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Ⅲ.貴方様と私の計略 ~ 婚約者 ~
138.足りぬ思考の正しさ(???視点)
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どうして!?私は、言われたとおりにしたのに!!
暗い部屋の中、私は自問自答する。
お父様は言っていた。
貴族は民を生かし、民は貴族を活かすのだと。
貴族は民のために存在し、民は貴族のために存在するのだと。
貴族は護られるのではなく、護る立場なのだと。
お兄様は言っていた。
貴族は民の上に生き、民は貴族の下で生きているのだと。
貴族には換えはないが、民には換えがあるのだと。
貴族は将で、民は駒なのだと。
お母様は言っていた。
難しいことは殿方に任せ、慈しむ心を持ちなさいと。
人を貶めてはいけないと。
自他ともに、慈しみ、誠実でいなさいと。
お父様の言うことも
お兄様の言うことも
お母様の言うことも
難しかったけれど
私なりに理解し行動したわ。
私の人生は順風満帆だったわ。
それなのに・・・!!
最初の汚点は、婚約解消だったわ。
私は、お父様とお兄様とお母様に言われたことをしただけなのに。
それなのに、婚約が解消された。
政略的な意味合いが強かったけれど、それなりに私は相手に好意を抱いていたのに。
お父様は、民は貴族の為に存在すると言っていた。
お兄様は、民には換えがあると言っていた。
お母様は、難しいことは殿方に任せなさいと言っていた。
だから、私は婚約者の行動に口を出さなかった。理解もしなかったわ。
だから、民よりも私を優先したわ。
だから、私の為に行動したわ。
国と領地と民の為だと言いながら、婚約者は傷を負いながらも奔走していたわ。
私には、理解できなかったけれど。
私を蔑ろにすることも理解できなかったし、腹立たしかったわ。
だから、ほんの少しだけ贅沢をすることにしましたの。
着飾れば、婚約者も私を蔑ろにすることはないと思いませんこと?
よくわからないけれど、食料や物騒な物に多くお金が使われていたから、それらを止めて私の為に使うことにしたわ。
少しくらい、困れば良いのよ。私を蔑ろにする方が悪いのですから。
そのせいで、多くの死者が出たとあとで知ったけれど、貴族である私を優先しないのが悪いのですもの。
換えがあるのだから、換えればいいだけの話なのよ。
むしろ、私の為に死ねたのだから良かったのではなくて?
それなのに!!
婚約者を支えることも
民を護ることも出来ない
そのような方は、当家にはいらない
そう言われて、解消された。
理不尽で意味が分からない。
家に帰れば、お兄様にもっと上手くやれと怒られた。
でも、王都で生活できるんだから、我慢したわ。
王都での生活は、キラキラ綺麗なものに囲まれてそれなりに楽しかったわ。
社交とかよく分からないことをしなければいけないとかで、面倒で苦痛だったけれど。
だって、言葉では褒めてくるのに態度でいじめてくるとか、意味がわからない。
それでも、お兄様がやれと言うから、頑張ったのだけれど。
そんな生活を数年続けていれば、多くの殿方が求婚して下さったわ。
でも、お家柄やお年なんかを考えて、お兄様が全て断ってしまいましたけれど。
それなのに、何故お兄様はあんな悍ましい者との婚約に乗り気なのか意味がわからない。
ある国の王子に求婚されたわ。
20近く年の離れた殿方。
輝きを失った白銀の髪に、後退した生え際。
ぽっこり張り出たぶよぶよしたお腹。
頬は丸く、顎は3重。
脂でテカテカと光る肌。
股下は短くずんぐりとしたシルエット。
姿だけでも悍ましいというのに、視線は常に私の胸や腰、尻をなめ回すように向けられる。
ダンスを踊れば、他者に分からぬ程度に距離を詰められ、手が腰回りをはい回る。
それだけでも耐え難いと言うのに、抱きしめられ開いた胸元に舌を這わされ耳元で囁かれた。
『愛している。君を組み敷き蕩けるように愛し合いたい』
全身に鳥肌がたった。無理だと思ったわ。悍ましい。これも汚点。
のらりくらりと何とか躱していれば、忍耐袋の緒が切れたのか既成事実を作ろうとしている話を耳にした。
だから、私は逃げた。
お兄様をあてには出来ない。
どうしたものかと思っていれば、昔の家令の息子が声をかけてきたわ。
『君が俺のものになるなら助けてあげるよ?』
