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31メイナの告白
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そこでライデンの空いていた左腕が伸び、俺の右前腕を外しにかかった。しかし勇者の実力をもってしても――というより、酔っ払って全力を出せていないのだろう――俺の前腕を外せない。
彼の呼吸はいよいよ苦しくなり、顔は青ざめて口からは泡を吹き始めた。
「うぐぐ……っ!」
ライデンは俺の右前腕に対抗するのをあきらめ、その代わりに俺の右脇腹をげんこつでこつこつと殴り始めた。これが意外に効く。まるで岩のような鈍器を全力で打ち込んできている痛みだ。
「ぐあっ! こ、この野郎……!」
右手人差し指の切断でさえ痛くて我慢できないぐらいなのに、さらにこの打撃で、俺は心が折れかけた。それでも根性で相手の気道を押さえ続ける。
しかし何度目かのボディブローが決まったとき、とうとう俺はライデンの喉から腕を離してしまった。ライデンは息を吸い込むと、今度は逆に、自分にまたがる俺の喉を左手で掴んだ。俺は呼吸ができず狼狽する。
「…………っ!」
俺たちの闘いぶりに観衆が興奮していた。ライデンはその騒音に負けないよう声を張り上げる。
「さっきとは逆に僕が言う番だね。ムンチ君、苦しいだろ? 僕の腕を連続三回叩いたら、それを『まいった』と受け取るよ」
俺は打開策を探るべく、現在の形勢を分析した。左手はライデンの右手首を絞り上げるのに使っていて、これは絶対外せない。もし外れれば、自由を得た『勇者の剣』が自分を斬りつけるだろう。
では右手はどうか。人差し指を半分失って、繰り返される波のように激痛が発生している。これではライデンを殴ったとしても、蚊さえ殺せない威力しか出せないだろう。そして体勢が下だというのに、ライデンの左手はじりじりとこちらの喉を絞め上げていく。逃げようとしても食い込むような五指のために果たせないでいた。
だんだん目の前がぼやけていく。苦痛の渦に絡め取られて、意識が混濁していく。
負けるのか、俺は……
俺は耐え切れず、ライデンの腕を3回叩いて敗北を認めてしまおうかと考えた。しかし、俺の中の譲れない部分は、頑強に抵抗してくる。
「つ、爪ぇ……! 出やがれ……っ!」
詮ない台詞だ。俺の右手人差し指先端は血に染まって、かたわらに転がるのみなのだから。
だが、そのときだった。
「ぐはぁっ!」
突如肉が裂けるような音がして、ライデンが真っ青な顔になり、俺の喉から手を離したのだ。
振り返って見下ろせば、ライデンの左ふくらはぎに何かが突き刺さっていた。鮮血がぼとぼととこぼれ落ちている。激痛に悶えるライデンは、『勇者の剣』を取り落とした。
何が起きたのか。そう、地面に落ちている俺の右手人差し指の断片から、『鋼の爪』が伸びて、ライデンの左足に突き刺さったのだ。遠距離操作――。それが俺の逆転劇の真相だった。
俺は『鋼の爪』を引っ込めると、人差し指の欠片を取り上げ、それを逆さにしてライデンの喉に突きつける。
「まいったしろ、ライデン! じゃなきゃ、本当に殺すぞ!」
ライデンは出血し続ける左足を抱えたまま、コクコクとうなずいた。
「ま、まいった。君の勝ちだ……。ぐうぅっ……」
そこへ聞きなれた、若い女の声が届いてくる。観衆をかき分けて飛び出したのは、無毛の頭でスタイル抜群の僧侶だった。
「あんたら、何やってるの!」
メイナだ。武闘家ピューロに魔法使いゴルドンもいた。どうやら国王への謁見は済ませてきたらしい。ライデンは流血するふくらはぎを押さえて、苦しそうに笑った。
「何、ちょっと喧嘩していただけだよ。もう終わったけどね……うぐぐ……っ」
俺は彼に同調して作り笑いを浮かべた。
「ちょっと行き過ぎて、俺は旅に同行できなくなっちまった。まあ、人差し指の欠片が腐らなければ、まだチャンスはあるかもしれねえがな」
