貴方様と私の計略

羽柴 玲

文字の大きさ
上 下
93 / 146
Ⅰ.貴方様と私の計略 ~ 出会いそして約束 ~

93.侯爵令嬢の小さな微笑み

しおりを挟む
私の表情筋は死んではいなかったのですね…



私は、ユミナ様の腕の中にいます。
ユミナ様の問いにうなずき返してから、しばらくたつけれど、ユミナ様は私を開放することなく抱きしめたままです。
そっと、耳を澄ましてみれば、私の早鐘を打つ鼓動とは別に、自身の鼓動よりも心持遅い、けれど早い鼓動が聞こえてくる。

これは…ユミナ様の鼓動?

今、私が鼓動を聞ける距離にいるのはユミナ様だけ。自身の鼓動でないなら、ユミナ様の鼓動であることは間違いないのだけれど…

ユミナ様も緊張されていた?

そう思うとユミナ様の顔を拝見したくなって、少しだけ身じろぎする。
顔だけでもあげれないかしら?
そう思っていれば、ユミナ様の腕が緩み開放される。ユミナ様を伺えば、顔を背けられる。
少しだけショックに思ったけれど、よく見ればユミナ様の耳が少しだけ赤くて、照れていらっしゃるのかしらと思う。

「ユミナ様?」

そう呼びかければ、ピクリと肩が揺れるのが見える。私がユミナ様のお顔を覗き込むより早く、ユミナ様は軽く首を振られ私へと向き直られる。

「ミリィ。ありがとう」

ユミナ様はそう微笑まれ、自然な動作で私の頬へと口づけられました。
一度は引いた頬の熱が、戻ってきて。

「本当はここへしたいけれど。我慢できる自信もないし、時間もないからやめておくよ」

そうおっしゃられ、指の背でするりと唇を撫でられました。

「なっ…」

私が一人でわたわたと慌てていれば、ユミナ様は立ち上がり私へと手を差し伸べられてきます。

「そろそろ戻らないといけないだろう?君を心配する人もいるだろうし。あーでも、私は怒られるかもしれないな」

ユミナ様の手を取り立ち上がりながら、ユミナ様の言葉に首をかしげる。

「ユミナ様が怒られるのですか?」

「うん。今の君を見れば、泣いてたことはまるわかりだから。私が泣かせたと責められる。まぁ、泣かせてしまったのだけれど。
それは事実だし、甘んじて受け入れるよ。良いことがあった後だし」

ユミナ様は私の指へと自身の指を絡ませながらそうおっしゃいます。

「え。でも、泣いたのは私の勘違い…ですし…」

絡められる指に少しの羞恥と嬉しさを感じていれば、ユミナ様は少し笑われる。

「いや。私の言い方が悪かったのだから、私が悪いよ」

ユミナ様にエスコートというよりは、腕を引かれるように歩く。
温室を出れば、護衛をしていたであろう、ヘーゼルとマルクスの二人がいた。

「お嬢の顔大変なことになってるけど、どうしたの」

マルクスが少し心配そうに声をかけてくるが、ユミナ様とつながれた手を見て表情を変える。

「あーなるほど。旦那に泣かされたのか」

「間違ってはいないが、違う」

マルクスが笑いながら言った言葉に、ユミナ様が渋い表情で言い返している。
話の内容はわかりませんでしたけれど、なんとなく不本意なことを言われているような感じですわね。

「ヘーゼル。マルクスとユミナ様は仲がよいのね」

私がそうヘーゼルへと声をかければ、ユミナ様とマルクスが勢いよく振り返る。
その表情は、とても微妙そうな表情で、私は思わずふふっと笑う。

「お嬢が笑った?」

マルクスの驚いたようなつぶやきに首を傾げれば…

「あ。もとに戻ったね」

ユミナ様がそんなことをおっしゃいます。
訳が分からずに、ヘーゼルへと視線を向ければ少し驚いたように説明してくれる。

「今、君は笑っていたんだ。わずかだけれど微笑んでいた。すぐに、いつもの表情に戻ってしまったけれど」

私は、空いている方の手を頬にあて、再度首をかしげる。

「私笑っていたのですか?」

そう問えば、3人はうなずき返してくる。
私自身、自分の表情が動いたのを感じることも見ることもなくなって久しい。
10年以上感じていないし、見ることもなかった。
でも、今私は笑ったらしい。確かに、ユミナ様とマルクスの表情がおかしく感じて、内心笑ってはいましたけれど、それが表情に出ているとは思っていなかった。

「君はもともと表情のない子ではなかったのだから、不思議ではないよ」

ヘーゼルの言葉に、ぎこちなく頷きを返せば、ユミナ様が開いている手で頭を撫でてくださる。

「笑いたければ笑えばいいし、笑いたくなければ笑わなくていいよ。笑った君はとてもかわいかったけれど。また見れれば嬉しいけれど、無理をする必要はないよ。君は君の思うままにすればいい」

そう言い終わると、頭から手が離れていく。
ユミナ様は、私を私として受け入れてくれている。そんな風に感じ、少しだけ嬉しくなる。
彼の前では無理をしなくてもいい。飾らなくてもいい。そんな風に言われた気がした。
それはとてもうれしくて、心が温かく満たされるていく。

そういえば、ユミナ様と出会ってからそんな風に感じることが増えましたわね。

そう思っていれば、ユミナ様にいくよ。と手を引かれる。あわてて、歩き出せば先ほどのように手を引かれて歩く。
違うのは、私たちの後ろを守るように、ヘーゼルとマルクスがついてきていることくらい。