私は少し考えたけれど、それに飛びついたわ。
だって、考えるまでもなかった。
年は5つも離れていない。
黒く艶のある髪が、清潔に保たれ短く纏められている。
ぽっこりと出ておらず、恐らく筋肉の着いたお腹。
頬には程よく肉がつき、顎はスッキリしている。
キメ細かなさらさらとした肌。
四肢はすらりと伸び、スッキリとしたシルエット。
あの王子と比べるまでもなく、彼の方が良いに決まっている。
だから、彼の手を取り辺境へと逃げたわ。
彼の家は、小さかったけれど、商人として成功したからか、それなりのお屋敷だった。
私と彼の部屋に寝室。応接間にキッチンと居間がきちんとあった。
最初の数日は、ベッドを共にするけれど何もなかった。
けれど、1週間たつ頃には、口吻をされ抱きしめられて寝るようになった。
抵抗がなかったわけではないけれど、気づけば深い口吻を受け入れるようになっていたわ。
彼の手と舌が体中を這い回り、上り詰めれば共に眠る。
そんな事が日常になりつつある。そんな時だったわ。
留守にしていた領主が帰ってくるというふれと共に、お兄様の使いが来たのは。
ここ数カ月領主が留守にしていること。領主の兄と弟が領主代行を務めていることは、彼に聞いて知っていた。
兄弟で協力して、とても良い治世をしいてくれている。と、彼が褒めていた。私にはよく分からなかったけれど、そうね。と微笑んでおいたわ。
隣国と諍いがあった時は、領主も帰って来ていたようだけれど、私には関係の無いこと。
彼が、隣国へと領主が向かったとか、国が有利でとても良い条件で交渉をまとめて帰っただとか、話してくれたけれど、どうでも良かった。だって、よくわからないし、私には関係の無い話だもの。微笑みながら聞いていた私を褒めて欲しいわ。
まぁ、領主の事なんて、どうでもいいわ。
問題はお兄様。何故ここが分かったのか、わからない。
でも、使者と名乗る男は、お兄様からの手紙を渡してきたわ。
テスタメント家の家紋とお兄様の印章による封蝋。開いた便せんにも、テスタメント家の家紋の透かしが入っていたわ。
それに、テスタメント家の馬車を1台携えていたから、お兄様の使いなのだと信じるしかなかった。
お兄様の少し無骨な文字が、少しだけ懐かしさを呼び起こしたわ。
手紙の内容は、お兄様らしいと言えば、らしいものだったけれど。
**──────────────**
親愛なる我が妹へ
元気に過ごしていることは知っている。
君が逃げ出したおかけで、こっちは後始末が面倒だった。
まあ、それは良い。相手の過失を見つけられたからな。
ただ、君が勝手なことをしたために、令嬢としての使い道が閉ざされたことは、腹立たしいが。
そんなことよりもだ。領主が婚約者を連れて、領地に帰るだろう。
その婚約者の弱みを握れ。そして、追いかえせ。
我が家にとって、不利となる婚約者が領主の側に居ることは良くないことだ。
わかるね?領主から婚約者を引き剥がし、婚約を解消させなさい。
君に多くは望まないが、それくらいはできるだろう?
それと、この手紙を持って行った者は、当分の間君の側に居る。
給金はこちらで払うから、馬車番として側に置きなさい。馭者もやるだろう。
テスタメント家として、君がそこに居ることも、君の勝手も許そう。
だから、その代わりに、それを側に置きなさい。いいね?
置かないのなら、連れ戻して・・・そうだな。シン殿へと嫁に出そうか。
彼は、今なお君に執心のようだからね。私は構わないよ。それでも。
でも、君は嫌だろう?君も、彼の噂は知っているだろう?
良い返事を待っているよ。
追伸
君の返事は、それに渡しなさい。
我が家の使い鳥が返事を届けてくれるだろう。
君の親愛なる兄より
**──────────────**
シン・・・?もしかしなくても、あのシン・クライム様?
冗談ではなくてよ?!あの方は・・・悪逆非道と名高いでなはないの。
あの方へと嫁いだ方は、精神が摩耗し壊れてしまうと、言われている。
死した奥方も、まともな死に方ではなかったと囁かれている。
そんな方へ私を嫁がせるですって?!嫌に決まっているではないの。
そんなことになるくらいなら、彼に頭を下げてでもこの男を側に置いて置いた方がましだわ。
私は、善は急げとばかりに、彼へと手紙を見せたわ。
あの男を側に置いて欲しいと。
彼は、あの男と何やら話をしていたわ。
途中「話が違う」と聞こえた気がしたけれど、何の話かしら?