メイナは青白い顔をして、馬鹿をやった俺たちを等分に眺めた。やがて、呆れたようにため息をつく。
「今手当てするわ」
彼女は新『僧侶の杖』をライデンの傷口に掲げ、重々しく左右に振った。まばゆい発光に、周囲の野次馬が悲鳴を上げる。しかし、ライデンの左足はまったく元に戻らなかった。
メイナははっとした後、まつ毛を伏せて自嘲した。
「すっかり忘れてたけど、やっぱり駄目だわ。あたしはもう他人を治せなくなってしまったのよ。シモーヌこそが新『僧侶の杖』の持ち主にふさわしくて、あたしはもう使えない人間なんだわ」
落ち込む彼女を、ピューロとゴルドンが必死に励ます。
「メイナさん、あきらめないで!」
「今こそ他人を救うときじゃ! おぬしの底力を発揮するんじゃ!」
メイナは水浴びした犬のように、頭を激しく左右に振った。自分自身に対する信頼を完全に失っている。
「無理だってば! 三権神さまはもう、あたしをお見捨てになったのよ! きっと教会の杖を盗んだ罰で……!」
俺は左鎖骨と右手人差し指の激痛に耐えていた。彼女の基本的な間違いを正す。
「そ、それなんだけどな。盗んだのは俺であってお前じゃないだろ」
「で、でも……」
ライデンが足の痛みに苦しみながら、それでも平静を装ってメイナに話しかけた。
「メイナ。僕らと一緒に魔王の地下迷宮に挑んだときの、あの初心を思い出すんだ」
「ライデン……」
「君は色々背負い込みすぎたんだ。今はこれまでのことをすべて忘れて、ただ他人の傷を癒したいと願うんだ。きっとそれで活路は開ける! ……多分ね」
彼はあぶら汗を拭いつつ、それでも安心させるように笑顔を見せる。メイナはそのさまに感動したのか、何とか挫けかけた自分を奮い立たせようとした。
「わ、分かったわ。やってみる!」
メイナは新『僧侶の杖』を、改めてライデンの足に掲げる。衆目が集まる中、彼女は念じ、気持ちを研ぎすませているようだ。
「三権神よ……慈悲をお与えください……! 勇者一行としてではなく……ライデンを愛する一人の女として……!」
彼の呼吸はいよいよ苦しくなり、顔は青ざめて口からは泡を吹き始めた。
「うぐぐ……っ!」
ライデンは俺の右前腕に対抗するのをあきらめ、その代わりに俺の右脇腹をげんこつでこつこつと殴り始めた。これが意外に効く。まるで岩のような鈍器を全力で打ち込んできている痛みだ。
「ぐあっ! こ、この野郎……!」
右手人差し指の切断でさえ痛くて我慢できないぐらいなのに、さらにこの打撃で、俺は心が折れかけた。それでも根性で相手の気道を押さえ続ける。
しかし何度目かのボディブローが決まったとき、とうとう俺はライデンの喉から腕を離してしまった。ライデンは息を吸い込むと、今度は逆に、自分にまたがる俺の喉を左手で掴んだ。俺は呼吸ができず狼狽する。
「…………っ!」
俺たちの闘いぶりに観衆が興奮していた。ライデンはその騒音に負けないよう声を張り上げる。
「さっきとは逆に僕が言う番だね。ムンチ君、苦しいだろ? 僕の腕を連続三回叩いたら、それを『まいった』と受け取るよ」
俺は打開策を探るべく、現在の形勢を分析した。左手はライデンの右手首を絞り上げるのに使っていて、これは絶対外せない。もし外れれば、自由を得た『勇者の剣』が自分を斬りつけるだろう。
では右手はどうか。人差し指を半分失って、繰り返される波のように激痛が発生している。これではライデンを殴ったとしても、蚊さえ殺せない威力しか出せないだろう。そして体勢が下だというのに、ライデンの左手はじりじりとこちらの喉を絞め上げていく。逃げようとしても食い込むような五指のために果たせないでいた。
だんだん目の前がぼやけていく。苦痛の渦に絡め取られて、意識が混濁していく。
負けるのか、俺は……
