貴方様と私の計略

羽柴 玲

文字の大きさ
上 下
89 / 146
Ⅰ.貴方様と私の計略 ~ 出会いそして約束 ~

89.貴族という名の伏魔殿⑩(ユミナ視点)

しおりを挟む
気をゆるしてはくれているのだろう。だが、男として意識されているかは微妙な気もするな。



カミラ達と対策を協議して数日。王太子殿下は変わりない日常を送り、第二王子殿下はすっかり正気を取り戻したように精力的に働いているようだ。
カミラが楽になったと笑っていた。本来のあいつは能力が高いのだろうとも言っていた。
私の記憶でも、第二王子殿下はそつなくこなすタイプだった。今までの噂の方が私の知る殿下とはかけ離れていたから、今の方が親しみがわく。

現在、私はテイラー侯爵の元を訪れ、殿下達と話した内容を含む対策を伝えていた。

「ところで、シュトラウス辺境伯はわしを信用してもよいのか」

そう、侯爵は聞いてきた。私は、苦笑をしながら信じていますよと返す。

「私は、ミリィの身内は信じたいという思いもありますが、侯爵はそれとは別に信じていますよ。
辺境を預かるものとして初動で正しく動いてくださる方々はありがたいですし、何より国を思って動いてくださる方は信用に値しますよ。
今回も多く助けられましたし」

そういえば、髭のない顎をなで小さく笑ったようだった。

「なんじゃ。わりと信用度が高くて驚くんじゃが。まぁ、わしも人のことは言えんしにたりよったりかの」

「光栄ですね」

私も答えながら笑う。侯爵に信用されていることは存外嬉しいものだった。
そして、意を決したように真剣な表情でテイラー侯爵へと向き直る。

「話は変わるのですが…正式に申し込んでもよいですか」

侯爵は小さく笑うとからかうように告げてきた。

「なんじゃ。辺境伯は本気になったのかの」

少し面映ゆくなり、首に手を当て視線をそらしながらも小さくうなずく。

「そう…ですね。彼女の隣を他の誰かに譲りたくはないという程度には」

侯爵はおかしそうに笑っている。なんだか、ちょっと居心地が悪いな。
どうも、見透かされているようなそんな感じがするからなのかもしれない。

「わしはかまわんよ。ミラが了承するならじゃが。それに、君にならミラとそれに従うものを任せてもよいと思ったから話を持ち掛けたわけじゃしの」

「彼女に従うものもですか?」

私が疑問をそのまま口にのせれば、テイラー侯爵は小さくうなずいている。
それに、私はどうやら試されていたらしい。

「ああ。君は既に知の侯爵の隠語の意味を知っておるのだろう。ということはじゃ、ミラを主にと仰ぐものもおるだろう。
現に、メルはミラを主と決めている節があるからの。あれは、たぶんミラについていくじゃろ。
わしが気づいておらんだけで他にもおるだろうな。あれは他を引き付ける」

「それはわかります。ミリィは人を誑し込む素質があるのではないかと感じていたところです。
まぁ、敵も作りやすいのかもしれませんが」

私は、カミラ達殿下方とミラの関係を思い出す。友人にしては親しく少しだけ距離が近い。
思い出せば胸に焼けつくような感情が生まれるのを自覚する。

「あれじゃの。辺境伯も思ったより若かったの」

侯爵は楽しそうに笑っている。い、いたたまれない。私自身の気持ちを見透かされている気がする。
自分の親にほど近い御仁ではあるが…ミリィの身内でもあるんだよな。

「そ…そういえば、侯爵家では古い風習を守っているとお伺いしましたが、どのようなものなのですか」

笑っていた侯爵が、怪訝な顔をしていたが私の腰で揺れる鞘飾りを目にとめにやりと意地悪そうに笑う。

「なんじゃ。気になることでもあるのか」

なんだか、もろもろばれているような…いや、でもわからなかったんだ。
いろいろ調べてみたが鞘飾りに関する風習を見つけられなかった。
辛うじて書物として残っていたのも、シュトラウス領で残っている風習の物だけだった。

「何やら見透かされているようで居心地悪いのですが、そうですね。
彼女を泣かせてしまったので、いろいろ調べてみたのですが、結局わからなかったんです。
父から娘へ送る鞘飾りの風習とはなんですか。辛うじて昔爺様が母から息子へ送る鞘飾りの意味は分かったのですが、それ以外はさっぱりでして」

そう、直球で問いかけてみれば、侯爵は少しだけ虚をつかれたような表情をする。

「まぁ、そうじゃの。その風習は古い。古から受け継がれておる風習じゃ。
その風習に関する書物があるとすれば、古の血族か王族くらいではないか?
そうじゃの…父から娘へ。母から息子へ。どちらも守りの願いが込められておることには変わりない。
そうじゃの。母から息子へ送る鞘飾りは息子へ鞘飾りを送る娘が現れるまでの守りを意味しておる。
わしが言えるのはこれぐらいかの。あとは、ミラ本人にでもきくとよかろ」

