貴方様と私の計略

羽柴 玲

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Ⅲ.貴方様と私の計略 ~ 婚約者 ~

123.辺境伯からのお願い②

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別に嫌なわけではないのですわ。ただ…その…ちょっと、恥ずかしいだけなのです。



ユミナ様からお願いされた書類を抱え、執務室へと向かうとハレスが迎え入れてくれましたわ。

「どうされましたか。ミラ様」

「ええ。ユミナ様にお願いされていたものが終わりましたからお届けに」

そう言えば、お早いですねと笑顔を返してくださいました。
ハレスは数少ない私への意識改善に成功した方ですわ。
彼は、ユミナ様の近くにいることが多いため、私との関りも必然的に多くなったことが功を制したのだと思います。
最初、ハレスは私をかなり警戒していましたわ。私がユミナ様のお仕事をお手伝いすることにも難色を示しているようでした。
それでも、共に過ごす時間が増え、私の働きを目の当たりにし、思うところがあったのでしょう。
私への態度が変化していきました。今では、私を受け入れ認めてくれているようです。

「ミリィ。おわったのかい?」

「はい。これが、お願いされていた物流の調査資料ですわ」

私は、抱えていた書類をユミナ様へ手渡す。
今回、ユミナ様からお願いされていたのは、物流の調査ですわ。
先にあった戦で、物流情報をまとめたものをユミナ様を含む最前線へと情報をあげましたけれど、それが役に立ったようです。
商人は商機をのがしません。そして、商人が商機を見出すには、何らかの変化が起こった。あるいは、起こる兆しがあるという事。
それは、領地を治めるものとして良いことも悪いことも含まれますわ。ですから、可能な限りそれらを知っておくことで、領地をつつがなく治めるための足しにしようと、ユミナ様は考えられたのだと思います。
そして、それは私が得意とする領域ですわ。だから、ユミナ様も私へとお願いされるのだと思います。

「ありがとう。今回もとても分かりやすくまとめてくれて助かる。私も、今まとめているものがすぐ終わるから今ッていてくれるかい?一緒に休憩しよう」

受け取った書類へと軽く目を通された後に、そうユミナ様はおっしゃいましたわ。

「わたかりましたわ。あちらでお待ちしておりますね」

執務室の隅にちょこんとある長椅子を指さしながら、そう返答すれば頷いてくださいました。
私は、長椅子へと腰を落ち着け、執務室をくるりと見渡す。その時、ふとハレスからの視線を感じましたの。
目を向ければ、彼と目があいましたわ。

「?ハレス、どうかしましたか」

私は、軽く小首をかしげながらそう問えば、少しだけ申し訳なさそうな表情を返されてしまいました。

「申し訳ございません。少々興味…気になったもので」

ハレスにしては珍しく、少々歯切れの悪い物言いをしています。

「?なんですか」

「いえ…ミラ様は、侯爵令嬢でいらっしゃいますのに、書類のまとめ方や治世に関する知識がおありのようですので少々気になった次第です」

私が再度問うたことにより、意を決したのか私へ疑問をぶつけてきました。
そして、その内容になるほど。と思わざるを得ませんでしたわ。
一般的な貴族令嬢は、書類のまとめ方や治世に関する知識なんて学びませんものね。
これらは、どちらかと言えば後継ぎである子息が学ぶことだ。

「そうですわね…テイラー家が少々特殊だという事もありますけれど…」

そう。テイラー家では、女主人を務める必要があるものは、これらについて学ばされる。
何故なら、情報の精査に必要不可欠になってくる知識だという事もある。
けれど、私の場合はどちらかというと…

「私の場合は、クルツが原因ですわね。私と弟のクルツは、テイラー侯爵であるお爺様と血縁関係ですけれど、養子としての間柄であることはご存じだと思います。私とクルツが引き取られた当初、クルツは私のすることにしか興味を示さなかったのです。ですから、お爺様は私にいろいろ学ばせることにしたのですわ。私が学べばクルツが興味を示しますから。ですから私、うまくはないですけれどダンスも男性パートを踊れるのです」