俺は耐え切れず、ライデンの腕を3回叩いて敗北を認めてしまおうかと考えた。しかし、俺の中の譲れない部分は、頑強に抵抗してくる。
「つ、爪ぇ……! 出やがれ……っ!」
詮ない台詞だ。俺の右手人差し指先端は血に染まって、かたわらに転がるのみなのだから。
だが、そのときだった。
「ぐはぁっ!」
突如肉が裂けるような音がして、ライデンが真っ青な顔になり、俺の喉から手を離したのだ。
振り返って見下ろせば、ライデンの左ふくらはぎに何かが突き刺さっていた。鮮血がぼとぼととこぼれ落ちている。激痛に悶えるライデンは、『勇者の剣』を取り落とした。
何が起きたのか。そう、地面に落ちている俺の右手人差し指の断片から、『鋼の爪』が伸びて、ライデンの左足に突き刺さったのだ。遠距離操作――。それが俺の逆転劇の真相だった。
俺は『鋼の爪』を引っ込めると、人差し指の欠片を取り上げ、それを逆さにしてライデンの喉に突きつける。
「まいったしろ、ライデン! じゃなきゃ、本当に殺すぞ!」
ライデンは出血し続ける左足を抱えたまま、コクコクとうなずいた。
「ま、まいった。君の勝ちだ……。ぐうぅっ……」
そこへ聞きなれた、若い女の声が届いてくる。観衆をかき分けて飛び出したのは、無毛の頭でスタイル抜群の僧侶だった。
「あんたら、何やってるの!」
メイナだ。武闘家ピューロに魔法使いゴルドンもいた。どうやら国王への謁見は済ませてきたらしい。ライデンは流血するふくらはぎを押さえて、苦しそうに笑った。
「何、ちょっと喧嘩していただけだよ。もう終わったけどね……うぐぐ……っ」
俺は彼に同調して作り笑いを浮かべた。
「ちょっと行き過ぎて、俺は旅に同行できなくなっちまった。まあ、人差し指の欠片が腐らなければ、まだチャンスはあるかもしれねえがな」
メイナは青白い顔をして、馬鹿をやった俺たちを等分に眺めた。やがて、呆れたようにため息をつく。
「今手当てするわ」
彼女は新『僧侶の杖』をライデンの傷口に掲げ、重々しく左右に振った。まばゆい発光に、周囲の野次馬が悲鳴を上げる。しかし、ライデンの左足はまったく元に戻らなかった。
メイナははっとした後、まつ毛を伏せて自嘲した。
「すっかり忘れてたけど、やっぱり駄目だわ。あたしはもう他人を治せなくなってしまったのよ。シモーヌこそが新『僧侶の杖』の持ち主にふさわしくて、あたしはもう使えない人間なんだわ」
落ち込む彼女を、ピューロとゴルドンが必死に励ます。
「メイナさん、あきらめないで!」
「今こそ他人を救うときじゃ! おぬしの底力を発揮するんじゃ!」
メイナは水浴びした犬のように、頭を激しく左右に振った。自分自身に対する信頼を完全に失っている。
「無理だってば! 三権神さまはもう、あたしをお見捨てになったのよ! きっと教会の杖を盗んだ罰で……!」
俺は左鎖骨と右手人差し指の激痛に耐えていた。彼女の基本的な間違いを正す。
「そ、それなんだけどな。盗んだのは俺であってお前じゃないだろ」
「で、でも……」
ライデンが足の痛みに苦しみながら、それでも平静を装ってメイナに話しかけた。
「メイナ。僕らと一緒に魔王の地下迷宮に挑んだときの、あの初心を思い出すんだ」
「ライデン……」
「君は色々背負い込みすぎたんだ。今はこれまでのことをすべて忘れて、ただ他人の傷を癒したいと願うんだ。きっとそれで活路は開ける! ……多分ね」
彼はあぶら汗を拭いつつ、それでも安心させるように笑顔を見せる。メイナはそのさまに感動したのか、何とか挫けかけた自分を奮い立たせようとした。
「わ、分かったわ。やってみる!」
メイナは新『僧侶の杖』を、改めてライデンの足に掲げる。衆目が集まる中、彼女は念じ、気持ちを研ぎすませているようだ。
「三権神よ……慈悲をお与えください……! 勇者一行としてではなく……ライデンを愛する一人の女として……!」
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