87 / 146
Ⅰ.貴方様と私の計略 ~ 出会いそして約束 ~
87.貴族という名の伏魔殿⑧(ユミナ視点)
しおりを挟む
眠れぬほどの不安を与えてしまった事に、後悔の念を感じる。
それと同時に、安心できる場所だと思ってもらえたことに、嬉しさを感じた。
客間兼執務室へ戻ってきた私たちは、とりあえず一息つくことにする。
私は、ミリィを長椅子へと座らせ、自身は隣へと腰掛ける。
「…ミリィ。何か心配事…いや、気になることでもあった?」
徐にそう問えば、ミリィが私へと視線を向ける。
「何故、そう思われたのですか」
ミリィが落ち着いた声音で問いかけてくる。
カミラの執務室に居た時よりもいくらか落ち着きを取り戻しているようだった。
「何故…か。そうだな。メイリーナの名前を聞いたとき、君は少し落ち着きをなくしていたからかな。
あと、何かを確かめたかったのか、不安になったかしたのではないかと思ったからかな。
彼らが控えていた方へ振り替えることを必死に我慢しているように見えたから」
そう言えば、ミリィが少しうつむく。何かを思案しているようにも見える。
私は内心、少し寂しく思うことを止められなかった。私にも話すことをためらっているようだったから。
それとも、ミリィ自身ではなく、別の誰かに関係する内容だからだろうか。
ミリィの返答を待つ間、部屋の隅に控えている者たちへと視線を向ける。
彼女にほど近い位置に、ヘーゼルとマルクス。少し距離を開けて、メビウス。侍女らしく壁際へ控えているメル。
彼らの立ち位置と扉や窓の位置を思い描き、内心で苦笑を漏らす。
ヘーゼルとマルクスは、彼女を直ぐに守れる位置に控え、メビウスは彼らの穴を埋めるような立ち位置にいる。
一番離れているメルは、扉から侵入されても窓から侵入されても対処できる位置にいた。
そして、それはあくまでミリィを守るための布陣である。
私自身、自分の身は自分で守るだけの力は持っていると自負してはいるが、私など眼中にないと言われているようだと感じる。
少し、ネガティブな思考に偏りつつあるな。女性一人の態度でまさか、私がここまで思考を乱されるとは思いもしなかった。
この年まで生きてきて、これほど思考が乱されたことはほとんどなかった。
記憶にあるのは、身内の不幸くらいだったと思う。
「…あの。えっと…」
ミリィの声で、思考を中断する。目線で先を促せば、ミリィはヘーゼルへと声をかける。
「ヘーゼル。私の気のせいでなければ、メイリーナという名前に覚えがあるのだけれど」
ヘーゼルへと視線を向ければ、表情を変えることなく口を開いている。
「香水・メイリーナ。メイリーナ工房の唯一の香水。魔女と名高いメイリーナの作。
工房が開かれたのは、10年前。香水・メイリーナが市場へ出されたのが8年前。
工房主のメイリーナの失踪は、その翌年だから7年前」
ヘーゼルが淡々とメイリーナについて述べている。魔女メイリーナ?どこかで聞いたような気もしなくもないが、それよりも私は、ヘーゼルが詳しいことの方が気になった。
「ユミナ様。私がメイリーナを知っていたのは、両親の死が関係していますの。
当時私は6歳でしたし、メイリーナとう香水が出回った時も10に満たないころの話ですから、その頃に知ったわけではないのです。
後に両親の死を調べた調書を偶然見つけてしまって、そこにメイリーナという記載があったのです。
だから、たぶんメイリーナは両親の死にも関係していて…おそらくヘーゼルがいくらか情報を持っていると思いますの」
ミリィはローブを握りしめ、うつむいたまま話している。
握りしめられた手は、固く握られ、どういった感情かは測りかねるが少し震えていた。
「でも、あの場で情報を私の一存で言うには、不自然がありました。それに、両親の死は私事ですけれど気持ちが乱れてしまって…」
私はそっとミリィの頭へと手を伸ばし、ポンポンと軽くなでるようにはたく。
思わずといったように顔を上げたミリィの目は、少し濡れ揺れていた。
無理もないだろうと思う。彼女の両親の死は事件性があり、ミリィが死に居合わせたことはテイラー侯爵からうかがってはいた。
しかし、6歳という年齢であったことに驚き、そして、彼女の心に影を落としているのではないかと思った。
