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第3章〜芸州編(其の肆)〜

第47話

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「大坂の陣では将軍家を追い詰めた「日の本一の武将」と皆々が思うておる。立派な武士もののふぞ……じゃが、残念ながら戦で受けた傷が癒えぬまま、お亡くなりになられていた。3年前のことらしい」
「まっ、まことでございますか!?」
「ああ、伊豆守真田信之殿から聞いた。無論、幕府には内緒じゃ」
「父上はとうに……」
 な、何だ。俺はいつか会えると信じて、この芸州で六郎と頑張ってきたのに。3年前って此処ここへ来て僅か半年くらいで亡くなってたなんて……。

「まこと惜しい男を亡くした。実はな大助。儂は幕府から親父殿が芸州へ来たら「捕えろ」と命令されてたんじゃ」
「と、殿!?」
「いいから言わせろ。じゃがそんな気などさらさらないわ。未だ幕府は真田信繁幸村が生きていると信じておる。このまま有耶無耶うやむやにしてやろうかのう。はっはっは……。だから大助よ、これからもこの芸州で励むが良い。儂が守ってやる。今日はそれが言いたかったのじゃ」
「わ、……わーーっ!!」

 俺はボロボロと泣き出した。張り詰めた緊張感から解放されたのか、助かったと言う思いなのか、父上がとうに亡くなっていた哀しみなのか、何なのか分からない。ただ人前で泣くなんて幼き頃以来だ。しかも藩主の御前で……。

 俺は床へうずくまって泣きじゃくった。
「よしよし、……四郎兵衛、例の物を」
「はっ。真田大助、よおく聞け!」
「は……はっ」
「藩親方さまより格別なる配慮を致す。山林郷山村復興のため、米を援助する。……襖を開けい!」
 ガバーッと小姓が襖を開いた。そこには米俵が幾つも積み重ねられている。尋常じゃない量だ。そして人足風の男が控えていた。よくよく見ると見慣れた男である。
「あ……」
「若ー、お久しぶりです!」
「な、何と⁈ 十蔵ではないか!!」
「その方は信濃へ身を寄せていたが、お前の配下にと伊豆守信之さまより言付かっておる」
 津田四郎兵衛はようやく俺に笑顔を見せた。

 かけい十蔵(46歳)は父上に仕えていた鉄砲の名手だ。共に大坂の陣に参戦していたが敗戦後、どう落ち延びたのか定かではなかった。
「生きていたのか」
「暫くは大阪に潜伏してましたがね」
 懐かしさが込み上げてくる。これまでの経緯など大いに語り合いたいところだが、そろそろ接見も終わりを迎えていた。

「大助よ、幕府の手前そちを家臣にしてやれんが、辛抱せよ。……よいな?」
「はっ、私のような落武者に勿体なきお言葉でございます。この上は芸州に、山村に身を投じて生きて参りまする!」
「うむ、うむ」
 俺は感謝しかなかった。父上のことは残念だが、3年半も「捕われる」と不安に思っていたことが解決したのだ。

──そう、俺は生き延びたんだ!

 こうして西国の外様大名であり、豊臣恩顧では最後の大物と言える福島正則との接見は幕を閉じた。

***

「六郎、これまでよう辛抱してましたねー。流石は爆弾の望月六郎だよ。はははは……」
「いやあ……色々あったが、それなりに楽しんでおったわい。はははは」
 米12俵を乗せた人力荷車を六郎と十蔵が前後で押しながら、久方ぶりの再会を懐かしんでいる。その光景を見ながら忠次郎は興奮していた。
「大助さま、こんなにお米を頂くとは信じられないことでございます! 年貢も免除して頂いたし、あー、早く帰って皆に見せたいよう!」
「忠次郎殿、大成功でしたな。庄屋として立派でございますよ」
「そんな、六郎殿。恥ずかしいですよー、えへへ」
 我らは皆、上機嫌だった。神社へ来た時より、荷車を押しながら帰る方が遥かに早く感じていた。

 途中、林の陰から此方こちらを見据える男を見つけた。服部半蔵だ。ことの成り行きを見守っていたのだろう。俺は他の者に見つからないよう軽く会釈して通り過ぎた。
──ありがとう半蔵。俺は此処で生きていける。

 夕暮れ時に山村へ辿り着いた。国宗家の前で人だかりが出来ている。国宗、富盛、面前、神田の主だった方々と郎党、それに百姓らが「米俵」に喜ばしい驚きを見せている。ただ、米は途中で木嶋、梶山らに抜かれ山村への配布は8俵に減っていた。だがそれでも助かる。安価なアワ、ヒエに替えれば冬を越すことができるだろう。廃城跡へ避難してる百姓らの食も取り敢えず確保できたのだ。

「あー、皆さん、これだけではないですよ」
 忠次郎が得意げに声を張り上げる。
「何だ、何だ!?」
「藩主さまが「2年間年貢を免除する」と仰せになられましたー!」
「お、おおーっ!」
「忠次郎殿、よくやったぞ! それでこそ庄屋じゃー!」
「キャー、忠次郎さま、すごーい!」
 皆が忠次郎に注目して感謝の意を示す。
「えへへ、それほどでも……」

 屋敷前で賑わいを見せているその隙に、俺は母屋へ戻った。お久に会うためだ。
「無事、戻ったぞ」
 お久は相変わらず土間で炊事をしている。
「お帰りなさい。お腹空いたでしょう、大助さま」
「ああ、そうだな」
「雑炊だけど召し上がってください」
「うん、ありがとう。あ、そう言えば藩主さまが、お久と作った「お味噌」が大層美味しいと喜んでいたぞ」
「そうですか。うふふ、それは良かったです!」

 お久は満面の笑みでそう答えてくれた。














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