みんな襲われてるのに、どうやら俺は相手にされてないようだ。

鼻血の親分

文字の大きさ
上 下
16 / 30
みんな襲われてるのに、どうやら俺は相手にされてないようだ。

16. ヒーロー

しおりを挟む
 刻一刻と緊張の高まる前線に、シグルドは満足の表情を浮かべていた。
 「《ロキ》のヤツが、もう少し戦場を用意してくれれば、こんなに焦れることもないのだが……」
 野盗の討伐などは飽きた。
 その点、先日の闘いは、心躍るものであった。
 英雄の名を冠するに値する、見事な腕前であった。それでも、更に強者が溢れているという———。
面白い。
 《竜殺し》の名を戴きながら、その討伐すべき《竜》が不在という間の抜けた状況の中で、シグルドは己の存在意義について疑念を抱いていた。———果たしてこれで、自分はシグルドであると誇れるのであろうか、と。
 名に縛られる世にあって、その名の体を為せないことは不幸であった。
 であるから、《ロキ》の勧めに従い、敵の最大戦力を《竜》と定めることとした。今回の遠征は、であるからして、《竜》討伐なのである。
 ———テセウスとかいう《竜》は、オレが討ち取る。
 戦の準備の進む偽装キャラバンを背景に、彼は滾るものを感じて、身震いした。



 ヘルメスは方針を決めかねていた。
 抵抗勢力を除くことはいい。その際に、イオの戦力に依存することについても、心中の折り合いはつけた。問題は、その後、である。単純に人数が足りないのである。
 戦って勝つまでは良いが、制圧する人員に不足しているのであった。
 後手に回っていると、改めて告げられた気になった。
 テセウスかネレウスに助力を頼むのが距離的には早いが、あちらが最前線である。余計な人員の抽出は避けたい。
 仕方ない……、と、ヘルメスはアロイスに連絡を取ることとした。

 ———アロイス卿、ヘルメスです。お耳を頂戴したく。
 ———急ぎのご様子ですな。して、何事かな?
 ———ベガ市の様子が望ましくありません。抵抗勢力を除くまでは我々で可能なのですが、その後の正常化までの人員に事欠きまして……。
 若干の恥じらいとともに告げる。こうした時に、ふと、自分は既に、中央ではなくヨナスのヘルメスなのだと自覚するのだ。
 借りをあまり作るのは望ましくないと、つい考えてしまう。
 ———承知した。予定とは異なるが、ニュクス師に汗を掻いて貰おう。デュキスを人員とともに送る。街道が最も森に近づく付近に一里塚があっただろう。あの近辺での待ち合わせで頼む。待機させるので、そちらから声掛け願いたい。急がせるが、人員の抽出と「清掃」、それに物資の確保に若干の時間が必要だ。なにせ、こちらはまだ、アーケイディアに到着もしていないからな。
 と、アロイスは笑った。
 心理的負担を軽くするのに長けた方だ……。ヘルメスはそう感じ入りながら、
 ———助かります。それでは。
 と、短く返した。
 しかし……。ヘルメスは忸怩たるものを感じた。———初手からイオに助力を頼むことになるか。
 潜入は得意とするところであるが、万一があってはならない状況で、冒険をする性格ではなかった。まして、自分よりも遥かに潜入特化の人材が居るのである。
 ———少し怖いが、次のイオの願いは、断らずに聞いてやろう。
 そう思い、アストライアと戯れるイオに向かって、歩を進めた。
 夜の王、イモータルと呼ばれるイオとて、無敵ではないことを、ヘルメスは忘れていた。そのことがどのような影響を及ぼすかは、今後のヘルメスの思考能力と察知能力に委ねられていた。
 アストライアが気づき、イオが迎える。
 それが当たり前の光景になりつつあることに、ヘルメスは妙な気恥ずかしさを覚えていた。思えば、友人と呼べるのはこれまで、面倒くさい確執が挟まった、テセウスだけだったのである。