私は、ミリィを軽く抱きしめ頭を撫でてやる。
「無理することはない」
ミリィは抱きしめられた姿勢から逃げ出すこともせず、小さくうなずくだけだ。
「ヘーゼル。もう少し詳しくはなせるか。ミリィはつらかったら言って?」
腕のなかで、ミリィがうなずくのを確認し、ヘーゼルが再度口を開く。
「自分もそれほど詳しいわけではないし、裏付けの取れていない情報がほとんどだ。
メイリーナの工房には不可解な点がいくつかある。工房が開かれたのが10年前だが香水が市場に出てくる8年前まで何一つ市場へ出荷していない。
工房が開かれてから市場へ出荷するまでに2年の空白があり、その間何をしていたのか何一つつかめていない。
香水を開発するのにかかった期間だとも言えなくもないが、記録や噂一つ出てこないのは不自然でもある。
それから、市場に香水を出してから1年後には、行方をくらませている。
それにもかかわらず、香水の流通は5年前まで確認されている。現在の流通している香水が香りを維持できるのが1年程であることを考えれば、失踪直前に作成されたものがかなりの量があったとしても、1年程長い。
メイリーナが失踪し、工房が閉じられてから2年香水が流通していたことになる。
独自の保存技法を編み出していたのか、メイリーナが人知れず商品を流していたのかはわからない。
わかっているのは、香水メイリーナのレシピや保存技法に至るまで記録は残っておらず、だれも再現ができていないということだ」
ヘーゼルの話を聞き終わても、メイリーナについては謎が多いことが分かった程度だ。
実際、メイリーナ自身についてわかっていることは、ほとんどないのだろう。
「なぁ。メイリーナってメイリーナ・マクスウェルか?」
少し間をあけ、メビウスが疑問を投げかけてくる。
「肯定する。メイリーナは、メイリーナ・マクスウェルと記録されていた。本名であるかはわからぬが、工房を開く際の申請書にはそう記載があったのは確かだ」
「知っているのか」
メビウスは、頭を横に振り直接は知らないという。
「直接知っているわけではないんだ。ただ、10年程まえにメイリーナ・マクスウェルという女性が隣国の王族の食客としていたはずだ。
その頃は、俺も新米だったから王族に近づく事もなかったし。ただ、一度だけそれらしい人物を遠めに見たことがある。
と言うか、俺の魔力に干渉する力を感じたから、怪しい方向にそれらしい人が居たといった感じだから、顔もわからない。
記憶に残っているのは、人の形をしているが人が持ちえぬほどの魔力の奔流を感じたことだけだ」
魔力の奔流というのがいまいちわからないが、人に稀にいる魔力持ちとは次元が違うということか?
そもそも、魔力とはどれほど持てるものなのだろうか。
「魔力の奔流でマクスウェルね。若干嫌な予感がするな」
メビウスの言葉を受け取るようにマルクスが口を開く。私と目があえば、彼はあー…と話し始める。
「まず、旦那は魔力ってよくわかってないな?眉間にしわがよってる」
そう言われ、間違いではなため頷いておく。魔力だとかここ数か月の間に耳にすることが多かったが、それほど耳にする言葉ではなかった。
身近かと言われれば、力いっぱい否と答えられる。
「そうだな。旦那にわかりやすく言えば、剣士の覇気に似ている」
覇気ならばわかる。熟練の剣士で名のあるものや力あるものは大抵備えている。
目に見えるものではないが、人によって力の大小があり強いものほど大きな覇気を備えていた。
覇気は相手を畏縮させ隙を作ることもできる。大きな覇気はドラゴンさえも畏縮させるらしい。
「魔力も人によって大小さまざまだ。人族は魔族に比べれば些細な量の魔力しか保持していない。
内臓魔力量で言えば、下位魔族にすら及ばない程度しか持ちえないんだ。理由は、人族の肉体が魔力に耐えれないからだと言われている。
でだ、そこのメビウスの魔力は、人族に限定すれば上位に入るであろう魔力量なんだ。その、メビウスが奔流だと例える魔力はおそらく、彼の言う通りただの人族では持ちえないのではないかと思う。魔族・・・あるいは、先祖に魔族の血が混じっているものの可能性が高い。
あと、マクスウェルを名乗っていて魔族であるなら、上位魔族か上位よりの中位魔族かもしれない」