侯爵はそれきり口を閉ざされてしまい、聞き出すのは無理そうだった。
私は、侯爵へと礼をいい部屋を後にする。

それにしても、息子へ鞘飾りを送る娘が現れるまでか。前向きに考えれば、私に都合がよい気がする。
ミリィも私を思ってくれている。そう意味しているようにも思える。
彼女が私に心を許してくれているようにも思えてならない。
私の思い過ごし。ということもないのだろうとも思う。

私に抱きしめられて寝るくらいだから、気を許してはくれているのだろう。
男として意識されているかは少し疑問に思わなくもないが。

部屋へと戻れば、カミラと王太子殿下から書簡が届いていた。
カミラからは私的なものと公的なものが。王太子殿下からは私的なもののようだ。

とりあえず、公的なものを確認すれば、私への言いがかりとしか言えない陳情に対する、辺境伯としての申し開きを述べよということらしい。
面倒この上ないが、所定の書式で返答を記載していく。辺境伯としての封蝋を押印し使いを出した。

私的なものについては、カミラも王太子殿下もどちらも内容は同じだった。
第二王子殿下に関する調査と分かったことが書かれていた。

最初に秘薬と疑われる香水を評価したのは、マレフィセント伯爵の血縁であったらしい。
現在は、同じ伯爵を賜っているらしいが、当時は子爵であったらしい。
何が認められ、伯爵になったのかは私は知らないが、現在は伯爵であることは間違いない。
なんでも、気に入った香りであることを含め、献上品に侍従殿にもどうぞという形で、少しずつ広めていったらしい。
子爵本人が動いていたことにも驚くが、献上品に紛れ込ませていたことにも驚く。
侍従への賄賂と取られても不思議ではないと思うが、正しく賄賂で会ったのかもしれないとも思う。
それに負けじと、マレフィセント伯爵や他の子爵家が真似ていたというから呆れるしかなかった。

そういえば、シュトラウス家としては必要最低限の献上品は収めるが、それ以外に送ったことはないな。
賄賂は…ないとは言えないか。兵や傭兵の士気を上げるために行う贈答も賄賂だからな。

カミラと王太子殿下の書簡に記載されているのは、それぞれ自身の派閥に属するものが多いようだった。
まぁ、派閥に属する貴族を調べる方が、自然であるし怪しまれにくい。
陣営に属するものの身上調査だと言えなくもないからな。

にしても、書簡に記載されている内容にうんざりする。
まるで、伏魔殿だと言わんばかりの内容だ。やれ、賄賂を贈っているだの、他を引きずり降ろそうと仮作しているなどといった内容ばかりだからだ。

私も貴族の末席にいるが、そこまでして貴族という地位を守りたいのかと思う。
いや、違うか?出世したいのかもしれない。
我が国では、国への貢献によって貴族位が繰り上げられる。ただ、今の上位貴族に空きはなかったはずだ。
だから、引きずり降ろしあわよくば自分はと思うのだろうが…
堅実に仕事をしていれば苦労もあるだろうが、引きずり降ろされる理由もないだろうにと思う。
まぁ、私のような辺境伯はその限りではないのかもしれないが。
私個人としては、辺境伯としての地位に固執はしていない。むしろシュトラウス家を北の辺境に留め置くことを王家が固執している。
ただ、本気でミリィと添い遂げたいのであれば、それなりの力がいる。彼女を守るためというのもあるが、世間的な話もないわけではない。
侯爵家の令嬢を平民へと嫁がせるのはさすがに無理だからだ。ミリィの身一つであればやりようはあるが、ミリィとそれを慕うものというとそうもいかない。

はぁ…

考えれば考えるだけ問題は出てくるし、考えることはなくならない。
少しばかり、嫌になるなと思い、休憩をするためにお茶の準備を頼むことにした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

【完結】記憶を失くした貴方には、わたし達家族は要らないようです

たろ
恋愛
騎士であった夫が突然川に落ちて死んだと聞かされたラフェ。 お腹には赤ちゃんがいることが分かったばかりなのに。 これからどうやって暮らしていけばいいのか…… 子供と二人で何とか頑張って暮らし始めたのに…… そして………

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

私の恋が消えた春

豆狸
恋愛
「愛しているのは、今も昔も君だけだ……」 ──え? 風が運んできた夫の声が耳朶を打ち、私は凍りつきました。 彼の前にいるのは私ではありません。 なろう様でも公開中です。

処理中です...