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第4章〜芸州編(其の伍)〜

第52話

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 長門守は重信に片膝をつき礼を取る。
「真田が歯向かうので致し方なく……」
「……で、宝刀は手に入れたのか?」
「ははっ、これに!」
 長門守は宝刀を両手で持ち上げ重信へ見せた。鞘から抜かれたやいばには血がにじんでいる。
「お前、この宝刀で真田を傷つけたのか?」
「あ、その……本物かどうか見極めるためでございます」
「控えよ! 1国以上の価値がある宝刀であるぞ。吟味ぎんみするのはお前のやる事ではない。勝手に人を斬るとは何事ぞ!」
「は、ははっ。申し訳ございません!」
 そこへお紺が重信に注進する。
「恐れながら申し上げます。真田は『宝刀』を幕府へ献上すると私に渡してまいりました。真田が歯向かった事実はございません」
「お、お紺! お前、儂を裏切っておきながら幕府の上使に何を言うておる!?」
「……長門守、まあ、待て。お紺とやらに聞こう。では、真田は何故斬られたのだ?」
「はっ、宝刀を所持する者が「ある念仏を唱えながら修行すれば無敵になる」と言う伝説がございます。その念仏を問われ、答えなかった由に……」
「天上天下唯我独尊、天上天下唯我独尊、天上天下唯我独尊……これか?」
「あ、安藤さま!?」
「ははははは……長門守よ、そんな伝説など信じておるのか? とうに流言だと調べはついておるわ。くだらん、くだらん!」
「ご、ご存知でしたか」
「……それより、真田と話がしたい」

 重信は足軽隊を数人引き連れ、傷ついた俺に近づいて来る。「一体どうしようと言うのか?」俺だけでなく半蔵や伊賀の者たち、村の主だった者、それに草原を取り囲んでいる山村の領民など、この場に居合わせた全員が緊張しながら重信の一挙手一投足 いっきょしゅいっとうそく に注目した。

「お前が真田大助か?」
 俺は六郎や十蔵に支えてもらいながら重信に対して礼を取る。斬られた左脚の痛みで顔が歪む。
「は、はっ、真田信繁幸村が嫡男、大助でございます」
「私が安藤重信だ。あー、無理はするな。傷は深いのか?」
「大したことございません。……安藤さま、貴方にお願いの儀がございます」
「ん、何だ?」
「私はどうなっても構いません。貴方の仕置きに従いまする。ただ、この村は何の罪もございません。なにとぞ寛大なるご措置をお願い申し上げまする」
「わ、若……」
「真田よ、私がわざわざ山越えしてまで山村へ足を運んだのは、お前を見極めるためだ。「大阪の陣」の残党が、どんな村でどんな人とどう暮らしているのか、この目で確かめてみたかったのだ」
「見ての通りでございます」
 俺は草原を囲んでいる領民へ目を向けた。
「うむ、今も皆がお前を心配している。この領民を見れば一目瞭然だ。ここへ来る途中もな、役人から色々話を聞いた。お前は山村のために精一杯生きてきたようだな」
「はい。落武者の私に大変ようしてくださいました。私はこの村へ来て良かったと感謝しています」
「うむ、うむ。……では、これからも励むがよい」

──えっ!?

「上様にとって「真田の仕置き」など最早もはやどうでもよいことだろう。天下泰平の世だ。今更、徳川幕府を倒そうとする勢力などおるまい。……ただな、『宝刀』は災いの元となる。これを巡って血を流す争いも起きよう。だから将軍家が預かるのだ。分かるな?」
「ははっ」
「あー、それとな、お前のことは次の藩主へ委ねることにした。幕府はもう関与しない」
「……あ、あの、それは」
「お前もよく知ってる殿さまだ。楽しみにしてろ」
 重信は思わせぶりな笑みをこぼしながら、ふと草原の片隅にお久やお雪が薬草など手にして控えている姿に気がついた。
「よし、傷の手当てだ。あー、遠慮はいらんぞ」
 重信が手招きするとお久らが慌てて走って来る。
「ではな、真田大助……お前と会うことはもう2度とあるまい」
 重信は足軽隊とともに草原から去って行った。

「大助さま、大丈夫ですか!?」
「まったく、ヒヤヒヤさせるんじゃないよ!!」
 俺は女衆に手当てを受けながら少し騒がしい雰囲気の最中、安藤重信ら一行が帰って行く姿をいつまでも眺めていた。

「安藤さま、このままで宜しいのですか?」
「何がだ?」
「私の配下があの服部半蔵に寝返ったのです。幕府へ弓引いたも同然では?」
「それはお前のとこの内輪揉めであろう。『宝刀』は手に入れた。福島正則も追い出した。もう芸州を監視する必要はない。半蔵など追う理由もない。目的は達成したのだ。ははははは……」

***

 元和げんな5年(1619年)8月
 浅野長晟ながあきらが新しい藩主として広島へ入城した。

※浅野長晟
備中足守藩主、紀伊和歌山藩主を経て、安芸広島藩の藩主となる。以降、幕末まで浅野体制が続く。

「若、よりによって」
「運命なんだろうな」

 確かに良く知ってる殿さまだ。紀州九度山から勝手に脱出した時の藩主だったから……。皮肉なもので、またしても「真田」と言う厄介者を気にしながら権勢をふるうのだろうか。俺は一体どうなる? 
「浅野」と聞いて不安だけが俺の心を支配した。

 だが……。

***

「大助さまー、皆さーん、お食事の用意が整いましたよー!」
「お久さま、今日も豪華な山菜料理ですな」
「僕らが山から採ってきたんだ、六郎さま」
「そうよ、大助さまに教えてもらったの!」
「そうか、そうか、源と和は山菜採りの名人じゃからな」
「えへへ。大助さまー、早くー、早くー」
「ああ、今行く」

 あれから1年が過ぎようとしている。心配していた俺の処遇だが、藩からは何のおとがめもないと村役人から聞いた。なので相変わらず六郎、十蔵、源に和、それに半蔵やお紺らと大豆を育て、味噌を作り、山菜を採りながら平穏無事に暮らしている。

 そして先日、愛するお久と結ばれた。

「大阪の陣」の敗走からこの芸州へ落ち延びて約5年、ようやく自由になれたと実感している。俺は今を楽しんで生きているし、これからも幸せに生きていけるであろう。この村で、ずっと──。



  「真田大助★芸州へ落ち延びるっ!!」


        ──完──

 あとがき

 私の住む広島のとある町に「味噌工場」がある。その近くに古くて大きな屋敷があり、母屋と「離れ」の間には石像がひっそりと建てられていた。
 彼は15歳で豊臣秀頼と自決したのではなく、ひょっとしたらこの地へ落ち延びて、味噌作りの礎を築いたのかもしれない。
 古くて文字が読めない石像に「真田大助」と記されていることを想像しながら、400年前の我が町を舞台に描きました。

 御閲覧ありがとうございました。

 令和2年5月  鼻血の親分






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みんなの感想(1件)

kikazu
2021.06.24 kikazu

真田大助が主人公なのは、すごく斬新で面白かったです。

鼻血の親分
2021.06.24 鼻血の親分

kikazu様 これもお読み頂きありがとうございます♪
真田大助が侍従関係でもなかった豊臣秀頼に殉じて十五の若さで自決した…とは思いたくなかったので、願望として描いてみた作品です。
舞台は都合よく自分の故郷でね(^^)
まあ自己満足のお話ですが結構気に入ってます♪

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