なるほど。魔力の説明は半分もわかっていないかもしれないが、人が持つことのできる魔力はたかが知れているというのは分かった。
…ん?人か魔族かはまぁ置いておいてだ、もしかして…
「もしかしなくても、メイリーナの香水は秘薬の可能性があるのか?」
嫌な予感を感じながら問えば、マルクスとメビウスが頷きを返してくる。
「さっきの王弟殿下の記憶から考えれば、十中八九秘薬の可能性が高い」
マルクスの言葉に渋面を作り、どうしたものかと思っていれば、胸にかかる重さが増えていることに気づく。
そっと、ミリィを伺えば、薄く流した涙の後の残る顔で寝息を立てていた。
「…もしかして、朝早かったのか?」
「いえ。最近お嬢様は、あまり眠れていないようでしたからそのせいかと」
私のつぶやきから、事態を察したメルが答えを投げてよこした。
…私のせいか。
眠れぬほど不安を与えていた事実に落ち込みながら、涙の後をふき取る。
彼女を起こさぬよう、そしてなるべく負担のないよう姿勢を直してやる。
「貴賓扱いだが、客室を与えられているのか?」
「はい。一応与えられておりますし、泊りの可能性も考えて準備はしておりますが、ここからですと少々距離があります」
そうか。ベッドでゆっくりと寝かせてやろうかと考え、改める。
彼女を運ぶことはたやすい。しかし、寝顔をさらすことは避けたい。
もっと言えば、独り占めをしてしまいたい。
まぁ、私のベッドを使わせてもいいが…
若干不埒な妄想がかすめるが、気にしないことにする。
このまま目覚めなければ、それも視野に考えるがしばらくはこのまま胸に抱いておくことにする。
ヘーゼルやマルクス、メビウスには、声のトーンを落とすよう目配せを送る。
3人から頷きが返ってくるのを確認し、話を再開した。
それと同時に、安心できる場所だと思ってもらえたことに、嬉しさを感じた。
客間兼執務室へ戻ってきた私たちは、とりあえず一息つくことにする。
私は、ミリィを長椅子へと座らせ、自身は隣へと腰掛ける。
「…ミリィ。何か心配事…いや、気になることでもあった?」
徐にそう問えば、ミリィが私へと視線を向ける。
「何故、そう思われたのですか」
ミリィが落ち着いた声音で問いかけてくる。
カミラの執務室に居た時よりもいくらか落ち着きを取り戻しているようだった。
「何故…か。そうだな。メイリーナの名前を聞いたとき、君は少し落ち着きをなくしていたからかな。
あと、何かを確かめたかったのか、不安になったかしたのではないかと思ったからかな。
彼らが控えていた方へ振り替えることを必死に我慢しているように見えたから」
そう言えば、ミリィが少しうつむく。何かを思案しているようにも見える。
私は内心、少し寂しく思うことを止められなかった。私にも話すことをためらっているようだったから。
それとも、ミリィ自身ではなく、別の誰かに関係する内容だからだろうか。
ミリィの返答を待つ間、部屋の隅に控えている者たちへと視線を向ける。
彼女にほど近い位置に、ヘーゼルとマルクス。少し距離を開けて、メビウス。侍女らしく壁際へ控えているメル。
彼らの立ち位置と扉や窓の位置を思い描き、内心で苦笑を漏らす。
ヘーゼルとマルクスは、彼女を直ぐに守れる位置に控え、メビウスは彼らの穴を埋めるような立ち位置にいる。
一番離れているメルは、扉から侵入されても窓から侵入されても対処できる位置にいた。
そして、それはあくまでミリィを守るための布陣である。
私自身、自分の身は自分で守るだけの力は持っていると自負してはいるが、私など眼中にないと言われているようだと感じる。
少し、ネガティブな思考に偏りつつあるな。女性一人の態度でまさか、私がここまで思考を乱されるとは思いもしなかった。
この年まで生きてきて、これほど思考が乱されたことはほとんどなかった。
記憶にあるのは、身内の不幸くらいだったと思う。
「…あの。えっと…」
ミリィの声で、思考を中断する。目線で先を促せば、ミリィはヘーゼルへと声をかける。
「ヘーゼル。私の気のせいでなければ、メイリーナという名前に覚えがあるのだけれど」
ヘーゼルへと視線を向ければ、表情を変えることなく口を開いている。
「香水・メイリーナ。メイリーナ工房の唯一の香水。魔女と名高いメイリーナの作。