まあ、そんなことはどうでもいいわ。あの男が側に居ることになったのだから。
あの男を側に置くようになって、少しだけ変化があった。
彼が私に執着するようになったわ。
1度ではなく2度3度と。空が白くなるまで。
そんなことが、続いていたわ。
私は気分転換に、彼にお願いして、あの男を携えて、買い物に出掛けたわ。
新しくできたという、雑貨屋や小物屋については、楽しく過ごせたわ。
でも、この辺りで有名で老舗の仕立屋兼被服店は、そうではなかった。
『帰れ!貴様に売る服も仕立てる気もない!』
私の顔を見るなり、そう言ってきた。
───失礼ではなくて?私は、貴族ですのよ?お前達は、私たちのためにいるのだから、わきまえなさい。
そう思いながら、どうしてやろうかしらと考えていれば、声を掛けられた。
何処の誰よ。と思いながら、視線を向ければ、記憶の中よりも若干年をとった領主と寄り添うようにたつ女がいたわ。
相手は、私を知っているようだったから、記憶の中を探れば女の正体がわかった。
私と同じ侯爵家の令嬢だったわ。でも何故、領主と寄り添うようにしているの?
身なりは綺麗だけれど、それだけではないの。
社交界でもあまり、いい噂はなかったと思うけれど?
少しだけ言葉を交わせば、領主を名前で呼んでいたわ。もしかして、この女が領主の婚約者?
───ふふん。たいしたことないじゃない。
そう思うも、私はこの女を知らない。
とりあえずは、退散した方が良いだろう。と、その場を引き下がる。
馬車に乗り込み、あの男に確認すれば、間違いなく領主とその婚約者であると言っていたわ。
夜に彼にその事を報告し、どうしたらいいかを尋ねれば、少し調べてみるよ。と言って、私を組み敷いてきた。散々泣いてしまったけれど、共に寝たわ。
そんな日々過ごしていれば、ある日よくわからないものが私に話しかけてきた。
よく分からないままに、私は私だと返せば、それは消えていたけれど。
極度の緊張と精神的疲労を感じていた。だから、私は彼に癒して貰おうと甘えるしかなかったわ。
翌日に重い頭と腰を携えて、庭へと出れば、あの男がやってきたわ。
酷く甘い香りを嗅がされた気がするけれど、あまり覚えていない。
翌日の夜には、彼があの女の情報と翌日の領主達のスケジュールを教えてくれたわ。
彼が言っていたわ。あの女は、良くないと。
側に侍らす者を選べない馬鹿なのだと。
領主はあの女に騙されているのだと。
一頻り、あの女の評価を彼の口から聞いたあと、長い夜を過ごしたわ。
次の日に、早速領主とあの女の元へと行ったわ。
領主へとあの女が悪いのだと進言したわ。
でも、何故か領主の反応は悪くて、意味が分からない。
私は正しいことを言っていますのに、何故?
不思議に思っていれば、私は追いかえされてしまいましたわ。
何故?私は正しいことをしているのに!
彼にその事を話せば、少しだけ考えるそぶりを見せて、私の頭を撫でてくれた。
そして、今日は少しだけ趣向を変えようか。そうおっしゃり、彼とあの男と長い夜を過ごした。
そんな夜が数日続き、お兄様の手紙が届けられた。
**──────────────**
親愛なる我が妹へ
元気にしているかい?それとも上手くやっているようで何よりだ。
それにしても、とんだ愚策をとってくれたものだね?
君の行いに対して、抗議が届いているよ。
我が家としては、まだ上を敵には回したくないのでね。
君とはこれきりにしようと思う。
君を救った彼だけれど、他の者をあてがうことにしたよ。
君と一緒に切り捨てるには、少々惜しい男だったからね。
彼も君に飽きてきたのだろう。二つ返事で了承してくれたよ。
そうそう。それは、君の側に引き続き置いておくよ。
彼とそれとも楽しんでいたのだろう?
