貴方様と私の計略

羽柴 玲

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Ⅰ.貴方様と私の計略 ~ 出会いそして約束 ~

80.貴族という名の伏魔殿①(ユミナ視点)

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腐敗…その言葉が一番しっくりくる気がする



私は、隣国と連合国との橋渡しを含む終戦処理を終え、王都へと帰還した。
これで、ミリィに会えると思ったのもつかの間、そうもいかない事情ができてしまった。
そのことに、テイラー侯爵はかなり腹を立てており、静かに怒りが満ちているのを感じた。
私に腹を立てているわけではないのは、わかってはいるが近づきたくない程度には恐ろしい。


「この度の遠征、ご苦労であった。シュトラウス辺境伯」

王都へと帰還した私は、謁見の間で膝をつき首を垂れ陛下の御言葉を聞いていた。
労いの言葉と褒美の話に差し掛かったところで、一人の補佐官が陛下へと耳打ちを行ったようだった。
私自身は、首を垂れたままであるため、気配を察したという方が正しいだろう。
後から、カミラ殿下に聞いた話によると、盛大に眉をひそめていたらしい。

「辺境伯。頭を上げるがよい。そして、すまぬ。私とカミラ、テイラー侯爵とシュトラウス辺境伯だけの場で先に謝っておく。私と共に議会場へと来てくれ」

私は、困惑しながらもうなずく。テイラー侯爵の眉間には深いしわが寄せられており、いい予感は一つもしない。
議会場。それは、わが国で議席権を持つものと王族が、国については話をする場である。
有事の際を除き、それ以外に使われてはならぬと定められた場所だ。
我がシュトラウス辺境伯家は辺境伯としての地位を預かる代わりというように、議席権を保持しない。
ただ、国境の全権をほぼ保持するものとして、議席は存在していた。それは、他の辺境伯も同様だ。

議会場には、辺境伯とテイラー侯爵を除く、議席権を保持する全てのものがそろっていた。
私は、北の辺境伯に与えられた末席へ行き、上座に座られる陛下が着席されるのを待ち、自身も腰を落ち着ける。
テイラー侯爵は、王族の側の最上に席を与えられている。公爵がいるにも関わず、王族の次席を与えられている。
王族と共に歩んできた歴史からだと聞いたことがあったことを思い出した。

そう考えると、権力者としても家格としても空の上のようなお人なのだよな。

そんなことを考えていれば、陛下が言葉を発せられる。

「奏上があったと聞いたが。誰のものだ」

陛下の声は変わらぬが、若干表情に不機嫌さを感じる。ただ、それは微々たる変化であり、気づくものはそれほどいないようだった。

「私どもが」

声と共に、複数の手があがる。

「ベルディナル公爵にマレフィセント伯爵。ゴードゥ子爵、ヘンディ子爵、モコミール男爵、ディビディ男爵、ホーン男爵か。して、なんだ」

上位貴族を除けば、私よりも貴族位を受けてから時間の浅い、新興貴族の面々である。
なんとなくいい予感はしない。上位貴族の2人はミリィにいちゃもんをつけていたと聞いた。

「北の辺境伯ならびにテイラー侯爵令嬢に、造反の疑いが浮上しております」

代表で、ベルディナル公爵が奏上を始めた。
その言葉に、私は眉を寄せてしまい、慌てて平静を装う。
テイラー侯爵とクルツを見れば、目に怒りの気配が見えるものの表情はさして動かしていない。
流石だなと思う。議会に常に出席するものとしないものの差なのだろうな。

「謀反とは?子細を説明せよ」

私は、陛下ではなく謀反を奏上するという者たちを観察することにした。
上位貴族の2人は、流石だと思える程度には腹芸をしてのけている。
しかし、新興貴族である者たちは、陛下の威厳ある言葉に若干の怯えを見て取れた。

怯えるくらいならば、奏上などしなければよいだろうに。

「北の辺境伯は、今回の騒動を引き起こし、テイラー侯爵令嬢は騒動を混乱させた疑いです」

ベルディナル公爵は、私とミリィの嫌疑を仰々しくそして遺憾だとばかりに並べ立てていく。
ただ、聞くものが聞けば、穴だらけの話であることはわかる。
穴に気づいたものは、若干表情を険しくしているように思えるが、腹の内はわからない。
ああ、ただテイラー家の2人の感情だけは、私でもわかるな。確実に怒り狂っている。

ベルディナル公爵によれば、私は隣国をけしかけ今回の騒動を起こし、自らそれを平定してみせた。
それは、恩赦をかすめ取ろうとしたものだということだ。
陛下がそもそも、隣国をけしかければ自領にも被害が出る可能性があるが、そのリスクはどう考えると問われれば、発生することが分かっているのだから、防ぎようはいくらでもあるだろうということだ。
おそらく、ベルディナル公爵は戦場へ駆り出されたことがないのだろう。
軍を率いたことのあるものならば、戦とはそれほど単純でないことをわかっている。
そもそも、発生することが分かっていたとしても、どのような手段や戦略で来るかわからねば、防ぎようがない。
たとえ、内通者がいたとしても、制度は少しだけ被害が抑えられる程度になるくらいだ。

この話にどれほどのものが共感しているのかと、議会場を見渡せば戦に無縁そうなものはそろって共感しているように見える。
騎士隊を預かり、過去に軍を率いたことのある者や現在騎士を拝命しているものたちは、難色を示していた。

なるほど。戦場の経験やそれに準ずる何かに携わっていなければ、この話は信憑性があるのか。
共感を示しているものは、半数より少し多いか?

