるほど、誰も退学にならず、黄巾党とも距離が取れる方法か。
私一人では、とても思いつかなかっただろう。
ソウソウ、願わくば残り二枠も、私の妹弟のチョウホウ・チョウリョウに与えてはくれないだろうか」
「言っただろう。黄巾党のボスを交換生徒にはしない、と。
だが、風紀委員長の縁者となれば、特別に認めてやらんこともない」
ソウソウはさらにニ枚の用紙をチョウカクに手渡した。
「チョウカク・チョウホウ・チョウリョウ!
お前たちチョウ三姉弟に姉妹校・西涼高校への交換生徒を命じる!
あそこは荒くれ者が多い。
せいぜい苦労しろ」
そう語るソウソウは、既にニヤケ顔は終わり、白面のしかめっ面に戻ってはいたが、その表情はどこか嬉しそうに俺には見えた。
「我ら三姉弟、慎んでお受けしよう。
……ソウソウ、ありがとう」
チョウカクは深々と頭を下げ、ソウソウに礼を述べた。
「ふん、私は風紀委員の面汚しの委員長を追い出しただけだ。
さあ、話は片付いた。お前らは帰れ」
風紀委員長の正体には驚かされたが、これにて事件は一件落着。チョウカクたちは交換生徒としてしばらくは学園から離れるが、一人の退学者も出さず、平和的に解決することができた。
もう少し余韻に浸っていたいところだが、ソウソウに帰れと急かされて、俺たちはやむなく部屋を後にする。
だが、俺が教室を出ようとした時、ソウソウに呼び止められた。
「リュービ、余計なことをしてくれたな。
上手く行けば黄巾《こうきん》の不良どもを一掃できたというのに……」
悪態をつくソウソウだが、あれだけ助け舟を出してくれた彼女のことだ。本心ではないだろう……多分。
「でも、やっぱり退学者が出ないに越したことはないよ。
平和的に解決したんだから良かったじゃない」
「解決か、お前はあまり役には立たなかったがな」
ソウソウは表情一つ変えず、痛いところを指摘してくる。
「う、それは……
話し合おうなんて威勢のいいこと言って申し訳ない……」
ただただ恐縮しきりの俺を見て、一瞬、ソウソウはフッと笑った……ように見えた。
「お前の意思は買おう。
だが、今のお前では何も変えられない。
変えたいと思うなら、そうだな、生徒会長でも目指せ」
ソウソウはサラリと“生徒会長”の単語を出す。しかし、この学園の生徒会長といえば、一万人の全校生徒の頂点に立つ存在だ。その権力は他の学園の生徒会長の比ではなく、それ故に見合った能力を求められる。少しくらい人気者だとか、優等生だとかで選ばれるようなものじゃない。気軽に言わないで欲しいものだ。
「冗談はやめてくれよ。
生徒会長なんて、俺なんかが目指してなれるようなもんじゃないだろう。
なれるとしたら、おそらく、君みたいな人だよ」
「私が生徒会長か。
ふむ……なれんこともないか」
そんな雲の上の存在である生徒会長になれると言われ、あっさり受け止めてしまえる辺り、やはり、このソウソウという人はさすがとしか言えない。人として根本的に違うんだろうな。この人なら本当に生徒会長になってしまうかもしれない。
「もし、私が生徒会長になった暁には……
リュービ、君を役員にしてやろうか?」
本当にこの人はサラリととんでもないことを言う。
「勘弁してくれよ。
もっと向いてる人にしてくれ」
「フッ、ではな、リュービ。
また会うこともあるだろう」
「今度は面倒事無しで会いたいね」
ソウソウとの話も終え、これで本当に一件落着。
一人出遅れた俺は、風紀委員の教室のあった校舎を後にして、自身の校舎に戻ろうと中庭を抜けた。
その道すがら、満開の桜の木々が目に入り、思わず足を止めた。
思えば、入学してまだ間もないのに、黄巾の乱に巻き込まれ、あまりゆっくりする暇もなかった。
だが、これで一段落。俺もようやく普通の学園生活が送れそうだ。
「この辺りは桜の花が満開だな」
