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60.退散

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わたくしはまだ信じられないでいる。出来れば目の錯覚だったと思いたい。けれど、あれはどう見てもカリーヌだった。薄唇さんが連れていたのだ。

確かにバルナバさんから今日は「特別の日」だと言われている。いつもと違ってお屋敷には警護の者がたくさんいて物々しい雰囲気を感じた。一体何の日だったの?カリーヌが島に来る日?

そんな複雑なわたくしの気持ちを、ベルティーユが代弁してくれた。

「バルナバ様、何があったのですか?」
「え、えーとですね」

お屋敷の中でベルティーユをはじめ、コリンヌ、ソフィアに囲まれた彼はタジタジだ。

「実は監獄へ王太子が訪問される日でして…あの女性が来るとは僕も知らなかったのです」
「王太子が監獄へ?何のために?」
「い、いやそれは…」

その時、バタンっとお屋敷へ薄唇さんが入って来た。

「アニエス、屋敷に居ろって言っただろう。バルナバ、お前は何をしてんだ!」
「監視官殿…ごめんなさい。わたくしが畑のお手入れしようって言ったの」
「いや、僕が許可したんだ。少しの時間ならって」
「ったく、あの程度で済んだから良かったが」

それ以上、彼は咎めなかった。もっと怒られるかと思ったけど。

「監視官殿、今日は一体何の日ですか?港も貸切になっているし、高貴な御方も現れるし」

ソフィアが「監獄」と聞いていたので一番気になってる様だ。

「ん?んー、それはだな…」

皆んなが薄唇さんに注目する。

「まあ、王太子が殿下にちょいと会いに来たんだよ。まさかカリーヌ嬢まで来るとは思わなかったがな」
「王太子がいらっしゃったの?」
「ああ。ただ、退屈になった彼女がお前のとこ連れて行けとうるさくてな。で、俺に行ってこいと仰るから、仕方なしに屋敷や牧場の周りをうろついてたんだよ」
「…やっぱり妹だったんだ」

そっか。カリーヌはわたくしが罪人としてどう暮らしてるのか、面白半分で見たかったのね。様子見るだけでは満足出来なくて、優越感に浸りたいから態々大声出して自分をアピールしたってワケか。あの娘のやりそうなことね。

「だがな、追肥してたのは良かったぞ。ふふん。あの匂いに耐えきれなくて御令嬢は退散したんだ」
「そうですか。うふふ」
「ああ、おかげで俺も助かったよ。ははは…」

退散と聞いてつい、笑ってしまった。それに意外にも薄唇さんが笑い出したので、皆んなもつられて笑顔を見せた。

「ところで──、」

だけど、そんな気分は直ぐに飛んでいく。彼の言葉に絶句したのだ。

「アニエス、王都へ行く準備をしろ。ベルティーユ、支度を頼む。あ、お前も侍女として行くんだ。いいな?」
「…えっ…お、王都へ?私もですか!?」
「しっかり彼女を守ってやれ」

これがどういうことなのか、唐突過ぎて何も分からなかった。












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