貴方様と私の計略

羽柴 玲

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Ⅱ.貴方様と私の計略 ~ 旅路 ~

106.竜の社⑧(ユミナ視点)

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これは…クロービスと初めて会った時に匹敵するな…



マルクス達と別れ、気が付けば石造りの回廊に1人立っていた。後ろには突き当り、前には果てしなく続くと思える回廊が存在していた。
あたりを見渡せば、壁にランタンがかけられていることに気づく。そして、それがただのランタンではないことに。

―――ミリィと出会ってから、身近ではないと思っていたものが身近に増えたな…

そんなことを思いながら、回廊を道なりに歩いていく。
彼女と出会う前までは、魔力やそれに準ずるものはあまり私と近しいものではなかった。むしろ、遠いものだと認識していた。
シュトラウス領の土地柄、魔族は身近にいたが魔力はそうではなかった。クロービス…魔王陛下の1人と密約を交わしているからか、わが領地に迷い込む魔族で魔力を扱うものは稀だった。どちらかと言えば、無害なものや力に訴えてくるものが多かったのも要因の1つだった。
にもかかわらず、ミリィと出会ってからは、異能や魔力と言うものが身近にあふれていたように思う。

―――マルクスは魔族の血を引いていて、今現在も魔族の貴族位を賜ってるし、何より魔力の扱いに長けている。ああ、そういう意味では、メビウスもだな。

最初、メビウスは隣国の将校で、切れ者の厄介者としてであった。純粋な人でありながら、魔力に長けた人物。今はなぜかミリィの側で護衛をしているが、その真意は確かではない。
ただわかることは、ミリィに危害を加えないであろうことだけだ。だから、護衛で側にいることを許容していると言ってもいい。

―――ヘーゼルもな。戦闘能力は高いし、恐らく過去もそれなりに重いものを持っているだろうな

ミリィの母とかかわりがあったというヘーゼル。彼女も忘れていたようだが、幼いころにも共に過ごしたみたいだった。聞いた当初は、焦燥のようなものを感じたが、彼女たちを見ていてそれも薄れていった。
親子というほどではないが、それに近い雰囲気であったからだ。

―――まぁ、ミリィ自身の能力も高いからな…

彼女自身はそれ程すごいとは思っていないようだが、彼女の能力は普通に高いしかなりのものだった。数多くある情報の取捨選択と整理。それは、知の侯爵を支えるために身に着けたものだろうが、私では足元にも及ばぬほどであった。おそらく、かなり優秀な領主でも足元に及ばぬほどかもしれないと本気で思っている。
それに、彼女は敵も作りやすいが、味方も多かった。なにより、彼女に着くのは大半が能力が高い。ミリィの側にいる4人がいい例だろう。

―――結局、どれほど彼女についてきたのだろうか

私は全量を把握していないが、テイラー侯爵に苦笑されつつ離されたことがある。
今回私と婚約し、ミリィへと付き従うことを表明した者たちが多かったらしい。3分の1程の人数ではないかと侯爵は言っていた。
表立っては4人。それ以外に多数としかわかっていない。
ミリィが結婚するまでは、彼女も彼らもテイラー家に属しているからいいけど、結婚したらどうしようかの。と笑っておっしゃっていたのを思い出し、少しだけ顔をしかめる。
男としては、妻の実家に頼ることはしたくない。だが、侯爵家と辺境伯家では財力の差がかなりあった。テイラー家は侯爵家でも国家予算並みの資金を持っているともっぱらの噂もある。
シュトラウス家として彼らを養う…いや、雇うだけの資金を工面できるかは未知数だった。

そんなことを考え、気づけば大きな広間に出ていた。あの社の中とは思えぬほどの広い空間であることから、別の場所である可能性を考えていれば、1つの威圧の様な感覚をつけていることに気づいた。

―――大きいな。どこからだ

感覚の元を探るように視線をさまよわせていれば、広間の奥に大きな玉座とも言うべき椅子が2つあることに気づいた。そして、そのうち一つには、一人の人…の様なものが静かに座っていた。

『よく来ました。こちらへ』

広間に響くその声は、涼やかで落ち着きがあった。普通の人であれば、女性と思われる高さの声だが…

『そんなに警戒しないでもよいのですが…そうですね、とりあえず、わたしは人ではないです」

そう声が話しかけ、もう少しこちらへと手招く。声の主から悪意が感じられないことから、警戒しながらも広間の端から中央へと歩を進める。中央であれば、全てに気を配る必要もあるが、何かあった場合に動きやすいだろうという考えてのことだ。

『わたしはこの社に祀られている天竜。こうと申しますの』

天竜。そう言われ、威圧の様な感覚に納得する。
確かにこれは、魔王としてクロービスに初めて会った時の感覚に似ていた。圧倒的な力を内包するものが、意図して相手を威嚇しないように抑えている。それが漏れ出ている。そんな感覚だった。

「天竜殿がどうして私を招かれたのですか。そして、ミリィはどこです」

私は相手を警戒しつつも、人としての交渉が通じぬ相手と認識したためか、矢継ぎ早に質問をぶつける。
先ほどまでは何とか紛らわしていた、ミリィを心配する感情が爆発するように表面化したことを私は心の片隅で感じていた。

『彼女はあおの招き人。そして、藍とわたしの希望』

感情のまま、天竜へと近づいた私は少しだけ息をのむ羽目になった。
彼女の容姿は、それはもう美しかったからだ。全ての顔のパーツがバランスよく配置さた整った顔立ち。長く癖一つない金髪。体つきも痩せすぎず、肉が付きすぎずといったものだ。そして、女性として出るところは出ている。ゆったりとした薄手の布を纏っているが、彼女の女性らしい姿態を隠すまでに至っていなかった。
己の思考や心とは裏腹に、とっさに沸き起こる感情と激情にも近い葛藤と戦っていれば、彼女は気にもしないというように話し続けている。

