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第2章〜芸州編(其の壱)

第11話

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「忠次郎、誰だ?」
「と、富盛の三男坊と郎党です……」
 忠次郎は小さな声で吐き捨てるように言った。
「ういいいい、忠次郎よお、こっち向けよお」
「な、何ですか」
「おまえ、いつになったらワイと勝負してくれんのじゃ?」
「そんな約束はしてません」

 三男坊に従ってる若い輩が俺たちを取り囲んだ。1人の男が俺を威圧するかの如く睨んでくる。
「えーから、勝負せえよ、あん? そんな度胸もないか? へへへ」
「辰三郎さん、コイツは算術ばかりで武術はからっきしなんですよ!」
「そんなことないじゃろ、国宗家の次男坊がよお」
「はーっははははははは……」

 面倒くさい輩だ。俺はため息を吐く。すると辰三郎が俺に興味を持った。
「ああ? お前誰じゃ?」
「俺か? 俺は国宗家に世話になってる者だが?」
「ほお、あんちゃん、ワイらを馬鹿にしてんのか? 何なら勝負しちゃるで!」
「勝負って素手か、木刀か、それともコレか?」
 俺は秀頼公から頂いた太刀をチラつかせた。
「なっ、なんじゃお前、武士か!? 一体誰じゃ」
「どうする?」
「おもろい、ワイらの道場へ来い。勝負せんかい」
「だ、大助さまっ」
「おい、忠次郎、お前も来んかい!」
「イヤです!」
「で、お前らの道場って何処だ? 近いのか?」
「大助さま、やめときましょう」
「いや、身体がなまってる。行こう」
「道場には沢山の強者が居ると思いますよ!」
「お前、来たことないじゃろが。よー知っとんの」
「はははははははは」

 嫌がる忠次郎を六郎がなだめながら、俺たちは輩と富盛家の道場へ向かった。国宗家から二郷川を挟んで直ぐの場所だ。
「近いな。目と鼻の先じゃないか」
「だから、色々と揉めるんです!」
「揉めるって、一方的にコイツらが揉ませてるんだろう」
「ま、まぁ、そうですが」
「なるほどな……俺たちの居場所が国宗家なのは、これが理由かもしれないな」
「若、どういうことですか?」
「六郎、元武家には元武家で牽制させる……てね」
「深い思慮ですな。ともあれ若、ほどほどに」
「ああ、分かってるよ」

 富盛の縄張りとも言える領域へ入ると、一面に広がる田畠に圧倒された。水廻りもしっかりと整備されており、落ち武者一族がここで生きていくために、相当な苦労を重ねていたことが伺えた。そして大きくそびえ立つ武家屋敷は、まるで山林郷に君臨する領主の館のようだった。その広い敷地内に道場らしき建物がある。
「ほう、大したもんだな」

 道場の隣にある井戸周辺では、女衆が灰汁桶に衣類を浸けて手もみ洗い(洗濯)している。それを見守る若い娘が、俺らに気がついた。
「辰三郎、誰だい」
「姐御、国宗忠次郎と郎党じゃ。ワイと勝負するんよ。へへへ」
「あらら、国宗さん、珍しいわね。どういう風の吹き回しかしら」
「……」
「辰三郎、手加減しておやり。木刀やなしに竹刀でな。怪我させるんじゃないよ」
「チッ、わかったよ、姐御」
 姐御と呼ばれる娘は辰三郎の姉で「お雪」と言う。18歳くらいだろうか。山林郷でも評判の美人らしい。
「若、べっぴんですな。ちょっとスレた感じで」
「六郎、黙っておれ」

 道場へ入ると、先ほどの輩たち以外に10人程が稽古をしていた。指導してるのは辰三郎の兄、辰二郎である。
「辰三郎、どうした? その方らは誰じゃ?」
「兄い、これからワイとコイツが勝負するんじゃ」
「なに? お主、もしや国宗とこの?」
「忠次郎じゃない。その若造じゃ」
 辰三郎は無造作に竹刀を放り投げてきた。俺はそれを咄嗟に掴む。

 若造呼ばわりか。歳はそう変わらんだろうが?

「おい、辰三郎。手加減してやれ。怪我させると面倒じゃからな」
「わかっとる。おう! 来な、若造!」
「お前、どんだけ強いんだよ」

 さて、片田舎の豪族如きに負ける訳にはいかん。それに俺がってこの村々に知らしめねばならない。かと言って本気で戦って怪我でもさせると、それこそ国宗家に迷惑がかかるな。先ずはコイツの実力を見てみるか……。

「どした、若造? 口だけかあ!」
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