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第3章〜芸州編(其の肆)〜

第43話

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 怪しげな百姓風の男らは、神田本家が所有している高台の畑へ侵入していく。ここは然程野分台風の被害を被っていない唯一の畑だ。かぼちゃ、葛西菘小松菜、さやいんげんなどが奇跡的に育ち、秋の収穫を迎えていた。
 彼らは見張りを立たせ、主犯格の男がサッと作物を刈り取り、手際よく籠へ入れていく。

「やはり盗人か」
 俺は畑近くの作業小屋へ隠れ様子を伺っていた。
 そこへ畑の手入れをするためだろうか、神田の郎党が現れた。
「真田さま……ですか? 如何されました?」
「あの畑に居る男らは神田の者か?」
「はて、存じませぬ。あ、あれは盗人でございますよ! 真田さま、捕らえましよう!」
「よし、俺に任せろ」

 小屋からクワを手に取る。普段から秀頼公の刀を所持しているが、不逞の輩如きに使うのは勿体ない。クワで充分だ。
「おい、お前らそこまでだ!」
「あっ!」
 3人の男らが驚き、逃げるか戦うか迷っている様子が伺えた。相手は俺は1人。しかもクワを持った侍風の若い男だからだ。その沈黙の隙を狙って見張りの男を、クワの柄で素早く突く。
「うっ……」と男は倒れた。それを見て百姓風の男らは逃げ出す素振りを見せる。
「もう観念しろ! さ、盗んだ作物を置くんだ」
「く、くそっ」
 籠を投げ出し、見張りの男を置き去りにして彼らは逃走していく。俺は追わずに残った男へ尋問した。
「お前らはどこから来た?」
「……か、勘弁してください。村の食料も底をつき……つい」
「食料が乏しいのは何処も同じだ。このままでは我らも冬を越せれないくらいにな」

 いつの間にか、神田の郎党らが続々と集まってきた。
「てめえ、不逞野郎だ! 代官さまに突き出してやる!」
「そうじゃ、そうじゃ! ねえ、真田さま!」
「……残念だが、ひっ捕らえよ」
「ははっ」
 男は郎党に連れられていく。いずれ逃げ出した男らも御用となるだろう。

 ただ、このままではマズイ。普通の領民が盗っ人になるくらい状況は逼迫しているのだ。復興で人手は足りてないが見廻りを強化するしかない。俺は忠次郎に会うため、国宗家へ戻ることにした。

 国宗の縄張りでは忠兵衛らご隠居たちが、領内の整備とともに畑や蔵を監視している。
 俺は見廻り組を三役で結成しようと考えていたが、山村を隈なく監視する程、人材の余裕はない。どうしたものかと忠次郎に相談しようと思っていた。だが直ぐに答えが見つかった。
「なるほど、神田も子供の面倒見ている爺らで見廻りすれば良いんだ」
 そのことを忠次郎へ伝え、各縄張り毎にご隠居らによる見廻りを強化していった。

***

 国宗家へ来たついでに「離れ」へ戻り、食材の確認をしていた時のことだった。

「おーい、大助ちゃーん」
裏の畑から女性の声が聞こえる。
「あ、お前はお紺!?」
「入るよお」
 お紺は裸で俺を温めてくれた「くノ一」だ。彼女を見るとどうしてもそのことを思い出し、妙な気分になる。ただ、今は忍び装束ではなく地域へ溶け込む農婦の装いだった。
「どうした?」
「はんぞーからの伝言だよ。明日には旗本が接見命令を下すために此処へ訪れるってさ」
「……い、いよいよか。で、他には?」
「うーん、福島正則に敵意は無さそうだけど断言できない。行ってみなければ分からないかな。こりゃ博打だねー。だから “行くか逃げるか” 聞いといてくれって」
「俺は逃げない。そう半蔵に伝えてくれ」
「うん、分かった。じゃ、あたいらも警護するからね。最悪、戦だよー」
「……そうなれば、戦って逃げるまで……か」
「犬死はやだよ、大助ちゃん?」
「ああ、そうだな。お紺」

 さて、どうなるんだろう。福島正則は今更なぜ俺に会おうとしてるのか、その意図がわからない。だが考えても仕方ない。此処ここまで生き延びて来たんだ。運に身を任せるしかない……。

 その後、国宗家の郎等に手伝ってもらいアワなど食材を馬に乗せて一旦、廃城跡へ戻ることにした。俺が居なくてもひと月は持つくらいの食材を運んでおきたかった。そして何よりも六郎に接見のことを伝えなければならない。






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