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第3章〜芸州編(其の弐)〜

第25話

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「ドン、ドドン、タタン……」
 満月の日暮れ時、山村の盆踊りが始まった。宮迫神社は人々で埋め尽くされ、楽しく賑やかな雰囲気に包まれている。

「若、凄い人ですな。お、いい女じゃ! こうして見ると山村にも沢山女が居るんですなあ」
「六郎、見惚れてないで見廻りしろ!」
「大助さまー、櫓の向こうが騒がしいですよお」
 櫓の影で見えなかったが、何やら男たちが揉めてるようだ。
「喧嘩だ、喧嘩だ!」
「……早速出番か」
 既に野次馬が出来ている。その中に女が1人、男が2人居ることが確認できた。
「儂が先に誘ったんじゃろが、引っこんでおれ!」
「断られとるだろ。お前こそあっち行けや!」
「なにを!」
「やれやれ!」
 女を巡って男どもが言い争っていた。それを領民が煽っている。「盆踊り」と言う非日常的な行事による解放感からか、それとも満月のせいなのか、皆が面白がり興奮していた。
「あーあ、両方とも断ってんだよ」
「なっ……そりゃないよ、お雪さん」
「おい、何ごとだ?」
「あ、大助。助けに来てくれたのかい」
「騒がしかったんでな。お雪、何ともないか?」
「ああ、大丈夫だよ」
「こ、こりゃ……さ、真田さま。あー、失礼しました」
 大助と聞いて男どもが逃げる。俺のことは山村では有名だ。知らない奴が居たらそれは他所者よそものなのだ。
「ねぇ、大助を待ってたんだよ。一緒に踊って欲しいな」
「お雪さん。こ、ここは六郎がお相手して……」
「まだ見廻りがあるんでな。お雪、1人で居るなよ。富盛家の女衆か辰三郎らと一緒にいろ」
「う、うん、じゃ待ってる」
「六郎、忠吾郎、行くぞ」
「はーい、って六郎さま、行きますよ」
「は……ははっ」

 俺は辰太郎の『お雪はどうだ?』の言葉がチラッと頭をよぎった。お雪も俺を意識してるのか? でないと踊りを誘ったりしないだろう。

 待ってるって言われてもな……。

 珍しく俺も動揺していた。この解放感溢れる雰囲気に呑み込まれているのだろうか。

──恥ずかしい。逃げたい……。

 そう思いながら足早に神社の裏手へ回った。
 すると、
「キャーッ!」
 林道の奥から女の悲鳴が聞こえた。辺りは薄暗くなり始めていた頃だ。俺は咄嗟に走り出す。

「戯れ言じゃ、戯れ言じゃ。へへへへ」
「や、やめて下さい!」
 見慣れない3人の輩が女2人を取り囲んでいる。
「えーじゃないか、お姐さん。ちょっと遊ぼうや」
「ヤダって言ってるでしょ! 触らないで!」
「へへへへ、兄い。もう林の中へ連れ込もうぜ」
「ちょっと、た、助けて! 誰かーっ!」
 輩が強引に女を林の中へ連れて行こうとする。
 その時である。俺が輩の手を掴んだ。
「おい、何してるんだ?」
「あっ、さ、真田さまーー!!」
「あん? 何だおめえ? 邪魔すんじゃねえ!」
「俺を知らんとは他所者らしいな」
「はん? お前なんか知らんわ。おうアンちゃん、やるんか?」
 輩が刀を抜いて構えを見せた。多分脅しだろう。
「武家か? あまり良い刀に見えないが」
「なっ、儂を誰だと思ってんだ?」
「誰でもかまわん。女を離せ」
「くそっ、おめえ死にたいのか!」
「死にたいのはお前だろ」

 俺は仕方なく刀を抜くと3人の輩が刀を抜いて俺を取り囲む。

 斬るのは面倒だな……。

 俺は六郎に目で合図した。
「アンさんは儂が相手しよか」
「あ? 何だこのおっさん?」
「はいやあああああああ!!」
 六郎が「背負投げ」であっという間に輩を投げ飛ばす。ついでにもう1人の胸ぐらを掴む。
「ひっ」
「はいやあああああああ!!」
 今度は派手に「巴投げ」で吹っ飛ばす。
「な、な、何じゃ!?」
「さぁ、どうする」
「く、くそ……儂はそうはいかんぞ」
 男は間合いを取る。にわか武士にしては、そこそこの腕があるからか、自信を持ってるようだ。
「きょええええええええ!!」
 カキーン、キン、キン、キンと暫く打ち合うが隙だらけだ。俺は刀を裏にして男の手首を叩く。
「あいたっ!」
 刀を落とし片膝ついた男の喉元に刃を向ける。
「……うせろ」
「ち、ちくしょう。わかったよ。何て野郎だ」
 輩どもが足を引こずり、男は手首を押さえながら去っていった。
「真田さま、ありがとうございます!」
「怪我はないか?」
「はい。あー、真田さまと始めて口聞いたあ!」
「私もー!」
「そうか。……じゃ気をつけて行くんだぞ」
「はいっ」

 女を見送った後、林道を歩いてると男女が林の中へ消えていくのが見えた。
「あ!」
「若、違いますぞ。アレは男女の営みじゃ」
「そ、そうか……」

 盆踊りは『性の解放』と言う側面があることは知っている。だから領民たちは興奮してるのだろう。よくよく見渡すと、彼方此方で男女がイチャついてる光景が垣間見れるのだ。
 俺はふいに『お久』が頭に浮かんだ。「俺だって……」と言う気持ちがない訳でもない。だが、それ以上考えたくない。気持ちが乱れるのが怖いのだろうか? 

「忠吾郎、太鼓叩きに行こうか」
「はーい。待ってましたよ、大助さまー!」

 俺は一心不乱になりたい。そう思った──。
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