ユミナ様は私を好きだと言ってくれた。本当の婚約者になってくださると言ってくれた。そして、その先を許されるのだと思える言葉も。
今つながれているユミナ様の手はとても暖かくて、大きくて。剣を扱うからか少し豆があってごつごつしている。でも、細くしなやかに見える指先。少しだけ指先に力をこめれば、優しく握り返してくださる。
今までだって、そんなことはあったけれど、戸惑いの方が大きかった。どうしていいかわからなかった。
でも、今はただただ嬉しくて暖かい。

「ユミナ様…ありがとうございます…」

そう、小さく呟けば、返事のように手を握り返される。
ユミナ様に届くような声ではないはずだから、きっと気のせいではあると思うけれど。

私は、ユミナ様に手を引かれながら、ふわふわとした気持ちで屋敷へと歩いて行った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

死を回避したい悪役令嬢は、ヒロインを破滅へと導く

miniko
恋愛
お茶会の参加中に魔獣に襲われたオフィーリアは前世を思い出し、自分が乙女ゲームの2番手悪役令嬢に転生してしまった事を悟った。 ゲームの結末によっては、断罪されて火あぶりの刑に処されてしまうかもしれない立場のキャラクターだ。 断罪を回避したい彼女は、攻略対象者である公爵令息との縁談を丁重に断ったのだが、何故か婚約する代わりに彼と友人になるはめに。 ゲームのキャラとは距離を取りたいのに、メインの悪役令嬢にも妙に懐かれてしまう。 更に、ヒロインや王子はなにかと因縁をつけてきて……。 平和的に悪役の座を降りたかっただけなのに、どうやらそれは無理みたいだ。 しかし、オフィーリアが人助けと自分の断罪回避の為に行っていた地道な根回しは、徐々に実を結び始める。 それがヒロインにとってのハッピーエンドを阻む結果になったとしても、仕方の無い事だよね? だって本来、悪役って主役を邪魔するものでしょう? ※主人公以外の視点が入る事があります。主人公視点は一人称、他者視点は三人称で書いています。 ※連載開始早々、タイトル変更しました。(なかなかピンと来ないので、また変わるかも……) ※感想欄は、ネタバレ有り/無しの分類を一切おこなっておりません。ご了承下さい。

1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。

尾道小町
恋愛
登場人物紹介 ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢  17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。 ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。 シェーン・ロングベルク公爵 25歳 結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。 ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳 優秀でシェーンに、こき使われている。 コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳 ヴィヴィアンの幼馴染み。 アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳 シェーンの元婚約者。 ルーク・ダルシュール侯爵25歳 嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。 ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。 ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。 この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。 ジュリアン・スチール公爵令嬢18歳デビット王太子殿下の婚約者。 ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳 私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。 一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。 正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?

貴方へ愛を伝え続けてきましたが、もう限界です。

あおい
恋愛
貴方に愛を伝えてもほぼ無意味だと私は気づきました。婚約相手は学園に入ってから、ずっと沢山の女性と遊んでばかり。それに加えて、私に沢山の暴言を仰った。政略婚約は母を見て大変だと知っていたので、愛のある結婚をしようと努力したつもりでしたが、貴方には届きませんでしたね。もう、諦めますわ。 貴方の為に着飾る事も、髪を伸ばす事も、止めます。私も自由にしたいので貴方も好きにおやりになって。 …あの、今更謝るなんてどういうつもりなんです?

もう二度とあなたの妃にはならない

葉菜子
恋愛
 8歳の時に出会った婚約者である第一王子に一目惚れしたミーア。それからミーアの中心は常に彼だった。  しかし、王子は学園で男爵令嬢を好きになり、相思相愛に。  男爵令嬢を正妃に置けないため、ミーアを正妃にし、男爵令嬢を側妃とした。  ミーアの元を王子が訪れることもなく、妃として仕事をこなすミーアの横で、王子と側妃は愛を育み、妊娠した。その側妃が襲われ、犯人はミーアだと疑われてしまい、自害する。  ふと目が覚めるとなんとミーアは8歳に戻っていた。  なぜか分からないけど、せっかくのチャンス。次は幸せになってやると意気込むミーアは気づく。 あれ……、彼女と立場が入れ替わってる!?  公爵令嬢が男爵令嬢になり、人生をやり直します。  ざまぁは無いとは言い切れないですが、無いと思って頂ければと思います。

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

義妹が婚約破棄された。その方が幸せになることを知っているので流したが、それ以上はさせないぜ!?

蒼井星空
恋愛
最愛の義妹が婚約者であるクソ王子に裏切られて婚約破棄された。 俺はこの出来事を知っている。なぜなら俺は特殊スキルで未来を見て来たからだ。 義妹の悲しむ顔を見るのは切なく、辛い。 でも大丈夫だ。これからきっと俺が幸せにしてやるからな? もちろんこれ以上、義妹の断罪は必要ない。 クソ王子の愛人をいじめたなんてのは濡れ衣だし、他の男に色目を使ったなんてでっちあげだし、そもそも義妹に権力欲なんてない。 両親と末妹は実家に帰らせているから理解不能な義妹への嫌がらせのような追及はさせないし、突如現れる悪霊なんてお義兄ちゃんがてなづけたから問題ない。 だからお前は好きなように生きると良い。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

処理中です...