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第4章〜芸州編(其の伍)〜

第49話

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 六郎、十蔵と畑の手入れをしていた時のことだ。大豆畑近くの畦道あぜみちへ百姓の格好をした半蔵が姿を見せた。
「大助、大変なことが起きたぞ」
「半蔵、どうかしたか?」
「……広島城が軍勢に取り囲まれている」
「なっ、何だと!?」
「半蔵殿、よもや戦ですか!? 大夫正則さまの謀反とか!?」
「六郎、それは違うな。お紺によると福島正則は武家諸法度に違反したお咎めで転封になったそうだ。そして、幕府の上使が開城求めて軍勢を派遣したと……」
「そ、そりゃ誠でございますか!? わ、若、一大事ですぞ!」
「福島さまが転封……」
  
 それはあまりにも突然の出来事であった。俺は僅か半年前に接見して、「この芸州で励め」と激励して頂いたのだ。とても信じられない。もしそれが現実であれば、ある不安が脳裏をかすめた。
『藩主が代わるということは全てが白紙になるのではないか──!?』と言うことだ。

「……半蔵、武家諸法度の違反とは?」
「どうも幕府の許可なく城を修繕したことが秀忠の怒りを買ったみたいだ」
「で、では修繕に携わった国宗家も咎めを受けることになるのか!?」
「さあ、それは分からん。それよりも、もっと驚くべきことがある」
「これ以上、まだあるのか!」
「その幕府の上使が安藤重信なんだ」
「安藤……?」
「お前は知らんようだが、真田親子の仕置きを任されている黒幕だ。そして伊賀の頭領、藤林長門守も芸州へ同行している。これが何を意味するのか分かるか?」

──捕らえられる。あるいは殺されるのか!?

 俺は愕然がくぜんとした。
 ようやく野分台風の被災から立ち直り、希望が見えてきた所だ。何という運命なんだ。落武者である俺は幸せになれないのか……。

 一方で広島城、三原城は江戸にいる正則の指示を待つまで籠城の構えを見せ、一触即発の緊張状態にあったが、開城の指示が届くと一戦交えることもなく整然と城の明け渡しが行われたという。
 そして、福島正則はこの5年後、転封先の信濃国高井野で死去した。

***

「真田殿! 山村へ幕府の上使が……!!」
 役人の木嶋、梶山が慌てて「離れ」へ駆け込んで来た。
 俺を検分する名目で、広島城に滞在している安藤重信が足軽30名ほど引き連れ、城を出たと聞いたのは初夏の頃だった。無論、藤林長門守や配下である伊賀の者も同行しているだろう。
「離れ」には六郎、十蔵が忍び装束で万が一に備えている。また忠次郎、忠吾郎など国宗家の面々に、噂を聞いた山村の主だった領民がここへ続々と集結していた。

「大助さま、上使がわざわざお越しになるなんて、どういった了見でしょう?」
「俺を捕らえるためかもしれんな」
「そ、そんな……」
「若、如何いかがします? 一戦交えますか? それとも「逃げる」という手もありますぞ」
 そこへお久が荷物を持って現れた。予め支度を整えていたようだ。
「大助さま、これを持ってお逃げください!!」
「お、お久……」
「命を……命を守るのです」
 お久は涙を浮かべている。
「こんな日がいつか来るのではと覚悟してました。大助さま、どうか……どうか、お逃げくださいませ!! ううっ……」
 お久はその場で泣き崩れた。
「……い、いや、それでは俺を逃した国宗家へ迷惑をかけることになるだろう」
「若……では!?」
「先ずは相手の出方を見るしかない」
 俺は腰に差している秀頼公の刀を握りしめた。
 恐らくはこの『宝刀』が1番の目的だ。これを渡すだけで済めば良い。問題はそのあとだが……。

「離れ」を出た俺と六郎、十蔵は街道沿いの広大な草原へ向かう。ここで半蔵と落ち合っていた。
「大助、伊賀の者は全員私の配下だ。いざと言う時までは動かない。なあに、私に策がある。六郎らは合図するまで早まった動きをしないで頂きたい」
「半蔵殿、策……とは?」
「先ずは『宝刀』をここへ埋めるのだ」
「つまり、おびき寄せるのか、半蔵?」
「そうだ。そして……」

 何も考えていなかった俺は、半蔵の策に乗っかることにした。いずれにしろ戦闘は避けたい。六郎や十蔵も巻き込みたくないし、国宗家や山村がお咎めを受けるような事態になってはならない。

 俺は命を差し出してでも平和的な解決を望んだ。








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