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Ⅰ.貴方様と私の計略 ~ 出会いそして約束 ~
19.侯爵令嬢の夢現 ⅱ
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私の記憶へと繫がる扉。
扉が連なる通路。
私の記憶と過去の風景。
ひと際黒く輝く扉。
私の直感は、開けては駄目だと言っている。
けれど、体は思いを裏切り扉へと手をかける。
扉の先に広がるのは、黒と赤の世界。
私の記憶の中で一番悲惨な記憶。
あぁ。お父様とお母様が亡くなられたときの記憶。
私の記憶が確かなら、お父様とお母様はこうおっしゃっていた。
『お父様・・・いえ、ミラのお爺様が倒れられたのですって。それで、気弱になられたのか、私やミラの顔を見たいのですって』
『お義父上には、お伺いしますと返事と先ぶれを出しているからもうすぐお爺様に会えるよ』
お母様とお父様は駆け落ち同然でお家を出たのだとおっしゃっていた。
お母様が侯爵家。お父様が子爵家だとおっしゃっていた。これは、後にお爺様もおっしゃっていたから、正しい記憶のはず。
当時、身分的には問題なかったそうだが、お爺様は政略的な結婚を行いたかったらしい。
今よりも若いお爺様は少し野心家だった。と、お爺様が苦虫を嚙み潰したような顔でおっしゃっていた。
それに反発したお母様がお父様を説得して、駆け落ちしたそうだ。
お爺様はそれを怒って、お母様を勘当した。子爵家は、もともとお父様のお兄様がお家を継ぐ予定だったそうで、笑って送り出してくれたのよ。と、お父様とお母様から聞いた。
お父様もお母様も一生懸命働いてらっしゃったけど、最初はうまくいかなかったらしい。
これは、お父様のお兄様から聞いた話。ちょっとした、援助や口利きを最初のころはしていたのだとおっしゃっていたわ。
あの日の最初の異変は、森の街道で馬車が急に速度を落とし、止まってしまったことだったわ。
そして、何の前触れもなく、御者のうめき声が聞こえた気がした。
そこからの私の記憶は定かでないものが多い。
お母様が私と幼いクルツを腕に抱き、お父様が厳しい顔をして、馬車の外を伺っていたわ。
そして、お母様は私とクルツを座席下の荷物入れに大量の毛布や布切れと共に放り込んで、蓋をされたのだと思う。
『ミラもクルツも物音がしなくなるまで、声を出してはだめよ?』
お母様は最後にそうおっしゃっていたと思う。それが、お母様が笑っていた最後の記憶。
しばらくして、男の人のうめき声と女性のくぐもったような声が続き、聞こえなくなった。
後から思えば、最初の男の人のうめき声はお父様が発したもので、女性の声はお母様だったのだと思う。
別の声が何か言っていたような気もするけれど、私の記憶には残っていない。
一つの物音がしなくなってから、ずいぶんだった後私は物入から出て後悔した記憶が残っています。
お父様は心臓を一突きされ絶望の表情で絶命されていました。
お母様は衣服が乱れた状態で心臓を一突きされ空ろな表情で絶命されていました。
今思えば、お母様は凌辱され、お父様は命尽きるその瞬間までそれを見ていたのだと思います。
『ねぇさま』
多分、私はこの時クルツの声を聴かなければ、心が壊れていたのではないかと今は思います。
当時は、この光景をクルツに見せては駄目だと思った記憶が微かに残っています。
クルツにそこを動かないよう言いつけ、私は向かいの物入をどうにか開け、食料がないかを確認しました。
お父様が常に言っていましたもの。生き抜くに必要なのは水と食料だと。
そして、お父様は、少量でもそれらを常備しているから何かあれば探しなさいと。
何故、お父様がそんなことをおっしゃっていたのかは未だにわかりませんけれど、この時向かいの物入に少量の水と食料があったことは確かです。
私は、クルツに多めに水と食料を与えながら、おそらく数日間お父様とお母様の亡骸の側でただただ生きながらえていました。
意識が朦朧とし、意思を手放しそうな時に、外が騒がしくなり、馬車の扉が開きました。
私は、クルツを抱きかかえ精いっぱい守るように、扉をにらみつけていたのだと思います。
そこまで確認し、私はそっと扉を閉じました。
扉が閉じられるとともに、ぽたりと手に水滴が落ちました。
いつの間にか、頬を濡らしていた私の涙が落ちたものでした。
お父様とお母様の最後の記憶。お母様の最後の笑顔。私はもうほとんど覚えていなくて。
お二人の死に顔しか思い出せない。
多分、この時クルツにお父様とお母様を見せなかったのは正しかったのだと今でも思う。
クルツの思い出すお母様とお父様は笑顔のお顔であってほしいもの。
そして、思い出しましたわ。私の表情筋が死滅したのはこの時であったことを。
すっかり、忘れてしまっていましたわね。
私は、流れる涙を少し乱暴に拭い去り、通路の先を見据える。
普通の扉と輝く扉。
金に輝くものもあれば、銀に輝くものもある。ただ、普通の扉が輝いているものもある。
その中に、黒く輝く扉もあって。
おそらく、それは、私のつらい記憶。