工房が開かれたのは、10年前。香水・メイリーナが市場へ出されたのが8年前。
工房主のメイリーナの失踪は、その翌年だから7年前」
ヘーゼルが淡々とメイリーナについて述べている。魔女メイリーナ?どこかで聞いたような気もしなくもないが、それよりも私は、ヘーゼルが詳しいことの方が気になった。
「ユミナ様。私がメイリーナを知っていたのは、両親の死が関係していますの。
当時私は6歳でしたし、メイリーナとう香水が出回った時も10に満たないころの話ですから、その頃に知ったわけではないのです。
後に両親の死を調べた調書を偶然見つけてしまって、そこにメイリーナという記載があったのです。
だから、たぶんメイリーナは両親の死にも関係していて…おそらくヘーゼルがいくらか情報を持っていると思いますの」
ミリィはローブを握りしめ、うつむいたまま話している。
握りしめられた手は、固く握られ、どういった感情かは測りかねるが少し震えていた。
「でも、あの場で情報を私の一存で言うには、不自然がありました。それに、両親の死は私事ですけれど気持ちが乱れてしまって…」
私はそっとミリィの頭へと手を伸ばし、ポンポンと軽くなでるようにはたく。
思わずといったように顔を上げたミリィの目は、少し濡れ揺れていた。
無理もないだろうと思う。彼女の両親の死は事件性があり、ミリィが死に居合わせたことはテイラー侯爵からうかがってはいた。
しかし、6歳という年齢であったことに驚き、そして、彼女の心に影を落としているのではないかと思った。
私は、ミリィを軽く抱きしめ頭を撫でてやる。
「無理することはない」
ミリィは抱きしめられた姿勢から逃げ出すこともせず、小さくうなずくだけだ。
「ヘーゼル。もう少し詳しくはなせるか。ミリィはつらかったら言って?」
腕のなかで、ミリィがうなずくのを確認し、ヘーゼルが再度口を開く。
「自分もそれほど詳しいわけではないし、裏付けの取れていない情報がほとんどだ。
メイリーナの工房には不可解な点がいくつかある。工房が開かれたのが10年前だが香水が市場に出てくる8年前まで何一つ市場へ出荷していない。
工房が開かれてから市場へ出荷するまでに2年の空白があり、その間何をしていたのか何一つつかめていない。
香水を開発するのにかかった期間だとも言えなくもないが、記録や噂一つ出てこないのは不自然でもある。
それから、市場に香水を出してから1年後には、行方をくらませている。
それにもかかわらず、香水の流通は5年前まで確認されている。現在の流通している香水が香りを維持できるのが1年程であることを考えれば、失踪直前に作成されたものがかなりの量があったとしても、1年程長い。
メイリーナが失踪し、工房が閉じられてから2年香水が流通していたことになる。
独自の保存技法を編み出していたのか、メイリーナが人知れず商品を流していたのかはわからない。
わかっているのは、香水メイリーナのレシピや保存技法に至るまで記録は残っておらず、だれも再現ができていないということだ」
ヘーゼルの話を聞き終わても、メイリーナについては謎が多いことが分かった程度だ。
実際、メイリーナ自身についてわかっていることは、ほとんどないのだろう。
「なぁ。メイリーナってメイリーナ・マクスウェルか?」
少し間をあけ、メビウスが疑問を投げかけてくる。
「肯定する。メイリーナは、メイリーナ・マクスウェルと記録されていた。本名であるかはわからぬが、工房を開く際の申請書にはそう記載があったのは確かだ」
「知っているのか」
メビウスは、頭を横に振り直接は知らないという。
「直接知っているわけではないんだ。ただ、10年程まえにメイリーナ・マクスウェルという女性が隣国の王族の食客としていたはずだ。
その頃は、俺も新米だったから王族に近づく事もなかったし。ただ、一度だけそれらしい人物を遠めに見たことがある。
と言うか、俺の魔力に干渉する力を感じたから、怪しい方向にそれらしい人が居たといった感じだから、顔もわからない。
記憶に残っているのは、人の形をしているが人が持ちえぬほどの魔力の奔流を感じたことだけだ」
魔力の奔流というのがいまいちわからないが、人に稀にいる魔力持ちとは次元が違うということか?
