貴方様と私の計略

羽柴 玲

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Ⅰ.貴方様と私の計略 ~ 出会いそして約束 ~

86.貴族という名の伏魔殿⑦(ユミナ視点)

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少しだけ寂しくなる。私がここにいる意味を考えてしまう。
彼女にとって私はいらないのではないかと。




「対策さえ知っていれば、防ぐことはできるんですのよ」

ミリィの言葉に、皆の顔が驚愕に彩られるている。私自身も驚きを隠せない。

「テイラー嬢、それはどういうことだ」

カミラが驚愕から立ち直り、ミリィへと声をかけている。

「そのままの意味ですわ。魔を繰るものは己がそれに支配されぬよう、秘薬には対となる秘薬が存在しているものらしいです。そして、対が存在しないものは麻薬と呼ばれます。
そして、これは秘薬です。だから、対となる秘薬が存在しています。
それを使えば、対策はできますけれど、魔を繰るものには秘薬ですからばれてしまいます。
うまく誤魔化さねば意味のないものになってしまいます。だから、対策もあり防ぐこともできますけれど安易には使えません」

「そう聞くと秘薬とはあまり効果的なものには感じられぬが…」

カミラがそんなことをいう。私もカミラと同様の感想を持っていたが、ミリィは首を横に振る。

「そもそも、秘薬とは毒にも薬にもなるものなのです。今回使われた秘薬は悪意なく使えば、心の傷を負ったものの治療に役立つものです。ただ、悪意を持って使えば猛毒となる。
そして、それは私たち人族には、脅威でしかありませんわ。先ほど、香りをかいでいただきましたけれど、香りに気づいたのは王弟殿下だけでした。ここにいるものの大半は、この秘薬を使われても気づけないのです。
魔を繰ることのできぬもの、異能を発露していないのもにとって、これは知られることが絶対にない猛毒なのですわ」

ミリィの言葉に絶句する。言われてみて初めてその考えに至った。
私は魔を繰ることも異能も持ち合わせていない。だから、対岸の話だと感じていたのを否めない。
確かに最初は対岸の話なのだろうが、こちらへと持ち込まれてしまった場合について考えもしなかった。
人は己の感じることのできる範疇の外に存在するものを認識できない。示されたとしても有害であると感じることができない。遠い昔に誰かに言われた言葉を思い出した。
この話を聞いたときは、まさか。と思っていたが、実際に自身が体験してみればその通りで、恐怖でしかないことを知った。
いや、本来であれば恐怖すら感じぬうちに真綿で絞殺されてしまうのだろう。

「そうか。言われてみればそうだな。では、対策は現状使うのは得策ではないな」

「はい。なので、まず王弟殿下の侍従の方にお話をお伺いしたほうがいいと思います。今日お迎えしてくださった方でしょうか」

ミリィの問いにカミラは首を横に振る。

「いや違う。現在も私の侍従ではあるが、他のものだな」

カミラは、侍従の話を聞くべきかを考えているようだ。
話し合いを続ける、殿下方とミリィを眺めながら、私はいなくてもいいのではないかと思い出す。
私の知ることは、ミリィから聞いたことがほぼ全てだ。なら、ミリィさえいれば私は話す必要がない。
私の中でそんな卑屈な感情が首をもたげてくる。普段であれば、気にも留めないであろうことなのに。

「明日…話を聞くなら、明日になる。おそらくあれば今、城にいない」

「もしかして、その侍従は、ルイジャンか?」

私は、思わず口を挟んでした。カミラは私へとうなずきを返す。
この時期、カミラの侍従で城にいないのは、ルイジャン以外考えられない。
理由は簡単だ。ルイジャンのために、カミラの侍従たちが都合を必ずつけているからだ。
王族の侍従は、使える主が王城にいる限りは、ほぼ王城に詰めていなければならない。
例外は、王族自身が命じている場合を除けば、3人以上の侍従がいる場合に限り、休暇中に1人だけ王城に詰めていなくてもよいことになっている。
現在カミラの侍従は5人。おそらく、そのうちの1人であるルイジャンのため、ほかの4人は王城へいるのだろう。
ルイジャンはこの時期必ず、王城をあける。元婚約者に会いに行くために。
別に復縁を迫りに行くわけではない。彼女は不慮の事故で亡くなっているのだから。
ルイジャン自身は、結婚し子供がいる。しかし、彼女の死んだこの時期には必ず彼女へと会いに行っている。
彼の奥方もご存じで、少しだけ彼女がずるい。とぼやいていた。
死によってルイジャンの心に居座る彼女へ、直接話すことも嫉妬することもできないと言っていたな。

ん?ルイジャン。彼女。侍従ではやる香水…

「ボハボの香水…いや、メリクソンの香水か?…カミラの前で使っていなかったはず。まて、確かあの時…」

己の思考に没頭しているうちに、口から独り言が漏れていたようだ。
皆の目が私に向けられており、少し焦る。

「ユミナどうした」

カミラ問いかけられ、あいまいに笑みを返す。

「いや。ルイジャンと聞いて、彼女を思い出したら何か引っかかりを覚えてな思い出していたところだったんだ」

「何か思い出したのか」

カミラに再度問われ、首を横にふる。

「確かなものは何も。ただ、彼がカミラ殿下の前で使わなかった香りを少し思い出した。
侍従ではやった香りは、基本的にボハボとメリクソンのものが多い。手ごろで香りが軽いからな。
ただ、それ以外にも一時期はやっていたものがあった。確か、メイリーナだ」

「メイリーナ?聞き覚えがないな…」

私は、カミラの言葉にうなずきを返しながら続ける。

「メイリーナは今はもうない。10年くらい前か?夜逃げしたのか真相は明るみに出ぬまま忽然と消えたからな。
確か消える直前ぐらいで、そのメイリーナの香水が侍従の間ではやっていたはずだ。
発端は定かではないが、侍従の誰かがつけていたものをある上位貴族が気に入ったことから、受けの良いものであると人気がでたと、ルイジャンは言っていた。同時に、カミラ殿下とは合わないから使えないからお蔵入りだ。とぼやいていた。
その頃のカミラ殿下の侍従は3人で、香水を使うのはルイジャンくらいだったはずだ」

私の説明に殿下は、考えるように首をひねっている。

「そうか。確かに、その頃の可能性が高い。あれ以降、私と同じ香りを仕事中はまとわせる様にしたんだった。
今も支給品として渡しているのに、原因となった出来事をすっかり忘れていた」

私とカミラがそんな会話をしていると、ミリィが唇だけでメイリーナとつぶやいているのに気付いた。
少しだけ、瞳が揺れ戸惑いのような感情が見え隠れしている気がする。
正面で見ているわけではないから、あまり自信はないけれど。
ミリィは後ろを振り向きかけ、思いとどまったような動きをしている。

…?何かあるのか…

「殿下。今日はこのあたりでお開きにしませんか。それなりにいい時間のようですし」

私はそう、カミラへと提案していた。そして、皆が了承しお開きとなる。
王太子殿下と第二王子殿下を見送り、ミリィと私も執務室を後にする。
フードとローブに隠れて、先ほどまでの表情は見えないが、何か不安があるような雰囲気を感じる。
そっとミリィの手を取れば、固く握られていた。何かに耐えるような、思案しているような。
ミリィの手をそっと握り、少し前を歩きながら思案する。
とりあえずは、私の客間でいいか。
そう結論付け、ミリィの手を引きながら私は、王城に与えられた私の執務室兼客間へと足を向けた。
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