忘れてしまいたいけれど、忘れられない。忘れてはならない記憶。
私は、何故ここにいるのかしら。
扉が連なる通路。
私の記憶と過去の風景。
ひと際黒く輝く扉。
私の直感は、開けては駄目だと言っている。
けれど、体は思いを裏切り扉へと手をかける。
扉の先に広がるのは、黒と赤の世界。
私の記憶の中で一番悲惨な記憶。
あぁ。お父様とお母様が亡くなられたときの記憶。
私の記憶が確かなら、お父様とお母様はこうおっしゃっていた。
『お父様・・・いえ、ミラのお爺様が倒れられたのですって。それで、気弱になられたのか、私やミラの顔を見たいのですって』
『お義父上には、お伺いしますと返事と先ぶれを出しているからもうすぐお爺様に会えるよ』
お母様とお父様は駆け落ち同然でお家を出たのだとおっしゃっていた。
お母様が侯爵家。お父様が子爵家だとおっしゃっていた。これは、後にお爺様もおっしゃっていたから、正しい記憶のはず。
当時、身分的には問題なかったそうだが、お爺様は政略的な結婚を行いたかったらしい。
今よりも若いお爺様は少し野心家だった。と、お爺様が苦虫を嚙み潰したような顔でおっしゃっていた。
それに反発したお母様がお父様を説得して、駆け落ちしたそうだ。
お爺様はそれを怒って、お母様を勘当した。子爵家は、もともとお父様のお兄様がお家を継ぐ予定だったそうで、笑って送り出してくれたのよ。と、お父様とお母様から聞いた。
お父様もお母様も一生懸命働いてらっしゃったけど、最初はうまくいかなかったらしい。
これは、お父様のお兄様から聞いた話。ちょっとした、援助や口利きを最初のころはしていたのだとおっしゃっていたわ。
あの日の最初の異変は、森の街道で馬車が急に速度を落とし、止まってしまったことだったわ。
そして、何の前触れもなく、御者のうめき声が聞こえた気がした。
そこからの私の記憶は定かでないものが多い。
お母様が私と幼いクルツを腕に抱き、お父様が厳しい顔をして、馬車の外を伺っていたわ。
そして、お母様は私とクルツを座席下の荷物入れに大量の毛布や布切れと共に放り込んで、蓋をされたのだと思う。
『ミラもクルツも物音がしなくなるまで、声を出してはだめよ?』
お母様は最後にそうおっしゃっていたと思う。それが、お母様が笑っていた最後の記憶。
しばらくして、男の人のうめき声と女性のくぐもったような声が続き、聞こえなくなった。
後から思えば、最初の男の人のうめき声はお父様が発したもので、女性の声はお母様だったのだと思う。
別の声が何か言っていたような気もするけれど、私の記憶には残っていない。
一つの物音がしなくなってから、ずいぶんだった後私は物入から出て後悔した記憶が残っています。
お父様は心臓を一突きされ絶望の表情で絶命されていました。
お母様は衣服が乱れた状態で心臓を一突きされ空ろな表情で絶命されていました。
今思えば、お母様は凌辱され、お父様は命尽きるその瞬間までそれを見ていたのだと思います。
『ねぇさま』
多分、私はこの時クルツの声を聴かなければ、心が壊れていたのではないかと今は思います。
当時は、この光景をクルツに見せては駄目だと思った記憶が微かに残っています。
クルツにそこを動かないよう言いつけ、私は向かいの物入をどうにか開け、食料がないかを確認しました。
お父様が常に言っていましたもの。生き抜くに必要なのは水と食料だと。
そして、お父様は、少量でもそれらを常備しているから何かあれば探しなさいと。
何故、お父様がそんなことをおっしゃっていたのかは未だにわかりませんけれど、この時向かいの物入に少量の水と食料があったことは確かです。
私は、クルツに多めに水と食料を与えながら、おそらく数日間お父様とお母様の亡骸の側でただただ生きながらえていました。
意識が朦朧とし、意思を手放しそうな時に、外が騒がしくなり、馬車の扉が開きました。
私は、クルツを抱きかかえ精いっぱい守るように、扉をにらみつけていたのだと思います。
そこまで確認し、私はそっと扉を閉じました。
扉が閉じられるとともに、ぽたりと手に水滴が落ちました。
いつの間にか、頬を濡らしていた私の涙が落ちたものでした。
お父様とお母様の最後の記憶。お母様の最後の笑顔。私はもうほとんど覚えていなくて。
お二人の死に顔しか思い出せない。
多分、この時クルツにお父様とお母様を見せなかったのは正しかったのだと今でも思う。
クルツの思い出すお母様とお父様は笑顔のお顔であってほしいもの。
そして、思い出しましたわ。私の表情筋が死滅したのはこの時であったことを。
すっかり、忘れてしまっていましたわね。
私は、流れる涙を少し乱暴に拭い去り、通路の先を見据える。
普通の扉と輝く扉。
金に輝くものもあれば、銀に輝くものもある。ただ、普通の扉が輝いているものもある。
その中に、黒く輝く扉もあって。
おそらく、それは、私のつらい記憶。
忘れてしまいたいけれど、忘れられない。忘れてはならない記憶。
私は、何故ここにいるのかしら。
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