最後に内緒にしておいてくださいねと付け加えれば、真剣な表情で聞いていたハレスの表情が笑みに変わりましたわ。

「でも、ミリィは途中から自分が面白くて学んでそうだよね」

最後の書類から顔をあげながら、ユミナ様がそう口をはさんできます。

「…否定はできませんわ」

そう答えれば、ユミナ様は軽く笑われたようです。
そして、気づけば私の隣へと腰を落ち着かせていました。

「はぁ…疲れた」

ユミナ様はそうおっしゃれながら、背もたれへとしっかりと背を預けられたようです。

「お疲れ様ですわ」

「いや、でもミリィが来る前に比べたら楽になっているんだよね。君が多くを手伝ってくれるから」

姿勢を正しながら、ユミナ様はそんなことをおっしゃいます。

「仕事をさせるために来てもらったわけではなかったはずなのに、結局私は君を頼ってばかりだ」

ユミナ様はそうおっしゃりながら、私へと手を伸ばされてきます。
その手は、頬を伝い頤へと流れるように移動していく。軽く上向かされたと思えば、柔らかいものが唇に触れ離れていく。
ユミナ様の顔が至近距離にあることで、それがユミナ様の唇であることを知る。
突然の口づけに目を見開き、頬を染めることしかできなかった私をユミナ様が少しおかしそうに見つめてきます。
そして、軽く私の腰を抱き寄せ、己の顔を私の首筋へと埋められる。

「ふふ。ミリィの反応は変わらないね。でも、そろそろもう少し慣れて?」

首筋で小さく私にだけに届くような声で話されると、吐息が首筋をかすめ私はびくりと肩を震わす。
その反応にもユミナ様は少し笑われ、首筋へと軽く口づけられ離れていかれる。

「…ユミナ様が唐突なのがいけないのです」

そう小さく反論すれば、小さく笑われてしまった。

「宣言したら宣言したで、ミリィは困るでしょ?」

そう反論され、私は口を紡ぐしかなかった。

―――だって、その通りなんですもの。宣言されても、私どう答えていいかなんて知りませんわ…

ユミナ様は、私の反応に満足されたのか、卓上のベルを鳴らしお茶の準備を頼んでいらっしゃいました。
何事もないようにふるまうユミナ様を少しだけ、恨めし気に眺めながらユミナ様にお願いされた時のことを思い出す。
本当はユミナ様にお願いされたことは、情報収集のほかにもう1つありましたの。
それは、私だけにそっと耳打ちされたお願いでしたわ。
ユミナ様という存在に。距離感に。触れ合いに慣れてほしいと。
そんなに急かすつもりはないけれど、婚約者なのだからもう少しだけ私に触れたい。
そうお願いされましたわ。私は、その時も目を見開き頬を染めていたのだと思います。
ユミナ様が言外に男女の深い触れ合いを匂わせていることに気づかぬほど、私も無知ではありませんもの。
嫌なわけではありませんわ。私もユミナ様にもっと触れたいと思わないわけではありませんもの。
ただ…すこしだけ、勇気がなくて、恥ずかしいだけですわ。
ユミナ様が私へひどいことをすると思っているわけでもありませんし、その辺りは信用しています。
ですけれど、それとは違った感情で、少しだけ怯えている自分がいることにも気づいています。
そんなことを考えながら、直ぐそばのユミナ様の肩へ甘えるように頭を預ける。
私からの触れ合いなんてこれぐらいが精いっぱいで。
ユミナ様はそれがわかっているのか、腰を軽く抱き寄せながら己の頭を少しだけ私の頭へ触れるように倒されました。
そして、お茶とお菓子の準備ができる間、私はユミナ様へと身をゆだね続けました。
彼からのお願いを叶えるための私の精一杯のできることなのですもの。
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