俺は桜の花を前に、軽く伸びをした。
「リュービ殿、それは桃の花だ」
声のする方へと目をやると、道士服の少女・チョウカクがいつの間にかすぐ隣に立っていた。
「そ、そっか、これは桜じゃなくて、桃か」
間違いを指摘され、俺は思わず顔を赤らめる。
確かに言われれば、赤みが強いような……ダメだ、桃と桜の区別がよくわからん。
そんな俺をチョウカクはふふと笑うと、俺に向かって頭を下げた。
「今回はありがとうリュービ殿。
あなたたちのおかげで丸く収まった」
「いや、俺は何も…」
そんなに頭を下げられると恐縮してしまう。だいたい、最終的に解決できたのはソウソウのおかげだ。
「しかし、チョウカクさん、あなたが風紀委員長だったとは…」
「ほとんど追放状態だがな…」
チョウカクは少し遠くを見るような目で、軽くため息混じりに言った。
確かに、風紀委員長が黄巾党のボスでは、空席扱いになるのも仕方がないか。
「……私は占いと心理学をかじっていたのだが、その勉強がてら、彼ら、いわゆる学園の不良たちの相談に乗っていくうちに、いつしか離れられぬ間柄となってしまった。
そのうち妹たちがはりきりだして、気づいたらこんな大所帯になったというわけさ……」
そう語るとチョウカクは、俺の方へとその柔らかな笑顔を向けた。
「私は彼らの居場所を守ってはやれなかったが、彼らの居場所がこれ以上奪わなくて良かった。
改めて礼を言わせてくれ、リュービ殿。
私からは何もお返しするものがないが、せめて言葉を送ろう」
「言葉ですか?」
俺が訊ねると、チョウカクはコホンと咳払いをすると、呼吸を整え、先ほど以上にゆっくりとした口調で話し出した。
「……『蒼天已死
黄天当立
歳在甲子
天下大吉』……!」
言い終わったのか、チョウカクはそこで言葉を止めた。
「え、えーと、すみません。意味がわからないのですが……」
せっかくいただいて申し訳ないのだが、何を言ってるのかさっぱりわからない。
俺はチョウカクに解説を求めた。
「ふふ……そうだな。
蒼天とは、父であり、親であり、旧き時代のことだ。
黄天とは、子であり、君たちであり、新しき時代のことだ。
君たちは今、親の元を離れ、大人の階段を登ろうとしている。また、旧き世は去り、新たな世が始まろうともしている。
今、この時こそ、君たちが立つべき時だ。
君たちの進む先にある未来はきっと大吉であろう、と」
そこまで解説されて、俺はようやく納得できた。
「なるほど、そういう意味だったのですね。
ありがとうございます」
「リュービ殿、君は何もしていないと思っているかも知れないが、君があの時動かなければ、この結果はなかった。
君ならきっと新たな時代を作れるだろう。
君なら、いや、君たちならきっと出来るよ」
自分から出張っておいて、ソウソウに助けられる形で解決した今回の騒動であったが、チョウカクに認められ、俺は救われたような気持ちになった。俺の行動は決して無駄ではなかったようだ。
俺は改めてチョウカクに礼を言おうとすると、遠くから俺を呼ぶ声とともに、突然、ピンクの物体が俺に向かって突っ込んできた。
「リュービ、今回はありがとな
おかげで姉さんが退学にならずにすんだぜ!」
タックルでも受けたのかと思うほどの衝撃とともに俺に抱きついてきたのは、金髪にピンクの特攻服、チョウカクの妹・チョウホウであった。
チョウホウは力強く抱きしめながら、満面の笑顔で俺の顔を覗き込んできた。
「お前のこと気に入ったぜ。
なんだったらアタイの彼氏にしてやってもいいぜ!」
冗談なのか本気なのか、チョウホウはニヤケた顔でそう俺に迫ってきた。
「え、か、彼氏?
い、いや、俺は…」
「なんだアタイが気に入らねーのか!
まさかお前、姉さん狙いじゃねーだろうな!
ダメだダメだダメだ!