それにとっては、まだ君は使いどころがあるということだからね。
引き続き、楽しめば良い。
追伸
君の返事はいらないよ。
届いたとしても読むことはないと思いなさい。
君の親愛なる兄より
**──────────────**
手紙を読んで、そんなことはないと思っていたわ。
夜になれば、彼が帰ってくると。
でも、彼は帰って来なかった。
来たのはあの男だけ。
私は抵抗したけれど、男の力にあらがえるはずもなく。
昼夜問わず、組み敷かれながら私は考えたわ。
どうして?と。
私は、お父様やお兄様、お母様が仰っていた通りに行動したわ。
お兄様が言うとおりの行動をしたわ。
彼が言っていたとおりに行動したわ。
それなのに、何故?
私は私なのに、どうして?
何故、私を認めてくださらないの?
お父様とお母様は、笑って頭を撫でてくれた。
でも、お兄様は違った。
いつも言うとおりにしているのに、いつも怒られた。
お兄様は、親愛なる妹だといつも言ってくれるのに、私は満足できなかった。
だからなの?彼もお兄様も私をいらないというのは。
いつしか、堂々巡りの思考もぼやけ蕩けはじめたころ、男から声がした。
「やっと落ちたか。なるほど。己というものが希薄な個でも、快楽で思考を鈍らせれば落ちやすくなるのだな」
意味は分からなかった。
でも、その時から私はあの男に逆らうのを辞めた。
男は私の前で、良く笑うようになった。
男の言っていることは、一つもわからなかったけれど。
そして、男は見たこともない場所へと私を連れてきた。
そこで初めて、私は男に身につけるものを渡された。
それは、私の大事なところが辛うじて隠れ、他は肌の色こそ見えぬものの、身体のラインは透けて見える。そんな、卑猥なドレスだった。
けれど私は素直にそれを身につける。ドレープに隠れ気づかなかったけれど、スカートには腰まで届くスリットが入っていた。
「ふむ。悪くはないな。ここは、もう少し欲しいがまぁいいだろう」
男は、ここと言った時に、私の胸元へと手を伸ばしたけれど、それ以上は触れてこない。
それに、物足りなさを感じながらも、少し疑問に思う。
私はいつからこんな風になってしまったのかしら?
「なんだ。まだ抵抗できるのか。面白いな」
甘い匂いと共に、思考が鈍れば、男が私の腰を抱き寄せ、耳元で囁いた。
「今日は、お前を馬鹿にした奴らの元へ連れて行ってやろう」
そして、視界が歪んだと思えば、目の前に領主とあの女がいた。
暗い部屋の中、私は自問自答する。
お父様は言っていた。
貴族は民を生かし、民は貴族を活かすのだと。
貴族は民のために存在し、民は貴族のために存在するのだと。
貴族は護られるのではなく、護る立場なのだと。
お兄様は言っていた。
貴族は民の上に生き、民は貴族の下で生きているのだと。
貴族には換えはないが、民には換えがあるのだと。
貴族は将で、民は駒なのだと。
お母様は言っていた。
難しいことは殿方に任せ、慈しむ心を持ちなさいと。
人を貶めてはいけないと。
自他ともに、慈しみ、誠実でいなさいと。
お父様の言うことも
お兄様の言うことも
お母様の言うことも
難しかったけれど
私なりに理解し行動したわ。
私の人生は順風満帆だったわ。
それなのに・・・!!
最初の汚点は、婚約解消だったわ。
私は、お父様とお兄様とお母様に言われたことをしただけなのに。
それなのに、婚約が解消された。
政略的な意味合いが強かったけれど、それなりに私は相手に好意を抱いていたのに。
お父様は、民は貴族の為に存在すると言っていた。
お兄様は、民には換えがあると言っていた。
お母様は、難しいことは殿方に任せなさいと言っていた。
だから、私は婚約者の行動に口を出さなかった。理解もしなかったわ。
だから、民よりも私を優先したわ。
だから、私の為に行動したわ。
国と領地と民の為だと言いながら、婚約者は傷を負いながらも奔走していたわ。
私には、理解できなかったけれど。
私を蔑ろにすることも理解できなかったし、腹立たしかったわ。
だから、ほんの少しだけ贅沢をすることにしましたの。
着飾れば、婚約者も私を蔑ろにすることはないと思いませんこと?
よくわからないけれど、食料や物騒な物に多くお金が使われていたから、それらを止めて私の為に使うことにしたわ。
少しくらい、困れば良いのよ。私を蔑ろにする方が悪いのですから。
そのせいで、多くの死者が出たとあとで知ったけれど、貴族である私を優先しないのが悪いのですもの。
換えがあるのだから、換えればいいだけの話なのよ。
むしろ、私の為に死ねたのだから良かったのではなくて?