そもそも、魔力とはどれほど持てるものなのだろうか。
「魔力の奔流でマクスウェルね。若干嫌な予感がするな」
メビウスの言葉を受け取るようにマルクスが口を開く。私と目があえば、彼はあー…と話し始める。
「まず、旦那は魔力ってよくわかってないな?眉間にしわがよってる」
そう言われ、間違いではなため頷いておく。魔力だとかここ数か月の間に耳にすることが多かったが、それほど耳にする言葉ではなかった。
身近かと言われれば、力いっぱい否と答えられる。
「そうだな。旦那にわかりやすく言えば、剣士の覇気に似ている」
覇気ならばわかる。熟練の剣士で名のあるものや力あるものは大抵備えている。
目に見えるものではないが、人によって力の大小があり強いものほど大きな覇気を備えていた。
覇気は相手を畏縮させ隙を作ることもできる。大きな覇気はドラゴンさえも畏縮させるらしい。
「魔力も人によって大小さまざまだ。人族は魔族に比べれば些細な量の魔力しか保持していない。
内臓魔力量で言えば、下位魔族にすら及ばない程度しか持ちえないんだ。理由は、人族の肉体が魔力に耐えれないからだと言われている。
でだ、そこのメビウスの魔力は、人族に限定すれば上位に入るであろう魔力量なんだ。その、メビウスが奔流だと例える魔力はおそらく、彼の言う通りただの人族では持ちえないのではないかと思う。魔族・・・あるいは、先祖に魔族の血が混じっているものの可能性が高い。
あと、マクスウェルを名乗っていて魔族であるなら、上位魔族か上位よりの中位魔族かもしれない」
なるほど。魔力の説明は半分もわかっていないかもしれないが、人が持つことのできる魔力はたかが知れているというのは分かった。
…ん?人か魔族かはまぁ置いておいてだ、もしかして…
「もしかしなくても、メイリーナの香水は秘薬の可能性があるのか?」
嫌な予感を感じながら問えば、マルクスとメビウスが頷きを返してくる。
「さっきの王弟殿下の記憶から考えれば、十中八九秘薬の可能性が高い」
マルクスの言葉に渋面を作り、どうしたものかと思っていれば、胸にかかる重さが増えていることに気づく。
そっと、ミリィを伺えば、薄く流した涙の後の残る顔で寝息を立てていた。
「…もしかして、朝早かったのか?」
「いえ。最近お嬢様は、あまり眠れていないようでしたからそのせいかと」
私のつぶやきから、事態を察したメルが答えを投げてよこした。
…私のせいか。
眠れぬほど不安を与えていた事実に落ち込みながら、涙の後をふき取る。
彼女を起こさぬよう、そしてなるべく負担のないよう姿勢を直してやる。
「貴賓扱いだが、客室を与えられているのか?」
「はい。一応与えられておりますし、泊りの可能性も考えて準備はしておりますが、ここからですと少々距離があります」
そうか。ベッドでゆっくりと寝かせてやろうかと考え、改める。
彼女を運ぶことはたやすい。しかし、寝顔をさらすことは避けたい。
もっと言えば、独り占めをしてしまいたい。
まぁ、私のベッドを使わせてもいいが…
若干不埒な妄想がかすめるが、気にしないことにする。
このまま目覚めなければ、それも視野に考えるがしばらくはこのまま胸に抱いておくことにする。
ヘーゼルやマルクス、メビウスには、声のトーンを落とすよう目配せを送る。
3人から頷きが返ってくるのを確認し、話を再開した。
0
お気に入りに追加
40
あなたにおすすめの小説
「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
殿下には既に奥様がいらっしゃる様なので私は消える事にします
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のアナスタシアは、毒を盛られて3年間眠り続けていた。そして3年後目を覚ますと、婚約者で王太子のルイスは親友のマルモットと結婚していた。さらに自分を毒殺した犯人は、家族以上に信頼していた、専属メイドのリーナだと聞かされる。
真実を知ったアナスタシアは、深いショックを受ける。追い打ちをかける様に、家族からは役立たずと罵られ、ルイスからは側室として迎える準備をしていると告げられた。
そして輿入れ前日、マルモットから恐ろしい真実を聞かされたアナスタシアは、生きる希望を失い、着の身着のまま屋敷から逃げ出したのだが…
7万文字くらいのお話です。
よろしくお願いいたしますm(__)m
選ばれたのは美人の親友
杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる