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50魔界へ……
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「大丈夫ですか、ムンチさん!」
真後ろからシモーヌの心配そうな声が発生した。目の前に新『僧侶の杖』がある。視界の端には羽ばたく翼があった。
「え? え?」
俺は頭脳をフル回転させ、状況を整理した。どうやら俺が巨体に潰されそうになったところを、シモーヌが物凄い速度で俺をさらって、かろうじて逃れたようだ。
天使のような――というより、まさに天使そのものの翼を生やして。
俺はシモーヌに抱きすくめられながら、これが現実であることを腕の痛みで再確認する。
「と、飛べたのかよ! シモーヌ!」
当人はやや間の抜けた言葉を発した。
「あら……。飛べちゃいました」
そうだった。シモーヌは天使だったのだ。しかし、それにしても……
「飛べるんならもっと早く言ってほしかったな」
「すみません。私も今初めて羽を生やせる、飛べるってことに気がついたもので……」
「ああ、そうなのか。それはすまん」
「それにしても、服の背中が破けてスースーします」
巨人はまだ俺たちを攻撃目標としているらしく、手の届かない位置まで上昇した俺たちを憎らしげに見つめていた。ジャンプは……してこなさそうだ。
「シモーヌ、悪りぃけど俺の腕を治してくれ。この体勢でできるか?」
「はい、やってみます」
俺を背中から抱える彼女の腕が、窮屈そうに動いた。光がまたたき、俺の左腕が元に戻る。痛みはかけらほども残らなかった。
「ありがとよ。さて、どうしたものか……。あの巨像は通りすがりの俺たちを、いきなり敵と見なして攻撃してきた。多分あれを作ったやつが、何としても守り抜きたい財宝か何かを守護させているんだろう」
「そうですね。それで合ってると思います」
「となると場所的にいっても、その何かが黒い火の玉である蓋然性は高い」
「まったくです」
「ではどうやってあの化け物を倒し、黒い火の玉にありつくかだ。どうしたものか……あいつに何か弱点があればいいんだけど」
ゴーレムがこちらを見上げている。緋色の両目が陽光に反射してきらめいていた。俺はふと閃く。
「そうだ、両目だ。あそこは岩石じゃなくて宝石だから、少しは『鋼の爪』が効くかもしれない。シモーヌ、頼む。ぎりぎりまであいつに近づいてくれ」
「分かりました!」
シモーヌは翼をはためかせて下降した。巨人が鈍重な動きで、うるさいハエを払うように腕を振るう。それをかわして、彼女は巨像の頭部に接近した。
「今です、ムンチさん!」
「よしっ! 食らえ、でかぶつ!」
俺は史上最速の爪連射を食らわせる。爪の塊を受けた巨体の目は、その両方が氷のようにもろくも砕け散った。ゴーレムは激痛でも感じたのか、片手で目元を覆い、片手で宙を探る。やがて足がもつれて、地響きとともに谷に倒れ込んだ。俺は快哉を叫んだ。
「やったぁ!」
巨人はしばらくじたばたしていたが、やがてあきらめたのか、まったく動かなくなった。ケストラの亡霊が拍手して喜ぶ。
「さすがだのう、ムンチ! 見よ、奴の背中を!」
俺が見下ろすと、巨人の背に穴が開いており、そこで黒い炎の玉が燃え盛っていた。亡霊はまるで自分が強敵を倒したかのようにふんぞり返る。
「あれが魔界へと繋がっているのだよ。どうやら巨人は自力で立てないようだの。もう反撃は考慮せんでいい」
「何で巨人はあれを守ってたんだ?」
「恐らくわし本体があの巨人を作ったのだろうて。ほっほっほ。魔界への数少ない通路に、邪魔者が入らぬようにの」
「あんたが作ったのかよ……」
「うむ、十中八九な。未来のわしながらなかなかいいデザインだの。……さて」
亡霊の声が重々しくなった。改めて決断をせまってくる。
「では、魔界へ参ろうか。二人とも覚悟はいいかの?」
「おう」
「はい!」
亡霊は黒い火球を指差した。
「ほっほっほ。それではあの炎に飛び込むのだ!」
「よし、シモーヌ頼む!」
「はい! 行きます!」
シモーヌが翼を操り、ゴーレムの背中の穴に飛び込んだ。
■魔界へ……
暗黒の中で七色の光彩がきらめく。寒くもなく暑くもなく、ただ息苦しさだけがつのる急降下。そのトンネルのような空間を数瞬で抜けると、そこには……
「おお……!」
現れたのは太陽が2個ある、荒涼とした大地だった。枯れた木々が林立し、緑というものはごくわずか。茶色い地肌の見える遠くの山々では、魔物らしき影が蟻のようにひしめきあっている。あちこちに棒を突き刺したような細長い塔があり、一部は白い煙を立ち昇らせていた。
空中に出現した俺たちは、しばらくその光景に魅了されていた。ケストラの亡霊が、『勇者の剣』から首だけ出して、いかにも面白いとばかりに哄笑する。
「ほうほう、ここが魔界か……! 何とも凄いところだのう。見よ、この荒れ果てた地平! たまらんわい」
シモーヌは背後を振り返った。抱えられている俺も自然、同じほうを向く。黒い火の玉は見当たらず、ただ碧空が広がるばかりだ。俺はぞっとして声が震えた。
「おいおっさん、帰り道がないぞ」
「ほっほっほ、そのようだのう。どうやら漆黒の火球は一方通行といったところか。帰るにはまた黒い炎の玉をこちらで見つけ出さないといかんだろうて」
シモーヌが呆然とつぶやく。
「そんな……!」
俺は前途の困難さに重苦しさを覚えながらも、背後の彼女に大声で伝えた。
「シモーヌ、とりあえず適当な場所で俺を下ろしてくれ。いい加減腕も疲れただろう」
「はい、では少しだけ」
「え?」
俺たちは手近な平野――荒地か――に降りた。シモーヌは俺を放すと、自分自身に新『僧侶の杖』を使う。すぐに効果が表れ、彼女ははつらつとした表情になった。回復したのだ。ああ、だから「少しだけ」というわけか。
「今、私とムンチさんが探しているのは、魔界におけるケストラさん本体の研究施設。それから帰り道になる黒い火の玉。この二つです。このまま何の成果もなく人界へ戻っても仕方ないので、優先されるのは前者ですね。それなら私が上空から探したほうが早いでしょう。その際、お互いはぐれたりしないように、さっきみたく私がムンチさんを抱きかかえて飛んだほうが危険は少ないはずです。それに武闘家のピアスのおかげで、今の私の行動速度は2倍ですから」
真後ろからシモーヌの心配そうな声が発生した。目の前に新『僧侶の杖』がある。視界の端には羽ばたく翼があった。
「え? え?」
俺は頭脳をフル回転させ、状況を整理した。どうやら俺が巨体に潰されそうになったところを、シモーヌが物凄い速度で俺をさらって、かろうじて逃れたようだ。
天使のような――というより、まさに天使そのものの翼を生やして。
俺はシモーヌに抱きすくめられながら、これが現実であることを腕の痛みで再確認する。
「と、飛べたのかよ! シモーヌ!」
当人はやや間の抜けた言葉を発した。
「あら……。飛べちゃいました」
そうだった。シモーヌは天使だったのだ。しかし、それにしても……
「飛べるんならもっと早く言ってほしかったな」
「すみません。私も今初めて羽を生やせる、飛べるってことに気がついたもので……」
「ああ、そうなのか。それはすまん」
「それにしても、服の背中が破けてスースーします」
巨人はまだ俺たちを攻撃目標としているらしく、手の届かない位置まで上昇した俺たちを憎らしげに見つめていた。ジャンプは……してこなさそうだ。
「シモーヌ、悪りぃけど俺の腕を治してくれ。この体勢でできるか?」
「はい、やってみます」
俺を背中から抱える彼女の腕が、窮屈そうに動いた。光がまたたき、俺の左腕が元に戻る。痛みはかけらほども残らなかった。
「ありがとよ。さて、どうしたものか……。あの巨像は通りすがりの俺たちを、いきなり敵と見なして攻撃してきた。多分あれを作ったやつが、何としても守り抜きたい財宝か何かを守護させているんだろう」
「そうですね。それで合ってると思います」
「となると場所的にいっても、その何かが黒い火の玉である蓋然性は高い」
「まったくです」
「ではどうやってあの化け物を倒し、黒い火の玉にありつくかだ。どうしたものか……あいつに何か弱点があればいいんだけど」
ゴーレムがこちらを見上げている。緋色の両目が陽光に反射してきらめいていた。俺はふと閃く。