それなのに!!
婚約者を支えることも
民を護ることも出来ない
そのような方は、当家にはいらない
そう言われて、解消された。
理不尽で意味が分からない。
家に帰れば、お兄様にもっと上手くやれと怒られた。
でも、王都で生活できるんだから、我慢したわ。
王都での生活は、キラキラ綺麗なものに囲まれてそれなりに楽しかったわ。
社交とかよく分からないことをしなければいけないとかで、面倒で苦痛だったけれど。
だって、言葉では褒めてくるのに態度でいじめてくるとか、意味がわからない。
それでも、お兄様がやれと言うから、頑張ったのだけれど。
そんな生活を数年続けていれば、多くの殿方が求婚して下さったわ。
でも、お家柄やお年なんかを考えて、お兄様が全て断ってしまいましたけれど。
それなのに、何故お兄様はあんな悍ましい者との婚約に乗り気なのか意味がわからない。
ある国の王子に求婚されたわ。
20近く年の離れた殿方。
輝きを失った白銀の髪に、後退した生え際。
ぽっこり張り出たぶよぶよしたお腹。
頬は丸く、顎は3重。
脂でテカテカと光る肌。
股下は短くずんぐりとしたシルエット。
姿だけでも悍ましいというのに、視線は常に私の胸や腰、尻をなめ回すように向けられる。
ダンスを踊れば、他者に分からぬ程度に距離を詰められ、手が腰回りをはい回る。
それだけでも耐え難いと言うのに、抱きしめられ開いた胸元に舌を這わされ耳元で囁かれた。
『愛している。君を組み敷き蕩けるように愛し合いたい』
全身に鳥肌がたった。無理だと思ったわ。悍ましい。これも汚点。
のらりくらりと何とか躱していれば、忍耐袋の緒が切れたのか既成事実を作ろうとしている話を耳にした。
だから、私は逃げた。
お兄様をあてには出来ない。
どうしたものかと思っていれば、昔の家令の息子が声をかけてきたわ。
『君が俺のものになるなら助けてあげるよ?』
私は少し考えたけれど、それに飛びついたわ。
だって、考えるまでもなかった。
年は5つも離れていない。
黒く艶のある髪が、清潔に保たれ短く纏められている。
ぽっこりと出ておらず、恐らく筋肉の着いたお腹。
頬には程よく肉がつき、顎はスッキリしている。
キメ細かなさらさらとした肌。
四肢はすらりと伸び、スッキリとしたシルエット。
あの王子と比べるまでもなく、彼の方が良いに決まっている。
だから、彼の手を取り辺境へと逃げたわ。
彼の家は、小さかったけれど、商人として成功したからか、それなりのお屋敷だった。
私と彼の部屋に寝室。応接間にキッチンと居間がきちんとあった。
最初の数日は、ベッドを共にするけれど何もなかった。
けれど、1週間たつ頃には、口吻をされ抱きしめられて寝るようになった。
抵抗がなかったわけではないけれど、気づけば深い口吻を受け入れるようになっていたわ。
彼の手と舌が体中を這い回り、上り詰めれば共に眠る。
そんな事が日常になりつつある。そんな時だったわ。
留守にしていた領主が帰ってくるというふれと共に、お兄様の使いが来たのは。
ここ数カ月領主が留守にしていること。領主の兄と弟が領主代行を務めていることは、彼に聞いて知っていた。
兄弟で協力して、とても良い治世をしいてくれている。と、彼が褒めていた。私にはよく分からなかったけれど、そうね。と微笑んでおいたわ。
隣国と諍いがあった時は、領主も帰って来ていたようだけれど、私には関係の無いこと。
彼が、隣国へと領主が向かったとか、国が有利でとても良い条件で交渉をまとめて帰っただとか、話してくれたけれど、どうでも良かった。だって、よくわからないし、私には関係の無い話だもの。微笑みながら聞いていた私を褒めて欲しいわ。
まぁ、領主の事なんて、どうでもいいわ。
問題はお兄様。何故ここが分かったのか、わからない。
でも、使者と名乗る男は、お兄様からの手紙を渡してきたわ。
テスタメント家の家紋とお兄様の印章による封蝋。開いた便せんにも、テスタメント家の家紋の透かしが入っていたわ。
それに、テスタメント家の馬車を1台携えていたから、お兄様の使いなのだと信じるしかなかった。
お兄様の少し無骨な文字が、少しだけ懐かしさを呼び起こしたわ。
手紙の内容は、お兄様らしいと言えば、らしいものだったけれど。
**──────────────**
親愛なる我が妹へ
元気に過ごしていることは知っている。
君が逃げ出したおかけで、こっちは後始末が面倒だった。
まあ、それは良い。相手の過失を見つけられたからな。
ただ、君が勝手なことをしたために、令嬢としての使い道が閉ざされたことは、腹立たしいが。
そんなことよりもだ。領主が婚約者を連れて、領地に帰るだろう。
その婚約者の弱みを握れ。そして、追いかえせ。
我が家にとって、不利となる婚約者が領主の側に居ることは良くないことだ。
わかるね?領主から婚約者を引き剥がし、婚約を解消させなさい。
君に多くは望まないが、それくらいはできるだろう?