『ごめんなさい。藍の招き人だから、私にはどうすることも出来ないの。わたしに出来ることは、番と思われるあなたを招き説明することだけ。だけど、彼女の命の灯は消えることはないわ。それだけは約束できる』

彼女の最後の一言に、少しだけ安堵をする。命の灯が消えることはない。それは、ミリィが死ぬことはないという事だ。

『彼女には少しだけ。本当に少しだけ、魔力を分けてほしかったの。藍とわたしだけでは救うことができないから。もう時間がなかったから、藍も強硬手段に出てしまったの』

そこで彼女は一息つき、脈絡もない…いや、私がそう感じただけかもしれないが、脈絡のない話を始めた。

『藍はね、この世の絶望を目にしたの。今思えば、あの地は呪われていたのね。
人による同胞はらからへの迫害。そんな話を聞いて、藍は同胞を助けに向かったの。でも、そこにあったのは、人にも同胞にも同様に広がった絶望と混沌。
人の繁栄も終わりを告げ、終焉に向かっていた。でもそれは、同胞も同じだった。
だから、藍は同胞の最後の願いを聞き、彼らを連れ帰ったの。5つの小さな命。これが大体、人の時で5千年くらい前のはなし』

古代ともいえる程前の話であることに驚くが、彼女の真意が見えず、私はただ聞くことしかできない。

『藍とわたしは、小さな命が孵るように、魔力供給を行ったわ。
わたしたちが、産まれてから孵るまでに、魔力供給と歌が必要なの。歌は、同胞の誰かが祝福すれば贈られる。
だから、藍やわたしでも問題ないの。問題は、魔力供給。これはね、波長が合わないとできないの。
親であれば子の波長に大体合わせることができるし、もし合わなくても親族や身近に大体合わすことができるものがいるものなの。
でも、藍とわたしは同胞だけれども、近しい血筋ではないわ。だから、とても難しくて困難を極めるものだった。
それでも4つの命は孵すことができた。最後の命が孵ったのが大体千年くらい前。
1つに約千年くらいの月日を要したわ。…あ、あなたの友人も無事にこれたみたい』

最後の言葉の意味が分からずにいれば、ほどなく背後に2つの気配を感じる。最近慣れ親しんだ、マルクスとメビウスのものだ。

「辺境伯は無事みたいだね。ひーさんは…」

背後でメビウスの言葉が不自然に途切れる。不審に思い振り向けば、彼女に視線を向けて冷や汗を流しながら固まっていた。

「なんで、旦那は天竜と対面してるんだ?しかも、人型とってるってことは竜族でも力あるものだぞ」

マルクスの呆れたような言葉に、メビウスの態度に納得がいく。そして、私が感じることの無い何かを感じているのだろう。おそらく、魔力に関する何かだ。

『お話続けていい?』

こちらの反応など気にも留めないように、彼女は問いかけてくる。
私はマルクスと顔を見合わせ苦笑をすると、彼女へと向けて頷いた。

『うん。…残った小さな命は1つ。でも、これがとても問題だった。藍とわたしでは、うまく波長をあわせれなかったの。
命をつなぐ程度に合わせることはできても、孵るまでには至らない。藍とわたしで何とかつないでいる命だった。どちらかの供給が途絶えれば、長くは生きられない。そんな状況だったの。
1つ目の変化は、18年前かな。藍が不調をきたしたの。最初は人でいう風邪のようなものだったけれど、それが癒えることはなかった。だから、藍は扉を封じたのよ。
2つ目の変化は、今日。最後の小さな命と似た波長の彼女が現れたの。焦っていた藍は、彼女を少し強引に彼女を招いた。最後の希望として』

彼女はそこで口をとざし、それ以上のことは語らなかった。何処か、哀しげな表情をしながらも、諦めている。そんな風に感じるが、今はそれを気にしている時でもないように感じる。
彼女の話を鵜吞みにするならば、竜族の子を孵すのに必要な魔力をミリィに求めたという事だ。
私は、竜と竜族に関する知識を総動員で思い出す。

竜と竜族は1つの種族で、序列が高いものが竜族と呼ばれているのだったか。竜族の中でも、人型をとれるもは上位とされていたと思う。序列の決定は、竜たちの間では、何か明確なルールがあるとしかわかっていない。
そして、竜も竜族も卵生だったはずだ。その後孵すと言っていたから、小さな命は卵か。
竜と竜族の卵の孵し方は、依然としてわからずとあったはずだ。…まて。わりと重要な話が含まれていた気がする。
そこまで考えたところで、彼女が再度口を開いた。

『あ。彼女は願いを聞き入れてくれたみたい。…危ないから、下がった方がいい』

彼女の言葉に、首を傾げていれば再度『早く』と催促され、わからぬままに彼女との距離を開ければ、空間に変化が現れる。
大きな影と小さな影が、何もないはずであった彼女と私たちの間に出現していた。それは、一瞬大きな光を瞬かせると私たちの前へと姿を現した。
大きな影は絵姿でしか見たことの無い竜であった。確かに、水竜の石像にどことなく似ているように思う。ただそれからは、違和感が漂っていた。
小さな影はミリィと卵の様な何かだった。ミリィはそれを抱え、何が起こったのかわからないように目を白黒させていた。
それいから、ミリィが抱える卵の様な何かに目を止め、顔を引きつらせるしかなかった。
透明感のあるつるつるした翡翠色の卵の様なもの。それは、大きな目をくるりと光らせ、ただただみりぃを見つめているようだった。
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