わたくしのこと“干物女”って言いましたよね?

鼻血の親分

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3話 心はなるべく読まないでください!

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「これにしよっと」

一輪の花を湿った新聞紙に包み、優しくショルダーバッグに入れた。今日はクチナシの花だ。ファスナーから飛び出した白く美しい花びらは、初夏の訪れを知らせてくれる。その甘い香りを楽しみながら私は電車に乗った。

ちなみに花言葉は“とても幸せ”。

いえいえ、どこが幸せですか~?と、思わずツッコミたくなるわ。
素性の全く知らない女の霊魂が共存する今の境遇とは、まるっきり真逆なんだけど……

『って、あなた、すっぴんで出勤するのね。ファンデもしないなんて信じられないわ』

えっ?き、急に話しかけないでくれますか。

通勤途中は自分の世界に浸りたいのだ。邪魔して欲しくない。それにマスクしてるからすっぴんでもいいでしょ──と、心の中で思った。

『いいじゃん、話しかけても。退屈なんだから。それにあなたの日常を観察しとかないとね』

ん?私の日常なんて何一つ面白いことはないわ。淡々と地味な仕事を繰り返し、モラハラに遭ってるだけだから。

『モラハラねぇ。でもストレスはわたくしにも関わる問題よ。身体の主人としては現状を知っとかないとね』

主人は私じゃないんだ。そこが引っかかるけど普段通り会社へ向かってる。不思議なんだけど。まぁ、現状が知りたいならどうぞって感じだ。

はっ、いけない。無意識に会話が成立してた。私は見透かされてる。いつでもどんな時でも。はぁぁ──

溜息吐きながら電車を降り、何も考えずにひたすら歩いた。心を読まれたくないのだ。けれども、何らかの思考は湧き出てくるもの。
“無我の境地”……そんな悟りを開いた高僧の真似は一朝一夕には出来やしない。
人の心は余りにも汚いもの。罵詈雑言ばりぞうごん憎悪怨念ぞうおおんねん破壊殺戮はかいさつりく。実際、私は絵梨花や取り巻きを何度も心の中で殺している。専用の処刑場まで完備済みだ。いずれ、意識の中に存在するもう一つの霊魂に嫌な思いをさせてしまうだろう。

そんな心配をしながら私は出勤した。

「──やっぱりね」

アクリル板で仕切られたデクスの前に立つ。予想通り、飾ってあるピンクベースに赤色の花先が特徴のアイビーゼラニウムが無残に折られていた。

取り敢えず、写真を。

カメラ保管庫から腕章とカメラを取り出し、朝っぱらからシャッターを切る音が響いた。周囲は「また始まったね」と、ニヤけながら横目で見る人たちがいる。同僚たちの顔には陰湿な悪意が満ちていた。  

『あら、誰がやったの!?陰湿ねぇ!』

私は“身体の主人”とやらに心を読まれるくらいなら、自分から申告した方がマシだと思った。心は毒が含まれる。事実はちゃんと言葉で伝えるべきだ。

『えー、この様に茎の中央から真っ二つに折るのは新卒女子の仕業です。ほら、早出出勤してます』

コピー機と格闘してる彼女を見つめた。テレワークが常識となった我が部署でも、数人は時間を変えて出勤している。なので、早出とその手口から私の出勤前に彼女が犯行に及んだのは明白だった。

『怪しいけど証拠はあるの?』
『はい。隠しカメラで収録済みですが、嫌がらせはパターン化されてるので分かります。例えば……』

花びらを千切ってデスクに撒き散らかすのは、お局の得意技。わざわざ剪定鋏まで用意して生花の如くカットするのは上品を気取った絵梨花だ。ちなみに剪定鋏は、LANケーブルやリモート会議のマイクを微妙に断線させる役割も担っている。

『許せないわ。主人として仕返ししてやるから!』
『えっと、有難いお言葉ですが私も証拠を整理して提出するタイミングを図ってますので、あのぉ、あなたは傍観していただけると助かります……』
『そうはいかないわ。死のうと思ったくらい辛いんだよね?わたくしにその証拠を見せて頂戴。PCのフォルダーに保存してるんでしょう。あ、心を読めば大体分かるか』
『こ、心はなるべく読まないでください!』

仕方ない。お見せしよう。私の秘蔵ファイルを。

PCが立ち上がるのを待つ間に、花瓶を洗いクチナシの花を飾る。アイビーゼラニウムは新聞紙にそっと包んで、安息の地で丁寧に葬ろう。

それはそうと、さっきから気になることがある。胸が締め付けられるような苦しい感覚がするのだ。まぁ、我慢できるけれど、経験したことのない感覚に不安がよぎった。

二つの魂が一つの身体に共存していることで、何らかの反応を示し始めたのだろうか……?




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