お前に姉さんは百年早い!」
先ほどまでの笑顔が一転、怒りの表情に変わったかと思うと、抱きついたまま、鼻が当たりそうなほどの至近距離で怒鳴られてしまった。
怒鳴るなら離れてもらえないか。その、胸とか押し付けられて、少々気まずいのだが、そんなことも言えず、俺はただただ怒られることとなった。
「離れるんだぜ! チョウホウ!」
俺が成すがままに怒られていると、後ろから駆けつけてきたお団子ヘアーの美少女・チョーヒが自慢の力で、彼女を無理矢理引き剥がした。
残ね…じゃなかった、助かった。
「リュービはあんな合法ロリやお前みたいな不良とは付き合わないんだぜ!」
「そうです。
私たちの仲間を誘惑しないで下さい!」
「誰が合法ロリだ!誰が不良だ!」
さらに黒髪の美少女・カンウも加わり、戦いは二対一の様相を呈した。
とても入り込む隙のない激戦に俺はただ頭を抱えるしかなかった。まあ、口喧嘩で収まっているのならいいか。
その様子を、チョウカクは微笑ましいとでも言いたげな顔つきで見守り、俺に再び話しかけてきた。
「ふふふ、妹や弟は手がかかるが、姉からみたら可愛いもの。
我らチョウ三兄弟は固い絆で結ばれている」
そう言いながらチョウカクは、俺に易者が用いるような数本の竹の棒を見せながら重ねて言った。
「だが、君たちもまた強固な絆を持っている。
先ほど、君たちのことを占わせてもらった。
それによると、リュービ・カンウ・チョーヒ、あなたたち三人は我ら姉弟に負けない固い絆で結ばれているようだ。
またいずれ会おう、リュービ殿」
そう言うとチョウカクは俺ににっこりと微笑み、今度は喧嘩しているチョウホウの方へ声をかけた。
「宝子、梁のところに寄ってそろそろ帰ろう。
西涼への準備をしないと」
「はい、姉さん!
またな、リュービ!」
こうしてチョウ三姉弟は西涼高校へと旅立っていった。
「姉弟の絆か…」
チョウカクたちを見送った俺は、何の気無しに、そうポツリと呟いた。
その呟きを聞いた長く美しい黒髪の美少女・カンウは、ニコリと笑って、突拍子もないことを言い出した。
「リュービさん、私たち三人も兄弟になりましょうか?」
「えっ?兄弟?
でもカンウ、俺たち同い歳だよ?」
確かにチョウカクたちの仲をちょっと羨ましく思ったし、占いで俺たちも強固な絆があると言われはしたけれど、それでも同級生の男女が兄弟なんて、あまりにも突飛すぎる。
「ふふ、お遊びですよ。
ですが、せっかくチョウカクさんの占いで強固な絆になると出たことですし、私たちで義兄弟の誓いをやりませんか?」
真剣に受け止める俺を、カンウは軽く笑って見せる。
どうもあくまでお遊びの一環ということなのだが、彼女の提案に、お団子ヘアーの小柄な美少女・チョーヒも乗り気になってしまった。
「そりゃいいんだぜ。
オレたちも兄弟になろうぜ。
兄弟順決めるならカンウがオレの姉さんかな」
確かにチョーヒは元々、カンウの妹分みたいなところがあったから、それが義姉妹になるというのなら案外しっくりくるかもしれない。
しかし、絶対無敵の二人の美少女を前にしては、俺の立場がないな。
「じゃあ、俺は頼りないし、二人の弟かなぁ…」
カンウ・チョーヒの強さは空手部の主将にも認められるほどだ。おそらく、この広い学園でもトップクラスなのではないか。
それに対して、俺は何もない。順当に考えれば俺が二人の末弟になるだろう。
そう考えての提案であったが、どうも、カンウとチョーヒの考えは違ったようで、俺の意見に反対した。
「何言ってるんですか。
リュービさんがいなかったら、今回の騒動は私たちだけでは解決できませんでした。
私たちを引っ張ってくれたのは、リュービさんではないですか」
「そうだぜ、リュービは長兄!
次姉がカンウ、末妹がオレ、チョーヒだぜ!
これで決定!」
「え、俺なんかが兄でいいのかな?」
二人の予想外の反応に俺は戸惑うばかりであった。
まさか、二人よりもはるかに弱い俺が、長兄に推されるとは思わなかった。
「いいんですよ、兄さん」
「いいんだぜ、アニキ!」
二人は俺にそう微笑みかけた。その満点の笑みに、俺も思わず微笑み返した。
この二人がそう望むなら、俺はそれに応えよう。
「わかった。
じゃあ今日から俺たち三人は兄妹だ!」
俺たち三人は義兄妹の誓いをしようと、満開の桃の木の下で、おのおの右手を前に突き出し、互いの手のひらを重ね合わせた。
義兄妹の誓いの儀式がどういうものかは知らないが、自然とこういう形になっていた。
「我ら天に誓う!」
「我ら生まれは違えども!」
「揃って学校を卒業せん!」
平凡な男子高校生の俺リュービと、長く美しい黒髪の一騎当千の女生徒・カンウ、そして、お団子ヘアーの小柄な天下無双の女生徒・チョーヒの三兄妹の学園生活は、ここに幕を開けた
第一部 完
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