それと、この手紙を持って行った者は、当分の間君の側に居る。
給金はこちらで払うから、馬車番として側に置きなさい。馭者もやるだろう。
テスタメント家として、君がそこに居ることも、君の勝手も許そう。
だから、その代わりに、それを側に置きなさい。いいね?
置かないのなら、連れ戻して・・・そうだな。シン殿へと嫁に出そうか。
彼は、今なお君に執心のようだからね。私は構わないよ。それでも。
でも、君は嫌だろう?君も、彼の噂は知っているだろう?
良い返事を待っているよ。
追伸
君の返事は、それに渡しなさい。
我が家の使い鳥が返事を届けてくれるだろう。
君の親愛なる兄より
**──────────────**
シン・・・?もしかしなくても、あのシン・クライム様?
冗談ではなくてよ?!あの方は・・・悪逆非道と名高いでなはないの。
あの方へと嫁いだ方は、精神が摩耗し壊れてしまうと、言われている。
死した奥方も、まともな死に方ではなかったと囁かれている。
そんな方へ私を嫁がせるですって?!嫌に決まっているではないの。
そんなことになるくらいなら、彼に頭を下げてでもこの男を側に置いて置いた方がましだわ。
私は、善は急げとばかりに、彼へと手紙を見せたわ。
あの男を側に置いて欲しいと。
彼は、あの男と何やら話をしていたわ。
途中「話が違う」と聞こえた気がしたけれど、何の話かしら?
まあ、そんなことはどうでもいいわ。あの男が側に居ることになったのだから。
あの男を側に置くようになって、少しだけ変化があった。
彼が私に執着するようになったわ。
1度ではなく2度3度と。空が白くなるまで。
そんなことが、続いていたわ。
私は気分転換に、彼にお願いして、あの男を携えて、買い物に出掛けたわ。
新しくできたという、雑貨屋や小物屋については、楽しく過ごせたわ。
でも、この辺りで有名で老舗の仕立屋兼被服店は、そうではなかった。
『帰れ!貴様に売る服も仕立てる気もない!』
私の顔を見るなり、そう言ってきた。
───失礼ではなくて?私は、貴族ですのよ?お前達は、私たちのためにいるのだから、わきまえなさい。
そう思いながら、どうしてやろうかしらと考えていれば、声を掛けられた。
何処の誰よ。と思いながら、視線を向ければ、記憶の中よりも若干年をとった領主と寄り添うようにたつ女がいたわ。
相手は、私を知っているようだったから、記憶の中を探れば女の正体がわかった。
私と同じ侯爵家の令嬢だったわ。でも何故、領主と寄り添うようにしているの?
身なりは綺麗だけれど、それだけではないの。
社交界でもあまり、いい噂はなかったと思うけれど?
少しだけ言葉を交わせば、領主を名前で呼んでいたわ。もしかして、この女が領主の婚約者?