「次にテイラー侯爵令嬢については、私から」

ベルディナル公爵による奏上がひと段落したのか、今度はマレフィセント伯爵が奏上を始めた。
マレフィセント伯爵によれば、ミリィは私が起こした騒動を契機に、謀反をたくらんだというものだ。
騎竜の襲撃やその証明を自作自演でやってのけたというのだ。
確かに、証明は古の血によるものでしょうから、真実でしょう。しかし、襲撃を指示しているのであれば、謀反に他ならない。
王族直轄の騎竜を殺め、己の私利私欲に利用した等と言っている。
ミリィは今回は、情報収集という情報戦を確かに繰り広げていた。ただ、彼らのいう謀反などではなく大切に思う何かを守るためだと思う。
そもそも、ミリィの情報で助かりこそすれ、混乱することはなかった。
整理・精査された情報が多岐にわたり届けられ、状況の把握や戦略を立てる上でとても役になった。
最初こそ、情報の精度を確認していたが次第にやめた。それが、ミリィの戦略というのであれば恐れ入るし、私の判断ミスに他ならない。

「なるほどな。なんだ、カミラ」

陛下の言葉と共に、発言を求める挙手をカミラ殿下が行い、陛下が許可を出す。

「1点だけ。混乱を狙ったものかは確認していないので、何も申しませんが、テイラー嬢の謀反に関する疑いは限りなく白です。以前、テイラー嬢を召喚した際に、テイラー家およびテイラー嬢は謀反を企てていないことを私の異能で確認していますゆえ。少なくとも、マレフィセント伯爵がおっしゃる騎竜の襲撃とその証明に関するものは除外が可能です」

それだけ言うとカミラ殿下は、涼しい顔で座り続けている。
ああ。そうだった。この方も腹芸が得意な方だった…
そして、カミラ殿下はミリィを気に入ったようだった。彼は、私の友人だから、私が好意を寄せているかたといった理由で、人を庇うことはない。求められれば、事実をおっしゃることはあるが、自分から発言することはまれだ。
まぁ、己の影響力を正しく把握しているが故なのだが。
私も別にそういう意味でカミラ殿下と友人のわけではない。むしろ、あまり口出しするなと言いたいくらいだ。

「そうか。他にはないか。では、テイラー侯爵とシュトラウス辺境伯は何か申し開きはあるか」

まずは、テイラー侯爵へと発言を譲る。

「テイラー侯爵家として、今回の騒動の収拾に尽力した記憶はございますが、謀反を企てた記憶はございません。また、それは孫であるミリュエラも同様かと」

完結に事実だけを堂々と述べるテイラー侯爵には恐れ入る。積み重ねた経験の差だと言われれば、ぐうの音も出ないのだがな。

「シュトラウス辺境伯としても同様に、今回の騒動の収拾に尽力した記憶しかございません。また、辺境を預かる者の矜持にかけて、私欲で国境を荒らすことはございません」

私自身も余計なことは言わない。後ろ暗い事は何もないのだから。
しかし、それで納得しないものもいる。その代表は、ベルディナル公爵だろう。発言の許可も与えられていないのに、声高々と発言している。

「シュトラウス辺境伯とテイラー侯爵令嬢は懇意にしていると伺っておりますが、お互いに協力者であったのでは?それとも既にもうそのような関係なのでは」

ベルディナル公爵は卑下な表情で、頭の悪そうな笑みを浮かべている。
そして、発言の内容から私とミリィの関係を揶揄し、実は肉体の関係も既にあるのではないかと匂わせている。
私としては、婚約者ではない立場で多少触れ合いすぎな行為はしている自覚はある。が、一線は超えていない。

「陛下。発言の許可を」

テイラー侯爵は少々怒気を孕んだ声で、陛下への発言許可を求めている。

「…よい」

陛下が若干腰を引き気味に許可を与えている。

「ありがとうございます。…ベルディナル公爵。貴殿は、わしの孫を貶める気か」

テイラー侯爵は、隠すことなく怒気をベルディナル公爵へと向けている。
あれは、孫というよりテイラー家への敵意に対するけん制も含まれているのだろう。
孫も守らねばならぬだろうが、今侯爵は侯爵としてこの場にいるのだと思い出させられる。
彼には彼の貴族としての矜持があるのだろう。だからこそ、建国から続いているのかもしれないが。
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