「そうだ、両目だ。あそこは岩石じゃなくて宝石だから、少しは『鋼の爪』が効くかもしれない。シモーヌ、頼む。ぎりぎりまであいつに近づいてくれ」
「分かりました!」
シモーヌは翼をはためかせて下降した。巨人が鈍重な動きで、うるさいハエを払うように腕を振るう。それをかわして、彼女は巨像の頭部に接近した。
「今です、ムンチさん!」
「よしっ! 食らえ、でかぶつ!」
俺は史上最速の爪連射を食らわせる。爪の塊を受けた巨体の目は、その両方が氷のようにもろくも砕け散った。ゴーレムは激痛でも感じたのか、片手で目元を覆い、片手で宙を探る。やがて足がもつれて、地響きとともに谷に倒れ込んだ。俺は快哉を叫んだ。
「やったぁ!」
巨人はしばらくじたばたしていたが、やがてあきらめたのか、まったく動かなくなった。ケストラの亡霊が拍手して喜ぶ。
「さすがだのう、ムンチ! 見よ、奴の背中を!」
俺が見下ろすと、巨人の背に穴が開いており、そこで黒い炎の玉が燃え盛っていた。亡霊はまるで自分が強敵を倒したかのようにふんぞり返る。
「あれが魔界へと繋がっているのだよ。どうやら巨人は自力で立てないようだの。もう反撃は考慮せんでいい」
「何で巨人はあれを守ってたんだ?」
「恐らくわし本体があの巨人を作ったのだろうて。ほっほっほ。魔界への数少ない通路に、邪魔者が入らぬようにの」
「あんたが作ったのかよ……」
「うむ、十中八九な。未来のわしながらなかなかいいデザインだの。……さて」
亡霊の声が重々しくなった。改めて決断をせまってくる。
「では、魔界へ参ろうか。二人とも覚悟はいいかの?」
「おう」
「はい!」
亡霊は黒い火球を指差した。
「ほっほっほ。それではあの炎に飛び込むのだ!」
「よし、シモーヌ頼む!」
「はい! 行きます!」
シモーヌが翼を操り、ゴーレムの背中の穴に飛び込んだ。
■魔界へ……
暗黒の中で七色の光彩がきらめく。寒くもなく暑くもなく、ただ息苦しさだけがつのる急降下。そのトンネルのような空間を数瞬で抜けると、そこには……
「おお……!」
現れたのは太陽が2個ある、荒涼とした大地だった。枯れた木々が林立し、緑というものはごくわずか。茶色い地肌の見える遠くの山々では、魔物らしき影が蟻のようにひしめきあっている。あちこちに棒を突き刺したような細長い塔があり、一部は白い煙を立ち昇らせていた。
空中に出現した俺たちは、しばらくその光景に魅了されていた。ケストラの亡霊が、『勇者の剣』から首だけ出して、いかにも面白いとばかりに哄笑する。
「ほうほう、ここが魔界か……! 何とも凄いところだのう。見よ、この荒れ果てた地平! たまらんわい」
シモーヌは背後を振り返った。抱えられている俺も自然、同じほうを向く。黒い火の玉は見当たらず、ただ碧空が広がるばかりだ。俺はぞっとして声が震えた。
「おいおっさん、帰り道がないぞ」
「ほっほっほ、そのようだのう。どうやら漆黒の火球は一方通行といったところか。帰るにはまた黒い炎の玉をこちらで見つけ出さないといかんだろうて」
シモーヌが呆然とつぶやく。
「そんな……!」
俺は前途の困難さに重苦しさを覚えながらも、背後の彼女に大声で伝えた。
「シモーヌ、とりあえず適当な場所で俺を下ろしてくれ。いい加減腕も疲れただろう」
「はい、では少しだけ」
「え?」
俺たちは手近な平野――荒地か――に降りた。シモーヌは俺を放すと、自分自身に新『僧侶の杖』を使う。すぐに効果が表れ、彼女ははつらつとした表情になった。回復したのだ。ああ、だから「少しだけ」というわけか。
「今、私とムンチさんが探しているのは、魔界におけるケストラさん本体の研究施設。それから帰り道になる黒い火の玉。この二つです。このまま何の成果もなく人界へ戻っても仕方ないので、優先されるのは前者ですね。それなら私が上空から探したほうが早いでしょう。その際、お互いはぐれたりしないように、さっきみたく私がムンチさんを抱きかかえて飛んだほうが危険は少ないはずです。それに武闘家のピアスのおかげで、今の私の行動速度は2倍ですから」
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