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Ⅰ.貴方様と私の計略 ~ 出会いそして約束 ~
65.帰還(ユミナ視点)
しおりを挟むまさか、兄に共感できる日がこようとは
私は、相手方に私の存在を誇示しつつ、こちらが仕掛けたと思わせない程度の策を弄していた。
地味な作業ではあるが、為すがままになることは出来ない。
私は、北の国境を任され、国に住むものの命が掛かっているのだから。
あーくそ。ミリィは無事だろうか。
何をしていても、其れが頭をかすめ思考が鈍る。
その感覚に、いらだちを感じながら思わず苦笑する。
まさかな。私がこうなるとは思わなかった。
今なら、色々な反対を押し切って結婚をした兄さんの気持ちが分かる気がする。
当時は、面倒事を押しつけられたと、後継が何を考えているんだと思っていた。
しかし、大事な人が出来てみれば、共感できるものがある。
私も、シュトラウスの血を色濃くついでいると言うことなのだろうな。
シュトラウス家は、新興貴族ではあるものの、王家の覚えが良い。
その事は、辺境伯に任命され続け、国境を任され続けていることでも分かる。
そんな重責を任され、貴族として生きていれば、政略的な付き合いや婚姻も多い。
しかし、シュトラウス家の婚姻は政略の絡まないものも多い。
いや、他者から見れば、政略的なものでも当事者が政略だと思っていない。と言う方が正しいだろう。
政略的な打算が先か、思いが先かと言った無粋な考えを放棄すれば、貴族では珍しいお互いを思い思われの恋愛婚だ。
兄さんの時に揉めたのは、あれなんだよな。
そもそも、兄さんには婚約者がいた。
その婚約者とは、お世辞にも上手くいっていたとは言えなかったな。
なんせ、お互いに馬が合わなくて、毛嫌いしていた。
端から見ていても、上手くいく可能性は見出せなかった。
辺境伯家として問題になったのは、兄が先に動いたからだ。
相手の令嬢は、王家縁の者だった。
問題を起こすことなく、真面目に働いていた公爵家だと聞いた。
貴族的な良縁であったにもかかわらず、婚約破棄をした。王家としても、面目が潰されたと言った形だ。
まぁ、兄さんが結婚した次の年に、公爵家は没落してるのだけど。しかも、不正が発覚したらしい。
そんなわけで、和解は済ませたけれど、お互いにそれなりにしこりは残っている。
シュトラウス家としては和解が出来ているし、私個人としては、カミラ殿下と友人と言うこともあり、不便なことはない。
兄さんもシュトラウス家として動いてくれているし、多分私は恵まれている。
ミリィとも出会えたしな。
そこまで考えた所で、思考が盛大に脱線していることに気付く。
はぁ・・・これは、だいぶ精神的にまいっているのか?
ため息をつきながら、目をつむりこめかみを、もむ。
「旦那はお疲れだね」
「うむ。辺境伯、無理は良くない」
前触れもなく、今はいないはずの二人の声が耳に届く。
一瞬、理解が遅れ、慌てて顔を上げる。
「二人とも戻ったのか・・・」
そこまで言って、言葉に詰まる。
ヘーゼルに抱えられているものに目を奪われる。
「ヘーゼル。旦那固まってね?」
「・・・これは、早々に下ろした方がよいか?」
マルクスとヘーゼルの会話を聞きながら、二人へとのろのろと近づく。
あれは・・・
近づき、私はまた言葉を失う。ただ、ヘーゼルに抱えられたものを見つめるしか出来ない。
「旦那。取りあえず、生きてはいる」
その言葉に、ピクリと肩がはねる。
生きてはいる・・・それは・・・
「マルクス、言い方が悪い」
「あー旦那。そんな、思い詰めなくて良いから。
普通に無事だし、今は眠ってるだけだ。
つーか、経緯を含めて、話したいことあるんだけど」
マルクスの言葉に、顔を上げ思考を整理する。
眠っているだけ。その言葉に少しばかり安堵をしながら、血だらけの彼女を・・・ミリィを見つめる。
意識的に息を吐き出し、思考を切り替える。
ミリィを寝かしてあげたいけど、ここは砦で彼女を安心して寝かしてあげられる場所はない。
私は、ここ数日仮眠をとっていた、大きめの長椅子へと近づき、ヘーゼルを手招きする。
「彼女には悪いけど、ここに寝かしてあげて」
ヘーゼルは、頷くとミリィをそっと寝かせる。
私は、脇によけていた、クッションを頭の下へと調整し、上掛けを掛けてやる。
「さて。何があった」
ミリィが心配ではあるが、そればかりにとらわれているわけにはいかない。
いや、立場が許せば、とらわれていたいとは思う。
「まずは、辺境伯。謝らせてくれ。
無事に連れ帰ると言ったのに、怪我を負わせた。
すまない」
そう、頭を下げるヘーゼルを見つめる。
そして、思ったよりも凪いでいる己の感情に苦笑をしつつ、彼へと声をかける。
「いや。君たちも、ミリィも生きて帰ってきてくれた。今は、それに感謝を。ありがとう」
そう言い、先を促す。
ミリィは生きている。それに、彼らは落ち着いているように見える。
心配ではあるが、たぶん大丈夫な気もしている。
私は多分、ある意味薄情なのだろう。
「ああ」
「じゃあ、まずは俺から」
マルクスの話は、王都からミリィが連れ去られた時の話しだった。
どうやら、短時間で辺境へと連れ去られたのは、魔族による転移らしい。
テイラー家にそれなりに被害があったようだ。
彼女一人攫うのに、よく無理をすると思う。
軽傷者多数。重傷者2名。死傷者1名か。
「次は、自分が」
ヘーゼルの話は、ミラルドと村に関する話しだった。
私と別れた後、ヘーゼルはミラルドと連絡を取り、村に入り込んでいた工作員を少しずつ対処して行ったようだ。
メビウス伍長に邪魔をされないよう、事を運ぶのはそれなりに大変だったようだ。
ただ、意図的に見逃されていた感もあると言う。
メビウス伍長か・・・底が知れないな。
それに、ミリィの身を守っていたと言う。
精神的には別だが、肉体的には確かに他者からの脅威を退けていた。
ただ、それが少しの油断に繋がったとヘーゼルは言った。
「メビウスも自分もあの魔族の悪意を見逃した」
「魔族の悪意?」
私の疑問に、ヘーゼルが頷く。
「是」
「あの魔族は、お嬢を攫いに行った魔族の一人だ。
その時に、共にいたもう一人の魔族を傷つけられたことに逆上している。
まぁ、そのせいでお嬢を攫うことが出来たとも言えなくもない」
マルクスの言葉に私は少し困惑する。
意味がわからない。人を傷つけるなら、己や己の身内が傷つけられる覚悟をしていないのか?