───ふふん。たいしたことないじゃない。
そう思うも、私はこの女を知らない。
とりあえずは、退散した方が良いだろう。と、その場を引き下がる。
馬車に乗り込み、あの男に確認すれば、間違いなく領主とその婚約者であると言っていたわ。
夜に彼にその事を報告し、どうしたらいいかを尋ねれば、少し調べてみるよ。と言って、私を組み敷いてきた。散々泣いてしまったけれど、共に寝たわ。
そんな日々過ごしていれば、ある日よくわからないものが私に話しかけてきた。
よく分からないままに、私は私だと返せば、それは消えていたけれど。
極度の緊張と精神的疲労を感じていた。だから、私は彼に癒して貰おうと甘えるしかなかったわ。
翌日に重い頭と腰を携えて、庭へと出れば、あの男がやってきたわ。
酷く甘い香りを嗅がされた気がするけれど、あまり覚えていない。
翌日の夜には、彼があの女の情報と翌日の領主達のスケジュールを教えてくれたわ。
彼が言っていたわ。あの女は、良くないと。
側に侍らす者を選べない馬鹿なのだと。
領主はあの女に騙されているのだと。
一頻り、あの女の評価を彼の口から聞いたあと、長い夜を過ごしたわ。
次の日に、早速領主とあの女の元へと行ったわ。
領主へとあの女が悪いのだと進言したわ。
でも、何故か領主の反応は悪くて、意味が分からない。
私は正しいことを言っていますのに、何故?
不思議に思っていれば、私は追いかえされてしまいましたわ。
何故?私は正しいことをしているのに!
彼にその事を話せば、少しだけ考えるそぶりを見せて、私の頭を撫でてくれた。
そして、今日は少しだけ趣向を変えようか。そうおっしゃり、彼とあの男と長い夜を過ごした。
そんな夜が数日続き、お兄様の手紙が届けられた。
**──────────────**
親愛なる我が妹へ
元気にしているかい?それとも上手くやっているようで何よりだ。
それにしても、とんだ愚策をとってくれたものだね?
君の行いに対して、抗議が届いているよ。
我が家としては、まだ上を敵には回したくないのでね。
君とはこれきりにしようと思う。
君を救った彼だけれど、他の者をあてがうことにしたよ。
君と一緒に切り捨てるには、少々惜しい男だったからね。
彼も君に飽きてきたのだろう。二つ返事で了承してくれたよ。
そうそう。それは、君の側に引き続き置いておくよ。
彼とそれとも楽しんでいたのだろう?
それにとっては、まだ君は使いどころがあるということだからね。
引き続き、楽しめば良い。
追伸
君の返事はいらないよ。
届いたとしても読むことはないと思いなさい。
君の親愛なる兄より
**──────────────**
手紙を読んで、そんなことはないと思っていたわ。
夜になれば、彼が帰ってくると。
でも、彼は帰って来なかった。
来たのはあの男だけ。
私は抵抗したけれど、男の力にあらがえるはずもなく。
昼夜問わず、組み敷かれながら私は考えたわ。
どうして?と。
私は、お父様やお兄様、お母様が仰っていた通りに行動したわ。
お兄様が言うとおりの行動をしたわ。
彼が言っていたとおりに行動したわ。
それなのに、何故?
私は私なのに、どうして?
何故、私を認めてくださらないの?
お父様とお母様は、笑って頭を撫でてくれた。
でも、お兄様は違った。
いつも言うとおりにしているのに、いつも怒られた。
お兄様は、親愛なる妹だといつも言ってくれるのに、私は満足できなかった。
だからなの?彼もお兄様も私をいらないというのは。
いつしか、堂々巡りの思考もぼやけ蕩けはじめたころ、男から声がした。
「やっと落ちたか。なるほど。己というものが希薄な個でも、快楽で思考を鈍らせれば落ちやすくなるのだな」
意味は分からなかった。
でも、その時から私はあの男に逆らうのを辞めた。
男は私の前で、良く笑うようになった。
男の言っていることは、一つもわからなかったけれど。
そして、男は見たこともない場所へと私を連れてきた。
そこで初めて、私は男に身につけるものを渡された。
それは、私の大事なところが辛うじて隠れ、他は肌の色こそ見えぬものの、身体のラインは透けて見える。そんな、卑猥なドレスだった。
けれど私は素直にそれを身につける。ドレープに隠れ気づかなかったけれど、スカートには腰まで届くスリットが入っていた。
「ふむ。悪くはないな。ここは、もう少し欲しいがまぁいいだろう」
男は、ここと言った時に、私の胸元へと手を伸ばしたけれど、それ以上は触れてこない。
それに、物足りなさを感じながらも、少し疑問に思う。
私はいつからこんな風になってしまったのかしら?
「なんだ。まだ抵抗できるのか。面白いな」
甘い匂いと共に、思考が鈍れば、男が私の腰を抱き寄せ、耳元で囁いた。
「今日は、お前を馬鹿にした奴らの元へ連れて行ってやろう」
そして、視界が歪んだと思えば、目の前に領主とあの女がいた。
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