貴方様と私の計略

羽柴 玲

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Ⅲ.貴方様と私の計略 ~ 婚約者 ~

122.辺境伯からのお願い①

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絵本の中には、ほんの少しの真実と夢が描かれているのですわね。



ユミナ様のお屋敷へお世話になるようになってから、一月ほど。
思ったよりも私の環境の改善は進んでおりませんわ。
理由は…いえ。これは、言い訳ですわね。多分、私の努力が足らないのですわ。

「…また何かされているわ」

「ほんと。何をされているのかしら。旦那様のご婚約者様だけど、何を考えてらっしゃるのか」

「きっとろくな事じゃないわよ。以前、いらっしゃったお嬢様だってそうだったじゃない」

私がサロンで書類を整理していれば、メイドたちのそんな会話が聞こえてきましたわ。
そう。私は、まだ以前こちらにいらっしゃった侯爵令嬢、マグノリア様が植え付けていった印象をあまり改善出来てはいません。
一部の方々の誤解はなんとなく解けていそうなのですけれど、普段関りのうすメイド達等の誤解はひどくなる一方な気がしますし。

「かあさまは、それでいいの?」

メイド達の会話を聞きながら、書類の整理を続けていれば、側で絵本を読んでいたノヴァがそう問いかけてくる。

「そうですわね。良いか悪いかと言われれば、良くはありませんわ。でも…」

そこまで口にし、私は左右に首を振り思考を切り替える。私が悪いを全てのことを抱えていたら実が持ちませんわ。

「そんなことより、その絵本は面白いかしら?」

ノヴァの持つ絵本を指し示しながら聞きます。彼が持っている絵本は、とある竜と姫の物語ですわ。


竜は姫を守りたかった。姫は竜を恐れた。
ある時、姫が隣国の王子に攫われた。竜は、それを助けに向かう。
姫が、王子に無体を強いられそうになった時、竜が間一髪助けに現れる。
竜の背に乗り姫は、自国へ帰還する。姫は竜に感謝を示し、竜の訪れを歓迎した。
しかし、竜は断罪されそうになる。
姫をさらったのは、竜なのではないか。そんな噂がまことしやかにささやかれるようになる。
竜は悲しみ、森の奥深くの巣へと籠りがちになる。姫は、竜の訪れが途絶えたことを悲しんだ。
姫は、王を説得し、1人の騎士と共に森の奥深くを訪れる。
やせ細り弱った竜は、姫を歓迎した。しかし、姫は竜の爪へとすがり涙した。
―――ごめんなさい。あなたは悪くないのに
―――いいんだ。君が無事に生きていてくれるなら
姫の涙を受け止めながら、竜は姫へと優しい言葉と目を向ける。
永遠と流れ続けるかと思われた姫の涙は、気づけば止まっていた。それは、竜の体を淡い光が包み始めたからだった。
光は、竜と姫とを包み込むと一瞬で霧散する。そこには、竜の姿はなく1人の男が姫に寄り添うように現れていた。
―――おどろいたな。僕の体が君と同じかたちになっている
男は竜で、竜が変化した姿だった。姫は、竜を城へと連れ帰る。
そして、種族の違いはあれど、一生を共にすごした。
喧嘩も苦難もあれど、1人と1匹は幸せそうであった。


確か、そんな話でしたわ。いつ描かれたものかわからない物語ですけれど、古くから存在していると言われています。

―――不思議な話なのよね。この物語…

絵本の内容を思い描きながら、そんなことを考えていましたわ。

「うん。ぼくのしっている、りゅうぞくのなりたちといっしょ。たぶん、しそのりゅうぞくがだいざいなんじゃないかな?」

「…始祖の竜族の話?え。これは、実話なんですの?」

私の言葉に、ノヴァは元気にうなずき説明をしてくれる。

「えっとね。さいぶはところどころちがうけど、りゅうぞくのうまれたきっかけがちゃんとかいてあるよ。
たとえば、りゅうはまもりたかった。ひめはおそれた。これは、ほんとうのこと。
しそのりゅうぞくは、あるひとぞくを守りたかったんだ。でも、ひとぞくにはおそれられていた。
でね、おうじがひめをさらった。これは、うそ。さらったのはりゅうなんだ。しそのりゅうをよくおもわないりゅうによってさらわれたの。
ひめのなみだでりゅうがひとにへんげしたってところは、はんぶんうそではんぶんほうとう。
ひめがなみだしたことでへんげしたけど、それにもげんいんがあったんだ」

ノヴァはそこまで言って、目を伏せてしまう。そして、しばらくして語った言葉に少しだけ衝撃を受けましたわ。
だって、姫と共に赴いた1人の騎士が竜を殺そうとしただなんて。そして、竜は傷つき騎士は死んだのだと。
姫が竜に謝罪と深い後悔で涙を流せば、それを憂いた竜が1つの提案をしたのだそうです。
竜が騎士として姫に仕えてもよいかと。そして、竜は騎士の遺骸を依り代に魂と肉体を定着させた。それが、竜が人の体を形作ることを覚えた始まりなのだと。そう、ノヴァは言っていましたわ。

「だから、これはくうそうでもあるしじつわでもあるの」

ノヴァは少し寂しそうにそう締めくくる。私がどう返していいものか悩んでいれば、

「ぼくつかれちゃった。ちょっとおやすみするね」

そう言って、サロンを出ていきました。

―――竜族の成り立ち。変異というよりは意図的にそうした。そういう感じでしたわ。ほんの少しの真実と作者の虹であって欲しいという夢。そんな感じかしらね。

先ほどのノヴァの話を思い起こしながら、最後の書類を片付ける。

「さて。終わりましたわ。ユミナ様へお届けしましょうか」

私はそう言い、サロンを後にする。私の手には、ユミナ様にお願いされたいくつかの書類が抱えられていた。
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