 自分の生を信じられなくなりそうな光景であった。
 辺りには鱗粉のような光が飛び交い、仄かに夜の帳を明るくした。
 ———幻想的であった。
 恍惚としながらそれらに取り巻かれていると、不意に寂しくなった。
 このような景色は、親しき仲の者と共有したかった、と……。親しき仲とはどこまでを示すのかと心中を探ると、テセウスを中心に、思いの外広くになっていたことに気づき、驚かされた。
 義父のみで完結していた幼少期とは、何もかもが違う。
 「———これは素晴らしいな。いったい何なのだろう、この光は」
 「ああ、アロイス卿、お疲れ様です。私にも不明なのですが、湖畔に足を踏み入れたら、このようなことになって驚いておりました」
 ヘスティアは慎重に言葉を選んで回答した。
 警戒からではない、誤解を避けるための話術であった。
 「ヘスティア師が中心のようだな。美女には嵌り過ぎて、少し怖いくらいだ」
 「そのようなことを仰るアロイス卿の奥方様は、美の化身ではありませんか。恐れ多くて恐縮してしまいます」
 口にゆったりとした袖を当てて苦笑すると、
 「いや、本当に美しかったのだ。何やら、別世界に連れて行かれそうでもあった」
 しみじみと語り、アロイスはゆっくりとヘスティアに近寄った。光の群れを散らしてしまうのが惜しいと、その行動が示していた。
 「ヘスティア師には、このようなことがなくとも、特別な何かを感じてしまうな。年齢にしては超然とされている」
 「そんなことはありませんよ。年齢通りの、ただの小娘です」
 と、微笑みを返す。
 「いや、失礼であったなら答えずともよいが、持って生まれた異能の強さから、インプラント施術を受けなかったというのは本当かね?」
 気まずそうな表情で、アロイスが問うた。
 確かに、おいそれと他人に話すような内容ではない。
 「ええ、概ねその通りです。正確には、異能の強さと、その能力、両面で施術を諦めました。私の力は、本来、個人が持っていていいものではありません」
 と、間を置き、
 「私は《共感》と呼ばれることになった能力を所持しています。発現の記録は、現在のところなく、———私のみになっています」
 少し驚いた表情でアロイスは、
 「それは答えにくいことを……」
 「いえ、いいのです。我々は、本人が望まずとも、テセウス様を中心に寄り集まった、運命共同体です。本来、このような危険な能力を、皆様に秘していること自体が裏切りなのです……」
 少し俯きながら、ヘスティアは言った。
 「《共感》とは、よくある異能である《読心》とは異なり、表層だけではなく、深層まで心理の片鱗を読み取ります。多用すると非常に疲れますし、意識の境界が曖昧になるので、私自身、コントロール可能に訓練したのちは、発動したことがありません」
 「———なんと!!」
 アロイスは、大きく驚いた。
 ある一定の条件下では、その能力は万能に近い。
 「このような能力は表に出てはいけませんし、必要な状況になど追い込まれたくありませんので……。ですから、能力が必然と強化される可能性が高いインプラント施術は避けたのです」
 アロイスは深々と腰を折り、ヘスティアに詫びた。
 「答えにくいことを、よくもここまで……。本当に、申し訳ないことをした」
 「回答したのは私の意志です。気に病むことはございません。それに、こんな夜ですから、不思議のひとつもあったほうが、それらしいでしょう」
 と、周囲をまだ漂っている光の群れに手を差し伸べ、ヘスティアは頷いた。
 「それはそうと、アロイス卿は、何かご用事ですか?」
 と、アロイスは表情を改め、
 「———そうであった。思念でヘルメス卿から連絡があってな、少し旅程を早めねばならなくなった。そのつもりでお願いしたい。差し当たっては、今夜はここで投宿の予定であったが、出発となった」
 「随分と急ぎなのですね」
 「ベガの様子が良くないらしい。アーケイディアから人員を送ることとなった」
 アロイスは頷き、そう続けた。
 名残惜しく光の群れを振り返ってから、ヘスティアはアロイスに従い、キャリアへと戻った。
 夜中の強行軍は疲れを呼ぶが、さりとて、後日に事態の収拾に苦労をするくらいであるならば、現在、多少を割引いて、前払いで苦労を背負うことなど、物の数ではなかった。
 彼女らの去った後、光の群れが湖畔に凝って、何らかの形を象ろうとしていた。
 結果としては失敗したが、光たちは、それが可能なのだと知った。
 ならば、可能になる《場》があれば良いと、それぞれに散った。
 群体であるので、離れていても、意思の疎通に影響はなかった。

 ———彼らが向かったのはアルタイル、テセウスの許と、ベガ、イオの許であった。



 加藤の興味は、「魂の理論」を置いて、荒野の世界の成り立ちというか、概念の影響力に移っていた。
 魔法めいた異能についても興味深く、それが世界と連結した事象であることまでは答えに至っていた。無論、研究者としては忸怩たることに、実証は不可能であるが———。
 調査の結果、サンプルに問題があったとしても、聖痕と荒野の世界の運命確率の汚染は別物であることが理解出来た。思念・概念が強く現実に影響し、物理的に作用するところまでは共通であるが、主観と客観の違いがそこにはあった。
 つまり、自らが何らかの形、例えば信仰などで感じる、思い込むことによって発生する聖痕とは異なり、荒野の世界では、他の意識の集合や、世界そのものから存在を既定される点が異なるのである。
 これは恐ろしいことである。
 例として極端ではあるが、冤罪で捕らえられた人物のことを、マスメディアの論調などで世論が犯人と断じた場合、その人物が犯人と既定されてしまうのである。
 だが、利用法次第によっては、夢の到来でもあった。
 「在れ」と願う力が強ければ、例えば魔法のように、指先に火を灯すことも可能となるであろう。その影響力、存在力とも呼べるものが大きいのが多分、テセウスのような、あの世界での強者であるのだ。

 加藤はまったく気がついていなかった。
 由紀子が不安げな表情で、背中を見つめていることに———。
 イオが警告したことを破っても、思考研究を止めない異常さにも———。
 この現世でも、概念が事象に影響を及ぼせる事態が訪れた時、ふたつの世界がさながら地続きのようになってしまうことにも———。
 加藤は忘れていた。
 テセウスの影響が加藤に届かない、乗っ取られたりしないのは、思念が物理に影響出来ない、この世界の構造によって護られているのだと———。
しおりを挟む
感想 32

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

シーフードミックス

黒はんぺん
SF
ある日あたしはロブスターそっくりの宇宙人と出会いました。出会ったその日にハンバーガーショップで話し込んでしまいました。 以前からあたしに憑依する何者かがいたけれど、それは宇宙人さんとは無関係らしい。でも、その何者かさんはあたしに警告するために、とうとうあたしの内宇宙に乗り込んできたの。 ちょっとびっくりだけど、あたしの内宇宙には天の川銀河やアンドロメダ銀河があります。よかったら見物してってね。 内なる宇宙にもあたしの住むご町内にも、未知の生命体があふれてる。遭遇の日々ですね。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した 若き日の滝川一益と滝川義太夫、 尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として 天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。

性転のへきれき

廣瀬純一
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...