「旦那。分からなくもないが顔」
マルクスの言葉に、私は咳払いを一つし、表情を取り繕う。
いや、でもな。覚悟もなく人を傷つけるとか、本当に意味が分からないんだが。
「魔族なんてそんなもんだ。
基本的に、自分のことしか考えていない。
自分が傷つけられるとは思わない。
自分のものが傷つけられるとも思わない」
その言葉に、思わず眉を寄せる。
全てがそうではないが、そう考える者が多いのだろう。
「その魔族が、メビウスの目を盗み彼女をまた攫った。
己の憎しみをぶつけるためだけに」
ヘーゼルの言葉に、仄かな怒りと暗い感情を感じ、思わず見つめてしまう。
感じた感情もだが、彼が感情的になっていることに驚く。
「魔族は、彼女を追い詰めるように弄んだ」
「俺たちが、何とか駆けつけたとき、お嬢は満身創痍だった。
左腕に骨が見える程の裂傷。背中にも肉がえぐれる傷。全身に細かな裂傷があった」
マルクスの言葉に思わずミリィを振り返る。
しかし、それ程の傷を負っているにしては、穏やかに眠っている。
それに、あったと過去形なことに気付く。
「辺境伯。精霊魔族を知っているか」
ヘーゼルの前触れもない問いに、少し考え首を振る。
精霊魔族なんて聞いたことがない。
「うむ。精霊魔族とは、古の時代から存在し、魔族とは似て非なる者達だ。
今回、彼女は彼らに気付き、気に入られた」
「シュトラウス領には、魔の森と対をなすように、豊穣の森と呼ばれる森があるだろ。
そこが、精霊魔族の住処だった」
ヘーゼルとマルクスが、お互いに補足しながら説明した内容に、私は愕然とした。
豊穣の森は、確かに色々な逸話のある森ではあった。
しかし、本当に神話級の者達が住まっていたとは。
精霊魔族とは、人や肉体をもつ生物、魔族以外の総称だと言うことも理解した。
「お嬢は、その精霊魔族に気づいた。
彼らは、己に気付いた者を友と呼び手を貸すみたいだ。
魔族自体は、ヘーゼルが退けた。
だから、そう言ってお嬢の創をあらかた癒してくれた」
ミリィの感受性が豊かなのか、古の血族だからなのか。
私は、驚かされてばかりだな。
「あらかたと言ったな。まだ、癒えていないものもあるのか」
「是。正確に言えば、1度では癒せないそうだ」
「人の身で、彼らの癒しを1度に多く受けるのは、負担になると彼らが。
現状、裂傷の酷かった左腕の傷が癒えきっていない。
大きく動かせば痛みが。そして、痺れが残っているはずだ。
ただ、友の傷は必ず癒す。と言っていたから、完治するのではないかと思う」
説明を聞き、眉間にしわを寄せる。
癒える可能性があることには、安堵した。
しかし、痛みと痺れと聞いて、替わることが出来れば良いのにと思う。
「そうか」
私は、それだけ言うとミリィへと視線を移す。
ミリィの生い立ちは、気が引けはしたが調べてある。
市井で暮らし、親の死に立会、何度も攫われている。
攫われはするが、短時間でたいてい救出されていた。
今回ほど、傷つき命の危機を感じたこともないだろうと思う。
今、ミリィは穏やかに眠っている。
肉がえぐれるほどの傷を負い、殺されるかもしれない恐怖に身をさらされていたにもかかわらず。
強い女性なのかもしれない。私には、手に負えない人なのかもしれない。
でも・・・
私は、ミリィの額に掛かる髪を指先で払いのけ、身をかがめる。
そして、血に汚れた額へと口づける。
気付けば、ヘーゼルとマルクスの気配が部屋から消えていた。
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